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「魔群の狂宴」 15


・夜。霧が一帯を包んでいる。
・銀三郎が馬での遠出からの帰途である。町近くの林の中を通りかかると、林の陰から男が現れる。

懲役人藤田「ちょっとお待ち願えますか、須田子爵様」
銀三郎「何者だ」
藤田「藤田ですよ、あなたの忠実な家来です」
銀三郎「家来にした覚えはない」
藤田「まあ、自発的家来という奴で。それより、須田さん、あんた大変なことになっていますよ」
銀三郎「どういうことだ」
藤田「酒場で田端という野郎が騒いでいたんで、その話を少し聞いたら、あんたあいつの妹のキチガイと結婚しているらしいじゃないですか。まあ、うまく聞き出したんで、あっし以外はまだ知らないでしょうがね。このことが世間に知れたらまずいんじゃないですか」
銀三郎「どうでもいい話だ」
藤田「あっしなら、簡単にこの件を片付けられますがね。誰にも迷惑をかけないで、すべては秘密の沼の中に消えますよ」
銀三郎「お前がやりたいなら、何でも好きにしろ。俺にはどうでもいいことだ」
藤田「まあ、後払いでもいいんだが、少し手付を貰えませんかね。1円でいいんですが」
銀三郎「カネか。欲しいならやろう。踊って見ろ」
銀三郎、財布を取り出して1円札を空中に投げ上げる。藤田はそれを慌ててつかもうとする。
銀三郎は狂的な笑いをあげながら、次次に1円札を空中に投げ上げながら去っていく。

・藤田が風に舞うカネや地面に落ちたカネを拾う「踊る」姿。


(このシーン終わり)



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タイガー! タイガー! 13



第十七章 アンセルムの村


 


フロス・フェリたちに別れを告げてから三日後にグエンたちは森を抜けた。なだらかな草地が上がったり下がったりして、時々は林もあるが、もはや密生した森林地帯ではない。周りの明るくなった景色に、一行は何となく心が軽くなる気分だった。実際には、森の中よりも人里のほうが危険は多いのだが、グエン以外の人間は、やはり人間の世界でこれまで生きてきたのだから。


「まず、道を探しましょう。その道を通っていくか、わざと道を避けるかは別にしても、どこをどう行けばどこに向うかという大体の見当くらいはつけておかないと」


フォックスの言葉にグエンはうなずいた。


「ならば、遠くまで見晴らせる高いところを探してみよう」


そう言って、グエンはゆるい斜面を先に立って登っていった。


その後からフォックスが早足でついていく。


「あなたたちはその辺で休んでいてもいいわ。近くに人はいないようだから」


後からついてこようとする子供たちにはそう声をかけたが、二人の子供は首を振ってグエンたちを追う。


やがて小高い丘の頂上に出た。


西の遠方には、彼らが来た森があり、その北には大山脈が続いている。この大山脈がサントネージュとユラリアの国境だったのである。そして、丘の東にはなだらかな平地が広がっていた。ここからタイラスの中心地に続いていくのである。


ずっと向こうに細く野原を横切っている薔薇色の線がランザロートに続く道だろう。その大都会は、もちろんまだ視界には入らない。だが、その道の途中途中に灰色の集落が見える。村が幾つかあるのである。


「まず、あの村に行きましょう。旅芸人としての初舞台ですよ」


「ああ、そうだな。後で、少しまた打ち合わせをしよう。俺たちの素性についての作り話もまだきちんとできていないからな」


「そうですね。名前はこのまま、ソフィ、ダン、グエンでいいと思いますが、私は変えましょう。フォックスという名前はサントネージュ宮廷では少し知られてますから。そうですね、ええと、前はフローラだったかな。似合わない名前だこと。いいわ、フォッグにしよう」


「フォックスに似すぎていないか?」


「そうかしら。じゃあ、フォギー」


「フォギーだな」


「いい、ソフィ、ダン、私はあなたたちのお母さんで、グエンの奥さんのフォギーよ。忘れないで、人から聞かれたら、そう答えるのよ。ただし、あなたたちはグエンの連れ子ということにします。いくらなんでも、こんな大きいこどもたちのお母さんでは、私が可愛そうよ」


