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「猫」における「屁」と「水島寒月」の考察

散歩の時の思考は、体の運動を伴うせいか、よく思考が働くが、メモできないので大半は忘れてしまう。まあ、もともと記録に残すほどの思考ではなく、単なる浮遊思考である。
で、今日は、漱石の「吾輩は猫である」中の人物の名前に関する思考から、漱石が好んだいろはかるた中の札、「屁をひって尻つぼめ」に考察が至った。
この「好んだ」という言い方自体、問題があり、私はこれは、妻と娘ふたりだけという女だらけの家でかるたをする時、女性が嫌いそうな札を漱石が「取ってやった」という思いやりではないか、と想像したのだが、まあ、漱石自体、「屁の勘定」の話を確か「猫」の中でやっていたと思うので、屁の話が嫌いでもないだろう。と言うより、世間の人間が拘泥することの大半は屁のようなものだと思っていたのではないか。

で、私が考察課題としたのは「尻つぼめ」の方である。
「つぼめ」は「すぼめ(る)」と同じ意味だろうが、言葉としては「つぼめ」のほうが古く、語源的根拠もあるような気がする。と言うのは、「つぼめ」は「つぼみ(蕾)」と同じ語源だろうと思うからだ。「すぼめ」にはそういう語源が無さそうである。とすると、「尻つぼめ」は、尻の穴を蕾のようにキュッと締める意味になる。
ではなぜ尻の穴をつぼめるのか。

1:実がでないようにする。
2:屁を連発しないようにする。

というのが考えられる解だろうが、私は、これを心理学的に捉えたい。
つまり、「屁をひる」という「失策をした」犯人が自分であるということを隠したいという深層心理から咄嗟に出た行為だということである。いくら尻をつぼめたところで隠せるはずはないが、「かくすればかくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」であるwww

ついでに、「猫」の作中人物の名前の件だが、それは「水島寒月」というのは、キャラの個性によく合った素晴らしいネーミングだなあ、ということだ。
水のように平静で、島のように孤立を恐れず、誰もが見上げて讃嘆する満月とは違って、寒月のように、誰も見ようとしなくても、自ら世界を見下ろして照らしている。そういう人格である。彼が弟子の寺田寅彦をモデルにしているのは周知の事実だ。

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「崩れ格子」の柄

昔、沖縄のテレビ局が自分の局で作ったテレビドラマで、「沖縄が舞台の時代劇」という珍しい作品、「崩れ格子」というのがあったと記憶している。自分で見た記憶は無いが、最愛の妻を亡くした武士(主人公)が、妻の形見の「崩れ格子」柄の着物を着て、各地を放浪する、「大衆版水戸黄門」みたいなものだったのではないかと想像している。まあ、類似点はたぶん各地を放浪することだけである。各地を放浪すると言っても、沖縄の風土はどこも似たようなものだがwww
亡き妻の着物(か、妻が作った着物か)を着た武士という設定は面白いが、問題は、その「崩れ格子」とはどんな柄か、想像しにくいところで、昔、そのドラマを見た人たちも主人公の着物の柄までは良く見えなかったのではないかと想像する。
現代は便利だから、ネットで調べられる。そこで調べてみた。
この画像のものだと、案外「崩れて」いない。
実は、私が昔愛用していたというか、一張羅で着用し続けたネクタイの柄が「崩壊する格子」の模様で、まさしく、格子が崩壊して下からバラバラになって落ちていくという、今思えば面白い柄で、当時東京の進学塾で教えていた小学生の生徒に指摘されて、自分のネクタイが「崩落する格子」の柄だと初めて認知できたくらい、私は自分のネクタイの柄には無関心だった。しかし、その時以来、「崩れ格子」とはどんな柄だったのか、という疑問が心の奥底にあったようだ。
仮に、昔の「崩れ格子」が、格子が崩壊し、断片が下に落ちていく柄だったなら、それをデザインし、手作りするのは大変な作業だっただろうな、と思うのだが、下の写真の「崩れ格子」は規則的な図案で、予想と異なっていて残念である。

