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A層とB層をつなぐ新しいマスコミを作ること

「泉の波立ち」から転載。
記事自体面白いが、私は表マスコミとネットをつなぐ新しいメディアの創出を提唱しているので、その参考にもなる。ここに書かれたこと、つまり、ジャーナリストではなく、単なるウェブ技術者をネット雑誌編集者にするということの愚かしさは言うまでもないが、では有名ジャーナリストを編集長にすればいいかというと、それも私は疑問である。つまり、表マスコミの慣習や常識に毒された人間では、新しいジャーナリズムを創出することはできないだろう、と思う。
私としては南堂氏自身がそういう新しいメディア、あるいはウェブ雑誌を作ってみてはどうかと思う。毎日のように多くの社会事象を検証し、精力的に記事を書く「知的体力」のある人だから、本業の傍ら、そういう副業もできるだろうし、それは社会的に意義があることだ。毒舌家で偽悪家めいたところはあるが、彼自身、リベラル派に近いと私は見ているので、そういうリベラル派のウェブ雑誌編集長には適任だろう。
あるいは内田樹あたり、大学を退官した後の仕事としてそういうウェブ雑誌編集長になるのもいいのではないだろうか。日本には、A層とB層をつなぎ、B層の意識を引き上げる、そういう新しいマスコミが必要だ。



(以下引用)


2013年06月20日
◆ ハフィントンポストはなぜ失敗したか?
 鳴り物入りで始まったハフィントンポストは、どうやら失敗したようだ。ではなぜ、失敗したのか?

 ──

 鳴り物入りで始まったハフィントンポストは、どうやら失敗したようだ。記事を紹介しよう。
 《 「ハフィントン」オープン1か月 アクセス伸び悩み目立つ 》
米有名ブログサイト「ハフィントン・ポスト」(ハフポ)と朝日新聞社との合弁でスタートした「ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン」開設から1か月経ち、失速ぶりを指摘する声が増えてきた。
 サイト開設直後は多くのアクセスを集めた模様だが、5月中旬以降は開設時の半分以下で推移している。
 ヤフーのリアルタイム検索でハフポが話題になった回数を調べてみると、5月15日にはサイト立ちあげ関連の話題で300件以上ヒットしたが、5月25日以降は100~50件。やはり同様の傾向だ。
独自記事ではない外部からの記事の配信が目立つ上に、市況のニュースを大きく取り上げる割には続報が乏しいといった、「ちぐはぐ」ぶりを指摘する声もある。
 「ブログ記事」も目玉のひとつに掲げており、安倍晋三首相をはじめとする著名人を含めて70人以上が参加しているが、実際に更新されているブログの記事数は1日に5本程度だ。
( → J-CAST )
 《 ハフィントンポストとかほんと何だよ 》
 あんだけ偉そうなこと言ってて、あのハフィントンポスト日本版のサイトはなんなんだよ。更新も少なければ記事も「ここでしか読めない」ネタもない、毎日何かあるかと思って訪れちゃった私が馬鹿みたいじゃないですか。
 それにしても、ハフィントンポストこのやろう。期待だけさせてクソみたいなサイト作りやがって。これではネットヲッチの素材にすらなりません。
( → やまもといちろうBLOG )
 では、どうしてこういうひどい状況になったのか? 実際の記事に即して、考察してみよう。

 ──

 (1) 経済
 経済の記事として、次の記事がある。
  → 日本企業のグローバル化は待ったなし
  → ユニクロ「世界同一賃金」が示すのは日本型雇用システムの終焉
 呆れる。ユニクロの社長と同じことを言っている。「グローバル化時代だから日本人が賃下げになるのは当然だ」というふうに。
 しかしこのことが成立しないことは、「為替レート」という概念を理解するだけで簡単にわかる。
 仮に著者の見解が正しければ、円のレートが下がり、途上国のレートが上がり、結果的に賃金水準が近づいていく。ところが現実には、そうなっていない。ということは、先進国では先進国なりに、独自の先端技術によって高い価値創造をなしている、ということだ。
 こんな経済学のイロハもわからないで、さんざん批判されたユニクロの社長と同じことを主張しているんだから、世間知らずにもほどがある。(周回遅れ。)
 
 どうしてこれほど無能な人間が、デタラメな経済論を書いて、掲載されるのか? そのことが不思議だったが、次のページを見て、わかった。
  → ブロガー一覧 (あいうえお順)
 「あいうえお順」をクリックすると一覧が出る。それを見ると、ブロガー一覧が出るが、ひどいものだ。経済学に関する限り、まともな人間は一人もいない。いくらか目立つのは、アゴラや BLOGOS に書いている二流の人間だけだ。そういう無能な人間を、よりによって選択して、あえて書かせている。それも、ユニクロ擁護というような、保守派の理屈を。
 どうせなら、保守派であっても、池田信夫でも呼べばいいのだが、そうすることもできずに、無能な保守派ばかりを呼ぶ。これでは結局、次のようになる。
 「ハフィントンポストは、アゴラや BLOGOS の劣化版である」
 あまりにも馬鹿げている。

 では、どうして、こういうことが起こったのか? 朝日やハフィントンポストは、リベラルが基調なのだから、リベラルな論者を選べばいいのだ。なのに、どうして、よりによって、アゴラや BLOGOS という保守派の論客ばかりを選ぶのか? しかも、保守派のなかでも無能な人々ばかりを?
 それが疑問だったが、編集長を見ると、わかった。
  → ハフィントン・ポスト 編集長にインタビュー
 この編集長の経歴はこうだ。
 東京理科大学工学部経営工学卒業後、ライブドアでポータルサイトの統括、コンデナストで日本版「WIRED」のウェブエディター、グリーで「GREE ニュース」等などを担当。
( → プロフィル )
 一読してわかる通り、根っからのウェブ屋だ。もちろん、政治や社会や経済などの素養は素人同然だ。だから、経済学で何が正しいかも理解できず、単に「アゴラや BLOGOS で活躍している論客を選ぼう」と考えたのだろう。
 これを一言でいえば、「編集機能の喪失」だ。
 ハフィントンポストは、本来は米国のハフィントンポストの真似をしようとしたはずだ。ところがどういうわけか、そこには朝日新聞社の社員のような、政治や社会や経済の素養を持つ人物がいなかった。編集長に素養がないだけでなく、編集部員にも素養がなかった。新聞や雑誌としての編集機能はなくて、単にウェブ屋の機能だけがあった。そのあげく、先人であるアゴラや BLOGOS の真似をしようとした。結果的に、独自の記事はなく、リベラルな記事もなく、保守派のゴミ記事ばかりになった。つまり、アゴラや BLOGOS の劣化版になった。

 ここが最大の「がっかり」の点だ。なぜなら、たいていの人は、次のようなものを期待したはずだからだ。
 「アゴラや BLOGOS と違って、リベラルな見解」
 「優秀な編集部員によって精選された記事」
 現実には、こういうものは現れなかった。その逆に、次のようなものが現れた。
 「アゴラや BLOGOS のような保守派の見解」
 「無知な編集部員によって拾われたゴミ記事」
 その典型が、冒頭のような記事だ。つまり、
 「グローバル時代には、日本人の賃金が途上国並みに賃下げされるのは当然だ」
 というユニクロの社長みたいな見解だ。経済学に無知なユニクロの社長がこういう見解を唱えるのは、「素人の無知」で笑いものにすれば済むが、ハフィントンポストのようなウェブ媒体が同じような見解を堂々と掲載すれば、ハフィントンポストそのものが馬鹿にされるだけだ。
 それが現状である。もちろん、まともな人は、いちいち読んだりはしない。経済に関する限り、ゴミ記事ばかりである、ということは明白だろう。
 そして、その理由は、編集部に人材を欠いていることだ。