「どうしてさ」


「つまりね、あんたやソフィを私が生んだとしたら、私は30歳くらいの年だと思われるの」


「そうじゃないの?」


「あのねえ、私はまだ25歳よ」


「たいして違わないじゃん」


「たしか、前には24だと言っていたが」


グエンが口をはさむ。


「えっ? そうでしたっけ。まあ、どっちでもいいでしょうが。案外と細かいことを覚えているわねえ」


「いや、すまない。なるべく打ち合わせは正確にしておきたいのでな」


「はいはい、25ですよ。大年増です」


「フォギーは若いわよ。それに、サントネージュ一番の美人だわ」


「ありがとう。ソフィはやさしいわね。それに比べて、この男たちは」


グエンとダンは肩をすくめた。フォギーの年が20歳だろうが30歳だろうが、彼らにはまったく関心の外である。


 


半日ほど歩くと、後少しのところに集落が見えてきた。


「さて、旅芸人ならば、本当は馬車の一つもほしいところね」


フォギーが言う。


「エーデル川を渡る時に、馬も馬車も捨てたからな」


「幸い、お金はあるけど、タイラスのお金ではないからねえ」


「あの、少しならタイラスのお金があります」


「えっ?」


フォギーはソフィを見た。


「あの、緑の森の盗賊たちと一緒にいたお姉さんから貰ったんです」


「貰った?」


「はい。その代わりに、サントネージュのお金を少しあげました」


「何だ。交換したわけね。でも、良かった。どれくらいある?」


「はい。これは、いくらくらいなんでしょう」


「ふうん、金貨と銀貨だから、結構あるんじゃないかしら。助かるわ。少なくとも、食事代や宿代くらいにはなりそうね」


「宝石は金にはならんのか?」


「都会なら金に換えることもできるでしょうけどねえ」


「物のほうが金に換え易ければ、俺の剣を売ってもいいぞ」


「まさか。売るなら、私の剣を売りますよ。私が剣を持つより、グエンが持つほうが百倍いいに決まってます」


「まあ、どうせ敵から奪った剣だから、それほど愛着もない。必要なら、そう言ってくれ」


「はい、じゃあ、必要なときは言います」


 


グエンたち一行が村に近づくのを、畑で農作業をしている農夫や農婦たちは奇異の目で見ていた。グエンの雄大な体格と、その虎の頭が人々を驚かせたのは当然だが、その驚きはグエンの持っている旗に書かれた「グエン一座」という看板の文字でいくぶんか治まった。この旗の文字は、少し前に、ソフィとフォギーが苦労して縫い付けをしたものである。


人々の驚きというものは、どんなインチキな弁明であれ、何かの説明があればそれで納得し、治まるものであるらしい。グエンの虎頭は、彼が旅の芸人であるというだけで作り物として受け入れられてしまったようだ。


「とざい、東西。ここに現れ出ましたるは、天下にまぎれもない驚異の一座、恐怖の虎男グエン・バードンとその一行。御用とお急ぎでない人は、この出し物を見逃すと、一生の後悔のもとだよ」


フォギーが流暢に弁じると、あたりに百姓たちがぞろぞろ集まってくる。


 


「お客さんたち、出し物が気に入れば、お金があれば結構だが、無ければ芋でも瓜でも結構。ただし、只見をするようなケチなお客は御免だよ。お代は見てのお帰りだ。では、はじめるよ。まずは、地上に降りた天使の歌声とはこのこと、歌姫ソフィ・マルソーの歌を聞けば、どんな悩みも消えて、地上の天国が味わえる。さあ、歌っておくれ」


ソフィが歌い始めると、遠くで働いていた者たちも集まってきた。まさしく、彼らにとっては、生まれて初めての「芸術」との遭遇だったのである。あるいは、生まれて初めて美の奇蹟を味わったのである。


「こりゃあすげえ。あの子は本物の天使じゃねえか」


「まるで頭の中に、きれいな光があふれるみてえだ。こんな気持ちは初めてだ」


「おらあ、何だか悲しくなってきちまったよ。こんなきれえなもんがこの世にあるなんて、うれしいよりも、悲しいみてえだよ」


「ああ、死んだ妹の声がおらに呼び掛けているみてえだ。お兄、うちは今、天国さいるんだ、幸せだから心配するなって」


歌声が終わると、人々は、その感動を失うのが怖いみたいに、しばらく黙っていた。ソフィはそのために居心地の悪い思いをしたが、やがて起った大きな歓声と拍手に、自分の歌が成功したことを知った。


