アセンション 実践 倶楽部さんのサイトより
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前回は速攻で削除されましたが今回は大丈夫でしょう!か?
<転載開始>

★美しき緑の星




☆あらすじ


 


この美しき緑の星では貨幣制度がとっくにありません。


自分の得意で好きなことをそれぞれが表現して共存共生し、みんなが平和に豊かに暮らしています。


なかでも、重要な仕事は、彼らの惑星から、宇宙の惑星に訪問する仕事です。


しかし、地球は本当に危険で野蛮な原始的な星なので、誰も行きたがらない。


そんななか、主人公の女性が名乗りあげます。


「わたし行ってもいいわよ!」




☆作品紹介


 


誰もが協調のうちに暮らし、みんなが幸福で互いに助け合い、何でも分かち合い、お金の必要がなく、自然と共に暮らす世界があったとしたら……そんなの、ありえない?


 


「美しき緑の星」は他に類を見ない映画です。メディア経営者らの手によって母国フランスはもとより、EU内では発禁状態にされているのです。マイナーなチャンネルで深夜に放送されたことが2回ほどあるのを除けば、1996年以来テレビで放映されたことはありません。ヴァンサン・ランドンやコリーヌ・セローなど有名な俳優が出演しているにもかかわらず、探しても、なかなか見つからないのは、そのためでした。



これは世界中の人々に大きな目覚めを呼び起こす映画です。昔から 本当のことを隠しておくのは難しいものですが、みなさんもこの映画を通して本当のことを知るに至ったというわけです。




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ユーチューブとおなじフラッシュ動画の形式です。軽くて快適です。


名称 green planet.flv


容量 276.1MB





ほんの気持ちだけですが、高画質かもしれません。


名称 GREEN PLANET.MP4


容量 405.3MB




☆監督の言葉


 


世の中の仕組みを根底から問い直すクレイジーな映画を撮ってみたいと思いました。それで長い時間をかけて考証を行ったのです。無駄になったシーンやアイデア を書き留めたノートが何冊にもなりました。次から次へと疑問が生じたのですが、そのすべてに答えが得られたわけではありません。そうして、風にそよぐ木々に見守られながら、台本の執筆に取りかかったのでした。


 


完成した台本を見た人たちの反応は実にさまざまでした。このプロジェクトの資金援助には乗り気でない人たちが何人もいるとプロデューサーのアラン・サルドが言います。「本当にこの映画を撮るつもりですか?」と彼が言うので、私は熱を込めて「もちろんです」と答えました。


 


かくして映画は封切られたのですが、完全な失敗でした。誰も興味を示さなかったのです。客が入らず、批評家からは酷評されました。業界にとって、この作品は 理解不能のUFOだったのです。しかし、この映画は死にませんでした。こうした逆風にもかかわらず「美しき緑の星」は生き残り、生き物のように成長し、人 の話題となったのです。



この映画が必要とされているからでした。


この映画が世の中に発するメッセージのためだったのです。


一緒に映画を見て語り合う「美し き緑の星」クラブのサイトが、いくつもインターネットに見られるようになりました。


 


私は早すぎたのでしょうか? 


いいえ。いま、この映画のように価値観を根底から問い直すことで世の中を変えることが必要な、ぎりぎりの瀬戸際まで私たちは来ているのかもしれません。


 



☆ツイッターでの、感想やりとりから・・・


 


 

このフランス映画で救いが描かれてた場面で、切断された医師の奥さんが 切断されてないのに自ら徐々に眼が醒め、覚醒して、自分で切断する姿‥ 必見ですね。 そこのキャリア組


 

ST0NESさん、そうでしたね。奥さんが自分で仮面夫婦であることを告白していきました。そして、真の自己を発見していく様子がみえました。我々の社会的な立場の自己は、みんな立場の演技で、本当の自己を隠蔽してしまっています。政府だけが隠蔽するのではなく、個人各々が・・・。


 

テレビをすて、食肉を捨て、経済社会に参加しないような「解脱」者がふえますと、体制社会は保持できません。競争しない、マルシェでは「交換」だけが機能しますと、資本は不要。貨幣社会は崩壊します。ここまで、平和裏の次元移行を描いた映画は、不都合なのでしょう。


 

はい、その通りだと思います。人類のあるべき姿、そこへの変化まで描いてしまった。この映画を見た人々が、ありありと自分の体験としてビジョン化してしまったら、あっという間に現実になります。非常に強力なツールです。大騒ぎせずにさらりと拡散しましょう。


 


 


 


☆おまけ情報


 


人類最大の目的は、みずからの意思で自分の自我・自尊心を『切断』して、心を無垢な状態に戻して、元いた高次元領域に還ることです。それは、「ひとはどこから来てどこへ行くのか」という根源的な問いに対する答えでもあります。


 


この映画は、上位惑星から『なんのために地球に降りるのか?』について、突っ込んだメッセージはあえてカットしてあるようです。単に「祖母が地球人だったから行ってみたい」というノスタルジーでは、粗暴で危険な後進惑星地球には降り立つ必然性がありません。


