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風の中の鳥 13

第十二章 マリアの家

「カロヴィング家というのは、どんな家なのですか」
 フリードはジグムントに聞いた。
「今のフランシア王、マルタンのメロリング家の縁戚で、このカロ州を納めている領主だ。カロ伯と呼ばれている」
「それがエルマニア国と内応して国王を裏切ろうとしているわけですね」
「まあな。カロは首都パーリャに近いから、ここからパーリャに侵攻されたら、危険ではあるな」
「で、我々はこれからどうします」
「まあ、マリアを両親の元に送り届けてから考えることにしよう」
 ジグムントの言葉に、フリードは頷いた。
 彼らがフランシアの首都パーリャに着いたのは、それから五日後だった。フリードがローラン国の家を出てからは、もう二月近くなっている。季節は夏の盛りであった。緯度の高いフランシアだが、夏はさすがに暑い。日差しを避けて木の陰で休んでいる間に街道を往来する人々の様子を眺めると、心なしかローラン国よりは、人々の身なりも洒落て洗練されているように思える。
「さすがにパーリャはにぎやかだな。まだ町に入る前から、このように人通りが多い」
 田舎者のフリードは、感心して独り言を言った。山賊の砦から持ち出した服を着て、貴族風の格好はしているものの、その格好が板についていない感じで、きまりが悪い。ジグムントとマリアの方は見慣れた風景らしく、平然と周りの行き来を眺めている。
 マリアの家は、パーリャの中心街にあった。大きな石造りの商家である。看板には「アキムの店」とだけ書いてある。もっとも、ほとんどが文盲であるこの時代、その看板の字を読める人間は一部の貴族と僧侶くらいのものだが。
 中に入ると、広い店内は、美術館の展示場のように、様々な品が整然と並んでいる。客らしい数人の貴族の男女が、あちこちに佇んでそれらの品物を眺めて話をしている。
 宝石や美術品や武具を扱う店のようだな、とフリードは見て取った。
 マリアと両親の再会は、想像通りお涙頂戴物だったが、マリアの父のアキムは、なぜマリアが、自分の迎えにやった手代とではなく、妙な老人や若者と一緒なのか、疑問に思ったようであった。
「こちらの方々は? ジャンはどうしたのだ」
「実は、帰る途中で山賊に襲われて、ジャンは殺されてしまいました。この方たちが山賊から私を救って下さったのです」
 マリアは言いにくそうに言った。言った事は嘘ではないが、山賊に捕らえられてからの話に大幅な省略があるのは、仕方のないところだろう。
「それはそれは、娘が大変なお世話になりました。お礼は後ほどの事にして、まずは内でごゆるりと旅の疲れを癒してください」
 アキムは、自らフリードたちを自宅に案内した。
 こちらの方も、かなり大きな三階建ての邸宅である。
「シモーヌや、この方々を上客用の客間にご案内して、精一杯お世話して差し上げなさい。大事なお客様だから、粗相の無いようにな」
 アキムは、ちょっと意地悪そうだがきれいな顔をした女中に、そう命じた。
「はい、旦那様」
 シモーヌと呼ばれた女中は、つんと澄ました顔でお辞儀をして、フリードたちをそれぞれの部屋に案内した。
 フリードは、これまで、このような豪華な部屋は見たことがなかった。
 部屋の壁は檜の鏡板で、表面には何か塗料が塗られて光沢を放っている。窓は、この当時の事だから、庇の下に、ガラスの代わりに、油を塗って光を透すようにした布が張られ、天井から床まで届く綴れ織りのカーテンがその両脇に掛かっている。部屋の中央には紗の蚊帳のかかったベッドがある。ベッドの木は黒檀か紫檀らしい。ヨーロッパに産する木ではないから、おそらくわざわざアフリカから取り寄せた物だろう。
 隣の小部屋が風呂場になっていて、これにも驚かされる。部屋毎に風呂場がついているのは初めて見たのである。
 フリードはゆっくり風呂に入って、体の疲れを癒した。夏だから水風呂だが、道中の埃と汗を流すと、爽快そのものである。
 夕食は食堂で行われたが、三十人ほど座れる長テーブルの一方にアキムとその妻のサラ、マリアとジグムント、フリードの五人が固まるように座り、それに給仕が三人、女中が三人ついた。
「それで、あなた方はこれからどうなさるおつもりですか」
 長い旅の話でひとしきり会話がはずんだ後、食後のリキュールを飲みながら、アキムがフリードたちに訊ねた。
「まもなく戦が始まりそうなので、それに参戦するつもりです」
 フリードは答えた。
「しかし、失礼だが、あなた方は貴族ではないでしょう。ならば、一兵卒として参戦なさるのですか?」
 アキムの言葉に、フリードとジグムントは顔を見合わせた。この事は、彼らも悩んでいた問題だった。
「もしも、よろしければ、傭兵隊をお作りになってはいかがですか。資金は私がお出ししますよ」
 アキムは微笑を湛えて言った。
「しかし、そんなご迷惑をおかけするわけにはいきません」
 フリードの言葉を手でアキムは押しとどめた。
「いやいや、あなたがたは、マリアの恩人であるばかりでなく、人柄も、武芸の腕の方も素晴らしいようだ。たった二人で、十人以上もの山賊を退治したのですからな。その腕を見込んで金を出すのです。どうせ、この国がエルマニア国との戦いに負ければ、私らの財産は、保証されないでしょう。その時、あなた方が私たちを護ってくれるなら、こんな心強い事はない。そのための金なら、少しも惜しくはありませんよ」
「そいつは嬉しい話だ。フリード、この話を受けなきゃあ罰が当たるぞ」
 ジグムントは、フリードに言った。
「分かりました。有り難くお引き受けします」
「では、明日からでも私兵の募集をしてください。ぐずぐずしてはいられませんからね」
 アキムは、執事に命じて、金箱から金の入った皮袋を二つ持って来させた。
「ここに、大型金貨で百枚あります。銀貨に崩せば、一万シルにはなります。これだけあれば、百人くらいの兵隊は雇えるでしょう。足りなければ、また私に言ってください」
 フリードは、小さなメロンほどの大きさの、そのずっしりとした金袋を受け取った。これほどの金額を手にするのは、もちろん初めてである。
「もちろん、その金で飲み食いなさろうが、どのように使おうが、あなた方の勝手です。要は、あなた方がこの金を使って、のし上がる事です。あなた方が出世すれば、私たちにとってもいい事でしょうからね」
 アキムは鷹揚な笑顔で言った。おそらく、彼の財政から言えば、この程度の金ははした金であるのだろう。
 その晩は、フリードは思いがけなく手に入れた大金の事ですっかりいい気持ちになってぐっすり休んだが、一方のジグムントの方には、夜中にこっそりとマリアが忍んできて、こちらもフリード以上にいい気持ちで一夜を過ごしたのであった。
 

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