 (2) 政治
 ゴミ記事ばかりである証拠として、次の記事も紹介しておこう。これは政治の記事だが。
  → 日本版NIHに期待すること( 2013-06-20 )
 まったく内容稀薄なゴミ記事だ。「グローバルな視点をもて」という一言だけを書いている。具体性が何もない。これを読んでも、何をどうすればいいのか、さっぱりわからないだろう。もしかしたら、何か重要なことを示唆しているのかもしれないが、文章を読んだ限りでは、何も伝わってこない。ゴミ記事の典型だ。

 どうせなら、同じテーマでも、次のような文章を書くべきだろう。
  → 日本版 NIH とバイオクラスター (★)
 読めばわかるように、ここには「何をどうするか」という具体的な提言がある。
 こういう具体的な提言があって初めて、まともな論拠をなる。
 なのに、ハフィントンポストは、有益なブログ記事を掲載しないで、ゴミ記事ばかりを掲載している。まったくひどいものだ。
( ※ 「日本版 NIH 」について話題にするのだから、「日本版 NIH 」という語で Google 検索すれば、いくつかページがヒットする。上記の(★)もかなり上位にヒットする。報道や解説を除いたオピニオンでは、この記事が最上位だ。だから、Google 検索するだけで、有力なオピニオンが見つかる。それを掲載すればいいのに、そうすることすらできず、よりによってゴミ記事を掲載する。……つまり、ググるという知恵さえないことになる。)
 
 では、どうして、こういうひどいことになったのか? それは、次のシステムによる。
 「掲載するブログ記事の筆者を、あらかじめ固定する。すべての優れた論者の記事から精選するのではなく、まず日本人全体の 100万分の1ぐらいに範囲を限定した上で、彼らの記事だけを掲載する」
 こういうシステムを取る。これでは、まともな記事を精選できるはずがない。精選する対象が、もともと全体 100万分の1しかないからだ。これでは、まともな記事を選べるはずがない。
 かくて、上の二つの記事の例からもわかるように、「駄目な方の記事が掲載されて、まともな方の記事が掲載されない」というふうになる。
 記事の掲載システムそのものが、根本的に狂っているわけだ。

 (3) 地球環境
 では、外部の論者から記事を集めればいいのではないか? そう思うだろう。ところが、それはできないようだ。「原則、拒否」という立場を取っているようだ。そのことは、私が次の記事で確認した。
  → 地球環境の変化(緑地減少)を画像で見る (¶)

 この記事は、私はハフィントンポストに「転載してください」というふうに申し出た。ところがハフィントンポストはかなり時間を経てから、「ご遠慮します」という返事を寄越した。ま、そのときは、「興味がないのかな」と私は思った。ところが、それから数日たって、まったく同じテーマで、次の記事(ゴミ記事)が出た。
  → 地球環境「28年の変化」早送りで:Google Earth 動画7選

 このゴミ記事を掲載することは、何重もの意味で、問題点がある。
  ・ Google のページが話題になったのは、日本で 5月10日。
  ・ 私がハフィントンポストに申し出たのも、5月10日の夜。
  ・ なのに、掲載日は 5月14日であり、あまりにも遅い。
  ・ 米国版で 5月09日の記事を、5日遅れで翻訳しただけ。
  ・ 掲載内容は、他サイトが 5月10日に出したものと同様。
  ・ その内容は、Google のサイトのパクリ。独自情報はない。
  
 要するに、「無内容のパクリを五日遅れで出した」というだけの記事だ。完全なるゴミである。(五日前の古新聞みたいなもの。いや、五日前の広告みたいなもの。)
 どうせなら、Google の公開した情報よりもはるかに豊富な情報を、多数の画像(見て楽しい)といっしょに出したページ( → 上記の ¶)を、5月11日の時点で掲載すれば良かったのだ。そうすれば、「内容豊富な情報を、最速で掲載した」というふうになるだろう。このことが米国のハフィントンポストでも話題になって、「日本のハフィントンポストから米国のハフィントンポストへ翻訳される」という栄誉に浴したかもしれない。
 ハフィントンポスト(日本版)は、そうすることができたのだ。なのに、その機会をあえて捨てて、かわりに、ゴミ記事を掲載した。
 なぜか? 理由はやはり、(1)(2) だろう。つまり、
  ・ 編集者にまともな人材がいない
  ・ ブロガーを先に決めて固定している(外部の著者を拒否)
 つまり、自分で自分の手を縛っている状況だ。どんなに優れた記事が寄せられても、自分の立てた原則に縛られて、外部の記事を掲載できない。かわりに、内部で書かれたゴミ記事ばかりを掲載する。自分で自分を慰めて快感に耽っているようなものだ。見苦しい。

 (4) 人類の進化
 それでも、どんなにゴミ記事だらけであったとしても、嘘を書かなければ、まだマシである。
 ところが現実には、嘘を書く。次の記事だ。
  → 「10万年後の人類の顔」を予測(画像)
 簡単に言えば、10万年後の人類は、次の特徴を持つと予想されている。
  ・ 目が極端に大きい。
  ・ 脳が大幅に拡大する。
 書いたのは「計算ゲノミクス」の学者だということだから、勝手にゲノムの進化を想像したのだろう。
 しかし、進化論や生物学を理解すれば、このような進化はありえない、とわかる。詳しい説明は別項ですることにして、とりあえず、私は次のコメントを投稿した。
 たいていの哺乳類は夜行性だが、目が大きくなったりはしない。網膜レベルで光の感度が高い生物はいるが、目を大きくするという適応はありえない。 / また、瞳が大きくなれば、像がぼやける。 / また、こんなに大きな眼球がうまく頭蓋に収まりにくい。 / また、重量からしても、運動のときの慣性のせいで、眼球が目玉からはみだしてしまいそうだ。それを防ぐには神経などの構造を作り替える必要があるが、無理。 / 以上のすべてにより、こんなに大きな眼球は生物学的に成立しない。
 ところが、このコメントは、掲載を拒否された。ま、これが掲載されたら、記事の趣旨は全否定されるから、掲載拒否したがる気持ちはわからなくもない。
 だが、学術的な内容の記事について、「反論を一切拒否する」というのでは、学術的に公正さを欠いていることになる。

 このことから、この記事の趣旨がはっきりとわかる。
 「真偽には関係なく、単に面白おかしい記事を掲載して、受けを狙う。そして、論旨の欠点を突かれたら、その批判を徹底的に無視する」
 つまり、学術的な正確さなんかはまったく無視して、おもしろおかしい話題でウケだけを狙っているのだ。
 この意味では、ハフィントンポストは、虚構新聞やボーガスニュースと同様のものだ、と考えていいだろう。
 また、ギガジンやガジェット通信に似ているとも言えるが、これら二つは、「批判コメントは拒否して、肯定コメントだけを掲載する」というような差別行為はしていない。その意味で、これら二つは、ハフィントンポストほど、うさんくさくはない。

 とにかく、ハフィントンポストのコメントは、承認制であるがゆえに、編集部の操作が入っており、公正さが望めない。どうせならば、はてなブックマークのページのコメントでも見た方がいいだろう。たとえば、これだ。
  → 上記ページ の はてなブックマーク
 
 ここには、批判的なコメントも掲載されている。それを読めば、ハフィントンポストの記事が胡散臭い、ということはわかる。
 一方、ハフィントンポストの記事のコメント欄には、「アニメふうだ」というような、アニメの話題ばかりが掲載されている。ゴミ・コメントばかり。
 記事もコメントもゴミばかりとなり、全体がゴミの山となっている。
 こうしてハフィントンポストは、どんどんゴミのかたまりとなっていく。誰も近づかなくなるのは、当然のことだろう。

( ※ Gunosy か、はてなブックマークか、Vingow でも見ている方がマシだ。)
 
________________________________________

 [ 付記1 ]
 本項では、ハフィントンポストを改善するための提言は、特にしない。
 だが、欠点の指摘は具体的にきちんとやったので、それを裏返せば提言になる、とわかるはずだ。
 だから、いちいち提言の形では述べない。日本語が読めれば、中学生でもわかるはずだからだ。(文章を裏返すだけでいい。)
 
