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少年マルス 31

第三十一章 弓術大会

 弓術大会の当日、マルスは大会の会場の野原に集まった出場者の中に、ピエールの姿を見つけて驚いた。
「あんたも出るのか」
マルスが言うと、ピエールは、にやりと笑って片目をつぶってみせた。
「俺は弓にかけてはなかなかのものなんだぜ」
やがて、予選が始まった。
言葉通り、ピエールの弓の腕はたいしたものであった。
的を注視することもなく、無造作に狙って次々に射る矢は、一本も的を外さず、ほとんどが黒点近くに突き刺さる。
「どうも動かない的ってのは苦手だ」
そううそぶいてピエールは、次の順番のマルスに番を譲った。
マルスも同じように次々に的を射ていく。
「ほほう、こいつは凄い」
見ていた見物人の間から感嘆の溜め息が洩れた。
マルスの矢は、すべてが黒点に刺さったのである。
結局、予選はマルスとピエールが十本皆中で通過した。二人に次ぐ成績は、やっと六本的中だから、この二人の腕は図抜けている。

「どうだい、マルスに賭けろと言ったのが分かっただろう」
オズモンドが、並んで見物していた旅籠の主人に自慢気に言った。
「確かに、素晴らしいですな。しかし、それでもエドモンド様に勝てるかどうか」
主人はやはり半信半疑である。
本戦が始まった。
旅籠の主人が名を挙げた強豪たちが次々に登場して来た。本戦は、試技が二回行われ、一回目の試技で二人が勝ち残り、その二人で最終決戦が行われる。一回目は近的で、二回目が遠的である。
予選通過者のピエールとマルスの一回目の試射が行われたところで、予選免除者たちの顔色が変わった。二人ともまたしても皆中だったのである。しかも、マルスはすべて黒点命中、ピエールは黒点に九本命中である。
「くそっ、矢羽がまずかった」
ピエールは弓を地面に叩きつけようとしたが、思いとどまって、マルスに握手を求めた。
「あんたは俺以上の弓の名人だ。ぜひ、優勝してくれ」
二人の後を受けて、有名強豪たちが、次々に試技を行うが、二人を超えねばならないという重圧に負けて、いい結果が出せない。
ヨーク公ジョンは六本、黒騎士リットンは七本、サマセットのギルバートに至っては五本しか的中しない。
国王宮廷の名誉を担って、エドモンドが登場した。
年は三十そこそこだろう。金髪で細面の気品のある顔だが、取り澄ました表情は、あまり人好きはしない。
エドモンドは見ている者の息がつまるくらい時間を掛けて的を狙った。
一本目、矢は見事に黒点に当たった。
「幸運だな。これで、後は同じように狙えばいい」
マルスの側にいるピエールが言った。
「しかし、何という遅さだ。これが戦場なら、こいつの弓は使い物にならん」
ピエールの言葉に、マルスは同感だったが、
「あれだけの時間に耐えられる精神力と集中力は凄い」
と弁護した。
 エドモンドは、水を打ったように静まり返った会場で、無念無想の面持ちで、相変わらず長い時間を掛けて矢を射ていった。矢はすべて黒点に刺さっていく。
 最後の一本。エドモンドは額に汗をにじませていた。
 大きく息をついて、構えた足場を一度外す。
(ああ、駄目だ)
マルスはエドモンドに同情した。一度リズムを崩すと、矢は当たるものではない。
 エドモンドの最後の矢は、的にすら当たらなかった。
会場は大きくどよめいた。大本命が敗れたのである。
 ピエールとマルスの間で争われた最終決勝は、十本対八本で、マルスが勝った。さすがに遠的では、すべて黒点命中とはいかなかったが、十インチもの大きさの的をマルスが外すはずはなかったのである。
 マルスとピエールは王の前に呼ばれて、お褒めの言葉を頂いた。
天幕にしつらえられた王座に座る国王は、ジョンの言った通り、非常に若い。オズモンドと同じくらいだろう。顔も、どことなくオズモンドに似ているが、彼よりは繊細で癇症らしい顔つきである。
「お前らは、この国の者ではないな」
「はっ」
王の言葉に、二人は緊張した。
「アスカルファンの者と見たが、なぜこの大会に出た」
ピエールが答えて言う。
「私は賞金が目当てで」
「そちは」
王の目をじっと見て、マルスは少しためらった。

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