(追記)「大海望洋」というブログから転載。

くずれ格子

2017年04月22日

Posted by k10-nakamura at 07:14│Comments(0) │社会
テレビが普及し始めた時代、1965年頃。
RBC TV(琉球放送テレビ)で放送されたドラマ「くずれ挌子」。
ドラマ「くずれ挌子」は、モノクロのテレビで放送されて人気を集めた。
主題歌は芭蕉布の作曲で知られる普久原恒勇さん。
歌ったのはRBC職員の又吉盛保さん。
大ヒットした。
今でもカラオケで歌う人も多い。
その「くずれ挌子」が、50年ぶりに復活したという。
糸満市喜屋武の作詞家、茂屋武光さんが、ハワイアン調に編曲して、マイケル中本さんに歌ってもらったという。
茂屋さんは、大衆娯楽を追及した時代の思いを歌いつげたら・・とCD化したというが、又吉盛保さんも「大胆なアレンジだが、これまでと違う層に聞いてもらえる」と話しているという。
余談だが、又吉さんを関西支社時代、大阪北新地のスナックに案内して「くずれ挌子」を歌ってもらった事がある。
さすがに、そのスナックのママさんは又吉さん本人が歌っていたとは知らなかった。
「そうです。私が又吉盛保です」と念を押していた又吉さんではあった。


(以下引用)

0924 琉球かすりの伝統的な古典柄そろいました。

先日ブログ(「絣・織りの柄のはなし」)に書きましたが、琉球かすりには600種ほどの絣柄があります。諸説ありますが、古代の人が経糸・緯糸で作れる柄が先にできて、その後で作り方として図案(御絵図帳)が残ったようです。とはいえ、手しごとだから全く同じものは生まれません。みやらび展でひとつひとつ確かめてみてくださいね。

着尺地:単衣、袷両方可  絹(生糸) 100% 平織   経緯絣  黒地に絣模様は茶の縦線とミダングミー(十字の三段組み)

着尺地:単衣、袷両方可  絹(生糸) 100% 平織   経緯絣  濃赤褐色地に絣模様はクジリゴーシ(崩れ格子)トゥイグワー(鳥)とトーニーヒキサギー(左右にずれたエサ箱)

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「半分の月が上る空」という言葉の推理

昨日の散歩では、空に半月が出ていたので、それから「半分の月が上る空」という、かなり前のライトノベルのタイトルを思い出し、さて、それは日にちや時刻は特定できないか、という推理問題となった。つまり、この小説(私は読んだことがない)のタイトルの言葉が厳密なものだったと仮定して、その月を見た日にちや時刻を推理するわけだ。まあ、「3マイルは遠すぎる」(だったか)という推理小説で、断片的な言葉から推理を広げる行為の亜流である。