「さて、お次は、この一座の看板の出し物。『悪党グエンと悲しみの姫君』だよ!」


今度はダンが幼い声を張り上げて、演目を叫ぶ。そのあどけない可愛さは、観客たちを喜ばせた。


「世にも奇怪な悪党グエン、頭は虎で体は人、そしてその心は、虎なのか、人なのか。彼は美しい姫君をさらって逃げました。しかし、正義の騎士、フォギーと、その従者にして利口者のダンは彼を追っておいつきます。はたして、フォギーとダンは、囚われの姫君を救えるでしょうか!」


小さな木の茂みを舞台の袖代わりにして、そこからグエンが飛び出してくる。上半身裸のその体は、それだけで見る者の度肝を抜いた。何しろ、2マートルもある身の丈の威圧感だけでなく、その逆三角形の見事な筋肉質の体は、ただの農作業などをしている普通の人間ではまずありえない体格であった。赤銅色の体はまるで油でも塗ったように午後の日差しに輝き、そして彼は観客に向かって棍棒を持った両手を大きく広げ、威嚇するように咆哮した。それはおそるべき虎の咆哮だった。聞いている者たちの中で気の弱いものは腰を宙に浮かせ、逃げ出そうとしたほどである。


「うわあ、虎だ、虎だ! 本物の虎だ!」


「ば、馬鹿言え、あの体は人間じゃねえか。あれはかぶり物だよ」


「だが、あの恐ろしい声は、ふつうの人間じゃあ出せねえぜ。あいつは本物の虎男にちげえねえ」


「本物の虎男って何だよ。虎か人間かどっちかに決まっている」


「しかし、あの体のすげえこと! ありゃあ、10人力くらいあるなあ」


「何、見かけだおしってこともあるぞ。何しろ、相手は役者だからな、すべてお芝居ってこった」


観客たちは興奮してめいめい勝手な感想を述べている。


その間にグエンはあたりをのそのそ歩き、時々恐ろしい咆哮をあげて観客を震え上がらせる。時には、わざと観客の一人に顔を近づけて唸り声を上げると、相手は「ひっ!」と叫んで飛び退る。


上半身裸のグエンの体は午後の日差しを浴びて、油を塗ったように赤銅色に輝いている。その見事な体だけでも、たしかに見物料を払う価値はある。


一回り回ると、グエンは茂みからソフィを引きずり出した。ドレスと呼べるほどの服は持っていないが、布地をつづり合せてそれらしく作ったドレスは、遠目にはお姫様のドレスに見える。


「あーれー」と芝居がかった悲鳴を上げてグエンに引っ張られるソフィの演技は、確かに芝居の中のお姫様そのものである。田舎芝居の役者にしては顔立ちが上品すぎるのだが。


「待て! 悪党グエンめ、姫を返せ!」


茂みから、今度は騎士風の格好をしたフォギーことフォックスが飛び出す。なかなか美青年風である。


「この正義の騎士フォギーが来たからには、姫は返してもらうぞ」


「ウウ、グルルルル!」


グエンは唸り声で不同意を示す。そして、両手に持った大きな棍棒を振り上げる。


ただでさえ雄大な体格のグエンが両手に持った棍棒を振り上げると、まさに神話の怪物である。


その棍棒が激しく振り下ろされる。フォギーの体は木端微塵か、と思われた次の瞬間、彼女はひらりと身をかわしてそれを避けている。もちろん、グエンが、当たらないように振り下ろしたのだが、観客にはフォギーの神速の動きに見える。


今度はフォギーが剣を構え、次々に技を繰り出すと、グエンはそれに煽られるように、必死に剣を避ける。そして、最後に両手の棍棒を打ち落とされ、剣で刺された格好で地面にどうと倒れる。


「姫、どうぞ私とともに参りましょう」


「はい、有難うございます。あなた様は命の恩人です」


「なあに、危難にあった人を救うのは騎士のつとめです。今頃宮廷ではあなたのお父上である王が、あなたの御無事を祈って待っているでしょう」


二人がしずしずと木の茂みに退場すると、ダンがつけひげをつけて、代わって出てくる。


「フォギー様、どこに行ったのですか? おや、ここに虎男が倒れているぞ。そうだ、私がこの虎男を倒したことにして、姫を私が貰うことにしよう。まだ生きていないだろうな?」


ダンは腰の木剣を抜いて、地面に倒れたグエンに打ちかかる。


すると、グエンがむっくりと体を起こし、猛烈に吠える。


ダンは悲鳴を上げて逃げていく。その後からグエンが追って木の茂みに走り込み、これで芝居の終わりである。この程度の内容でも、芝居を知らない観客たちは手に汗を握り、最後のダンの逃げっぷりに大笑いであった。


