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少年騎士ミゼルの遍歴 1

第一章 草原

初夏の、夕暮れに近い空が大きく広がっている。時折吹いてくる風が、ミゼルのまだ少年らしい顔を撫でていく。羊飼いのミゼルは、枝を大きく広げた楡の木陰に腰を下ろし、羊たちをぼんやりと眺めていた。ミゼルは十六歳。祖父と二人暮らしで生きてきて、世間をほとんど知らない。父は、彼が五歳の時、レハベアムとの戦いに出て行方不明になり、その後すぐに母も病気で亡くなった。だから、両親の記憶はもはやほとんど無いが、幼い頃自分を優しく抱きしめてくれた腕や胸の感触は、今でも心のどこかに残っている気がする。暖かな夕陽を受け、黄色に輝く空の雲が、ミゼルをそんな感傷に誘っていた。
一頭の羊が急に頭を高く上げた。ミゼルは跳ね起きた。ミゼルが羊たちを呼び集める鋭い口笛の音が響くのと同時に、草原の彼方に小さな土埃が上がり、それが見る見るうちに四匹の疾走する狼の姿になってきた。
ミゼルは弓を構えて、狼を迎え撃つ態勢をとった。狼の速さとミゼルが矢をつがえて射る速さを考えると、弓で倒せるのは二匹か三匹までだろう。二匹の狼と、杖で戦うのは、至難の業である。
狼との間が百歩の距離になった。ミゼルが確実に射ることのできる距離だ。ミゼルは最初の矢を放った。矢は一条の光となって、彼方の狼に向かって飛び、見事に命中した。先頭の狼が転倒する。この時には、残りの狼との距離は、もはや六十歩である。二番目の矢も、次の狼を射倒した。続く二匹は、早くもミゼルの目前に迫っている。しかし、ミゼルは慌てず、三本目の矢を弓につがえて、至近距離から三匹目の狼を射殺した。と同時に、ミゼルは素早い動作で弓を捨て、地面に置いてあった杖を拾って、ミゼルに襲いかかった最後の狼に、下から杖を跳ね上げて打撃を与えた。杖は狼の喉首に当たったが、それほどのダメージではない。地上に降り立った狼は、一瞬の動作で地面を蹴って再びミゼルに噛みつこうとした。その鼻面に、ミゼルの杖が振り下ろされる。杖の頭部は、瘤状になっており、棍棒のような威力がある。
鼻面を殴られた狼は、悲鳴を上げて飛び下がったが、今度は逆にミゼルが狼に向かって進んだ。二度、三度と振り下ろされる杖の打撃で、狼は地面に倒れ、口から血を吹いて体を痙攣させていたが、やがて息絶えた。
ミゼルは額の汗を腕で拭って、狼たちの死体を眺めた。目の前に二匹、少し離れた所に一匹、そして遠くにもう一匹。
羊たちは興奮してしきりに鳴いていたが、その興奮も次第におさまっていった。
吹いてくる風が、戦いの火照りを冷やし、鎮めていく。
ミゼルは、やがて虚脱状態から気を取り戻した。
黄昏が近づいている。急がないと、死臭を嗅ぎつけて、他の狼や山犬がやってくるだろう。
ミゼルは一番遠くの狼の死体に向かって歩き出した。

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「少年騎士ミゼルの遍歴」の予告

しばらく随想が続いたので、そろそろ創作小説の掲載を始めることにする。題を「少年騎士ミゼルの遍歴」と言って、少年小説の習作として書いたものだ。これよりはもう少し完成度の高いものもあるが、そちらは膨大な長さがあるので、アップするのに手間がかかる。そのうち、暇な時間がまとまってある時に掲載しよう。
「ミゼルの遍歴」は、ロールプレイングゲームによくあるパターンだけで創られたもので、何の新味も無い作品ではあるが、テレビゲームをやらない人などには案外と面白く思ってもらえるかもしれない。確かなことは、これを書いている間、私自身は楽しかったということである。もともと、私は、頭の中身は子供のままで体だけが年をとった人間なので。

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E.M.フォースターの言葉(続き)