1:「半分の月」は厳密に「半月」とする。
2:「上る」は、「空にある」だけの意味ではなく、言葉通りに「月が上昇過程にある」とする。

という大前提での推理である。

最初に、月が半月であるのはいつ頃かというと、満月が旧暦の15日であることから、旧暦1日と15日の中間の旧暦8日、あるいは15日と30日の中間の旧暦22日か23日だと考えられる。(1と15の中間は8だが、15と30の中間は22と23のどちらとも言えるからだ。)
で、月は、満月の時に午後6時から上り始めると仮定するなら、30日でひとまわりすると考え、1日ごとに(24時間割る30で)、0.8時間、つまり48分ずつ月の出は遅れていく。まあ、簡便化するために、1日に1時間遅れるとしておく。
すると、半月(満月の7日後)の時には月の出は午前1時(深夜1時)になる。(新月の7日後の場合は、考察段階で忘れていたので、暇な人はご自分でどうぞ)
次に、月の上昇度合いを角度で考える。つまり、天球の最頂上、地平線と90度の角度に来るまでの時間を考える。これは地球の自転による見かけ上の回転なのだから、月は24時間で一周、つまり360度移動すると単純化しておく。とするなら、360割る24で、1時間で15度の上昇、あるいは下降となる。
とすれば、月が地平線から出て天頂に来るまでの時間は90割る15で6時間である。(もっと単純に、月の、見かけ上の地球の周り一周が24時間だから、4分の1周するには24時間割る4で、6時間と考えればいい。)つまり、月が「上っている」時間帯は、月の出から月が中天に至るまでの6時間だ。
以上を総合すると、「半分の月が上る空」を誰かが見ていたのは、旧暦8日前後、あるいは旧暦22日、23日前後の、午前(深夜)1時から午前7時までの時間帯だとなる。
ちなみに、昨日(新暦2月2日)が旧暦12月23日で、まさに半月だった。まあ、今日24日の月も、今、室内から見ると、ほぼ半月である。午前4時で、仰角45度から60度くらいの「上り」の月だ。

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数学信仰・科学信仰

図書館から適当に借りた本が、私の大嫌いな幻冬舎の本だったのだが、何か気を惹かれるものがあったから借りたのだろうと、とりあえず読んでみた。まあ、理系男子が出版社に入って、理系知識を生かしてベストセラーを出そうという話で、要するに、統計的手法で「売れる本」の傾向を割り出すということだ。馬鹿な話である。編集者の経験に基づく勘より統計のほうが信頼できるなら、ほとんどの編集者を首にしていい。パソコンがあって作業員がひとりいればいい。作中に書かれるブラックな出版社の編集の仕事というのも必要がなくなるだろう。まあ、パソコンに、作家先生との交渉や駆け引きができるか、「統計」が交渉の材料になるか、怪しいものだ。作家(ノンフィクションライター含む)は書きたいものを書くためにその仕事をしているのである。編集者からの注文どおりの仕事をするなら、自由業どころか奴隷にすぎない。
この作品の筆者はまさに理系男子で、東大卒らしいが、数学を全能の神のように信仰しているようで、作中に数学賛美の文章がひっきりなしに出て来る。私も理系の話題は嫌いではないので、最後まで読んだが、作者の理系信仰、数学信仰にはうんざりした。素数が美しいとか、別の何かの小説にも出てきたが、美しいか? なぜ素数以外の数字より「美しい」のか、私にはまったく理解できない。
ちなみに、数学の話だけではなく、最初に「オルバースのパラドックス」という、私には初耳の宇宙物理学の話が出て来るが、私は一読して、実にくだらない説だと思った。これが現代でも解けない(らしい)宇宙の謎だとされているらしい。

「この宇宙が無限に広がっていると仮定すると、そこには当然、無数の星が浮かんでいるはずである。すると、地球には無限の光が届くことになり、夜空は無限の明るさで輝いていないとおかしい」

という説らしい。さて、あなた、この説(19世紀にオルバースという人物が発表して以来、百数十年にわたって議論され続けたと書かれている。)のどこがおかしいか、分かりますか?




「宇宙には無数の星が浮かんでいる」なら、自らは発光しない星のほうが圧倒的に多いはずである。そして、発光する星が出した光は、それらの発光しない星によって遮られ、その後方には光は行かないはずだ。とすれば、「地球には無限の光が届く」のではなく、たまたま光が届く星と届かない星があるだけの話になるのではないか? 「それは光が直進するという前提での話で、『光も曲がる』のだ」としても、その曲がった光もまた他の星に遮られる可能性が高いだろう。何しろ、「無数の星がある」のだから。

まあ、中学生レベルの思考だとこうなるのだが、科学者たち(昔は『天動説』を信じていた連中だww)は、このオルバースの説を論破できなかったらしい。


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役人、政治家の答弁技術

「紙屋研究所」から転載。
面白い記事なので全文を元記事で読むことをお勧めするが、長い記事なのでここでは後半を省略する。
まあ、要は、いかにして責任逃れをするか、という言葉の技術である。

(以下引用)