 


その夜は、村の大百姓である男の家に泊めてもらえることになった。


 


夕食の席で、その大百姓のゲオルグが聞いてきた。


「失礼な質問だが、その頭は、仮面なのかな?」


「まあ、そうなんだが、商売の都合で、本物の虎の頭ということにしている。この牙も本当は細工物だ」


「そうか、素晴らしい出来の細工だ。どう見ても、本物の虎の頭にしか見えない。と言っても、本物の虎など見たことはないが。それはともかく、あんた方は、この仕事を初めて長くはないだろう」


「なぜ分かる?」


「衣装だよ。どんなに下手な一座でも、長い間旅興行をしていれば、衣装はそれなりに充実してくるものだ。しかしあんた方の衣装は、うまく作ってはいるが、正直言って、今出来のものだ」


フォックスとソフィは顔を見合せた。


「まあ、そう言うな。確かにこの衣装はそこの女たちが素人細工で作ったものだが、田舎の見物衆には、これで十分だろう」


「まあ、そうだが、あんた方なら町で興行しても大喝采を受けることができる。その時には、さすがにこの衣装では貧弱だ。私のところに、昔、宿代代わりに旅芸人が置いていった衣装があるから、それをあんた方にやろう」


「ほう、それは嬉しいが、なぜそこまでしてくれる?」


「あんた方の芝居が気に入ったのと、あんた方の人物が気に入ったんだ。あんた方は将来名を上げるだろう。その時には、私の名を思い出してくれ」


「分かった。ゲオルグ殿、いずれ、このお礼はしよう」


「荷物が増えれば、荷馬車も要るだろう。古い荷馬車も一台やろう。ロバも一頭つけてな」


「そこまでしてくれると心苦しいが、何か今、お礼にできることはないか?」


「そうだな、あんた方の剣の腕は本物だと私には見える。もしも、次の町に向かう途中で盗賊に出会ったら、そいつを退治してくれたら助かる。まあ、無理な願いかもしれんが」


「ほう、盗賊が出るのか」


「ああ、シルヴェストルという、騎士崩れの山賊だ。手下が3人ほどいるから、あんたたちだけでは無理かもしれんな。しかし、我々百姓は、相手がたった4人でもかなわないのだ」


「そのシルヴェストルとはどんな様子だ?」


「やせて、背が高く、口鬚を顎まで垂らしている。頭は禿げている。年は30くらいで、目が非常に鋭い」


「手下たちの様子は?」


「最近シルヴェストルの仲間になったので、あまりはっきりしない」


「武器は?」


「剣と槍と棒だな。弓は使わないと思う」


「そいつらを我々が殺して、問題にならないか?」


「シルヴェストルを退治してくれたら感謝こそすれ、問題にはならない。これまでシルヴェストルのために5人が殺され、7人が不具にされている」


「まあ、うまく出会えたら、やってみよう。ただし、こちらも命は惜しいから、山賊に出会って逃げても我々を恨まないでくれ」


「それは当然だ。無理な願いなのは知っている」


 


ゲオルグに礼を言って退出した後、グエンはフォックスと相談をした。


「シルヴェストルという山賊は、次の村との間にあるモルドーという山に住んでいるらしい。山というほどの高さは無いようだが、街道がその山の中を通っており、その途中で山賊に襲われるということだ」


「人数はたった4人なの? じゃあ、多分大丈夫でしょう」


「しかし、こちらは子供連れだから、子供が危険な目に遭わないかどうか」


「意味の無い冒険なら、子供たちを危険にさらしたくはないけど、その山賊を退治することはゲオルグさんへのお礼にもなるんでしょう?」


「まあな。俺は、やる気は十分にあるんだが、相手は、卑劣な手段はお手の物の連中だ。だから、フォギーにはくれぐれも子供たちに注意していてもらいたい」


「分かった。私にとっては、子供たちを守るのが一番の使命なんだから、言われるまでもないけど、油断はしないようにするわ」


グエンはフォックスの言葉に頷いた。


(作者注:書いたのはここまでで、後は数年のあいだ放置したままである。いつか続きを書く意欲が起こるかもしれないが、今は放っておく。)




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東京大衆歌謡楽団

予言しておくが、東京大衆歌謡楽団という歌謡集団が、あと2年以内にブレイクする。
日本の大衆歌謡(そこにはディック・ミネや浅草オペラ的なバタ臭さもある)のエッセンスを純粋化した良さを味わわせるバンドである。

