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天国の鍵19

その十九 坊さんの正体

「だれだ!」
気配を感じたのか、部屋の中の坊さんが大声をあげました。
 その時、窓から何かが飛び込んできて、お坊さんののどにかみつきました。
 ピントです。
「うわっ」
坊さんは必死(ひっし)でピントをはらいのけようとしますが、ピントの牙は坊さんののどにくいこんでいます。見ていたピエールは心配になりました。もしもこのお坊さんがただの人間で、坊さんとしては悪いことかもしれませんが、生肉が好きだというだけだったらどうしましょう。
ハンスも同じことを考えていました。そこで、大急ぎでグラムサイトの呪文をとなえ、精神を集中して坊さんのすがたを見ました。すると、窓からさしこんできた月の光にうかびあがったそのすがたは、一匹の大猿だったのです。
ハンスは部屋の中にかけこんで、魔法の杖で大猿の頭を力一杯なぐりました。
大猿は「ギャッ」と一声鳴いて、息絶えました。
その晩は、もっと化け物が出てくるかもしれないので、四人は二人ずつ交互(こうご)にねることにしました。
夜が明けると、ピエールとヤクシーは寺の中をさがしてみました。もちろん、大猿の死体はそのままありましたが、そのほかに、気味わるいことに寺の床下には人間の白骨が十三体みつかったのです。
「こいつは、あの狐と大猿が旅人たちを食ったものだな」
「それに、このお寺のお坊さんたちもね」
ピエールとヤクシーは、子供たちにはその死体を見せないようにかくしました。
 この気味の悪い寺からなるべく早くはなれたくて、四人は朝御飯がすむと、さっさとそこを出て行きました。
「ねえ、あんたもしかして魔法使い?」
 アリーナがハンスに聞きます。
「うん」と短くハンスは答えました。
「魔法使いってほんとにいたんだ。ねえ、なにかやってみて。空飛べる?」
「できないよ」
「変身は? 鳥になれる?」
「できない」
「なあんだ」
 アリーナは、ハンスの魔法が、自分の想像していたものとはだいぶちがうようなので、がっかりしたようです。

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天国の鍵18

その十八 妖怪の寺

「おお、明かりだ。人がすんでいるぞ」
ピエールがよろこびの声をあげました。
 四人は、馬と驢馬は引いて、闇の中をつまずいたりころんだりしながらすすみます。
 やがて、その明かりが目の前に近づきました。どうやら、家の窓のようですが、お寺のようです。
塀(へい)にかこまれた門から入って、寺の玄関にたどりつきましたが、たてものの中はほとんど明かりがありません。
「ごめんください」
 大声でピエールが呼ぶと、奥から「どなたじゃな、こんな夜おそく」と声がかえってきました。
 出てきたのは、ずいぶん年をとったお坊さんです。頭はつるつるで、長い真っ白なあごひげをはやしています。
「すみません。旅の者ですが、こんばん一晩(ひとばん)ここにとめてもらえませんか」
「そうか。今からよそに行けというわけにもいくまい。夜着などはないが、そのへんでねむるだけならいいじゃろう」
「ありがとうございます」
ピエールは礼を言いました。
 お坊さんがひきさがると、アリーナが言いました。
「なんかへんだぜ、あの坊さん」
「どこが?」
ピエールが問い返すと、
「いやになまぐさいにおいがしたんだ。生肉か、血のにおいだ」
「晩飯でも食っていたんだろう」
「あんた、グリセリードの人間じゃないからわからないのかもしれないけど、ここはブダオ教の寺だ。ブダオ教では肉食はきびしくいましめられているんだ」
「この子の言うとおりよ。私もいやなにおいを感じた」
 ヤクシーの言葉に、ピエールは考えこみ、「たしかめてみよう」と言いました。
「みんなでいきましょう」
 ヤクシーの言葉で、四人はこっそり足をしのばせて、寺の奥に近づいていきました。
 奥の部屋から明かりがもれています。
 先頭のピエールが部屋をのぞきこむと、中ではなんと、先ほどの坊さんが、口から血をしたたらせながら、生き物の死体をむさぼり食っているではありませんか。
 ピエールはぞっとして、後ろの三人をふりむいて小さい声で言いました。
「アリーナの勘(かん)が当たった。あの坊さんも化け物だ」