『ニッポン政界語読本 単語編』『会話編』『公務員の議会答弁言いかえフレーズ』


 政治家や役人が使う言葉の異常さ・奇妙さは、日々SNSで指摘され、ネタにされている。中には「ご飯論法」のように、公式の答弁としての基礎を破壊してしまうような重大性を抱えている言葉の使い方さえある。


 


 本書はイアン・アーシーという、一見すると「ずいぶん怪しい名前」(p.3)だが、「正真正銘のへんな外人」(同前)として実在するカナダのフリー翻訳家が書いた、日本の政界にはびこる特殊な単語・会話を取り上げて、それを理解し、うまく使いこなすための本である。練習問題までちゃんとついているワークブックなのだ。


 

 


 

 ぼくが読んで「なるほど」と思ったのは、『単語編』の冒頭にある「原則として」と「総合的に」である。


 まず「原則として」。東京オリンピックパラリンピック中のアスリートの検査頻度についてただされた、丸川珠代の次の発言をいじる本書のくだり。


 


文例(レベルチェック用)


ありがとうございます。このご指摘の論文は、もう既に皆さん、取材でお読みいただいていると思いますけれども、私どもがきちんと読ませていただきましたところ、明確な事実誤認や誤解に基づく指摘が見受けられます。まず、明確な誤認についてですが、論文ではアスリートへの検査頻度が明確ではないとしていますが、プレイブックには、アスリートに対しては、原則として毎日検査を実施するということが明示してあります。(二〇二一年五月二十八日)


解答の求め方


 このなかに典型的なぼかし言葉が潜んでいますが、みなさんはわかりましたか? いっしょに問題を読み解いていきましょう。


 選手の検査頻度がはっきりしないという論文の指摘を、丸川大臣は「明確な事実誤認」と片づけていますね。その根拠は、プレイブックに「原則として毎日検査を実施する」と「明示」してあること。当時のプレイブックを確認したら、たしかにそう記されています。


 でも、ちょっと待ってください。「原則として毎日検査を実施する」とは、どういう意味でしょうか。意味の近いものを選んでください。


(1)毎日かならず検査をやる。


(2)いちおう毎日検査をやるようにするけど、毎日やらない場合もあるかも。


 答えは(2)ですね。これで検査頻度は「明示」してあると言える?


 まあ、丸川大臣だったら言えるらしい。そこが「原則として」の妙味なのです。具体的な数字や基準を示しながら、それに拘束されるのを避けるための、例外の余地をいくらでも残すことができます。一方、聞いている側は「原則」という重々しい響きに惑わされ、そのトリックになかなか気がつきません。とくに口のうまい政治家に言われた場合は。


 というわけで、レベルチェック問題の正解は「原則として」ですね。お役人や政治家が好んで使う典型的なぼかし言葉なのです。(『単語編』p.12-13、強調は特に断りがない限り引用者。以下同じ)


 


 朱書きの部分は「原則として」という言葉について解像度をあげて観察し、どのような効用を持っているか、そしてなぜ騙されてしまうかが、簡潔に書かれている。


 これに加えて、丸川の場合、この該当ルールの持ち出し方が、思わせぶりで、自信満々なところ「明確な事実誤認や誤解に基づく指摘」「まず、明確な誤認についてですが」もそうした「ぼかし」を効果的にしている一因なのではと思わざるを得ない。


 あまりにもはっきりと書いてあるよね、見落としちゃったかな? みたいな。


 これをもし自信なさげに言ってしまったら、全く成り立たないだろう。


「あー、あの、プレイブックの方にはですね、一応『毎日検査を実施する』って書かれてるんですよね。まあ、あの、『原則として』ということではありますが。はい。だから、検査は毎日きちんとやることがですね、その、基本になってはいるんですよね。ええ」


 


 著者はちゃんとオチも書いている。


 みなさん、正解できましたか? 正解できなかった方もだいじょうぶ、ご安心ください。本書での学習を終えたら、この手のまやかしを見抜く能力はしっかり身につきます。


 原則として保証します。(同前p.13)


