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ライオンは寝ているのか

映画「三月のライオン」のスタートの観客動員が芳しくないようだが、

原作良し、監督良し、俳優陣良し

のこの映画が良作であることは、観なくても分かる。ただ、世間的には羽海野チカのネームバリューもそれほど高くはないだろうし、大友監督を知らない人も多いだろう。まして、「将棋の世界の話? ダサそう」と思う人は多いだろうし、「三月のライオン」という題名が意味不明である、という弱点もある。つまり、こういう映画は、いかにしてプッシュするか、という宣伝(マーケティングの一環だが)が成功不成功の大きなカギになるわけだ。いい作品を作れば売れる、とは限らないのである。私は芸術娯楽の創造にマーケティングがでしゃばりすぎることには批判的だが、マーケティングが無能すぎることにも批判的なのである。
そもそも、大友監督はNHKの名作ドラマ「ハゲタカ」の監督の一人であり、さらに「龍馬伝」でもその腕を見せ、映画「るろうに剣心」では、娯楽作品の手腕も持っていることを証明したはずである。神木隆之介の魅力も多くの人の認めるところだろう。つまり、この作品が人々の食指を動かさなかったのは、ひとえに「将棋? それ何? やったことも無いし、興味も無い。そんな世界の映画、面白いわけないでしょ」という一般人、特に若い女性の反応を予想もしていなかったという、制作者(会社やプロデューサー)側の怠慢性にあると思う。若い女性の誰もが漫画を読み、誰もが羽海野チカのファンであるわけではないのだ。

まあ、この映画がヒットするかどうかは、私とは何の関係もない、他人事ではあるが、私は「価値の無いものが分不相応な待遇を受けること」が大嫌いであるのと同時に、「価値あるものが正当に評価されないこと」がこの上なく不愉快になる性分なので、一言書いたわけである。つまり、愚劣なものが高く評価され価値あるものが評価されない、というのは世界全体を美的に、そして倫理的に、そして文化的に悪化させていく、ということなのである。

道路に落ちているゴミを拾って屑籠にいれる人間が増えれば、この世界はきれいになり、平気で道路にゴミを捨てる人間が増えれば、確実にこの世界は汚くなる、という、ただそれだけのことだ。

以前に「この世界の片隅に」をずっと応援していたのも、それが名作であるというのは完成作を観る前から強く予感していたからである。長く生きて様々なものに触れていれば、そういう勘は働くものだ。


(以下引用)



神木隆之介『3月のライオン』初登場7位! 想定外の大コケに「悲惨すぎる」と映画ファン絶句
(夢人追記)元記事の次の一節は重要な指摘である。人々が映画を見に行くのは「楽しい経験」をしたいからだ。陰鬱な、あるいは重苦しい「芸術」が見たいわけではない。ところが、作り手は「娯楽」ではなく、「芸術」を作りたがる。これは多くの有能な監督にも見られる欠点だ。もしも、下の記事のような予告編に「監督がOKを出した」のなら、監督自身も「三月のライオン」という作品の「重い部分」に囚われて、「観客」の存在を忘れていた、ということになる。なお、原作やアニメ版の良さは、そうした重い人間ドラマの部分と、それ以外の部分のユーモアとの見事な結合にある。この作品からユーモアを除けば、価値は半減するだろう。



「注目作にもかかわらず成績が伸びなかったのは、“予告”の影響もあるかもしれません。ネット上では、『予告が暗すぎる気がする』『予告を見て、見る気がなくなった』といった声が上がっているんです。予告では、同映画の主人公・桐山零が、幼い頃に交通事故で家族を失い、“生きるために将棋を打つしかない”人物であることが紹介され、また、零の義理の姉である幸田香子(有村)が、ヒステリックに叫ぶシーンなどもあり、原作漫画を知らない人には、ただの暗い映画のように見えたのかもしれません」(同)






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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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