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風の中の鳥 20

第十九章 弟との再会

 フリードが故郷のムルドの村に着いたのは、パーリャを出てから二週間後だった。前にムルドからパーリャまで行った時にくらべると、随分早い。前の時には当てもなくぶらぶら歩いただけだし、途中で山賊に囚われた娘たちと関わったため、長くかかったのである。
 ムルドの村は、残暑の厳しい中、ひっそりと静まり、周りの木々で鳴くセミの声だけがやかましく響いていた。
 村の広場には子供たちが数人遊んでいたが、彼らはフリードの姿を見て驚いて家の中に隠れてしまった。この立派な騎士姿の男が自分たちの知っているフリードだとは気づかなかったのである。
 フリードは自分の家に行ってみた。
 村の家の中では一番大きくて頑丈に作られた家だが、只の百姓家である。家の中に鶏や山羊まで飼っていて、中は藁と家畜の匂いがする。
「お父さん! 僕です、フリードです」
 薄暗い家の中には誰もいないようであったが、家の裏庭の方から誰かが入ってきた。
「誰だ? この家に何の用だ」
 その男が弟のヴァジルである事をフリードはすぐに見て取った。
「ヴァジル! 僕だよ、フリードだ」
 その男は、薄暗い中でしばらくフリードを注視していたが、やがてつかつかとフリードの所に歩み寄った。
 フリードは弟を抱きしめようと両手を上げた。
 しかし、男はいきなり拳を振り上げて、フリードを殴りつけ、フリードを地面に打ち倒した。
「ヴァジル、何をする!」
 フリードは殴られた顔を押さえて叫んだ。
「訳は自分の胸に聞け。お前の為にお父さんもお母さんも国王の兵士に殺されたんだぞ」
 フリードは呆然となった。村を脱出した時からある程度予想していた事ではあったが、まさか本当にそうなるとは思っていなかったのである。
「そうか……。お父さんもお母さんも死んだのか。お前はどうして助かった?」
「俺が狩りに出ている間に兵士たちは来たんだ。お父さんとお母さんを殺し、村の財産をすべて奪い、若い娘たちを犯し、兵士たちは去って行った。この村の人間は、今は皆、生きる気力も失っている」
「しかし、お父さんは、国王の命令を受ける気は無かった。いずれにしても、獲物の半分を年貢に取られてはこの村の者は生きていけん」
「だが、お前が国王の兵士を殺さなければ、お父さんが報復に殺される事も無かった。みんなお前のせいだ」
「よし、分かった。その罪は認めよう。だが、こんな言い合いをしていて何になる。俺とお前が争って何になる。悪いのは国王だろう。なぜ、国王を倒そうと思わないのだ」
「馬鹿な事を言うな。鎧を着た千名もの兵士に、どうして立ち向かえるというのだ。皆殺しにされるのが落ちだ」
「では、ここで飢え死にするのを待つのか。いくら獲物を取ったところで、みんな王に横取りされるだけではないか。それでも戦わないのか。それでも男か!」
 ヴァジルは、フリードの言葉に黙り込んだ。もともと血の気の多いヴァジルには、男らしくないという非難は一番応えるのである。
 やがてヴァジルは口を開いた。
「もしもお前が国王を倒すために戦うというのなら、お前を許そう、フリード。俺達で父と母の仇を取るのだ」
 ヴァジルの差し出した手をフリードは握りしめた。
 それまで家の玄関で二人の様子を怖々眺めていたフリードの連れの娘たちが、二人が和解したらしいのに安心して、家の中に入って来た。
 ヴァジルは娘たちにびっくりして、フリードを問うように見た。
「俺の連れの娘たちだ」
 フリードはヴァジルに娘たちを紹介した。
「まあ、ハンサムな人。お兄さんもいい男だけど、こっちが可愛いわ」
 実際、ヴァジルは村中の娘の誰よりもきれいな顔をしていると評判の少年だったのだが、本人はそう言われるのを嫌がっていたのである。
 しかし、そう言われたヴァジルは怒るどころか、顔を赤くしてもじもじしている。なにしろ、村では見たことがないほど可愛い娘たちだったからである。
 フリードが戻って来たという噂を聞いて、村の者たちがやがて集まってきた。中にはヴァジルと同じように、村の受けた災難をフリードのせいにして怒っている者もいたが、大半は昔からのフリードの仲間や友人、先輩たちであり、フリードに対して暖かい友情と愛情を持っていた。彼らはその夜、フリードたちを迎える宴会を開いてくれたのであった。
 宴会の席で、フリードは国王軍と戦うという考えを皆の前で述べた。
 大半の者は、ヴァジルと同様、最初はその考えに否定的であったが、このままではこの冬を越す事も難しい、ということ、また娘や女房や姉妹を国王軍の兵士たちに犯された恨みが彼らに、フリードの考えに耳を傾けさせた。
「俺はやるぜ。他の者が厭だと言っても、俺はフリードの軍に入る。こんな貧乏暮らしにはもううんざりだ。まるで虫けらの暮らしじゃねえか。いくら働いても、みんな上の人間に取り上げられるばかりだ。死んだっていいさ。ここにいたって惨めに死んでいくだけじゃねえか」
 若者の一人が立ち上がって叫んだ。他の若者たちも「そうだ、そうだ」と同調する。
 年寄りや家族持ちはさすがに首を横に振って不賛成の様子だったが、その場にいた人間のうち、フリードの軍に参加すると決めた者は十二人いた。中には、家族持ちのくせに、フリードの軍に入ることを申し出る者もいる。
「俺は戦で稼いで、この村に帰ってくるぜ。その間はお前達だけで何とかして食っていってくれ」
 その男は女房に向かってそう言ったが、女房は夫の胸を叩いて、馬鹿なことはやめろと泣き叫んでいる。
 フリードは懐から金の入った袋を出して、その中から金貨五枚を取りだし、その女房に与えた。
「この金で、亭主が帰るまで食っていけるだろう。それで我慢してくれ」
 周りの者たちは目の玉が飛び出るような顔で、その金貨を眺めていた。金貨一枚は、およそこの村の人間の半年分の収入に当たる。
 フリードは、徴兵に応じた者たちにそれぞれ金貨五枚ずつを与え、彼らはそれを自分の家族に渡した。それを見て、徴兵に応じる者がさらに十名増えた。結局、村の働き盛りの男のおよそ三分の二が徴兵に応じたのである。

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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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