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天国の鍵17

その十七 山中の怪物

「こりゃあ、野宿(のじゅく)になりそうだな」
ピエールが言いました。
 その時、道のそばの木のしげみから、グルルッという獣(けもの)のうなり声が聞こえました。驢馬のグスタフや馬たちはおどろいて棒立ち(ぼうだち)になります。
 ピントはワンワンとほえたてます。
「怪物か?」
ピエールは腰の剣を抜いてみがまえます。ハンスも杖をかまえました。ヤクシーとアリーナもナイフをぬきます。
ザザッとしげみをわけて飛び出してきたのは、まさしく怪物です。体は虎ですが、頭は猿で、大きさは人間の二倍ほどあります。
その怪物は近くにいたヤクシーに飛びかかりましたが、ヤクシーはさっとそれをかわします。きっと武芸(ぶげい)の心得(こころえ)があるのでしょう。よけながら、ナイフで怪物の前脚に切りつけます。
怪物は次に、ピエールにおそいかかります。ピエールの剣が怪物の肩口(かたぐち)を斬りましたが、怪物はまだまいりません。
ハンスは怪物に心でよびかけました。
(お前はなんでぼくたちをおそうのだ!)
怪物の答えがかえってきます。
(もちろん、食うためだ。お前は動物と話ができるようだな。なら、そこの犬と猿だけでゆるしてやるから、そいつらをおいて行け)
(いやだ!)
 怪物はこんどはハンスに向かってきました。
 ハンスは杖で怪物の頭をなぐりました。すると、どうでしょう。剣やナイフで切られてもあまりこたえなかった怪物が、おそろしい苦痛(くつう)のさけびをあげて倒れたのです。
 そして、みるみるうちにその体がちぢんで、姿がかわっていきます。死んだすがたを見ると、その怪物は、せいぜい犬くらいの大きさの老いた狐です。
「おどろいたな。化け物の正体は、古狐か」
「でも、私たちの剣やナイフがきかなかったのはなぜかしら」
「あたりどころがまずかったんだろう。とにかく、ハンスのおてがらだ」
ハンスは得意(とくい)な気分でしたが、出番(でばん)がなかったアリーナはおもしろくなさそうです。
四人は野宿できそうな場所をさがしてしばらく歩きました。すると、やがて闇(やみ)の中にぽつんと一つ、明かりが見えてきたのです。

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天国の鍵16

その十六 山の怪物のうわさ

 シャングーの町は、眠ったように静かです。土壁(つちかべ)のたてものは白く、屋根は赤いかわらぶきです。通りにはあまり人はいず、兵隊たちがときおり通るだけです。町の中心部には、道端に品物をならべて売っている大道商人のすがたや、店の前の入り口を広くあけてお客さんを待っている酒場(さかば)もあります。
 ハンスたちは酒場にはいって食事を注文しました。
 小麦粉を水でこねてゆでたり焼いたりしたものや、それをスープにいれたものがグリセリードの主な食事のようですが、そのほかに、鶏肉料理や豚肉料理、卵料理などもあります。豚肉料理はアスカルファンよりおいしいとハンスは思いました。
 ピエールは、土地のお酒を飲んで、気持ちよくよっぱらっています。長い旅のあとですから、お酒もいっそうおいしいのでしょう。
「ここの食事はうめえや」
 あいかわらず下品な言葉づかいでアリーナが言いました。アリーナは、四人の中でも一番の大食いです。あの小さな細い体のいったいどこに入るのかと思うくらい食べます。
 ハンスたちはこの静かな町が気に入ったので、ここにしばらく滞在することにしました。
 盆地ですが、町の中心には大きな川が流れており、川のそばにはヤナギの木がたくさんはえていて、それが水にうつってとてもきれいです。
 この町には神秘的(しんぴてき)な力があるのか、ハンスはここにいるあいだに、ロレンゾの教えた魔法のうちいくつかが本当にできるようになりました。まだ確実(かくじつ)ではありませんが、ロレンゾが教えたのはうそではなかったようです。 
そろそろ出発しようかな、と思ったころ、ハンスたちはみょうなうわさを聞きました。この町から東へ向かう街道に、怪物が出て、旅人を食べるという話です。
「そりゃあ、山賊(さんぞく)だな」
 ピエールが言うと、ヤクシーがうたがわしそうに
「なら、なんで怪物という話になるのよ。山賊ならめずらしくもないでしょう」
と言いました。
「人々がこまってるなら、おれたちが助けようぜ」
と言ったのはアリーナです。
「まあ、どうせ通り道なんだから行くしかないな」
とピエールも言いました。
 そこで四人は荷物をまとめて出発しました。
 町を出てすぐに、道は坂道になり、山にさしかかります。
 ちょうど日もくれかかって、あたりはものさびしくなってきました。最初(さいしょ)は強気(つよき)だった四人も、だんだんこころぼそくなってきました。
 とうとうすっかり日がしずみました。

