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軍神マルス第二部 42

第四十二章 アンドレの帰還

「ロレンゾ、あの雪を止めることはできないか?」
マルスは傍らのロレンゾに言った。
ロレンゾは思念を凝らした。雪は止まった。だが、あっという間に、また降り出した。
「駄目じゃ。向こうにも妖術師がいる。しかも、そいつは悪魔の力を借りていて、強大な力を持っている。そいつが雪を降らせているのじゃ」
敵兵の黒い影は、静かに近づいた後、しばらく動かなくなった。おそらく、先頭の何人かが落とし穴に落ちたのだろう。
「ジョーイ、あの落とし穴までの距離は分かるか」
「ああ、覚えている。戦場の下見は何度もした」
「よし、ならば、そこまでの距離を計算して、盲撃ちをしろ。音で落ちた位置を判断して、少しずつ修正するんだ」
マルスは、猟師の呼子を矢の先につけ、遠くの影に向かって矢を射た。
矢は、音を立てながら黒い影の手前に落ちた。まだ、敵は味方の石弓の矢の範囲に来ていないようだ。マルスは、大急ぎで火矢を何本か作らせた。
「いいか、この火矢を目印に射るんだ。真っ直ぐに、この火矢に向かって射るんだぞ。そうすれば、ちょうど敵の上に落ちる」
マルスは、次々と矢倉に上って、目印の火矢を射た。矢はグリセリード軍を超えて、彼方に落ちたが、他の弓兵の石弓の軌道を考えれば、これでちょうどグリセリード軍の上に矢が落ちるはずだ。

 シャルル国王は、雪の中を飛来する矢と石に驚いた。
「なぜ、この雪の中でこちらの位置が分かるのだ」
「分かるはずはありませんよ。盲撃ちをしているだけです。当たるのはまぐれです」
参謀役のロックモンド卿が言った。
「そうか。安心したぞ。もし、こっちの位置が分かるのなら、せっかくマーラーに頼んで雪を降らせている意味が無いからな。ははは、この雪にはあのマルスめもまいったであろう。自慢の弓が、この雪では使えないからの」
国王軍の兵士たちは、しかし、雪の中を飛来する矢と石に怯えきっていた。前方の様子は雪に包まれて全く見えない上に、あちらからは、まるでこっちの姿が見えるかのように矢と石が降り注いでくる。これでは、殺されるために前に進むようなものだ。とにかく、周りが見えないことくらい不安なものはない。
国王も、あまりに相手の石と矢が当たり過ぎる事に、だんだんと不安になってきた。
「おい、あちらにはこっちが見えているのではないか。あまりにも被害が大きすぎるぞ」
「そんなはずはありません」
そう言いながらも、ロックモンドも不安な気持ちに襲われていた。
「もしも、向こうにもマーラー並みの魔法使いがいたらどうじゃ。そいつが、雪の中でも見えるような魔法を使っていたとしたら」
シャルル国王は、臆病者の常として、想像を悪い方へ悪い方へと募らせていった。
その時、シャルル国王に向かって、巨石が雪の中を飛来してきた。
その巨石はシャルル国王には当たらなかったが、王冠を弾き飛ばして、傍らの軍旗をへし折った。
「うわっ!」
シャルル国王は身を伏せた。これは、どうしても、向こうにはこちらの姿が見えているのだ。
「やめい、やめい、マーラー、雪を止めよ。この雪は味方を不利にするだけじゃ」
国王は震え声でわめいた。
王の左手にいたマーラーは、呪文を呟いた。そして、雪が止んだ。

 雪の止んだ平野は、一面の雪が積もり、その上にいる国王軍の兵士たちははっきりとした弓の的になった。マルスたちの弓兵たちは、今度こそ狙いをはっきりと付けて矢を射始めた。国王軍からも、矢の応酬をするが、矢倉から射る飛距離の差の分、分が悪い。それに、マルス側には矢防ぎがあるのに、国王軍にはそれが無いのも不利である。
 だが、矢で兵士たちを殺されながらも、騎兵が突進していくと、その何割かはマルス軍の陣地に入り込むことが出来た。そうした敵兵の侵入を受けた部分では白兵戦が始まっている。
 この状況の中で、国王軍の後方から走ってきた騎士が、走りながら国王シャルルの肩に切りつけた。
 残念ながら、深手を負わせることは出来ず、その騎士はそのままマルス軍の方へ駆け抜けていった。
「待て、あれはアンドレだ。あの白い鎧の騎士は撃つな」
マルスは大声で指示した。
マルスたちの陣営に飛び込んだアンドレは、荒い息をつきながら、マルスと抱き合った。
「マルス、済まない。どうしてもレント国王を説得できなかった。普段は仲が悪くとも、同じ国王同士としては、国王への反乱軍の味方をするわけにはいかん、ということだ」
「ああ、多分そうなるだろうとは思っていた。それより、よく戻ってくれた」
「死ぬ時は一緒だ。さっき、シャルル国王に斬りつけたが、斬り損ねた。やはり、剣は私の柄じゃない」
照れたように言うアンドレの言葉に、マルスは笑い声を上げた。
マルスは全軍の指示をアンドレに任せ、自分は戦いに専念することにした。アンドレは城の天守閣に上り、そこから戦況を見て指示をすることになった。

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