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少年騎士ミゼルの遍歴 4

第四章 御前試合

 翌日、朝食の席でミゼルは宿屋の主人に話しかけられた。
「あんたも御前試合に出るのかね」
「御前試合があるんですか。いつです」
「今日だよ。正午から王宮の広場でな」
 テッサリアまで来たのはいいが、その先、どうやってレハベアムまで行けばいいのかがわからなかったミゼルは、御前試合に優勝すれば何かの手蔓が得られるのではないかと考えた。懐の寂しいミゼルにとって、賞金として一万金が出るというのも魅力だ。一万金といえば、庶民が一生裕福に暮らせるくらいの金である。旅の費用には十分だろう。
 早めに昼飯を済ませてミゼルが王宮に行った時には、王宮前には早くも腕自慢の騎士たちが集まっていた。見るからに強そうな巨漢もいれば、痩せて貧相な騎士もいる。
「あなたも弓ですか。そうでしょうな。弓なら、的が相手だからこちらが怪我をする心配はないし、うまくいけば二千金ですからな。槍の一万金には及ばないが、それでも大した金だ」
 その貧相な騎士が、ミゼルの肩の弓を見て、ミゼルに話し掛けてきた。
「いいえ、僕は騎馬の槍試合に出ます。王にお目通りできるのは騎馬槍試合の優勝者だけと聞いていますから」
「何と命知らずな。もっとも危険なのが、騎馬槍試合ですぞ。まだお若いのに」
隣で話を聞いていたもう一人の騎士が口を出した。
「騎馬試合はやめたほうがいい。優勝は多分ノルランドのエルロイか、エステル姫だ。エステル姫は城の武芸師範以上に強いというし、エルロイは、あの伝説のマリスの再来かと言われている」
「さよう、マリスの強さはけた外れでしたな。十年続けて騎馬試合と剣の両部門で優勝ですからな」
 貧相な騎士の言葉に、側にいた髭面の大男が三人をじろりと睨んで割り込んできた。
「マリスが強いだと。笑わせるな。レハベアムとの戦いでおめおめと虜になった男ではないか。所詮、道場剣法よ。実戦では役立たぬ。わしは、アドラムとの三度の戦いに生き延びてきた男だ。その間に上げた首級は数知れず。アルハバのジャンゴとはわしの事だ」
周りで、騎士たちが「アルハバのジャンゴって知っていますか」「いや、知りませんな」「しかし、いかにも強そうだ」「やはり、ただ者ではないのでしょうな」などとひそひそ声で話している。
王宮の門が開いて、美々しい格好の騎士が現れ、開場を告げた。
「これより御前武芸試合を始める。出場する者は中に入るがよい。賞金は、知ってのとおり、槍が一万金、剣が五千金、弓が二千金だ。但し、命の保証はしないぞ」
 腕自慢の騎士たちは、武者震いをしながらドヤドヤと王宮に入っていった。

 弓の試合、剣の試合が次々と行われ、弓ではカブラのランドールという無名の騎士が優勝し、剣の試合では、エステル姫が、噂通りの技量で優勝した。
 そして、御前試合の華である、騎馬槍試合になった。ここでは、弓と剣の試合には出ずに満を持していたノルランドのエルロイが圧倒的な強さを見せて勝ち上がったが、彼と決勝戦で戦うことになったのは、前評判には全く上がっていなかった男であった。すなわち、ミゼルである。ミゼルは一回戦でアルハバのジャンゴを簡単に破り、二回戦でエステル姫をも破って決勝に進出したのであった。
 王の側に戻ったエステル姫は、悔しそうな顔で、
「あのミゼルという騎士の乗っている馬が欲しい!」
と言った。
「馬のせいで負けたと言いたげだな」
 サムル王は笑って愛娘を見た。彼は、長男のローランよりも、このお転婆の娘を可愛がっていた。エステル姫は、色白の可愛らしい顔の唇を尖らせて言う。
「もちろんよ。あの馬は、天馬だわ。あんな動きのできる馬は初めて見た」
「馬よりも、乗り手の技量の差だろう」
 側にいたローランが、妹をからかう。
「まあ、静かにしろ。いよいよエルロイと、あの若者の戦いだ」
 サムル王の言葉に、二人は口を閉じた。
 ミゼルとエルロイは、およそ三十歩の距離で馬を向かい合わせて立った。白昼の光の中で、エルロイの漆黒の馬に白銀の鎧が良く似合っていて美しい。宮中の貴婦人たちは、この有名な美貌の騎士に声援を送っている。一方のミゼルの実用一点張りの無骨な鎧は、見栄えがしない。葦毛馬だが、まだ若馬で灰色の毛並みのゼフィルも、毛色はけっして美しくはない。
 合図と同時に、二人は相手を目がけて突進する。
 後世の馬上槍試合とは違って、二頭の馬がすれ違うような柵などない。遮る物の無い広い空間で、馬を自在に操り、相手を槍で突くか殴るかして、馬から叩き落とすのである。
 二人は秘術を尽くして渡り合った。ミゼルは馬上での槍の操作には不慣れだったが、最初の二試合で既にコツはつかんでいたし、愛馬ゼフィルは彼と一心同体だった。ゼフィルの動きは、馬というよりは狼か虎の動きである。普通の馬では考えられないような横へのジャンプに、エルロイは幻惑された。その一瞬の隙を逃さず、ミゼルの槍がエルロイの鎧の胴に入った。エルロイはその衝撃で馬から浮き、間髪を容れないミゼルの第二撃で叩き落とされた。
 場内はどよめいた。 
わずか十六歳の無名の少年が、名誉ある御前馬上試合の優勝者となったのであった。

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