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天国の鍵15

その十五 シャングー

 ハンスの連れている動物たちもアリーナはすっかり気に入ったようです。ときどき馬から下りてピントとかけっこをしたり、ジルバと木登りをしたり、とにかく元気な女の子です。動物たちも自分とあそんでくれるアリーナが大好きになったみたいです。
 ところで、ハンスのお師匠のザラストは、世界には七人の大魔法使いがいると言っていました。そのうち五人は名前がわかっているが、あとの二人はわからない。五人のうち一人は自分だが、あとの四人は、アルカードのソクラトン、グリセリードのロンコン、グリセリードの南の森に住むブッダルタ、パーリのルメトトで、そしてレントよりもさらに西の未知の大陸ロータシアに一人いるらしいということです。その中の一人が、もしかしたら天国の鍵のありかをしっているかもしれないとザラストは言いました。自分で言うほどザラストが大魔法使いであるようには見えませんが、とにかくその四人をさがしてみようとハンスは考えていました。
「グリセリードにロンコンという魔法使いはいるか、アリーナに聞いてみて」
とハンスはヤクシーにたのみました。
「ロンコン? 知らないな」
とアリーナはきょうみなさそうに答えます。どうやら、人さがしは簡単にはいきません。
「だいたい、あんた、魔法なんて信じてるの? ばっかみたい」
アリーナの言葉にハンスはむっとして、魔法がある証拠(しょうこ)を見せようと思いましたが、人前で魔法を使うと危ないというザラストのいましめを思い出してがまんしました。でも、腹(はら)いせに、飛んでいた赤トンボをアリーナの顔に止まらせてきゃっと言わせてやりました。
なにしろグリセリードは広いので、村や町の間はだいぶはなれてます。街道がある分にはいいのですが、道のないところもたくさんあります。でも、大きな山はあまりなく、ほとんどは平野です。
西グリセリードの東側は、山に囲まれた盆地(ぼんち)です。それほど大きな山々ではありません。
「あそこは?」
丘の上から眼下に広がる土地と、その向こうの町を見てピエールがヤクシーに聞きました。
「たぶん、シャングーだと思うわ。もともと一つの国だったけど、グリセリードに支配されているの。パーリみたいなものよ」
「ここに入ると危ないかな」
「でも、ここを通らないと、ずいぶん回り道になるわよ」
 二人の会話にじれて、アリーナが言います。
「何してんだよ。はやく行こうぜ」
 そして、さっさと先にたって道をおりていきました。