ついでに書いておけば、島田大翼というアコーディオン芸人もブレイクする可能性がある。たぶん、浅草オペラや大正から昭和初期の歌謡が今の老人の琴線にも触れるのではないか。ちなみに私は田谷力三の本物の舞台を見たことがある。

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「魔群の狂宴」14



・風はあるが、良く晴れた初冬の日。郊外。
・乗馬して野原を行く、理伊子と力弥。地面には雪が残っている。

理伊子「軍人さんは乗馬もお上手ね」
力弥「理伊子さんこそ、お上手です。いつごろから乗っているんですか?」
理伊子「まだ、2年くらいですわ」
力弥「本当にお上手だ。我々は仕事上の必要から習っただけですから、最低限の技能しか持っていません。近衛騎兵などは、実に上手に馬を操りますよ。パレードで馬が暴れたら大変ですからね」
理伊子(力弥の言葉は耳に入らない様子で遠い前方を見て)「あら? あれは『噂の子爵様』ではないかしら」
・前方から同じく乗馬で近づいてくる銀三郎。
・軽く敬礼して銀三郎を迎える力弥。
銀三郎(力弥に会釈しながら理伊子に顔を向け)「そちらの軍人さんとは初対面だと思うが、紹介してくれますか?」
理伊子「真淵力弥少尉よ。少佐だったかしら? 私、軍隊の階級がよく分からなくて」
力弥(笑って)「外部の人には同じようなもんでしょう。どちらでもいいですよ」
銀三郎「須田銀三郎と言います。お見知りおきを」
力弥「須田子爵ですね。存じ上げております」
理伊子「ところで、お菊さんと鳥居先生の縁談はどうなりまして?」
銀三郎「関心がおありで? ただの庶民の縁談ですよ」
理伊子(冷笑を浮かべて)「もしかしたら、銀三郎さんが心穏やかでないのではないかと」
銀三郎「ほほう? 僕が菊に関心を持っていると?」
理伊子「そりゃあ、あんな可愛い娘が近くにいたら、若い男が関心を持たないほうが不思議でしょう」
銀三郎「残念ながら、僕は妻帯者なんで、そういう資格が無いんですよ」
理伊子、青ざめる。
理伊子(言葉を詰まらせながら)「そ、その方、あなたの奥様は、私が存じ上げている人なんですか?」
銀三郎「いや、知らんと思いますが、この前の園遊会であなたが少し話していた、田端退役大尉の妹ですよ。もっとも、あいつは退役大尉でも何でもなく、ただの上等兵上がりですがね」
理伊子「そうですか。ご結婚おめでとうと申し上げるべきでしょうね」
銀三郎「さて、おめでたいかどうか。相手は少し頭のおかしいビッコの女なんでね」
理伊子「御冗談でしょう? 本当なんですか?」
銀三郎「まあ、若気の至りですが、結婚したからには仕方がない。ということで、近いうちに世間にもこの話は伝わるでしょう」
一礼して去っていく銀三郎。呆然として馬上で凍り付く理伊子。心配げに見守る力弥。
力弥「そう言えば、その田端という男が分不相応なカネを手に入れたようで、酒場で騒いでいたそうです。しかも、郊外に家を買ったということですが、そのカネの出どころがもしかしたら須田子爵かもしれませんね」
理伊子「あなたも案外下々の噂に詳しいのね。そんな酒場などにお行きになるんですか?」
力弥(ムッとした顔で)「……同僚から聞いた話です。どうやらあなたにはあまり嬉しくない話のようですね」
理伊子「あら、どうして?あの須田子爵はもともと頭がおかしいという噂の人ですから、私は何とも思っていませんわ。さあ、風も冷たいし、そろそろ戻りましょう」

(このシーン終わり)

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「魔群の狂宴」13



・自分の部屋の暖炉の前でソファに掛けて暖炉の炎を見ている銀三郎。
・その炎の中に過去の思い出が幻想として浮かび上がる。

・日本間の部屋。その大きく開いた縁側から見える庭に霏霏として降る雪。
・泥酔した父、須田伯爵が、日本刀を抜いて妾を追いかける。
・悲鳴を挙げて廊下を逃げ惑う妾。
・妾の逃げ込んだ部屋の襖。その襖を蹴倒して中に入る須田伯爵の悪鬼のような顔。
・その様子を部屋の一方から見ている幼い銀三郎。(この銀三郎は、部屋で惨劇を繰り広げている男と女には見えない存在である。)その銀三郎自身を暖炉の炎の中に幻視している大人の銀三郎。
・振り上げられる刀。その刀が振り下ろされ、血潮が画面を塞ぐ。
・暖炉の前で無表情に炎を眺める銀三郎。