(イギリスにおける「反逆煽動法」の議会成立に際して)
(この法律に対して)強い抗議がよせられたにもかかわらず、その事実は新聞でもBBCでも報道されませんでした。抗議は無駄ではなく、原案の比較的危険な条項は委員会に上程中に撤回されました。この種の法律は、政府が危急の場合にそなえて用意しておくもので、ただちに使おうというわけではありません。それにもかかわらず、効果は即座に現れます。ある印刷業者が平和主義的な児童書の印刷をことわったという噂がありました。この本が軍人の手にわたって、反逆を煽動したとされては困るというのです。この印刷業者はあまりにも臆病です。しかし、必ずこういうことになるのであって、またそれがこの種の法律を制定するときの狙いなのです。一般大衆は何となく怯えて危うきには近づくまいとするようになり、行動でも発言でも、ものを考えるにも、いつもより控えめになります。このほうが、法律を現実に行使する以上のほんとうの弊害なのであります。心理的な検閲が成立して、人類の文化遺産を歪めることになるのです。(「イギリスにおける自由」より)

酔生夢人注:官僚による心理的民衆支配の例として掲載。これは戦時中のイギリスの事例だが、現代の日本でも同様の手法の民衆抑圧は定期的に生じている。(下線は酔生夢人による)

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E.M.フォースターの言葉から

E.M.フォースターの言葉

「老人はたいてい愚かなものだが、賢いばあいでもその英知を伝えることはできない。語るのは老人の口で、聞くのは若者の耳なのだから。」(「老年について」より)

「民主主義は能率優先の体制によくあるように、国民をいばる人間といばられる人間に分けたりはしない。私が憧れる民衆とは、感受性がゆたかで新しいものを創り出したり何かを発見したりはしても、権力の有無など考えない人びとである。そしてこういう人びとに活躍の場が与えられるのは、どこよりも民主主義国なのだ。」(「私の信条」より)

「イギリスにはファシズムの危険はあまりありません。われわれを脅かしているのは、それよりももっと陰湿なものーー私に言わせれば「持久的ファシズム」とでも呼ぶべきもの、合法的な仮面をかぶった専制政治の精神でありまして、これが目立たない法律を成立させたり、局部的な圧制を是認したり、国家として秘密を守る必要を強調したり、ラジオで毎晩「ニュース」と称するものを甘い声でささやいて、ついには反対意見を手なずけたり、たぶらかしてしまったりするのです。」(「イギリスにおける自由」より)

以上、フォースター「老年について」(みすず書房 小野寺健編)から

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「天国の鍵」後書き

以上で「天国の鍵」は終わりです。
私自身、地上からあらゆる不幸を無くす天国の鍵を見つけたいと思っている人間なのですが、残念ながら政治家になるだけの能力がないので、次代の子供たちの中から天国の鍵を見つける人間が出てくれることを願っています。
ついでですが、この作品は「少年マルス」「青年マルス」という作品の世界が背景になっていて、そちらは対象年齢がやや高めに設定して書いてあります。ドラマ性という点ではそちらの方が少しは高いかと思いますが、そのうちアップしようかと思っています。