 [ 付記2 ]
 それとは別に、私の当初の期待を述べておこう。それは、こうだった。
 「アゴラや BLOGOS のような保守系限定の論壇ではなくて、リベラルを含めた論壇」
 アゴラや BLOGOS にあるのは、「グローバル時代には低賃金で労働者を虐待するのが当然だ」とか、「企業の利益を拡大することこそ、日本経済を強化する」とか、古臭い保守派の意見ばかりだった。そこにはマクロ経済学の理論はなく、単に「市場原理で状況は改善する」という素朴な素人じみた発想の見解があるばかりだった。
 そこで、まともなマクロ経済学の論拠を出して、安倍内閣や野田内閣の難点を指摘し、さらにユニクロ社長ふうの素人論議も打破する……というようなことを期待したものだった。
 しかるに、現実には、先に述べたようになった。(アゴラや BLOGOS の劣化版になった。)……「がっかり」の一言に尽きる。

 [ 付記3 ]
 ハフィントンポストはせめて、WEBRONZA の論者でも呼べば良かったのにね。現時点では、WEBRONZA の方がはるかに優れている。
( ※ WEBRONZA は、有料なのが痛いので、読む気になれないが。でもまあ、たいした金額ではないので、読みたい人には、有料でも金を払う価値はある。ゴミばかりのハフィントンポスト、アゴラ、BLOGOS に比べれば、WEBRONZA はずっとマシだ。朝日新聞社の社員が編集すれば、ずっとマシになる、という例ですね。)
( ※ ただし、「金を取るせいで失敗する」という商売下手も、朝日らしい。せめて無料記事をたくさん掲載して、読者を集めれば、商業的にも成功しただろうに。evernote や Dropbox だって、無料ユーザーをたくさん集めたから、有料ユーザーが集まる。そのことも理解できないで、有料ユーザーばかりを集めたがるのが、WEBRONZA の商業的失敗の理由。)
( ※ WEBRONZA は、有料記事の前半だけ掲載しているようだが、せめて冒頭に「要旨」を掲載するべきだ。中身もろくにわからなければ、金を払う気になれないでしょうが。「要旨」を見て、「なるほど」と思ったら、詳しい内容を知るために金を払う。……これが正しいあり方だ。今の方式では、単に読者が逃げるだけだ。ホントに商売下手ですね。)




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私のカエル男度

「播州武侯祠遍照院」さんのブログに引用されていた「カエル男・タガメ女度チェックテスト」が面白そうなので、私もやってみた。なお、私は自他共に認める恐妻家である。たぶん、典型的カエル男だろう。リストの後に、私自身について当てはまる場合は○、当てはまらない場合は×を書いておいた。




☆カエル男度チェックシート

1.パートナーや家庭を大事にしている(○:もっとも、これは自己評価で配偶者や家族はそう思っていない可能性もある。)

2.よく周囲から「愛妻家ですね」と冷やかされたり、「恐妻家」と呆れられたりする(○)

3.気がつくと、「うちの女房が」「家内に聞かないと」という言葉がでている(○:うちの女房は、世間的な事では私の何倍も有能なので、かなり女房に頼っている。)

4.住宅ローンを組んでいる(△:今は組んでいない。)

5.月の小遣いは一万~三万円と決まっている(△:会社の正社員時代はそうだった。)

6.職場にいるとなによりも落ち着くので、朝出勤をするときの気持ちは憂鬱というよりもウキウキしている(×:仕事をするより、家で酒でも飲みながら読書をするのが楽しいに決まっている。)

7.時には、家に帰りたくない夜があってわざと寄り道をして帰宅する(×:特にかつては家に帰るのが一日で一番楽しい時間であった。)

8.フェイスブックに奥さんや子どもたちの写真をひんぱんに公開している(×:ネット上に個人情報を公表する人間の気が知れない。まあ、どうせ大元締めにはすべて筒抜けだろうが)

9.学生時代よりも社会人になってからのほうがよくモテたと思う(○:でも、モテルだけで、それを生かすことは一度も無かった。私は既婚者の不倫というものが大嫌いなので。まあ、面倒臭かっただけかもしれないが。)

10.よく部下や後輩に仕事を押しつけてしまう(×:むしろ、簡単な作業でも自分で全部やるという、上に立てないタイプの人間であった。他人に仕事を命じるという「偉そうな」行為が大嫌いだったのだ。人を使えない人間は、組織向きではない。)

11.職場や周囲からは「コワモテ」だと思われている(△:外見に関してはそういう部分もあったようだ。)

12.部下の指導力には自信がある(×:人を使うのが嫌いなのだから指導力などあるはずはない。)

13.周囲からは面倒見がいい親分肌だと思われている(多分×)

14.酔っぱらうと居酒屋の店員やタクシーの運転手に威圧的なことを言ってしまう(×:これだけは絶対に無い。そういう人間は人間のクズだと思っている。)

15.大きな声では言えないが、けっこうセクハラっぽい言動をしてしまう(×:酔うとスケベエにはなるが、セクハラはしなかったと思う。というより、酔うといつも押し殺しているスケベエさが時々表に出たりした。しかし、同僚や下役の女性へのセクハラはしなかったと思う。)

16.渡辺淳一の小説が好きだ(×:大嫌いである。というより、読んだことすら無いが、彼の人間性が大嫌いである。私は儒教的人間だから、彼のような好色漢は大嫌いなのだ。)

17.じつは若い愛人がいて、仲間内ではよく"愛人自慢"(浮気自慢)をしてしまう(完全に×)

18.女性と交際をしているときは、白分が主導権を握っていると思う(多分×:というより、私は誰に対しても主導権を握るという発想そのものが無い。どのような上下関係も嫌いだから、主導権という考えとは無縁である。)

19.正直に告白すると、マンガの「島耕作」のような生き方に憧れている(完全に×:あのような男のどこに魅力があるのか、まったく分からない。「サラリーマン出世スゴロク」のスゴロクのコマにすぎない男ではないか。どこに魅力があってあんなに女にモテルのか分からないが、まあ、女にとっての男は、「出世する男」であれば誰でもいい、という部分もあるようだ。)

20.たまには「俺も辛いんだよ」などと甘えたことを周囲に言ってみたい(完全に×:無意識に周囲に甘えることはあるかもしれないが、このような腑抜けた発言だけはおそらくしない。したら、多分後悔して死にたくなるだろう。)


まあ、こんなところだ。
さて、採点表を見ると、


「あてはまった項目の数で、

0~4:カエル男度20%

5~10:カエル男度50%

11~15:カエル男度80%

16~20:カエル男度100%

だそうです。」


ということらしい。○の数は4個で、△が3個だから、私のカエル男度は20~50%くらいか。しかし、いきなり「20%」から「50%」に飛ぶかねえ。この採点表は、日本の男の大半をカエル男の範疇に入れようという悪質な数字操作ではないか。まるで官僚の作る統計数字みたいである。まあ、私の考えでは、タガメ女がカエル男の生き血をすすって生きている、という言挙げは専業主婦を貶める陰謀のような気がする。電通あたりとタイアップした企画である可能性もあるのではないか。
ちなみにタガメ女度チェックリストは次のようなものだ。

☆タガメ女度チェックシート

1.規則正しい生活を送っており、周囲からよく「ちゃんとしているね」と言われる

2.パートナーには「○時には帰る」という“カエルコール”を義務づけている

3.相手が失敗をすると、「ほら、だから言ったでしょ」と言う

4.いかに自分が日々の家事(仕事)を頑張っているかを周囲にアピールする

5.習い事に夢中になっている

6.休日は友人と会ったり、イベントが目白押しだったりで忙しい

7.マンションの階層にこだわりをもっている(戸建ての場合は家の立地)