 「参考」のコーナーではギャグにまぶして次のようなことも書いていて、まさに「参考」になる。


 プレイブックの英語版では「原則として」の部分はin principleとなっていました。例の医学雑誌の論文の著者たちはこのin principleをどのように解釈したのでしょうか。標準的な英英辞典でこのフレーズを調べてみましょう。定義はじつにおもしろい。


「理論上ありうるものの、現実にはそうなるともかぎらないとことを示すのに使われる」


 著者たちは「原則として毎日検査が実施されます」の「原則として」をこのようにとらえたにちがいありません。だからこそ、検査頻度が明確ではないと主張したんでしょう。この英語の定義はそのまま「原則として」にも当てはまりそうですね。(同前p.13)


 著者は、この「原則として」がさらに日本の政治文化の中では例外との逆転を果たしてしまうことを、やはりユーモアの中で暴露していく。具体的には老朽原発の運転の「原則40年」という期限が、一つも守られていない状況となり、さらに岸田内閣になって完全に原則と例外が入れ替わってしまったことを国会答弁から明らかにしている。


 抜け穴という例外を拡大してついには原則との逆転をさせてしまうという転倒を、著者は見事に描いている。その最終的な形として「軍隊は持たない」とした日本国憲法第9条をあげ、「原則としてこれを保持しない」「原則としてこれを認めない」という「原則としての平和国家」を描き出す。


 考えてみれば、このように、小さな建前の抜け穴だったものが、いつの間にか現実の大きな原則に入れ替わってしまっているという政治の現実は無数にあるのではないかと思いをいたす。


 


 たとえば、次のような条文はどうだろうか。


博物館法 第26条 


公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。ただし、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。


 すでに「博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合」に限らず、入館料を徴収するのが当たり前になっている。


 あるいは、次のような条文。


財政法 第4条 


国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる。


 もはや説明の必要もないだろう。


 


 次に「総合的」。


 本書では、安保法制、日本学術会議の選任などをめぐって「総合的に判断」「総合的・俯瞰的に判断」という言葉が、まったく具体性がなく、馬鹿らしいほど堂々巡りをしている様を国会での質疑応答から暴き出している。


 この言葉は、福岡市議会でもみた。


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「葬式」と文化の貧困化

問題提起として面白いスレッドなので転載する。
新しい喪服を着てみたいから、誰か知人が死なんかな、と思う女性はいないだろうか。(男性でも同じだが、女性のほうがおしゃれに関心が高いだろうから、そう書いている。)
リラダンの「サンチマンタリズム」では、愛する男が自殺した後、自分がその自殺の原因だっただろうと思っているその恋人はその後生涯、喪服を着て過ごし、人にその理由を聞かれると、「だって、私、黒い服が似合うんですもの」と答えて微笑んだという。これもリラダン的ダンディズムだろう。

今のような一億貧乏人時代だと、喪服が無いから葬式には出ないという「一般人」も多いのではないか。まあ、今は冠婚葬祭業受難の時代である。それも必ずしも悪いとも言えない。つまり、「ムダな(と認識される)」業種から淘汰されるのは不景気時代の当然の結果だからだ。アパレル(衣服)業界などもかなり不景気化しているのではないか。文化のスリム化だが、文化の貧困化でもある。まずは、サバイバルが最優先、って、今は原始時代かwww

(以下引用)

【愕然】葬式に私服で行ったら注意された結果・・・・・・

葬式に私服で行ったら注意されたんだが

1

1 :  2022/11/28(月) 00:56:22.903 ID:idjithj00
喪服でこいとか、数珠もってこいとか

俺無宗教だし、そんなことやっても生き返らんぞwwwwwwwwwwww


3 :  2022/11/28(月) 00:57:08.233 ID:vwlNJoHi0.net
お通夜なら仕方ないけど葬儀でそれはヤバいわ
無宗教云々以前に人としてだめだわ



5 :  2022/11/28(月) 00:57:42.716 ID:idjithj00
>>3
人としてだめかどうかは俺にはわからんけど、無駄じゃね?



