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忠と義が相克する時、どうするか(足利尊氏小論)

よく、「忠義」と簡単に言うが、忠が必ずしも義と一致しないことはよくあることである。簡単な話、自分の主人や上役が悪人で、悪行を部下に命じる時、その命令に従うのは、絶対に「義」であるはずがない。しかし、組織論的には忠と義は常に一致すると部下や下級国民に教えておくのが、上の人間には大きなメリットがあるわけだ。そう教え込まれた下の人間は「忠=義」というドグマに精神が侵されることになる。

なぜ、こういう話をするかというと、市民図書館から借りてきた「太平記」を読んでいて、もしかしたら、世間の人々の足利尊氏に対するイメージは、まったく間違っているのではないか、と思うようになってきたからだ。まだ、全体の3分の2くらいしか読んでいないのだが、ここまで、足利尊氏という人間がどういう人物だったのか、まったく顔が見えてこない。彼の個人的な言動がひとつも書かれておらず、誰と戦って、負けたとか勝ったとかいう話しか出て来ないのである。
で、世間のイメージはおそらく、「楠木正成=忠義の代表的人物」したがって、正成と敵対した「足利尊氏=悪人」、というものではないか。で、尊氏は、最初鎌倉幕府を「裏切って」後鳥羽天皇(後醍醐天皇)方につき、後鳥羽天皇(後醍醐天皇)が天下を取った後、反旗を翻して、楠木正成や新田義貞らを擁する天皇方に勝利して室町幕府を建てることになる。つまり、「二度も主君を裏切った」大悪党だ、というのが世間のイメージではないだろうか。だが、問題は、実は、彼が裏切った相手(主君)は、けっして正義の存在ではなかったことだ。これが、この文章の冒頭で言った「忠=義」とは限らない、ということだ。仕える相手が悪(人間性の話ではなく、たとえば後鳥羽天皇なら、建武の新政という無能極まる悪政、愚行のこと)なら、それに「従わない」こと、つまり「不忠」こそが「義」なのである。
もちろん、ここまで「太平記」を読んできて、まだ「顔が見えない」足利尊氏を「正義の人」と断定するつもりはまったくないが、実は、私が尊氏はその可能性があると思ったのは、図書館から借りてきた「太平記」の最初の方に載っていた尊氏の清水寺への願文の毛筆の筆致と、その内容からである。
私はもちろん書の素人であり、書を見る目もあるとは言えないが、書を見るのは好きである。
で、尊氏の書は、実に「品がいい」書だと思ったわけだ。書家の石川九楊は、「実用本位の武家の書」とけなして(?)いるが、私には、実に品のいい書に思える。
そして、内容が素晴らしい。私流に訳してみると、こういう内容だ。
「この世は夢のようなものでございます。尊氏に道心をお与えくださって、後生をお助けください。私は早く遁世いたしたく存じます。道心をお与えください。ただ今生の果報に換えて、後生をお助けください。ただ今生の果報は直義にお与えなさって、直義を安穏にお守りください」
直義は、尊氏が政治の実務を預けた弟で、この建武2年に足利幕府が始まるのである。
で、私がこの願文から読み取るのは、これがまったく本気であり、尊氏は現世の果報はまったく要らないと思っていた、無欲の人であり、無私の人でもあったのではないか、ということだ。歴史的な人物で言えば、実在しないという説が最近はかまびすしいが、聖徳太子、あるいは明治維新の大久保利通に近い人間性だと感じる。
そういう人物が歴史上の悪党ナンバーワンとされてきたのは、もちろん、太平記での楠木正成神格化のためであり、その思想の明治政府による拡大のためだろう。


(追記)今読み直して「あれ、後鳥羽天皇ではなく後醍醐天皇かな?」と思って確認したら、やはり後鳥羽は間違いだった。天皇の名前は混同しやすい。というか、私は暗記が非常に苦手なのである。覚えるのが嫌いで、考える方が好きだ。「建武の親政」も、「建武の新政」が正しいようで、先に漢字変換で出て来た「親政」をうっかり書いてしまった。もっとも、「建武の新政」は、ある意味では「天皇親政」だったのではないか。「親政」とは「自ら政治を執る」意味。だが、実際は、周囲の狡猾な公卿や僧侶たちの意見に動かされて、倒幕に貢献した武士たちの利益をまったく無視したので、武士たちに造反されたのである。そこが「親政」の難しさであり、私は「天皇は象徴的存在であるべきで、政治に関与するべきではない」という考えである。ある意味「天皇親政」だった明治から昭和は、巨大な発展も生んだが、最終的にはあの戦争を招いてしまった。まあ、帝国主義の時代に流された運命だったとも言える。

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