8.近所からどう見られるかにはかなり敏感だ

9.スマホではなくガラケー(ガラパゴス・ケータイの略。日本国内では便利だが世界標準ではない)でドコモユーザーだ

10.住宅ローンを組み、「郊外のベッドタウン」で暮らしている

11.結婚願望は強かった(強い)

12.まとまったお金は投資型の運用よりも郵貯や積立保険にまわす

13.アルバムが充実している

14.誕生目やクリスマスパーティなどのイベントを企画するのが好きだ

15.ディズニーランドが大好き

16.女子会では“意味のない会詰”を延々と続けられる

17.身近に独身のオタク男性などがいると不安になる

18.「主人は~」(カレは~、)というのが口癖だ

19.PTA活動(行事)では積極的に「役職」につき、懸命にこなす

20.働きながら子育てをする女性や独身女性とはあまり親しくしない


どうも悪意に満ちたチェックリストである。特に、9などは、「現代のデキル独身女(自立した女)はスマホをバリバリ使いこなすのよ。ガラケーを使っている時点で、あんたたちは時代遅れのダメ女」というアピールがいやらしくにじみ出ている。
専業主婦の大半はこれらの条件に少なくとも半分以上は当てはまるのではないか。で、専業主婦とは夫の生き血をすすって生きている存在だ、ということにして何が得られるのだろう。現代はもはや雇用不足の時代であり、女性の社会進出で女性も男性も幸福になるより、仕事の奪い合いでどちらも不幸になっているのではないか。そのとばっちりは子供にはねかえっており、家の中に母親がいる、という子供時代を送った人間の方が現代では少数派だろう。その結果は、子供時代の精神形成にゆがみをもたらした面が大きいのではないだろうか。
まあ、家に母親がいつもいることが子供にとって常に幸福かどうかは分からないが、少なくとも、子供が幼い間は、子供を育てるのは男よりも女性が向いているのは確かだ。今の社会は、そういう年齢の幼児まで施設に預けて共働きをしないと生きていけない家庭も多い。はたして、それは専業主婦が子供を世話し、家事のほとんどをする家庭より幸せなのだろうか。
何だか、時代遅れのフェミニスト学者が専業主婦攻撃を再び始めた、という印象もある。(言うまでも無く、ここで言うフェミニズムは女権拡張主義の体裁を取りながら、女性の労働力を産業界に利用しようとした動きのことだ。それを企図したのは例によってロックフェラーなどのユダヤ資本家だと言う。女性の社会進出で世界は家族中心社会から個人分離社会に変わっていったというのがその一つの結果である。)




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コーポラティズム対民衆の「不可能」な戦い

「神州の泉」から転載。
現在のアメリカを、近代史の大きな流れの中で捉えた好文章であり、私自身の参考として保存しておく。
もちろん、書かれた内容には私にとって新しい情報や知識は無いが、まとめ方が簡にして要を得ているので、「これからの世界」について私自身が考察(なぜかいきなり「絞殺」と変換された。不吉な!)するためのいい叩き台になりそうだ、と思ったわけだ。

21世紀は「1%対99%」の戦いになるだろうが、それは「コーポラティズム対民衆」の戦いでもある。で、前者の場合は、かつては「資本主義対社会主義(または共産主義)」という明確な対立軸があったのだが、ソ連消滅によって社会主義(または共産主義)は敗北したことになっている。そして、奇妙なことにネオコンなどの富裕層の手下連中が一部の論者にかかると「共産主義者」扱いされるという有様である。(神州の泉氏も「共産主義」に関しては「アナーキスト」や「官僚主義」と区別がついていないように見える。本来の「共産主義」とは別の文脈で「共産主義」というレッテルがネット論者の間で使われているわけだ。もちろん、ここには「共産主義はウォール街が作った」というネット神話が底流しているのだろう。もちろん、レーニンへの欧米資本家の資金援助は事実だろうが、それはユダヤの政治支配手法の基本である「両賭け」か、あるいは単に「帝政ロシア解体」とその後の資本主義化が目的であり、それによって「共産主義はウォール街が作った」と言うのは拡大解釈の度が過ぎるだろう。)いずれにせよ、現在は「共産主義対資本主義」という図式は消滅した、と言えるだろう。だが、「社会主義対資本主義」の戦いはまだこれからも続く、というのが私の見方だ。社会主義と共産主義を同一視する人々には意味不明の話かもしれないが。
さて、「コーポラティズム対民衆」の戦いは、ある意味では「資本主義対社会主義」の戦いよりも困難だ。なぜなら、現代社会では、民衆の生活物資はほとんどが企業から提供(もちろん、有料提供、ということだ)されているからだ。いわば、兵站が敵に抑えられた状態で長期戦を戦うという不可能な戦いなのである。この戦いが本当に不可能か、あるいは勝つ手段がどこかにあるか、というのが私の今後の考察課題の一つになりそうである。まあ、老後のボケ防止のための頭の体操にはなるだろう。


(以下引用)




2013年6月20日 (木)



9・11以降、米国はプルトノミー社会への変移でジョン・ロックの建国精神を放棄した






題名にいきなり、「プルトノミー」とか「ジョン・ロック」という、馴染みのないカタカナを使用して申し訳ないと思っている。

書いている神州の泉自身もこれらの言葉には正直馴染みがない。むしろ、普段は全く意識もせず、考えてもいない類(たぐい)のワードと言ってもよい。

とくにプルトノミー(Plutonomy)なる言葉は、反骨の映画監督・マイケル・ムーアの『キャピタリズム マネーは踊る~』を観て初めて知った。

これは2009年に公開された映画だが、この中に「プルトノミー」という聞いたこともない言葉が出てくる。

それは1%の超リッチな金融寡頭勢力が、95%の底辺層の持つ全財産よりも多い富を占有し、そのことによって独占的に利益を得る社会のことをいうそうである。

映画では、シティバンクが超優良顧客に配ったペーパーに、「現在のアメリカの体制は民主主義ではなくプルトノミーだ」と書いてあったそうである。

つまり、アメリカの金融寡頭勢力は、自分たちが確立した経済的な人民支配体制をプルトノミーなる用語で定義付けていたのである。

プルトノミーという言葉は、ギリシア語で「富」を表す「プルトン」と、英語で経済を表す「エコノミー」の合成語だそうである。

ムーアは、金融寡頭勢力は労働者に対して一片の愛情ももたず、ひたすら金(かね)だけを愛していて、しかも彼らは自分の持ち金だけではなく、貧しい労働者の金にも尽きせぬ食指を伸ばしているという意味のことを言っている。

これは強欲資本主義の行き着いた結果である。富める者はますます富み、持たざる者は搾取されてますます貧しくなっていく。

最悪の二極分化構造ができあがってきたが、これがアメリカ社会の現実である。

さて、次はジョン・ロックだが、彼は18世紀イギリスの啓蒙主義・経験哲学の大御所であり、民主主義の理論的開祖のように思われている超有名人である。

二十歳くらいのときに岩波文庫の小さな文字で書かれているロックの「統治二論」を読んだ記憶はあるが、ほとんど覚えていない。

ただ、これがアメリカ建国精神、つまりアメリカ独立宣言の原理的な思想になっているということはうろ覚えに残っている。

むずかしいことを言うつもりはさらさらないのだが、マイケル・ムーアは映画『キャピタリズム マネーは踊る~』で、じつに重要なことを語っているので、その部分だけをここに紹介する。

現在のアメリカの超格差社会=プルトノミーは、1980年代のレーガン政権時代から続いたフリードマン主義(新自由主義)が社会出力となった総体的な負の結果である。

『やじうまUSAウォッチ』さんの『キャピタリズム マネーは踊る~』に関するとても優れた記事を参照して以下を書く。

ムーアは、アメリカ現下の惨状は、ニューディール政策を始めたルーズベルト大統領最後の演説の思想と全く食い違っていると嘆く。

ルーズベルトは、アメリカ憲法で保障された「幸福の追求」をより具体的に実現するための新しい権利章典の提唱を言挙げした。その演説の要点は次の権利である。以下、上記サイトから転載させていただく。