 


しかも、終末のシーンで二人の美女を上位惑星に連れて還りますが、なぜこの二人を連れたのかのつっ込みも手薄です。わたしはあえて手薄にしているとみます。


 


なぜなら、宇宙生命システムの本質を追求すればするほど、俗世間との乖離はひどくなり、みて理解してもらえる可能性も低くなりますので、そこはサラッと物語にしたとみます。


 


しかし、この映画に感応している、地上に降りた宇宙由来のひとびとの心には、地上降臨・人類の覚醒支援・高次元帰還ということがいかに重要な任務であるか、ということがそこはかとなく理解してもらえるのではないでしょうか。


 


ある意味で二人の女性は、物語の進行を通して、人間としての優しさを発露し、ほんとうに心を磨いて行ったから、上位惑星への帰還が許されたというふうにも理解できます。


 


さて、こうした地上降臨のなかで、もっとも危険なワナがあります。それは、わたしたちの心に芽生え、心を占拠している『自我・自尊心』によって、自分自身が欲望で重くなってしまい、高次元帰還が果たせない、というリスクです。


 


このリスクを直視し、心身ともに身軽になるために、ひふみ神示では『みたまみがき』という自己錬磨を推奨しています。キリストの教えでは、懺悔したり反省したりすることを推奨しています。まるで、それに沿うかのように、この映画では「切断」というアクションがキーワードになっています。


 


主人公は、地球の悪意ある人々の意識・行為を変えるために、「切断」というアクションをとります。そして、まるで魔法のようにそれがエンターテイメントで演出されています。


 


しかし、この映画の本質から言えば、この「切断」は、他人に対して振るう剣ではありません。わたしは、地上に降り立っているわれわれ一人一人の思い込みを「切断」しなければならない、と感じました。


 

人間社会を宇宙の目から見ると異様だろうね。 人間社会に染まりきってると気づかないね。物質資本主義や政府権威主義、優生思想や競争などすべてのマーヤを「切断」させる。この映画は、自分のなかにある洗脳、常識、依存、思い込み、偏見、あらゆる物質文明の垢を「切断」するためにある。


 

いま、地球次元上昇の機会に、自分から進んで「切断」を志願する。それはホ拡散経済社会に参加しないことを意図することをきっかけにして、いろんな矛盾に開眼し、ひいては「解脱」の入り口に立つひとがふえてきました。ショック療法ですね。


 

この世のすべてを「切断」する。自分のなかにある洗脳、常識、依存、思い込み、偏見、あらゆる物質文明の垢を「切断」する。 同時に、いのちをいつくしむ。そんなことを宇宙の視点から気づかせてくれる映画。消されに消され続ける、不都合な映画。


 

「切断」は神がしてくれるのではなく自分の意思なので、「解脱」と同義語だと理解しました。人間がやるには努力が伴い、経済社会的な不利益も甘受しなければなりません。それも含めて、人々に「解脱」されると、体制側には不都合でしょう。


 

テレビをすて、食肉を捨て、経済社会に参加しないような「解脱」者がふえますと、体制社会は保持できません。競争しない、マルシェでは「交換」だけが機能しますと、資本は不要。貨幣社会は崩壊します。ここまで、平和裏の次元移行を描いた映画。


 

上位社会(高次元)への移行のためには、貨幣社会は崩壊しなければならない。私有、統治、競争、環境破壊、不調和、工業社会、我々の文明の毒は、上位社会への移行のためには、崩壊しなければならない。


 

アバターもそうだったが、進化した次元から地球に派遣されている存在もいるんだろう。調和型の文明については、「ミュータント・メッセージ」という小説がすごかった。アボリジニの第六感が文明科学よりはるかに進化していた。この映画でも土着種族が第六感を使って調和的に生きる様子が挿入されている。


 

キリストもそうですが、上位次元から極悪地球に意思を持って派遣されていますが、それでも真実や愛は弾圧迫害され、解脱する魂が少なく、人類はほとんどのひとが「解脱」領域の星に還ることができないでいました。


 

宇宙からの目からみれば、人間社会のすべての常識や慣習は意味不明だし、宇宙の理に反してさえいます。しかし、その極悪惑星のなかでも優しい心を持った人間は死後、「解脱」領域の星に還れます(2人の女性と赤ちゃんを帰還させた)。


 



仮に、混沌の時代をサバイバルして、肉体を保持したまま、次の社会を建設するにあたって、わたしたちは地上の常識や慣習を「切断」していなければなりません。
あるいは、仮に肉体を離脱して、魂の行き着く先を選ぶとき(神々によって決められるとき)も、「切断」していなければなりません。
 
生きていくにしても、死後世界に行くにしても、「切断」=解脱が欠かせないのです。
解脱・覚醒・みたまみがき、というとピンとこないし、堅苦しいんだけど、この映画のようにエピソードをもって教えてくれると、「切断」=解脱の意味がわかります。
 
ぜひ、自分に対して「切断」しちゃいましょう。