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少年マルス 30

第三十章 エーデルシア

 エーデルシアは、美しい湖畔に聳える水城である。スオミラのような城砦都市ではなく、まず、エーデルシア城が作られて、その後にその周りに城下町が出来てきたものだ。
「きれいな城ねえ。サンドリヨンの御伽噺のお城みたい」
トリスターナが言った。
「アスカルファンの城は古代風の無骨なものが多いからな」
オズモンドが言う。
「こういう城は本では見たが、実物は初めてだ。しかし、中には入れないだろうな」
アンドレが例によって、誰にともなく言う。
「とりあえず、飯だ」
オズモンドの言葉で一同は町の旅籠に馬車を止めた。
旅籠で出来る最上のメニューと言っても知れたものだが、空腹には何でも美味い。兎のシチューや塩漬け鰊、塩漬けの豚肉といったもので一同は何杯もエールを飲んで、良い気分になった。
「お武家様たちは、お城の弓術大会に出なさるんで? それとも見物ですか」
旅籠の主人が、満腹して陶然とした気分のオズモンドに話し掛けた。
「そんなものがあるのか。いつだ?」
「明後日ですよ。その日は町人も見物が許されるというので、皆楽しみにしてまさあ」
「優勝候補にはどんな奴がいる?」
「そうですな。国王のお抱え騎士のエドモンドが一番の候補ですが、他にも腕自慢はたくさんいますよ。ヨーク公ジョン、黒騎士リットン、サマセットのギルバートなどがその中でも強豪でしょうな。もし賭けるなら、エドモンドに賭けるのがいいでしょう」
「カザフのマルスはどうだ」
「そんな人は聞いたことがありませんな」
「ここにいるこいつさ。弓にかけては天下に並ぶ者なし、という男だ」
オズモンドがマルスを指差す。
主人はマルスを品定めするように見て、首を振った。
「なかなかいい体をしてますが、どう見てもまだお若すぎますよ」
「ははは、マルスも見くびられたもんだな」
「弓の試技はどう行う」
アンドレが聞いた。どうにも実務的な男である。
「近射は五十歩、遠射は百歩で、的はどちらも十インチの的に一インチの黒点が入ったものです」
「一インチと言うと、一寸だな」
マルスは想像したが、まるで子供だましである。二百歩先の木の実を射落とすマルスが五十歩や百歩先の一インチの的を外すことはありえない。もっとも、風模様の天気で、その瞬間に突風でも吹けば別だが。
「その弓術大会に出るにはどうすればいい」
アンドレがさらに尋ねる。
「当日、お城で申し込めばいいんでさ。地方から来た者には午前中に予選があって、上位二名が本戦に出られます。有名強豪は予選が免除されますから、本戦は六名で争うことになるでしょうな」
「そうか。親父、いろいろ教えて貰った礼に、いい事を教えてやろう。こいつが予選を通ったら、……まあ、通るのは確実だが……こいつに賭けるんだ。大儲けできるぞ」
オズモンドが言ったが、主人は疑わしそうな目でマルスを見るだけである。

しばらく町を歩いてみると、なるほど国中から集まってきたらしい武芸者、腕自慢の男たちが町を闊歩している。そのほとんどは弓を手にし、あるいは背に担いでいるので、すぐに分かる。
町はお祭りめいた活気があり、辻辻では大道芸人の見世物まで行われている。熊使い、火吹き芸人、軽業師のとんぼ返り、パンチとジュディの人形芝居。鼻をたらした子供達が、ぽかんと口を開けてそれらの見世物に見入っている。
「まあ、楽しい事。ほら、あの人形、おかしいわ」
トリスターナとマチルダは大喜びである。
マルスは日覆いの下で店を開いている占い師の前に立った。
「失せもの、尋ね人、恋の悩み、何がお望みじゃな?」
「失せものだ。青い石の入ったペンダントを探している」
「ほほう、それは高価な物かな」
「それほどでもないが、僕の父の形見だ」
「それはそれは。なら、探してしんぜよう」
男は水晶球をしかつめらしく眺めた。
マルスは笑い出した。
「そんな物を見なくても、自分の心に聞けばいいじゃないか。ピエール」
占い師は高笑いして、付け髭を取った。愛嬌のある、若々しい顔が現れる。
「ばれていたか。だが、ペンダントは持ってないぞ」
「無理に返させようとは思わんが、あれはあんたが思う以上に貴重な物だ。持っているなら、しばらく預けておくから、人には渡さないでくれ」

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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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