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天国の鍵14

その十四 新しい仲間

 そのアリーナという子は、ハンスの出したパンとハムをがつがつと食べました。
「飲み物!」
 食べる手を休めず、ハンスに命令します。ハンスは皮袋の水を出しました。
 水をごくごく飲むと、はあっとまんぞくそうなため息をついて、一つげっぷをしました。どうも、あまり上品ではありません。でもかわいいからいいや、とハンスは思いました。
「お前たち、どこへ行くんだ?」
 食べ終わると、アリーナはピエールに聞きました。
「べつにあてはないんだが、中央グリセリードにでも行こうかと思ってる」
「いいな。おれもいっしょに連れて行ってくれ」
「かまわんが、先に、なんであいつらに追(お)われていたのか、話してくれ」
 アリーナは、目を上にあげてなにか考えてましたが、やがて言いました。
「おれは、こう見えても実はこの国の女王の娘(むすめ)なんだ。ところが、悪いやつのせいでお母さんから離(はな)されて、西グリセリードでずっと育てられていたんだ。それで、女王に会いに行くためにそこをにげだしたんだ」
 なんだか、作り話みたいです。こんなほこりに汚れた顔で、乞食(こじき)の子のように下品な態度(たいど)や話し方の王女がいるものでしょうか。
「うそつけ。どうせ盗みでもして追われてたんだろう。まあいい。生きていくためには、そういうこともある。連れて行ってやろう」
 元泥棒のピエールは、この乞食娘もしくは泥棒娘に同情(どうじょう)したようです。
 アリーナを加えて四人は出発しました。アリーナは同じ年ごろのハンスにさかんに話しかけますが、グリセリード語のできないハンスにはさっぱりわかりません。
「お前たち、この国の人間じゃないのか?」
 アリーナに聞かれて、ピエールはこまってしまいました。
「いや、最近グリセリードに入ったアルカードの者なんだ」
「この女はグリセリード人だろう?」
「そうよ」
とヤクシーが答えます。パーリ人のヤクシーはグリセリードにはくわしいので、グリセリード人になりすますのは簡単です。パーリとはグリセリードの隣(となり)の国です。
「グリセリードのどこだ?」
 アリーナは聞きたがりますが、ヤクシーはてきとうにごまかします。
 馬と驢馬は合わせて三頭しかいないので、アリーナはヤクシーの馬の後ろに乗ります。体重が軽いので、馬もそれほどの負担(ふたん)ではありません。
「馬ってのは楽でいいや」
 アリーナはごきげんです。

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天国の鍵13

その十三 アリーナ

 最初の村でハンスたちは食べ物と飲み物を手に入れ、農家に泊めてもらって一休みしたあと、旅を続けました。ピエールとヤクシーはグリセリード語ができるので、便利です。ハンスは二人の話すのを聞いていて少しずつおぼえようと思いました。
 それから少し大きな村に来ました。その村でピエールは馬を二頭買いました。お金は金の粒をわたしています。アスカルファンをでるときに用意してあったのでしょう。
 三人とも乗り物ができたので、早く旅ができます。
 山脈の上はもう雪がつもっていたのに、ここではまだまだ暑(あつ)くて、日陰にはいるとほっとするくらいです。
 三人が乾いて埃(ほこり)っぽい街道の木陰で休んでいると、馬に乗った騎士たちが数名、向こうからやってきました。
 騎士たちは三人の前で馬を止め、馬上からたずねました。
「お前たち、十歳くらいの娘が通るのを見なかったか?」
ピエールがグリセリード語で、見なかったと答えると、騎士は
「そうか、確かにこの方向だと思ったが……」
とつぶやいて、他の騎士たちとともに、西の方に向かって馬を走らせて行きました。
 騎士たちがいなくなった後、ピエールたちのいた木の後ろの藪(やぶ、木の茂みです)からがさがさと音がしました。
 おどろいてふりむくと、藪から一人の女の子が出てきます。
「やれやれ、見つかるところだった」
 男の子のようにズボンをはいて、顔はほこりっぽく汚れてますが、赤毛のとてもかわいい子です。美人といってもいいでしょう。一目でハンスはこの子にのぼせてしまいました。でも、よく見ると、この子はずいぶん気が強そうで、わがままそうです。
「へへっ、間抜けなやつら」
遠くに行った騎士たちのあとを目でおいながら、その女の子は言いました。そして、ピエールたちに向かってにやっと笑って言います。
「ねえ、なにか食べ物ないかな。おなかぺこぺこなんだ」
ハンスがあわてて皮袋から食べ物をだそうとすると、ヤクシーがそれを止めました。
「待って。その前に、あなたは何者か教えてちょうだい。どうしてあの騎士たちに追われていたの?」
 すると女の子はヤクシーをにらんで言います。
「なんだっていいじゃないか。ケチンボのおばさん!」
「まあ、口の悪い子。名前は?」
「シル……いや、アリーナだ。名前言ったから、早く食べ物くれ」
どうも、アリーナという名前は嘘(うそ)みたいです。

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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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