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弁舌と論理

「逝きし世の面影」ツィッターで知ったウクライナ在住の日本人の日記の在る日の記事だが、現地にいる人間(しかも日本人)の感想として面白い。
文中の「ダーチャ」は一種の別荘、あるいは都会在住の人間の田舎の別宅(特に金持ちだけでなく、庶民も所有するらしい)だと思うが、東海アマ氏がしばしば言及している、「国家や政府に依存しない自給自足的生活」の例である。もちろん、「完全自給自足」の生活は現代では不可能だろう。特にエネルギー関係は、たとえばストーブは薪を使えても、自動車やトラクターは薪では動かせない。ガソリンを個人で作るのは不可能だ。
それはともかく、この日記の他の日の記事に出て来るウクライナの田舎の風景は美しい。つまり「科学文明の侵略」が及んでいないわけだ。「便利さ」は自然の追放と両輪を為している。

この日記の中の次の一節は、「大使館の人間」の「今すぐ国外退避しろ」という雄弁な「説得」をすべて引っくり返すだろう。しかし、実際の議論の場では、「口から先に生まれた人間」の嵐のような弁舌に対抗できないのである。それは、「弁舌」は身体的反射能力であるのに、「論理」は「すべての矛盾を検討して解消し、正しい道筋を探る」過程であり、時間がかかるからだ。

ロシア側のレトリックでは14年以降一貫して批判否定愚弄されているのはウクライナ政権(「米の傀儡」)であって、ウクライナ国民ではない。ウクライナの市街を破壊し無辜を殺戮すれば、ロシアは破滅的な自己矛盾をきたす。ウクライナ国民の感情は決定的にロシアから離反し、ロシア国民の感情さえプーチンから離反する。あまりに利がない。

(以下引用)

2月13日

大使館の人に叱られた。往復ビンタされた。

非常に厳しい口調で退避を勧告された。まだ戦争は起きないと思っているんですか、そこオデッサですよね、もうロシア軍はすぐそこまで押し寄せてるんですよ、砲弾が撃ち込まれてはじめて信じるんですか、でもそのときは死ぬ時ですよ、ウクライナ人と一緒になって戦うんですか、調査によるとオデッサでも市民の半数が「いざ戦争になったら武器をとって戦う」と言っていますよ、戦うんですか、(いや逃げます)、じゃ逃げてください。もう飛行機もどんどんなくなってますよ、逃げたいと思っても逃げられなくなってしまいますよ、電話も通じなくなるかもしれませんよ、大使館とも連絡がつかなくなりますよ、なんで逃げないんですか。(ハードルとして現実感を異にする妻の説得ということがひとつあります)奥さんの命が大事なら説得してください、二つにひとつです、奥さんの命を守るために説得するか、それともここに残って骨をうずめる覚悟をするかです。

私は愚鈍なので有効な反駁のひとつも口をついて出ず、サンドバッグ状態でビンタを8往復くらい食らい続けていた。電話を切ったら膝がガクンと落ちた。

そうして筆弁慶の私が今になってこのブログ上で(相手に聞こえない声で)いや違うそれはそうじゃないこれはこうだと反論を開始するわけですか。卑劣だね。①それならこの点をどう説明するんですか②それでもロシアが無差別攻撃をするとは思えない=ウクライナ全土が「赤い」というのは過ぎた単純化である③私たちは大丈夫だ。

シンプルにシンプルに記したい。正直この話題はしんどい。①それならこの点をどう説明するんですか。つまり、当のウクライナ政府が今もってロシアによる早期侵攻の線を否定していることを。アメリカは超すごいインテリジェンスをもっているから遥か離れた露ウ国境の情勢についても誰よりよく知っていて、一方、当のウクライナは8年間戦争をしている同じ言語を話す隣国ロシアについてロクな諜報活動ができていなく、危機の実相が全然見えていないというわけか、そんな話があるか。そこで「ウクライナは魂胆あって糊塗しているのだ」と主張するなら、「米国こそ魂胆あって誇張しているのだ」とどうして言えない。オデッサが脅威にさらされているというなら、なんで今げんにオデッサの街中でウクライナ軍のプレゼンスが高まっていないのだ。

②それでもロシアが無差別攻撃をするとは思えない。砲弾が飛んでくるまで信じない、信じたときにはもう死んでいる、それはどういう想定なんだ、やっぱりロシアの軍艦が洋上からずどーんと街に撃ち込んでくるみたいなイメージなのか。そもそもロシアの今の国境緊張の創出はどういうモチーフによるものだったか。よくプーチン論文が引用されるが、「ひとつの民族」つまりロシアと一体であるべきウクライナがロシアを離れてヨーロッパに抱き込まれようとしているからそれは許さぬ、ということでこの全てが行われている。ロシア側のレトリックでは14年以降一貫して批判否定愚弄されているのはウクライナ政権(「米の傀儡」)であって、ウクライナ国民ではない。ウクライナの市街を破壊し無辜を殺戮すれば、ロシアは破滅的な自己矛盾をきたす。ウクライナ国民の感情は決定的にロシアから離反し、ロシア国民の感情さえプーチンから離反する。あまりに利がない。あまりにも。All is fair in war、戦争にテンプレートはない、プーチンの頭の中は誰にもわからない?「プーチンのあたまのなか」言説の嘘については下のどっかに書いたから繰り返さない(「脳髄」で記事内検索してください)。能力的にはすべてを行い得る、それだけの兵力火力が集まっている、とはいうものの、では突如ウクライナに核ミサイル100発撃ちこまれるということがあるでしょうか。「そうはいってもさすがにそのようなことにまではならないだろう」という条理による限定は、一切無効なのでしょうか。もちろん否。そうして、無差別絨毯爆撃とかいった可能性を排除するなら、ウクライナ全土が「赤い」(日本外務省による色分け、危険度レベル4(最高)、ただちに退避すべき)などということがあるわけはない。

③私たちは大丈夫だ。というのも、

とはいえ命とか死とかいう単語を交えながら大使館という私とっての権威(お上)から強い口調でいろいろ言われ、その内容を妻に報告したところ、妻も折からの諸々の報道(露語メディアの)を見てこれはさすがに何もないでは済まされないなという感じになっており、今はいったんオデッサから出ておこうかということで、

私らはダーチャに引き移った。とりま20日まで籠っておく。(理論的にはそのまま次の秋までここで食いつなぐことは可能である)

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