 ○社会に貢献し、正当な報酬を得られる仕事を持つ権利

 ○充分な食事、衣料、休暇を得る権利

 ○農家が農業で適正に暮らせる権利

 ○大手、中小を問わず、ビジネスにおいて不公平な競争や独占の妨害を受けない権利

 ○すべての世帯が適正な家を持てる権利

 ○適正な医療を受け、健康に暮らせる権利

 ○老齢、病気、事故、失業による経済的な危機から守られる権利

 ○良い教育を受ける権利

この演説の後すぐにルーズベルトは逝去し、この権利章典は実現されなかった。
ここに書かれてあることと、今のアメリカには彼我の懸隔(けんかく)が横たわっている。


この時点から半世紀以上も経って、アメリカという国家そのものは、少数の金融寡頭勢力に簒奪され、アメリカ人のマジョリティは文字通り急速な奴隷化に向かっていて、完全なディストピアに変わり果てている。

ムーアはどうやらこの惨状が、アメリカの国策の変遷というよりも、キャピタリズム(資本主義)の存在そのものにあるのではないかと、強い懐疑を持ったようだ。

神州の泉もまったく同じ感想を持つ。
コントロールの効かない資本の躍動は、人間の生命や環境、国家の多様性を脅かす。

アメリカという国はレーガン政権以降、フリードマン主義の台頭に反比例して国家としての内実を徐々に失い、現在は多国籍企業に母屋を乗っ取られた。
それは人民統治(デモクラシー)から企業統治(コーポレートクラシー)への変貌である。

従って、利潤追求の原理だけを究極的に作動させるだけの、企業のための社会統治原理しか働かない構造ができあがり、そこには肝心の人間の暮らしが存在しなくなっている。

かつては世界中が憧れた豊かさと自由の国は、今や最も貧乏で不自由な国となっている。

企業体が国家を掌握し、人間が完全に疎外された統治構造に変化した結果、そこには人々の幸福追求の空間はすっかり消えてしまっている。

これはルーズベルトが指向した幸福追求の権利とは完全に逆ベクトルである。
それのみか、コーポラティズムはその自己保存本能をますます強めて、アメリカ国民をがんじがらめに弾圧し始めている。

9・11以降、アメリカがテロ対策として敷いた愛国者法(Patriot Act)という翼賛体制は、テロとは無関係に国民の移動の自由や言論の自由を縛るために機能している。

このムーアの話題が、上述したジョン・ロックと何の関係があるのか!?と思われるだろうが、上記に掲げた権利章典の理想はジョン・ロックが「統治二論」で叙述した次の三つの権利をベースに成り立っている。


1、 人はすべて創造主によって平等に創られ、それぞれ譲るべからざる権利を持っている。

2、 政府はこの権利を保障するために、被統治者(人民)の同意によって設けられたものであること。

3、 その自然なる結果として、政府を変更することは人民の権利であること。

(以上の3項目は、岩波文庫のロック著『市民政府論』を訳出した鵜飼信成氏の解説から引用した。)

神州の泉は、メイフラワー号で大陸にやってきた清教徒たちが北米原住民を大虐殺して土地を奪い、奴隷を使役してアメリカを建国した経緯に究極の胡散臭さを見ている。

しかし、それはそれとして、アメリカ建国史にはジョン・ロックの理想を活かそうとした思いがあったことは少なくとも事実である。
しかし当時のアメリカと現在では全く別の世界になってしまっている。

今のアメリカは、他世界を永久に支配・奴隷化して資本の利益だけを求め続ける冷酷な多国籍企業の牙城と化している。

彼らの自己保存・生存欲求は9・11以降、アメリカを完全な監視社会に変貌させ、文字通りオーウェルの「1984年」を実現させてしまっている。

ジョン・ロックの良し悪しは別として、アメリカは彼の理想とは全く異なる、人間不在のモンスター国家に変貌した。

(※推奨 もし『キャピタリズム マネーは踊る~』の概要を知りたければ、『やじうまUSAウォッチ』さんの記事をご覧になっていただきたい。とても正確にこの映画の内容を捉えています。)






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コカコーラの正しい使用法

徽宗皇帝のブログでも転載した、「世界の裏側ニュース」から、なかなか楽しい記事を一つ紹介する。
まあ、コカコーラだけではなくペプシコーラでも話は同じだろうし、私は最近コーラ飲料を時々飲む(つまり、暑いときにコーラを飲むのは気分がいいという事実はある)ので、この記事は「コーラの飲み過ぎは危険だよ」くらいに受け止めればいいと思う。
体に害が無いものだけを取り入れて生きるというのは不可能な話だし、健康のためなら死んでもいい、というほどの健康マニア以外は、食べ物や飲み物は「すべてほどほどに」でいいのではないだろうか。もっとも、食品に含有される放射能による内部被曝に関しては、まだ検証が十分ではないはずだから、あまり安心はできないのだが。
あまり気にするな、と書いてはみたが、鉄分やカルシウムが体から失われると様々な障害が起こるのは確かなことだろうから、まあ、コーラを飲むのは喫煙くらいの害はある、と思えばいいだろう。「健康のため吸い過ぎに注意しましょう」と同様に、「健康のため飲み過ぎに注意しましょう」とコーラ飲料には表示すべきではないか。


純粋な酸素の中では、実は生物は生きられないという。何事もほどほどが一番、ということだ。



(以下引用)



コカコーラの正しい使い方



2013年05月16日(木) 05時52分13秒
テーマ:健康とビジネス

コカコーラの正しい使い方

http://www.virtualpetlist.com/showthread.php/16004-Water-or-Coke

1. アメリカの多くの州において、高速道路パトロール隊は2ガロン (約7リットル) のコーラをトラックに配備している。これは高速道路での交通事故の後処理として、血痕を除去するために使われている。


2. コーラの入ったボールの中に食用肉の骨を入れると、2日間で溶けてなくなる。


3. トイレ掃除に
便器にコカ・コーラを一缶入れて、一時間放置し、その後トイレの水を流す。コーラに含まれるクエン酸が陶器製の便器のシミを除去してくれる。


4. 車のバンパーの点状さび跡を取り除く
アルミホイルをくしゃくしゃにまるめ、それをコカ・コーラに浸し、それでバンパーを擦る。


5. 車のバッテリー端子の腐食部分をきれいにする
・ターミナル部分をカバーするようにコカ・コーラを注ぐと、泡が出て腐食部分がきれいになる。


6. 錆びたボルトを緩める
コカ・コーラに浸した布を錆びたボルトに数分間、つけておく。


7. 服に着いた油のシミを抜く
油の汚れのついた服の山にコーラを一缶ふりかけて、合成洗剤を加えていつも通りに洗濯する。コカ・コーラが油のシミを浮かせてくれる。
また、車のフロントガラスから見える道路状の景色が蜃気楼状に見えるのを防ぐ。



大事なポイント

1. コカ・コーラの中の有効成分はリン酸である。リン酸のpHは2.8で、この中に鉄の釘を入れておくと約4日間で溶ける見えなくなる。また、リン酸は骨からカルシウムを浸出させるため、骨粗しょう症発症率の上昇の主な原因となっている。


2. 濃縮コカ・コーラ原液を運ぶトラックには、高度の腐食性物質を運ぶ車につけられる「有害物質 (Hazardous material)」のプレートを付けなければならない。


3. コークの販売業者は、自社トラックのエンジンをきれいにするためにコーラを約20年間使い続けている。

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「コーラもペプシも飲めなくなる話」(2012年07月06日)より


インドの農家は農薬の代わりに使っています。




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自民党中央執行部と地方議会の乖離

「velvet morning」から転載。拡散、および保存目的であり、解説はしない。
感想を一つだけ。

東京新聞は偉い!