6 :  2022/11/28(月) 00:58:03.332 ID:M9a6HBkQ0.net
宗教やなくてドレスコードや



7 :  2022/11/28(月) 00:58:37.427 ID:nYWndvdf0.net
無宗教なら葬式行く必要なくね?



8 :  2022/11/28(月) 00:58:38.197 ID:zJ5A8quEM.net
数珠はいらんけどな



9 :  2022/11/28(月) 00:58:40.994 ID:Z9itx9qG0.net
おまえの為の式じゃないんだが



11 :  2022/11/28(月) 00:59:20.526 ID:oElTXfbk0.net
別にいいやん



12 :  2022/11/28(月) 01:00:06.105 ID:cqKZ5uuP0.net
葬式に私服で行くのには「訃報を聞いてなりふりかまわず急いできた」という意味合いもあるから決して悪いことじゃないと聞いたことがあるが



15 :  2022/11/28(月) 01:00:27.982 ID:vwlNJoHi0.net
>>12
それはお通夜だよ



14 :  2022/11/28(月) 01:00:07.296 ID:zJ5A8quEM.net
うちの家系は数珠持ってないからアレの使い方いまいちわからん



20 :  2022/11/28(月) 01:02:03.943 ID:VOoN0YZ10.net
そもそも誰から注意された?



22 :  2022/11/28(月) 01:02:42.192 ID:idjithj00
>>20
なんかいろんな人から



26 :  2022/11/28(月) 01:04:04.133 ID:XelajCcN0.net
葬式に駆けつけた気持ちは買う 
ただ他人の家の葬式に行ってマイルールで通すのは無礼



31 :  2022/11/28(月) 01:05:18.904 ID:idjithj00
>>26
かけつけてはないし、無礼も何も生き返らないって
洗脳されてんのか?



28 :  2022/11/28(月) 01:04:13.218 ID:1Y2+8XYf0.net
釣り針デカすぎ



29 :  2022/11/28(月) 01:04:17.009 ID:xWm2tG4J0.net
何歳だか知らんが礼服ぐらい持っておけよ



35 :  2022/11/28(月) 01:07:34.625 ID:mofXHT6B0.net
無駄だと思ってるならそもそも行かなければよくね?



37 :  2022/11/28(月) 01:08:48.858 ID:Qf0EvGI20.net
親族じゃないなら結構私服勢おるぞ?



38 :  2022/11/28(月) 01:09:03.776 ID:LaHXslnD0.net
行かなければ文句言われなかったのに



41 :  2022/11/28(月) 01:10:45.077 ID:Qf0EvGI20.net
私服でもYシャツにセーター、カーディガンとか無かったのか?
そこら辺は普通考えるよね



42 :  2022/11/28(月) 01:11:10.418 ID:idjithj00
>>41
なんのために?
別に生き返らんぞ



45 :  2022/11/28(月) 01:13:00.949 ID:Qf0EvGI20.net
誰に注意されたの?



46 :  2022/11/28(月) 01:13:27.025 ID:idjithj00
>>45
いろんな人



47 :  2022/11/28(月) 01:13:44.043 ID:6tYlfdo2r.net
バイトの面接も私服で行ってそう



50 :  2022/11/28(月) 01:14:30.787 ID:QhWgxNpV0.net
私服ってもいろいろあるだろ
どんな服装でいったん?



