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軍神マルス第二部 45

第四十五章 魔界への旅

 マルスが即位した年の夏、アスカルファンはかつて無い猛暑と水不足に悩まされた。そして、これはマルス新国王に徳が無いせいだという流言が飛んでいた。
 マルスは全国の土地の領主を廃して、代官を任命し、租税は収穫の僅か四分の一と定めていたが、それにさえ恨みの声が上がっていた。
「いくら四分の一だって、元の収穫が無いんじゃあ仕方がねえよ」
そういう庶民の声は宮廷にも届いていたが、マルスには為す術がなかった。
マルスはロレンゾに雨乞いを頼んだが、ロレンゾは首を振って言った。
「もうずっと前から何度もやってみたが、駄目じゃった。この異変は、魔物の仕業じゃよ。賢者の書を解読しない限り、魔物の力を抑える事はできん」
 賢者の書の解読はほとんど終わっていたが、ただ、すべての呪文の鍵になる一語が分からなかった。マルスもロレンゾも、呪文の他の部分はもはや暗記していたが、その一語が分からないことにはどうしようもない。
 アンドレはアルカードからグリセリードの残党を追い出すために、兵士たちを率いてアルカードに行っていた。
「アスカルファンの危機はもはや終わったと思ったが、こんな苦難が待っていたとは……」
ぐったりと疲れて顔を両手に埋めるマルスをマチルダが慰める。
「戦ならどんな苦難も乗り越えてきたマルスも、お天気だけはお手上げね。それじゃあ、今度は魔物退治に行く?」
 マチルダは冗談のつもりだったが、マルスははっと顔を上げた。
「そうだ、何も魔物の出現を待っている事は無い。こっちから出かけて行こう」
「出かけるって、どこに行くのよ。魔物のいる所、知ってるの?」
「探すさ。国王業より、僕には戦が似合ってる」
マルスは宰相のオズモンドに国王の代行を頼んだ後で、ロレンゾの所に行った。
「ロレンゾ、こちらから魔物の所に行きましょう。何もダイモンの指輪に頼ることはない。魔物を全部倒してしまえばいいことだ」
「簡単に言うな。人間を相手の戦とは話が違うぞ。魔物に心を食い破られて、二度とまともな心に戻れなくなってもいいのか」
「アスカルファンをこのまま滅亡させるよりはいいでしょう。それが国王としての義務です」
「見上げた心がけじゃ。すべてを犠牲にする覚悟はあるのか」
「自分の命だけは犠牲にする覚悟はあります」
「それが、すべてという事じゃよ。一人の人間が死ぬ事は、一つの世界が消滅するという事だ」
ロレンゾは目をつぶって考え込んだ。
「確かに、魔界に入れば、そこでは我々も魔物と同じ存在になる。普通の魔物なら、戦って倒す事も可能じゃろう。だが、強大な魔物は、こちらの心を支配する事が出来る。そうした魔物と戦って勝つ事が出来るとは思えんな」
「でも、やるしかないんです」
「よし、行こう。今度はわしとお前だけじゃ。この世に帰れなくなった時のために、思い残す事がないようにしておけよ」
「マチルダ以外には思い残す事はありません」
「あした正午、出発しよう。今夜はよく休んでおけ」
 翌日、マルスはマチルダに魔界に行く事を告げた。
「そんなのいやよ! マルスが帰ってこられなくなったら私はどうするの」
マチルダは涙を浮かべて抗議した。
「なんでマルスがそんな危険な事をやらなけりゃあいけないのよ。そんなのお坊さんの仕事でしょう」
「魔界でも僕は戦うのさ。戦いは僕の仕事みたいなもんだ」
マチルダはなおも恨み事を述べたが、マルスの決心は変わらず、とうとう諦めた。
「で、誰と行くの?」
女と一緒なら許さないわよ、と思いながらマチルダは聞いた。
「僕とロレンゾだけさ」
とマルスは答えた。もちろん、正直に言ったのだが、結果的にこれはマチルダに嘘をついたことになった。
 ロレンゾの所にマルスが行くと、そこにはヤクシーとヴァルミラがいたのである。
「ロレンゾ、これは?」
「うむ、気が変わった。わしら二人だけでは少し心許ないので、この二人にも行ってもらう」
「なぜ、この二人なのです」
「ヤクシーには、魔物に対する不思議な力があるし、ヴァルミラは超人的な武勇の持ち主じゃ」
「ピエールは?」
「五人ではまずいのじゃ。魔法の都合上な。四という数が大事なんじゃ」
ロレンゾの説明を聞いても一向に腑に落ちなかったが、とにかくこの四人で出発する事になった。
「また君に助けて貰う事になったな、ヴァルミラ」
マルスはヴァルミラに言った。
「どうせ私はここでは余計者なんだから、地獄巡りもいい暇潰しよ。マルスも私も殺した人間の数から言えば、地獄のいいお客さんじゃない?」
ヴァルミラは笑って言った。

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酔生夢人
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仙人
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考えること
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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