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風の中の鳥 16

第十五章 赤毛のミルドレッド

 フリードたちが私兵を集めていることは、宮廷にも聞こえているらしく、宮廷の騎士の中から賭け試合に挑戦してくる者もいた。しかし、いずれもローダンとアルフォンスの前に敗れ、フリードやジグムントが相手をするまでもなかった。ジラルダンの方は、最初から武芸には自信が無いと言っていたので、もっぱら交渉役を引き受けていたが、口の上手いジラルダンはフリードたちにとって、仲間を集めるのに非常に役に立つ存在だった。
 賭け試合を始めて二週間のうちに彼らに挑戦してきた男の数は三十五人で、そのうち二十人が仲間になり、ある程度の戦力はできてきた。しかし、まだ一小隊程度であり、戦で大きな働きを見せられるほどではない。
 その二十人の中でも特に目立ったのは、ミルドレッドという男装の女である。歳は二十代後半の年増だが、剣の達人で、ローダンとアルフォンスの二人を初めて破ったのがこの女であった。
 長い赤毛の髪を後ろで束ね、鎧は肩当てと胸当てだけの軽装備であるが、胸当てを外すと大きな胸が衣服を突き破らんばかりに突き出し、周りの男たちの鼻の下を伸ばさせた。しかし、剣の技は、電光石火であり、ローダン、アルフォンスともにわずか数合で打ち破られた。
「だらしない男たちだね。これなら、五人どころか十人だって相手になってやるよ」
 美人だが、気の強そうな顔に嘲笑を浮かべ、女はそう言い放った。
「そうかな。今ならわしに勝てるかな、ミルドレッド」
 控え室代わりの天幕の中から出てきたジグムントが、女に声を掛けた。
「先生! ジグムント先生、なぜこんな所に」
 女は、顔をぱっと明るくしてジグムントに駆け寄った。
 フリードは驚いてこの二人が抱き合うのを眺めていた。
「どうだ、ミルドレッド、わしとも戦うか?」
 ジグムントの言葉に、ミルドレッドは頭を振った。
「まさか、恩ある先生と戦うなんて。確か、兵士を集めているとか。先生がここにいらっしゃるなら、私もお供しますわ」
「そうか。それは良かった。正直、わしの力も昔のままではない。今のお前なら、わし以上かもしれぬ。お前と戦わずに済んで良かったわい。それで、お前は今は一人なのか」
「いいえ。連れ合いがいますが、今、病気で伏せっております。実は、今日ここに来たのも、亭主の薬代を稼ごうと思ってですわ」
「ほほう、それはそれは。なら、フリードに言って、少し支度金を多めに出させよう」
 ジグムントに言われるまでもなく、フリードは同情心が強い男である。金貨五枚を出して、高価な薬を買う費用としてやった。
「有り難うございます。これで、亭主のライオネルも、きっと良くなるでしょう」
 ライオネルという名前を聞いて、フリードは驚いた。あの、前々から気に掛かっていた男の名前である。ジグムントも驚いたようである。
「ライオネルというと、エデールのイヴリン公の騎士長を勤めていた男か?」
「そうです。先生、ご存じなのですか」
「名前だけは聞いておる。大した男らしいではないか」
「ええ、武芸に通じているだけではなく、立派な軍学者です。彼を大将か参謀にすれば、どんな戦でも勝ちますわ」
「ほほう、そうなのか。それは、是非とも欲しい男じゃな。ところで、ライオネルはお前の何人目の男じゃ?」
 ミルドレッドは顔をぽっと赤らめた。
「五人目……かしら」
「前の男たちと比べてどうじゃ」
「みんなそれぞれにいい男たちでしたわ。そりゃあ、酒飲みもいたし、乱暴者もいましたが、みんな私には優しくしてくれました。でも、ライオネルが一番です」
「あの方の腕も一番かな」
 ミルドレッドは、ますます顔を赤くした。
「悪くはありませんわ。でも、私を女にした先生は忘れられません」
「そ、そうか。しかし、わしは亭主持ちの女とは寝んことにしておる」
「あら、私だって、ライオネルを裏切る気はありませんわ。でも、今でも先生は好き」
 ミルドレッドの言葉に、珍しくジグムントはたじたじとなっている。
「私の亭主はみんな早死にすることになっているみたいですから、いつも亭主が生きているうちに次の亭主候補は見つけておくことにしていますの」
「やれやれ、強い女じゃ。だが、そうでもなければ、この世の中、女一人で生きてはいけまい。わしのような年寄りよりも、なるべく若いのを見つけておいた方がよかろう」
「私は、強い男にしか引かれないの。歳は関係ありませんわ」
 ミルドレッドはジグムントにウィンクをして、金貨五枚を手に去って行った。
「やれやれ。凄い胸をした女になりおって。あれが、あの泣き虫だったミルドレッドとは思えんの」
「ジグムントのことを先生と呼んでいましたが?」
 フリードの言葉に、ジグムントは遠い昔を思い出すような目になった。
「そうじゃ。あの子は孤児でな。わしが十二歳から十四歳まで育てたのじゃ。剣の技も、すべてわしが仕込んだ。ほっそりとした、実に、可愛らしい娘じゃった。で、わしはそんな気は無かったが、或る晩、ふとあの子が寝ている姿を見て、つい魔がさしてな。……それから半年と経たぬうちにまた戦になって、それきりあの子とは別れたままじゃった。それからどんな人生を送ってきたやら。今では、別人のように逞しい女になりおったわい」
 フリードは、あのミルドレッドという女の美貌に心引かれていただけに、彼女の初穂を頂いたというジグムントを羨ましく思ったが、彼女が自分たちの仲間になるということに、少しばかり心が浮き立つような思いもあった。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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