60 :  2022/11/28(月) 01:16:40.286 ID:BinoyK+M0.net
「生き返るなら」
テラワロスwwwwww



65 :  2022/11/28(月) 01:19:01.278 ID:2tECjwNu0.net
いい歳して白いスニーカーで行った俺に勝てる奴はいまい。
色を完全に勘違いしてたわ



68 :  2022/11/28(月) 01:19:58.794 ID:idjithj00
>>65
別にいいんじゃね
何色履いても結果はかわらん
死んだままだよ
生き返らない



67 :  2022/11/28(月) 01:19:35.761 ID:wYshHil20.net
べつに生き返らんが、不愉快だからお前は来んなってことだな



71 :  2022/11/28(月) 01:21:04.097 ID:idjithj00
>>67
不愉快に思う理由が曖昧だよな
信者なら確かに仕方ないかもしれんが俺は信者じゃないし好きにさせて欲しい



70 :  2022/11/28(月) 01:20:09.298 ID:N1DcbbfP0.net
故人を敬う心があれば何でもいいよ
そもそも宗教違ったら服装から作法から全然違うんだし



73 :  2022/11/28(月) 01:21:27.877 ID:idjithj00
>>70
だよな
俺は無宗教だし普通の服装だわ



76 :  2022/11/28(月) 01:22:21.424 ID:LaHXslnD0.net
TPOを考えろってことでしょ



77 :  2022/11/28(月) 01:22:49.123 ID:1a4x8gfX0.net
そもそも葬式は人を生き返らせるモノではないので生き返らないから礼服着ないってのがそもそもの間違い



84 :  2022/11/28(月) 01:23:49.536 ID:N1DcbbfP0.net
逆に言えば礼服来ていけば生き返るなら着ていくのか?



85 :  2022/11/28(月) 01:23:49.959 ID:h9v+srbJ0.net
結婚式とか他の式典も私服で参加する感じ?



86 :  2022/11/28(月) 01:23:53.361 ID:Zz7jyWTw0.net
葬式は故人じゃなくて遺族のための催しな
遺族が不快に思ったならそれはやるべきではない



90 :  2022/11/28(月) 01:24:57.155 ID:sIQ23Jacr.net
生き返るなら生き返るならと繰り返してるけどまさか他の参列者が生き返らせようとして喪服着てると思ってるの?



101 :  2022/11/28(月) 01:29:45.817 ID:IoU+9Z1I0.net
これはカッコイイやつだわ
ルールに縛られるのってダサいもんな



117 :  2022/11/28(月) 01:35:46.157 ID:p+7MMsh+d.net
多様性の世の中だから考え方の方向は正しいけど
マナーとかモラルとかっていうのは周りの人がどう思うかっていうことだから、社会的な生活を営む上で最低限の気遣いは必要だよ



166 :  2022/11/28(月) 01:51:37.023 ID:MA225UYM0.net
わかりきった容易に避けられるトラブルを起こして無駄なリソース割くんだな
他人を弔う場所で何自己主張してんだか

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認知症とabsent-minded

私は高血圧なので、毎日、自分の血圧の記録を取っているが、ここ三日間の日付を、全部12月として書いていた。(12/19、12/20、12/21)という感じだ。つまり、今は一月だという認識が、これらを書いている時に、私の頭にはまったく上らなかったわけである。
はたして、これは認知症だろうか。私はそうはまったく思わない。今日の日付が12月だろうが1月だろうが、私の生活にはまったく関係しないからだ。必要の無いものには無関心である、というのは人間の自然な心理だろう。私にとって関心があるのは世界の政治状況であり、能登の被災者の状況などだ。散歩中なら空の雲の形や色彩、周囲の木や草や鳥、頭に沸き起こる想念などだ。
で、そういう「大事な思索」や妄想に没頭し、それ以外のことは意識にあまり上らない状態(上の空状態)を、英語では「absent- minded」と言うらしい。「心の不在」状態だ。(正確には、「通常生活、社会生活での心」の不在状態。)ニュートンが研究に没頭している時に、卵を茹でるつもりで、懐中時計を湯の中に投じた類である。(自分をニュートンに例えるところが、我ながら図々しいが、これは「認知症」と「absent-minded」の違いを言い、世間の老人たちを勇気づけるためである。まあ、それで勇気をもって認知症強化に邁進する老人が出てきたらとんだ罪作りだが。)

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酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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