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軍神マルス第二部 37

第三十七章 戦いの終わり

 戦いは終わった。
 グリセリード軍は、総指揮者エスカミーリオ以下、将官数名が戦場から逃亡し、兵士たちだけでしばらく戦ったが、統率を失った軍隊はやがて、アスカルファン、レント両軍によって滅ぼされた。
 グリセリード軍の死者はおよそ五万人、負傷者と、降伏して捕らえられた兵士は三万五千人、残りは戦場から逃亡していった。
 捕虜の中にヴァルミラもいた。
 自分に斬りかかって来た相手が女である事に驚いたマルスは、相手を殺す気にはなれず、ただ相手の剣を避けるだけであった。そうしたマルスの姿を見たアスカルファン兵士の一人がヴァルミラに矢を射た。矢はヴァルミラの右腕に刺さり、剣を取り落とした所をマルスが生け捕りにしたのである。
「私を殺せ。そうせぬと、どこまでもお前を追って、殺してやる」
ヴァルミラはマルスに向かって叫んだが、マルスは自軍兵士に、この娘を手荒に扱うな、と指示した。
 戦勝の祝賀会の後、戦の功労者の褒賞があった。
 第一の殊勲者にはマルスの名が挙げられ、マルスは領主が不在になっていたゲイル郡を領地として与えられた。
「やれやれ、マルスも貴族になった御蔭で、まともに評価して貰えるようになったな」
ピエールがマルスに言った。久し振りに皆がオズモンドの家に集まって慰労会をしていたのである。
 その席上で、只一人、トリスターナだけが浮かない顔をしていた。
 マルスが戦場で倒したという栗色の髪の敵将が、マルスの父のジルベールではないかと思ったからである。もし、そうだとしたら、この事は自分だけの秘密として死ぬまで人には言わない事にしようとトリスターナは考えた。
「しかし、三万五千人の捕虜は一体どうなるんだい」
ジョーイが言った。
「普通なら、身代金を敵国に要求するが、相手がグリセリードだけに、下手にそんな要求をしたら、もう一度軍勢を寄越しかねないからな。なにせ、兵隊だけはいくらでもある国だからな」
オズモンドが答えた。
「捕虜の中には、とても美しい娘がいたそうね」
マチルダがマルスに聞いた。
「うん。鬼姫ヴァルミラと言って、グリセリードでは有名な女らしい」
マルスが答える。
「シャルル国王が、一目見て大層お気に入りで、自分の后の一人にならんか、と聞いたが、一言のもとに撥ねつけたそうだ」
オズモンドが宮廷ゴシップを教える。
「身代金の払えない兵士はどうなるのかしら」
ヤクシーが聞いた。
「普通は、殺されるな。アスカルファンには奴隷の習慣はないし」
オズモンドの答えに、女たちは眉をひそめた。
「全部、国に帰してあげればいいのに。好きで戦った人だけでもないでしょうに」
トリスターナの言葉に、一同うなずく。
「とりあえずは、この戦で死んだ兵士の死体の片付けや、壊れた家屋敷の修復に、捕虜たちが使われるだろうが、その後どうなるかは国王の気持ちひとつだな」
オズモンドが結論を述べた。
「しかし、戦後の処理も大変だな。また、税金が上がって、庶民の暮らしは大変だぞ」
ピエールが言うと、マルスもうなずいた。やはり、この中では庶民の暮らしを知っているのはこの二人である。ジョーイはまだ生活者としての実感はあまりない。
「おい、爺さん、さっきから何も言わないが、どうしたんだ。息はしているか?」
ピエールが、隅の方で瞑想に耽っているロレンゾに声を掛けた。
「うむ、さっきお前たちが言った事を考えていた。ほれ、ヤクシーが町で見かけた男じゃ」
「オマーの事?」
「そうじゃ。もしかしたら、そのオマーこそが悪魔の封印を解いた男かもしれん」
「まさか、そんな」
「オマーはイライジャの所にいたのなら、古代パーリ語の書物を読んでいたのかもしれん。頭のいい男なら、まったく未知の言葉を読み解けると聞いたことがある」
「それは本当だ。アンドレは全く独学で、グリセリード語の本を読み解いたことがあるそうだ」
マルスが言った。ロレンゾはうなずいて続ける。
「まして、古代パーリ語は大部分が象形文字じゃ。時間さえあれば、ある程度読めるようになるだろう。発音は今のパーリ語から類推できるだろうしな。で、かなり飛躍した想像じゃが、オマーがイライジャの元を出て、ザイードの専属の魔術師として仕えたとしたら、きっとこの賢者の書を見る機会があったじゃろう。その写しを取って、悪魔を呼び出したとすればどうじゃ?」
なるほど、と一同はうなずく。考えられない話ではない。
「でも、なんでそのオマーがアスカルファンにいるの?」
マチルダが聞いた。ロレンゾは答えた。
「マルスの指にあるダイモンの指輪が欲しいんじゃよ。それがあれば、悪魔の要求に従うことなく、悪魔を使うことが出来るからな」

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