(以下引用)


東京、山梨、大阪を除く四十四道府県議会がTPP交渉参加反対を決議 ― 2013/06/18 19:02





環太平洋連携協定(TPP)への交渉参加に関し全国の四十四道府県議会が、交渉参加に反対か慎重の意見書・決議案を可決していると、東京新聞でやっています。


以下引用



環太平洋連携協定(TPP)への交渉参加に関し全国の四十四道府県議会が、交渉参加に反対か慎重の意見書・決議案を可決していることが本紙の取材で分かった。全て自民党および同党系議員が賛成した。同党は参院選公約などでTPPの重要性を訴えるが、足元の地方議員は意見書などをもとに全く違う意思表示をしていたことになる。公約を党本部と地方が都合よく使い分け、二股をかける選挙戦となりかねない。 (中根政人)


 意見書・決議は二〇一〇年十月、当時の菅直人首相が参加検討を表明してから議決が始まった。安倍政権誕生後は二十四道府県が可決。このうち十九道府県は、安倍晋三首相が交渉参加を表明した三月十五日以降だった。


 北海道は、反対の決議と意見書をそれぞれ可決。「米国や豪州との競争力の格差は極めて大きく(TPP参加は)地域社会の崩壊につながる」と政府を痛烈に批判している。慎重対応を求めた意見書のうち、群馬は県産品のコンニャクなどを交渉上の重要品目に位置付けるよう求めている。


 意見書・決議案を可決していないのは都市部の東京、大阪と、交渉上の重要品目でない果物が中心作物の山梨の三都府県だけ。TPP推進を求める議決は一つもない。


 自民党は参院選公約で、TPPについて「守るべきものは守る」とした上で、参加が国益にかなうことを明記する方針。しかし今月四日の党全国幹事長会議では、北海道連や高知県連などが政府方針に強い懸念を示すなど、中央と地方のずれが表面化している。


 今のままでは自民党は参院選で、幹部が公約に沿ってTPPの重要性を訴え、地方議員が意見書や決議に沿って反対を訴えるという、有権者には極めて分かりにくい展開となってしまう。


 日本大学の岩井奉信教授(政治学)は「党本部方針に沿わない意見書に地方議会の自民会派が賛成するのは党内の政策調整が不十分な証拠。中央と地方が食い違ったままでは公約の整合性を厳しく問われる」と指摘している。


<地方議会の意見書・決議> 意見書は、地方議会が国の政策などについて意思をまとめ、議決した文書。地方自治法で、国会や関係行政機関に提出できると定められている。決議も、議会の意思を対外的に示すために行う議会の議決だが、可決した内容を国会などには提出しない。

以上引用

tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013061702000146.html



というわけで、44都道府県が、現実的にTPPに反対しているのです。


しかも、自民党の地方議員が反対している。


それなのに、現執行部が、TPP交渉参加と言う。
安倍や石破は、はっきりと、TPPに賛成であると発言している。
麻生太郎は、日本の水道を民営化し、外資に売り飛ばすとCSISの講演で発言しています。


それで、TPPに反対している人たちを左翼呼ばわりです。











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天皇・皇后の御不例と福島訪問

「阿修羅」記事から転載。(末尾の投稿者感想は余計に思えたのでカットした。)
対談の詳細はよく分からないが、書かれた内容にはある程度の蓋然性があるように思われるので、「思考素」の一つとして備忘的に保存しておく。(長いので、読む人は適当に飛ばし読みをすればよいと思う。)
特に赤字部分にした天皇の御不例(この対談の時点では皇后の健康不安はまだ起こっていなかったのだろう)が数次に亘る福島訪問と無関係ではないという指摘は、多くの人の盲点になっていたのではないか。福島訪問は天皇や皇后ご自身の意思によるものだと私は思うが、国民へのその愛情が仇になったようだ。
(なお、私は尊皇主義者だが、「天皇様」「皇后様」とは書かない。「度の過ぎた」敬語は日本語の欠点であるという考えからだ。敬語そのものはあって良いと思うが、社会的上下関係を明示するのが敬語の主な機能であり、上を傲慢にし、下を卑屈にしがちである。)


(以下引用)


100年後の日本(人口は20%~30%に減少、社会の活力も頭脳も何もかも失う)-バスビー他の対談から (院長の独り言)
http://www.asyura2.com/13/genpatu32/msg/139.html
投稿者 天下万民 日時 2013 年 6 月 13 日 12:23:04: icvBmcVGYoU6M
Fallujah, Fukushima, & the Global Radiation Catastrophe, Part 2から

(前略)