・殺された妾と性交している幼い銀三郎(10歳)。
・須田伯爵の傲岸な顔のアップ。
・須田夫人の憎悪に満ちた顔のアップ。

・洋間の窓から室内に入る午後の日差し。米国中流かやや下流の家である。
・借りている部屋のベッドに寝転んでいる銀三郎。
・部屋の入口から、可愛らしい金髪の少女(8歳くらい)が笑顔で顔を出す。
・銀三郎が寝転んでいるベッドに無邪気に上がり込む少女。
・銀三郎にキスをする少女。
・キスしている最中に、その少女の顔に恐怖の表情が浮かぶ。
・部屋の窓から差し込む日と、窓辺の花の影。


・銀三郎に向けられる、鱒子の怒りの顔。
・悔しそうに無言で泣く鱒子の上半身裸の後ろ姿。
・その鱒子をベッドに残し、上半身は裸のまま、口笛を吹きながら、銀三郎らがカード賭博をしている場に戻る米国人の不良青年。

・銀三郎が目を覚ますと、部屋の入口に菊がいる。

菊「お目覚めですか。少しよろしいでしょうか」
銀三郎「ああ、何だい」
菊「私、お母さまから鳥居教授との縁談を勧められています」
銀三郎「ああ、そうらしいな」
菊「わたくし、行きたくありません」
銀三郎「どうしてだい」
菊「お分かりのはずです」
銀三郎「僕は菊とは結婚できないよ。それは分かっているはずだ」
菊「分かっております。結婚できるなんて思っておりません。でも、銀三郎様のおそばにずっといたいのです」
銀三郎「僕は悪党だよ」
菊「分かっております。悪党と言うより、失礼ですが、病人だと私は思ってます」
銀三郎「一生、僕の看護婦をやってくれるというのかい?」
菊「はい、それが私の望みです」
銀三郎「自分で自分の人生をどぶに捨てるとしてもか」
菊「はい、銀三郎さまが他の女の人と結婚なさっても、近くにいられさえしたら」
銀三郎は黙り込む。
菊は頭を下げて部屋を出て行く。

・銀三郎の部屋の窓の外に降り続ける雪。


(この場面はここまで)


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タイガー! タイガー! (12)




第十六章 グエン一座


 


盗賊たちの歓待を受けた翌朝、グエンたちはフロス・フェリたちに別れを告げて彼らの野営地を離れた。


「もしも、あんたたちが一騒動起こしたくなったら、この森に来るがよい。力を貸すぜ」


フロス・フェリはニヤリと笑いながらグエンに片目をつぶってみせた。


「ああ、世話になった。このお礼はそのうちさせてもらう。では、さらばだ」


「ああ、また会おう。多分、また会えるさ。俺の予感は当たるんだ」


フロス・フェリは片手を上げて別れを告げた。


 


「さて、国境は越えたが、これからが難しいかもしれん。ランザロートまでは200ピロほどだと言ったな?」


「ええ、国境からそのくらいのはずです」


「ふむ。その間に関所が幾つかあると考えたほうがいいだろう。問題は、タイラス国王が俺たちを歓迎するかどうかだ」


「と言うと?」


「俺たちを捕まえて縛り上げ、ユラリアかサントネージュに送るということもありうるということだ」


「まさか。タイラス王妃のエメラルド様は、サントネージュ王妃の妹君ですよ?」


「だが、国王はべつにサントネージュの縁者ではないだろう。俺がタイラス国王なら、ユラリアから強く言われたら、そうするかもしれん。ユラリアを敵に回したくないならな」


フォックスは考え込んだ。


「では、どうすればいいと?」


「分からんな。一番いいのは、しばらくランザロート近辺に潜んで、タイラス宮廷の状況を調べることだ。幸いに、俺たちの素性はまだ知られてはいない。まあ、俺のこの目立つ頭が少々邪魔になるが……」


