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少年マルス 33

第三十三章 エスカミーリオ

マルスらは、晩餐会の後も王宮に泊まるよう勧められた。もちろん、マルスたちに異存はない。宿屋の湿っぽい、南京虫だらけのわら布団のベッドではなく、よく干されたふかふかのベッドで寝られるのはもっけの幸いである。
王はそれから三日続けて、アンドレとオズモンドに話を聞いていた。マルスは残念ながら、国家情勢にはうといので、あまり相手にされなかったのである。そのかわり、マチルダやトリスターナと共に、王妃ロミーナの話し相手をした。ロミーナには、政治の話よりも、マルスの語る野山の話が面白かったようである。
四日目の朝、オズモンドがマルスの寝室に現れた。
「王に来客があるらしい。それが、グリセリードからの使節だということだ」
「では、レントと同盟を結ぶ気か」
マルスでもそれくらいの予想はつく。
「多分な。アンドレが同席して話を聞くことになっている。僕は追っ払われた」
「なんでアンドレだけ同席がゆるされるんだ?」
「王はアンドレが気に入っているんだ。昨日も、このままここで仕えないかと聞いていた。
それに、アルカードはまだ国というほどの国でもないから話を聞かせてもかまわん、ということだろう」
「だが、アンドレはどうせ我々に話すだろう」
「奴がその気になればな。だが、奴は旅の仲間ではあるが、アスカルファン人ではない。もしかしたら、我々に話さんかもしれんよ」
 オズモンドはアンドレには厳しかった。あいつは、どこか情がない、というのである。マルスから見れば何でもないような事が、オズモンドにはひどく癇に障るらしいのである。
確かに、アンドレには、人間の感情に疎いところがあったが、けっして情がないわけではない。しかし、彼の合理的思考はオズモンドには肌に合わないようだった。
国王とグリセリードの使節の会見が終わった後、オズモンドとマルスはアンドレを捕まえて、会見の模様を聞いた。
「あの使節は実に頭がいい。話し方が気が利いているし、頭の回転がいい。並みの国王では、あの弁舌に簡単に丸め込まれるだろうな」
アンドレは会見の内容よりも、使節の方が気に入ったようで、そんな話をして、オズモンドをいらいらさせた。
「使節の事はどうでもいい。肝心の話の中味は何なんだ」
アンドレは、そんな事、分かりきってると言いたげに、オズモンドを見た。
「もちろん、レントに同盟を申し込んできたのさ」
「で、王は何と答えた」
「それには答えないで、アスカルファンの内乱は、グリセリードが糸を引いたものか、とずばりと聞いたよ」
「使節は何と?」
「違う、と即答した」
「アンドレはどう感じた。その答えは本当か、嘘か」
「さあな。使節は何の動揺もなく答えたが、そこが却って怪しいとも思われる。普通、ああいう質問には、無関係な者でも動揺するものだ。だが、本当のところは分からんさ」
「同盟の件についてはそれで終わりか」
「いや、三日のうちに返答すると言っていた。だが、おそらく断るだろう。前に言ったとおり、グリセリードがこの時期にレントとの同盟を申し込んできたのは、おそらくアスカルファン侵攻を予定してのことだ。そして、アスカルファンの次はレントに決まってるからな。要するに、アスカルファンを攻める間、レントをじっとさせておく事が狙いなのだ。王もそれは分かっている。しかし、断ると、グリセリードにはっきりと敵対することになるから、この判断は難しいことだろう」
「では、同盟を受け入れる可能性もあるんだな」
「まあな」
オズモンドは不愉快そうに、舌打ちをした。さすがに、故国の存亡を目の前にして、自分が手を拱いているのが忌々しいのである。
 
 使節が滞在していた三日の間に、マルスはその使節を目にする機会が二、三度あった。
年はまだ三十前くらいで、ほっそりと優雅な体つきをしているが、体にはバネがありそうな感じである。顔は顎が細い逆三角形の顔で、色浅黒く、ぴんと跳ねた口髭と、顎の先に僅かな顎鬚を生やしている。大国の使節のわりには、威張ったところはなく、挙措も礼儀正しい。だが、マルスの直感は、この男が油断のならない男である事を告げていた。虎や狼ではなく、狐の狡猾さを持った男であり、もしかしたら、その上に狼の残忍さを備えているかもしれない。
 使節の名はエスカミーリオと言った。
三日後、ジュリアス王は、グリセリードとの同盟をはっきりと断った。
「残念です。だが、レントがせめて我々に敵対しないという事を私は望みます。王のように優れたお方と戦場で見えるのは悲しいことですからな。もしも王がアスカルファンとの同盟でもお考えになっているのなら、失礼ながらそれは愚かだと申しておきましょう。小国との同盟で、むざむざと大国グリセリードを敵に回すことになるのですからな」
エスカミーリオはそう答えて、優雅に一礼して、レント宮廷から立ち去った。

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