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天国の鍵71

その七十一 話は終わるが、問題は終わらない

「そうよ。だからうちの子供の名前はそれにあやかってオズモンドなの」
マチルダの言葉に、ハンスとアリーナは顔を見合わせました。いったいどうして、国を救った英雄と、国王の妹が、こんな片田舎で、だれからも知られず暮らしているのでしょうか。ロレンゾのさっきの話だけではまだまだよくわかりません。
「いずれその話は、『軍神マルス』という本になるから、それまで待ちなさい。お説教の多い『魔法使いハンス』とはちがって、血湧き肉踊る冒険の本じゃよ」
 ロレンゾはみょうな事を言ってます。なにかの宣伝でしょうか。
「それで、ハンス、この旅はお前の役に立ったかな」
ザラストがハンスに言いました。
「はい、とても勉強になりました。でも、正直言って、善と悪の意味についてはまだよくわかりません」
「それでいい。大事なのは、自分が正しいと思う事を行い、まちがったらすぐに改めて、二度と同じあやまちをしないことだ。そして、先人たちの言葉から多くを学ぶことだ。そうすれば、魔法など使わなくても、人間は自分を幸福にできるのだ。お前は、これからはふつうの人間として生きるがいい」
 ハンスはちょっと考えてしまいました。だって、苦労して身に付けた魔法を捨てるなんてもったいないですからね。
「魔法の力を捨てろとは言っていない。なるべく使うな、ということだ。魔法使いよりも賢者になるがよい。しかし、頭脳を過信して、自然をわすれてはならんぞ。昔、ファウストという博士がいて、あらゆるものを知り尽くして、それでも少しも幸福にはなれなかったと嘆いたことがある。真の賢者は、知識ではなく、知恵を求めるものだ。お前はすでに賢者の見習いにはなった。いまさら、自らの欲望だけのために魔力を求める愚かな魔法使いになってはならん」
「ザラストにしてはいい説教だ。わしも、魔法などほとんど忘れてしまった」
とロレンゾが口をはさみました。だから自分は真の賢者だ、と言いたいのでしょうか。

 さて、これで魔法使いハンスの話はおしまいです。アリーナはマルスの家で好きな動物たちと遊んだり、子供の子守りをしたりしながら楽しく暮らしています。ハンスもマルスの家で農作業の手伝いをしていますが、そのうちまたソクラトンやブッダルタのところに行って、七つの噴水のある賢者の庭をさがそうと思っています。
 もうすぐグリセリードの戦争も終わるでしょう。ピエールやヤクシーやヴァルミラが無事でいればいいのですが、たとえ戦争が終わっても、人間が自分たちのちっぽけな欲望でこの世を動かそうとするかぎり、地上の天国が現れるのは、まだまだ先のことになりそうです。でも、それを作るのは、もしかしたらあなたかもしれません。

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天国の鍵70

その七十 王族がいっぱい
 
セイルンに手を振って別れを告げ、ハンスとアリーナはマルスの家に入りました。
 すると、そこにはマチルダとロレンゾだけではなく、ハンスのお師匠のザラストまでいるではありませんか。
「おお、ハンス、無事にもどったか」
ザラストはうれしそうに言いました。
「ただいま。でも、天国の鍵は見つかりませんでした」
「いや、それでよい。ロレンゾから話は聞いた。お前は三人もの賢者に会ったというではないか。それだけでもたいしたものだ」
「その三人の中にわしは入れたかの?」
ロレンゾが疑わしげに言いました。
「いや、四人じゃった」
「ここで二度目にロレンゾさんにお会いした後、ソクラトンという人にも会いました」
「では、五人じゃな。それはすごい」
「天国の鍵は手に入りませんでしたが、天国のそばまでは行きました」
ハンスは三人に、これまでの旅の話をしました。
本当は長い話ですが、なんと言っても十歳、いや、この時はもう十一歳になってましたが、そのていどの子供ですから、ごく簡単にしか話せません。子供のこまるのは、こういう時、表現力のないことです。作者の私も、子供のころ一番苦手だったのは作文でした。
それでも、アリーナの助けを借りながらこれまでの出来事をすべて話し終えると、マチルダがアリーナに向かって、おどろいたように言いました。
「まあ、あなたはマルスの妹だったの?」
「ええ、母親はちがいますけど」
心の中には、自分の母親はグリセリードの女王なのよ、とちょっと自慢したい気持ちもありますが、もちろん口には出しません。
「でも、お願い。マルスには父親のことは言わないで。そうすると、あなたが妹だってことも秘密にしなければならないから、あなたにはかわいそうだけど」
 マチルダの奇妙な言葉に、ハンスとアリーナはびっくりしました。
「こういうことじゃよ」
 ロレンゾが、マチルダに代わって説明しましたが、それはおどろくべき話でした。なんと、あの平凡な若者にしか見えないマルスが、このアスカルファンを救った英雄だという話です。でも、それは別のお話ですから、今はこれ以上は言えません。
「では、あなたは国王オズモンドの妹さんなのですか?」
ハンスはびっくりして、マチルダに聞きました。
マチルダはにっこり笑ってうなずきました。 

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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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