「いっその事、旅芸人のふりでもしますか」


「旅芸人?」


「そうです。旅芸人なら、そのような頭もわざとやっていると思われますから」


「なるほど。それは気づかなかった。俺はこの頭を隠すことばかり考えていたが、逆にこの頭を隠れ蓑にするわけか。面白い」


「でも、芸人が一人では、寂しいですね。私には何も芸がないので」


「あのう」


とおそるおそる声をかけたのはソフィであった。


「私、歌が歌えます。ダンも」


「へえ、そうなんだ。お足が貰えるくらい上手ならいいけど」


「お母さまはよく僕たちを、世界で一番歌が上手だとほめてくれたよ」


フォックスはグエンの方を見て苦笑いをした。母親のひいき目の言葉を、この子供たちは信じて疑わないのである。


「じゃあ、何か歌ってみてくれる? 幸い、人里や関所は遠いようだから」


ソフィはダンと目くばせをした。


「じゃあ、『バラとナイチンゲール』を」


ソフィのきれいな高音が、まるで銀の鈴を鳴らすように流れ出した。天使の声が空の高みに昇っていく。それにダンの子供らしいあどけない高音が唱和する。


グエンとフォックスはあっけにとられながら聴きほれた。これほど美しく、胸を打たれる歌を聞いたのはフォックスにとっては生まれて初めてであった。なつかしく、悲しく、そして嬉しいような寂しいような、明るく透明な歌声であった。


「まあ、何て素敵な歌なの! こんなにきれいな歌声を聞いたのは初めてよ」


歌が終わるとフォックスは思わず手を叩いて言った。


「これなら、十分に出し物になる。で、俺とお前は、剣劇でもやろう」


「剣劇ですか?」


「そうだ。ソフィとダンがお姫様と王子さまで、お前はそれを助ける剣士だ。俺が悪役をやって、お前と剣劇をするのだ」


「面白そうですね。ちょっとやってみますか」


「ああ、まずは、その辺の木の枝で木剣を作ろう。真剣でやってもいいが、わざと芝居くさくしたほうがいいだろう」


グエンは軽く剣を振って、頭上の木の枝を斬り落とした。それが地上に落ちる前にもう一度剣が動いて、枝の先も切られ、棒きれになる。


同じ要領で棒きれをもう一本作る。細かい木の枝も切りはらう。長さ1マートルほどの棒きれが2本できた。


「やってみよう。最初はお前が斬りかかってこい。俺がそれを受けたり、よけたりしよう」


「いきますよ」


どうせ自分が本気で打ちかかっても、相手がそれをよけるのは造作もないと分かっているので、フォックスには気が楽である。


何度か打ち込んでみて、改めてグエンの剣の技量が自分とは桁違いであることを実感する。「だめです、グエンがあまりにうますぎて、私の下手さが見物人にばれます」


「そうか。じゃあ、もう少しおおげさにやろう。本気で殴ってもいいぞ。棒で殴られたぐらいなら俺は平気だ」


今度は、先ほどのようにわずか一寸ほどで体をかわすのではなく、おおげさに飛び下がったり、飛び上がったりして木剣をよけると、逆に迫力とユーモラスさが出る。それを見てソフィとダンは歓声を上げて大喜びである。なるほど、芝居とはこういうものか、とグエンもフォックスも悟るところがあった。


時にはグエンが反撃に出るが、もちろんフォックスの体に当たる寸前で剣は止める。しかし、見ている方には、フォックスが相手の剣を軽くさばいたように見える。


「真剣でやったら、すごい出し物になるでしょうけどねえ」


「いや、それはまずいだろう。俺たちの正体を隠すのが目的なのだから、べつにそれほど客受けを考えなくてよい」


「グエンの頭はそのままでやるの?」


ダンが聞いた。


「お面をかぶればいいじゃない」


「まあな。それもいいが、お面を作る材料がない」


「人里に出たら、芝居衣装や小道具を作る材料を探してみましょう」


「私はグエンの頭はそのままでもいいと思うわ。どうせお芝居だとみんな思っているのだから、かえってその頭は好都合よ」


ソフィの言葉にフォックスも「そうね」と同意した。


「俺は、怪物の役でもいいぞ」


「あら、そんなつもりじゃないの。お芝居なんだから、奇抜なほうがいいと思うのよ。その頭は、それだけで観客をびっくりさせるわ」


「ふむ、そうだろうな。客を喜ばせるにこしたことはない。では、俺は剣ではなく、棍棒か何かを持とう」


「それもいいわね。で、お願いなんだけど、上半身は裸でやるのはいやかしら?」


フォックスの言葉にグエンは少し考えた。


「できるだけ人間離れしていたほうがいいということだな。まあ、かまわんさ」


「そうじゃなくて、グエンのその素晴らしい体は、それだけで立派な出し物になるのよ。それを服で隠すのはもったいないと思うの」


「まあ、どんな案でも試してみるさ。では、そろそろ行こうか。腹もへってきたし、昼食をするのにいい場所でも探そう」


 


