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自分の意志でできることできないこと

トロッコ問題のような質問に対しては、これが一番正しい回答だろうな、と思うが、あまりこういう姿勢に慣れてしまうと、未知の事態に対する思考実験(と言うか、備えや計画)をする姿勢が失われてしまいそうな気がする。
ただ、あまりに先の心配ばかりする生き方を勧めているわけではない。この世で確実なのは、生まれたら必ず死ぬ、そしてその死はいつどんな形で来るのか分からない、ということだけだろう。

なお、下のツィートのインドの覚者と同じこと(自分の行動は自分の思い通りになるわけではない、という、いわば「自由意志否定論」というか、「運命論」のようなこと)を親鸞か誰かが言っている。実際、私の行為は、多かれ少なかれ、やむを得ない状況か、その瞬間の気分で決めているようなところがある。私が雲古や叱呼をするのは絶対にいやだと思っても、やらずに済ますわけにはいかない。人を殺すのはいやだと思っても、徴兵されたら殺さないわけにはいかないのである。





インドの覚者が「~ならあなたはどうしますか?」って聞かれて「その時その場所になってみないとわからない」自分の行動は自己の思惑を超えた多くのものごとでできているから、と答えてるのがあって、私もそう思う。同じ問題でも正反対の行動を人はする。






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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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