モレ: 2009年に、マレーシアのマハティール博士が開催した戦争犯罪会議に招かれました。私にとっては2回目の参加でした。マハティール博士とは、前マレーシア大統領です。バズビーさんも2007年の会議に参加され、それは素晴らしい発表をなさいましたね。
さて、2009年の会議で私は、「世界の人口および出生率の減少を裏付ける2008年の国連報告書」という発表を行いました。そのとき、国連が独自に出した報告書から二つのグラフを皆様にお見せしました。[編者注:第8図および第10図]
第8図
世界、先進国、開発途上国および後発開発途上国における平均年間人口変化率1950年-2050年
1963年に核実験が終了して以来、世界の人口は減少している。
変化率(傾き)は、すべてのグループに関して同様であり、人口減少の原因が共通していることを示唆している。
人口減少の原因が核物質による環境汚染であることは、第10図が示すように、新たな核技術がもたらされる度に人口および出生率が減少していることからも伺える。
すなわち、大気核実験(1952ー63年)、原子力発電所の稼働(1960年以降現在まで)、チェルノブイリ事故(1986年)、劣化ウラン弾および正体不明の核兵器の使用(1990年以降現在まで)および最小に見積もってもチェルノブイリ事故の300倍に等しいフクシマ事故(2011年)により、人口が減少し続けているのが読み取れる。
Source: UN Report: “World Population Prospects: The 2008 Revision – Highlights”, Fig. 2.
第9図 国連とは矛盾する世界人口増加を示す世界資源研究所のグラフ
世界資源研究所は、1982年に「持続可能性」の概念を広めるために設立された研究所で、世界銀行および他の国際金融機関の出資を受けている。
同研究所には、ロックフェラー財団、オープンソサイエティ財団(ジョージ ソロス)および中央情報局関連の財団など、多くの財団が資金を提供している。
また、ゴールドマンサックス、ウオールマート、ウェルズファルゴ銀行、富裕な個人投資家、石油会社も資金を提供している。
同研究所の役員会には、新世界秩序の行動計画を広める「グローバルセールスマン」が名を連ねている。(例えば、元米国副大統領のアル ゴア氏や原子力産業関連者など。)
世界資源研究所は、明らかに新世界秩序の行動計画にもとづいており、人口過剰、人口削減、原子力エネルギー、気候変動などについて喧伝することにより、グローバル支配を目指すエリートの利益に寄与している。
Source: World Resources Institute
第10図 世界、先進国、開発途上国および後発開発途上国における合計特殊出生率の推移1950年ー2050年
1963年の部分的核実験停止条約により、10年にわたったイギリス、アメリカ、ソビエトの大気核実験が終了したが、この国連のグラフは、同条約締結後に出生率が大幅に減少したことを示している。
また、イラク戦争(1990年ー2000年)での劣化ウラン兵器および正体不明の核兵器の導入に伴ってさらに出生率が減少したことをも示している。
2011年のフクシマ事故は、世界の出生率および人口に関して大量殺戮的かつ無差別的な影響を与えたが、いまだにその影響の規模は未知である。しかしながら、過去に判明した核汚染の影響を遥かに上回るであろう。
UN Report: “World Population Prospects: The 2008 Revision – Highlights”, Fig. 3.
これらのグラフは、1986年以降、世界のすべての国や地域において、人口も出生率も減少していることを示すものです。
これらのグラフをお見せしましたら、会場からかなりの反響がありました。皆さん、「えっ?国連は、人口が急増していて爆発しそうだと言っていたじゃないか!?」と仰るわけです。
でも、驚くことに国連が独自に出した報告書や統計は、すべての国や地域で人口や出生率が減少していると示しているのです。いいですか、国連の統計がそう言っているのです。そして、私が何より驚いたのは、先進国の人口および出生率が最も減少していることでした。原発がない発展途上国より遥かに多くの減少ですし、世界の平均と比べても多くの減少を示していたのです。
フェッツア博士: 先進国より発展途上国の出生率が高いのは、一世帯当たりの子供の数が多いということじゃないのですか。
モレ: 原発立地地図をご覧ください。すべての主要先進国にほとんどの原発が建てられています。日本、アメリカ、カナダ、そしてヨーロッパ..
第11図 世界の原子力発電所の立地図
ロンドンのシティの銀行家は、原子力エネルギーを支配し、原子力は最も安価なエネルギーかつ地球温暖化の解決策であるとして、贈賄と欺瞞にまみれながら推進してきた。
現実には、原子力発電は最も高価な発電方法であり、各国政府の助成金と税金が投入されている。また、ライフサイクル全体を通した温室効果ガスの排出量は最大である。
原子力エネルギーは、世界の公衆衛生および環境の健全性に多大な影響を与えており、国際社会および環境にはその影響に対処するだけの余力はない。
Source: “The Madness of Nuclear Energy”, The Ecologist 29/7 (November 1999), back cover.
フェッツア博士: つまり、原子力に何らかの形で関わっているために地域が汚染され、人口や出生率が減少したということですか。
モレ: その通りです。
フェッツア博士: では、原子力エネルギーは、もともと有害で回避されるべきであったというのですね。これらの国々は、原発周囲の人々の健康や繁栄を度外視して金儲けをしたがる産業界からの働きかけを拒否すべきだったということですね。
モレ: ええ。そして、これら2つのグラフ(第8図と第10図)から読み取れることは他にもあります。
一つには、核実験が非常に深刻な影響を及ぼしたために、人口や出生率が減少したということです。そしてもう一つは、チェルノブイリ事故で、人口や出生率がさらに大幅に減少したし、その後のイラク戦争、アフガニスタン戦争、ユーゴ紛争も人口や出生率の減少に拍車をかけたということです。
このように世界的に起きている人口や出生率の減少は、環境汚染に起因するものです。先進国における人口変化率および出生率を示す曲線はもともと緩やかでした。ですから、急激な減少を示してはいません。しかし、先進国以外のすべての地域に関する減少曲線は、みな一様ですし、急な傾きを示しています。そして、減少傾向は世界的に見られます。それゆえ、人口や出生率の減少は、環境汚染が原因だと言えるのです。
フェッツア博士: バズビーさん、何か付け加えたいことがありますか。
バズビー博士: まあ、人口や出生率の減少の理由の一つは、核実験が行われていた時代に放射能降下物により被爆した男女が、1986年頃から子供を産むようになったということもあるでしょう。
第12図 大気核実験による放射性降下物 1952-63年
「雲の下で 核実験の10年」より引用した放射性物質の降下状況を表す地図。
この地図から、ネバダ核試験場で1200回行われた核実験の影響が見て取れる。
2002年アメリカ政府は、1958年から1963年にアメリカに居住していた全ての人が核実験による放射性降下物に曝されたと認めた。
現在、アメリカでは、放射能の影響と思われるガン、心臓病、自閉症、糖尿病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、ぜんそく、ぶらぶら病、新生児の甲状腺機能低下症、肥満、学習障害が蔓延している。
また、アメリカの子供12人に1人に障害がある。
Source: R. L. Miller, “Under The Cloud: The Decades of Nuclear Testing” (1991). D.V.Conn “U.S. Counts one in 12 children disabled”, Washington Post (6 July 2002).
これまでに行われた調査から、1959年から1964年までに産まれた人は、他の時期に産まれた人に比べると、骨の中にストロンチウム90とウランを非常に多く持っていることがわかっています。
また、この時期に産まれた人は、60年代に被爆した結果、遺伝的な損傷を受けたこともわかっています。そして、80年代になって子供を持つようになったとき、その人達から産まれた子供は、「F1」(雑種第一代)というか「Fallout 1」(放射能降下物による被爆を受けた親から生まれた第一代)となったわけですし、子宮内で亡くなった子供もずっと多かったでしょう。
13図 核の時代におけるアメリカの新生児の健康悪化 1945年ー1996年
図1 アメリカにおける乳児死亡率 1935年ー96年
1935年に乳児死亡率が減少に転じて以来、妊婦の管理と啓蒙が功を奏して乳児死亡率は一貫して減少してきた。しかしながら、1947年に始まった核実験時代において、乳児死亡率は大幅に増加した。
スターングラス博士の見積もりによれば、低線量であっても、胎内にいるときから大気中に拡散された放射性物質の電離放射線に被ばくしたことで100万人を超える乳児が死亡した。
イギリスの放射能の専門家であるバズビー博士は、日本のエアフィルターに付着した放射性物質を計測することで、フクシマ事故で拡散された放射性物質の見積もりを行った。
同博士が見積もりのさいに参照したのは、1963年にイギリスのハーウェルにある放射線研究所による計測値である。同研究所は、放射能物質の拡散量が最大時の濃度を計測した。
バズビー博士の見積もりによれば、フクシマ事故により拡散された放射性物質は(2011年8月現在)、1963年にイギリスで計測された濃度の1000倍であり、チェルノブイリ事故の300倍である。
Source: J.M. Gould, E.J. Sternglass et al, “U.S.A. Newborn Deterioration in the Nuclear Age, 1945-1996”, Radiation and Public Health Publications (1998). This was presented at the International Congress on the Effects of Low Dose Ionizing Radiation in Childhood and Youth, in Medicine, Industry and Environment in the Workplace, March 19-21, 1998.
