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少年マルス 36

第三十六章 グリセリード軍の侵攻

海賊たちを撃退した後、マルスたちは、アスカルファンに上陸した。
ここはアスカルファンの西端のゲール郡である。ピエールの生まれ育ったところだが、彼はここにはいやな思い出しかないらしい。
「船に乗せて貰った礼に、お前らが知りたがっている戦争の様子を、この辺で聞いてくるよ」
ピエールはそう言って、ジャンと共に船を下りていった。
翌日の昼頃、ピエールとジャンは、前後して帰ってきた。
「戦場は、ポラーノ郡だ。諸侯たちは一応皆、国王軍側についているため、国王軍側が優勢なようだ。もっとも、アルプのジルベルト公爵や、ゲールのアドルフ大公は、戦場の近くでお茶を濁しているだけのようだ。形勢が変わったら、反乱軍に寝返るつもりだろう」
ピエールに続けて、ジャンも報告する。
「ポラーノのカルロスは、盛んに他の諸侯に密使を送って、反乱が成功した暁の報酬を約束しているようだ。やはり、それで心が動いているのは、ジルベルト公爵や、アドルフ大公のようだがね」
「グリセリード軍が侵入したという話は?」
オズモンドの問いにピエールが答えた。
「まだのようだ。しかし、山脈の向こうのことは分からん。あるいは、すでに山を越えているかもしれん」
 ピエールらが別れを告げて去った後、マルスたちはアンドレらと合流するため、アスカルファンの南西の小島、エレギアに向かった。エレギアから東に行けば、バルミアに行けるし、北に行けば、マサリア郡、あるいはアルカードに向かうことになる。
 約束の日、西の海上を眺めていたマルスは、水平線上に船が現れるのを見た。
船は次々に増え、やがて海上を五十隻の大船が埋め尽くした。
先頭の船の船首にアンドレの姿を認めて、マルスは大きく手を振った。
「凄い数の船だな。兵士は何人だ?」
船から下りてきたアンドレと握手しながら、マルスは聞いた。
「兵士が四千人に、馬が五百頭だ。細かく言うと、騎士が二百五十名、弓兵が五百名、歩兵が三千名で、残りが鎧職人や騎士の従者、船の水夫たちだ」
「それだけいれば、大きな戦力になりそうだな。だが、今のところ、国王軍が優勢なようだから、助けは必要ないかもしれん」
「いや、きっとグリセリード軍はやってくる。その時がレント軍の出番だ」
アンドレがそう言った時、北のアスカルファンの方から海上に一隻の小船が現れ、こちらに向かってくるのにマルスは気づいた。
「あの船は何だろう」
アンドレが言う間に、マルスはその船に乗っているのがピエールであることを見て取っていた。
浜辺に着いた小船から飛び降りて、ピエールはマルスとアンドレの方に駆けて来た。
「グリセリードが攻めてきた。二日前に山を越えていたらしい。昨日戦闘があって、国王軍が敗北したようだ。さっき俺の知り合いの早耳のラドクリフから聞いて、急いでここに来たんだ」 
息をはずませて言うピエールにマルスは手厚く礼を言った。
「なあに、昨日のままの話だと、俺は嘘を言ったことになる。俺は敵には悪どい事でも何でもするが、味方には信義は守るんだ」
マルスはオズモンドを交えて、アンドレと作戦を決めた。その作戦は、アンドレが兵の大半を率いてバルミア方面から国王軍の救援に向かい、マルスは北を回って上陸し、騎兵隊を率いてグリセリード軍の背後をつく、というものである。
アンドレは、アスカルファンの地図を広げて、じっと考え、やがて
「戦場はここになる」
と指差した。そこは、バルミア近郊の、イルミナスの野であった。
「会戦は、グリセリード軍の進軍速度から見て、五日後だ。マルスの軍は、我々の軍より、半日か一日遅くなる。マルスが間に合うよう、我々は戦闘をできるだけ長引かせるつもりだが、できるだけ早く到着してくれ。さもなければ、バルミアが戦場になるだろう」
オズモンドとマルスは顔を見合わせた。
バルミアの市民たちをグリセリード軍に蹂躙させてはならない。マルスの脳裏に、ジーナの顔が浮かんだ。
先ほどのピエールの話では、アスカルファンに侵入したグリセリード軍は、およそ一万人だという。さすがに物凄い数である。おそらく、その中には、グリセリードの属国から徴用された兵士たちも多いのだろう。これまでのアスカルファンの戦争では、多くても数千人単位での戦闘しかなかったのである。ポラーノの反乱軍も二千人で、それと戦った国王軍は、諸侯の参加した人数を入れても四千人だったようだから、数の上ではグリセリード軍に圧倒されている。レントの援軍を入れても、まだ数では負けているのである。
これもピエールの報告の一つだが、アルカードから山脈を越えてアスカルファンに侵入してきたグリセリード軍は、ほとんど馬を持っていない。だが、そのグリセリード軍が、国王軍を圧倒したのは、奇妙な武器を持っているためらしい。それは、弓の一種だが、恐ろしく強力な弾性を持った弓であり、人間の力では弦をひくことさえできない。簡単な機械で弦を引いて、それを留め金に掛け、引き金を引いて発射するという、機械のような弓である。石弓(弩)というものらしい。
機械で弦を引いてセットするのに時間がかかるのが、この石弓の欠点だが、弓兵の人数が多いグリセリード軍ではそれも問題にならず、国王軍は、常識を外れた距離から飛んでくる矢の雨の前に、為す術も無く敗れ去ったということである。

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