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「魔群の狂宴」12


・岩野家、客間。午後3時ころ。理伊子が真淵力弥(軍人)を招いて、父母同席でお茶を飲んでいる。

理伊子「お茶をもう一杯いかが? 真淵さん、それとも力弥さんとお呼びしたほうがいいかしら」
真淵「下の名で呼ばれたほうが嬉しいですね」
岩野夫人「日清日露戦争以来、軍人さんはおもてになるでしょう」
岩野氏「おいおい、そんな昔の話など、若い人は知らんだろう」
真淵「まあ、知ってはいますが、それほど詳しくはありません。それより、この前の大戦で乗り遅れたのが残念で。もう少し戦争が続けば、日本も活躍できたでしょう」
岩野「まあ、あれは欧州方面が主な舞台で、アジアはあまり関係なかったがな。それでも石炭輸出でうちもかなり儲けはしたよ。戦争さまさまだ。いや、これも軍隊や軍人のお陰だと感謝しとるよ」
真淵「しかし、庶民の間には不満も多いようですね」
岩野「誰もが利益を得るといううまい話は無いさ。名誉の戦死で恩給が貰えるだけでも嬉しいという家も多いだろう」
夫人「本当にねえ。新聞を見ると、不平不満を並べる記事ばかりでうんざりしますよ」
岩野「そういう記事のほうが売れるのさ。貧乏人のひがみを代弁しているわけだ」
理伊子「軍人さんの間では、日本の次の敵はどこだとされているのかしら。それとも、軍事機密?」(笑う)
真淵「そういう話は上でだけ話されるので、我々下級軍人では分かりかねます」
理伊子「私は、アメリカあたりが怪しいと睨んでいるの。他の欧州諸国は遠すぎるし、ソ連はできたてで戦争する力は無いでしょうからね」
真淵「鋭いですね。軍隊で参謀をなさる資格がありそうだ」(笑う)
夫人(岩野氏に向いて)「戦争の話より、あなたの会社のストライキ問題は解決しそうなの?」
岩野氏「心配いらん。首謀者が昨日3人逮捕された。これで治まる。治まらなければ、怪しい奴らをどんどん首にしていけばいいだけだ。労働者はいくらでもいるからな」
理伊子「あまり労働者いじめをしたら、そのうちテロ事件が起こるわよ。ほどほどにしてね、パパ」
岩野氏「馬鹿なことを言うんじゃない。労働者が働き、会社が給料を与えるから連中は生活できるのだ。その会社に反抗する不届きな連中を雇う義理は無い」
夫人「まったくだわ。恩知らずな連中が多すぎるのよ」
理伊子「例の、労働者に同情的だという鳥居教授の縁談の話はどうなったのかしら」
夫人「あのおじいさんも恩知らずのひとりよ。こんないい縁談を渋っているらしいのよ」
理伊子「へえ、あんな若い子と結婚できるだけでも素晴らしい好運じゃない」
夫人「まったくだわ。それが、どうやら、あの菊という娘は銀三郎さんとできているんじゃないかと鳥居さんは疑っているんじゃないかね」
岩野氏「若い男と女が同じ家にいるのだから、それはありそうなことだな」
岩野夫妻は、理伊子の顔色が変わったのに気づいていない。真淵力弥だけが気づく。その後は、彼はほとんど無言で、理伊子を観察している。
理伊子「まさか、そんなことは無いと思うわ。銀三郎さんはインテリですから、無学な女に興味を持つかしら」
岩野氏「結婚はしないだろうが、関係を持つことはあるだろう」
理伊子「不潔ね。パパもそうなの?」
岩野氏「ば、馬鹿な。これは一般論だ。わしとは無関係な話だ」
夫人、少し冷ややかな目で岩野氏を見ている。
岩野氏(目を逸らし)「部屋の中がだいぶ暗いな。電気をつけなさい」
理伊子、立ち上がって部屋の戸口にある電気のスイッチを入れる。テーブルに戻る前に、窓に目をやり、何かに気づいたように窓に近づく。
理伊子「雪だわ」
夫人「初雪ね」
理伊子「夕張ではかなり前に降ったんでしょう? パパ」
岩野氏「そうさな。一週間ほど前か。しかし、山ではもっと前から降っている」
一同、少し沈黙して窓に目をやる。




(このシーンはここまで)


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HN:
酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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