1963年にスウェーデンのルーニン博士が行った調査がネイチャー誌に掲載されました。ルーニン博士は、ネズミを使って実験を行いました。あるグループの雄のネズミにストロンチウム90を注射し、その直後に雌のネズミと交尾させました。これら雌のネズミは妊娠し、妊娠中期まで妊娠を継続させました。
その後、雌ネズミを殺し、胎児の死亡数を数えたのです。その結果、ストロンチウム90を注射された雄ネズミと交尾した雌ネズミの胎児の死亡数は、コントロール群の死亡数より著しく多かったのです。
セシウム137を注射された雄ネズミと交尾した雌ネズミの胎児の死亡数は、コントロール群とさほど差はありませんでした。このことから、1963年頃に生まれた女性の妊娠のさいに胎児の死亡が増加したのではないかと思います。1963年が核実験のピークだったと思いますからね。
このような放射能の妊娠出産への影響は、モレさんの仰ることと辻褄が合いますし、チェルノブイリ後に見られた現象とも整合性が取れます。もちろん、チェルノブイリ事故そのものが、核実験と同様な影響をもたらしたわけではありますが、チェルノブイリ事故の影響だけではありません。
そして、北半球で出生率の過去最大の減少が見られたということも、放射能の影響で説明できます。北半球でほとんどの核実験が行われたからです。
第14図 大気核実験による世界的な糖尿病の増加
特定の狭い地域(ニューヨーク市)、特定の広い地域(アメリカ)そして世界における糖尿病の増加を見れば、核実験の人間の健康への影響を読み取れる。
世界の糖尿病地図は、明らかに放射能降下地図と重なっており、放射性物質がジェット気流とともに基本的に西から東に拡散したことが明らかである。
Source: N.R. Kleinfield “Diabetes and Its Awful Toll Quietly Emerge as a Crisis”, The New York Times (9 January 2006)
大規模な核実験による放射能降下物の拡散地図をご覧になれば、放射性物質のほとんどが北半球に拡散されたことがわかります。そして、最大規模の核実験が行われたのは、旧ソビエトであるロシアのノバヤゼムリャでした。このメガトン規模の実験で、南半球よりも北半球がずっと多く汚染されました。このように放射能汚染が出生率減少の原因であると説明できるのです。
モレ: もちろん、放射能ですよ。そして、311の後に出されたアメリカ疾病予防管理センターの報告を参照しながら、アメリカの地域別の過剰な死者数を調査しました。そして、放射能汚染が死者数を増加させるという現象が見られました。
3月11日から9月3日までの死亡率が上昇しており、通常より3万4千人が多く亡くなっていたのです。この死亡者数には、フクシマ事故による赤ちゃんや胎児の死亡数は含まれていません。この3万4千人という数字は、過去の死亡率では説明できない過剰な死者数なのです。
第15図2011年3月11日以降の過剰な死者数
アメリカ疾病予防管理センターが発表した2011年3月13日より同年9月3日の期間における統計によれば、アメリカのすべての地域で死亡者数が著しく増加し、その数は例年に比べて過剰といえる。
このようなアメリカ全土で見られる急性死は、週を追うごとに増加しているが、その原因は日本のフクシマ事故による環境汚染以外に考えられない。
乳児死亡数も増加したが、この地図の統計には含められていない。
Source: Bobby1, “Post-Fukushima Excess Deaths in US Updated for Sept. 3”
さらに、年齢別の死亡率増加を考察したときに興味深いことがわかりました。
今日65歳以上の人は、第二次大戦終了時以前に生まれたので、子宮内で電離放射線による被爆を受けていません。その人たちの死亡率の増加を見ると、ある地域は3.6%増だったのに対し、別の地域では8%増という違いがみられたのです。
3.6%増だった地域は、西海岸の太平洋沿岸地域でした。一方、8%の増加が見られたのは、カナダ国境からメキシコと国境までの山岳地帯にあるネバダ州、アイダホ州、コロラド州、ニューメキシコ州、アリゾナ州、モンタナ州、ワイオミング州などでした。これらの州がいずれも山岳部にあることから、放射能による環境汚染は、天候と地形に左右されることがわかります。
フェッツア博士: それに、山岳地帯では、特定の大気汚染物質も蓄積されやすいですよね。
第16図 2011年9月日現在のフクシマ事故による死亡率増加
左図: 月ごとのフクシマによる過剰な死者
右図: 過剰な死者の地域および年齢区分
電離放射線による度重なる被爆の積算効果が、若年層の死亡率増加に現れている。
Bobby1, “Post-Fukushima Excess Deaths in US Updated for Sept. 3”
モレ: その通りです。そして、山岳地域のほとんどの州における高齢者の死亡率は、実は、若い世代の死亡率より低いのです。第16図を参照してください。
太平洋沿岸地域、山岳地域、東北中部地域における死亡率を見てみると、45歳から64歳のグループの死亡率の方が、65歳以上の高齢者グループの死亡率よりも高いのです。65才以上の高齢者グループは、胎児のときに電離放射線による被爆を受けていません。でも、45歳から64歳のグループは、核実験や原発からの放射能に被爆しています。
そして、もっと驚いてしまうのは、西南中央部地域における25歳から44歳のグループの死亡率の増加です。18.7パーセントです。この数字は、65歳以上の高齢者グループの死亡率の3倍ですし、大気核実験による胎内被爆を受けた45歳から64歳のグループの2倍から3倍です。
西南中央部地域とは、オクラホマ州、アーカンサス州、テキサス州、ルイジアナ州です。テキサス州には、多くの軍事基地があります。テキサス州からは、中東や中央アジアに多くの兵士が派遣されました。彼らは、戦地からテキサス州に戻ってきたのですが、あまりにも病状が重くて軍隊に戻れないのです。それで、彼らは、基地のまわりで生活するようになります。自分がかつていた基地のまわりに住んで、障害者手当を受けるためです。そして、25歳から44歳のグループにおける死亡率の増加が18.7%というのは、電離放射線への度重なる被爆および数世代に渡る被爆ということによってしか説明できないと思います。
フェッツア博士: 積み重なった影響というわけですね。
第17図 日本の主たる死因 1899年から2003年
1945年までの日本の主な死因は感染症であったが、抗生物質によりおおかたの感染症は撲滅された。
1945年に広島と長崎に原爆が投下され、第二次大戦後の日本の主たる死因に原子力技術の影響が加わった。積算的な被爆で脳血管疾患、ガン(緑色の線)、心臓病による死亡数が増加し、主たる死因の感染症に取って代わった。
Source: Vital Statistics of Japan 2004, Ministry of Health, Labour and Welfare, Vol.1, p.67, Fig.4.
モレ: その通りです。
フェッツア博士: バズビーさん、フクシマについて討論するまえに、なにかお話になりたいことがありますか。フクシマに関しては、モレさんの最近の調査についてお話を伺ってから、バズビーさんの新しい本についてお話頂こうと思っているのですが。
バズビー博士: ええ、まあ、このような集団に現れる影響に関して、大筋で同意します。以前、モレさんの乳がん患者集団についての考察を聞いたことがありますからね。
そして、5年ごとに区切って見ると、集団に現れる影響がさらにはっきりとわかります。第17図を参照してください。つまり、電離放射線に多く被爆した女性が乳ガンになる可能性が上昇しています。そして、もちろん、電離放射線に被爆しなかった年配の女性の乳ガン罹患率は低いです。このように、かなり明確に違いがわかるのです。
そして、このグループの女性は、年齢を重ねながらガン年齢へと移行していきます。そうしますと、核兵器から放射性物質が大量に大気中に放出されたころに生まれた人たちに、ガンが多く発症するだろうと思います。
私が心配しているのは、このような研究を誰もしていないということです。もちろん何百万ドルや何百万ポンドもの資金が投入され、ガンや他の疾病の原因についての研究は行われています。でも、誰もこれらの研究の方向性を見ることが許されていないのです。研究の出発点やその方向性を考慮することが許されないというのは、とてもおかしなことです。そして、誰かが何かを言おうものなら、すぐさま片隅に追いやられ、笑い者にされるのです。
フェッツア博士: 今、私たちが話しているのは、高齢者のガン発症率の増加と若年層の出生率の低下が世界の人口の減少を引き起こしているということですよね。
バズビー博士: そう、その通りです。ガンだけではないのです。放射能が全面的な影響を及ぼして死を引き起こすことは、皆よく知っています。そして、事実、このことは非常に重要な観察です。なぜなら、もし心臓麻痺で死んだとしたら、死因はガンとはならない からです。
そのため、これまでに被爆者グループに関する遡及的調査が行われましたが、ガンによる死ではなかったと片付けられたことが多くありました。被爆者グループにおける人たちは、ガンを発症するであろう年齢に到達する前に亡くなっていたのです。
フェッツア博士: とても重要なことですね。鋭い分析です。
バズビー博士: ついでに申せば、このことは、核実験に参加した兵士達についても特に当てはまります。私は、今、イギリスで核実験に参加した兵士に関するいくつかの大きな訴訟に関わっております。
実験参加兵士に関するいくつか調査が行われました。そして、ラジウム夜光塗料に被爆した人たちについての遡及的調査、および、なんらかの治療でトロトラストを注入された人々についての遡及的調査も行われました。
[編者注: トロトラストは、X線照射に際して鮮明な画像を得るために体内に注入された二酸化トリウムのこと。]
そして、これらの調査結果を詳細に見ますと、常にガンの調査となっていて、研究者達がこれらの人々におけるガンの発症を見ようとしていることがわかります。実際は、これら調査対象となったであろうはずの人々は、ガン年齢に到達するどころか、調査が始まるずっと以前に亡くなっている場合が多いのです。つまり、調査対象群にはバイアスが入っていて、正しい調査とは言えないのです。
フェッツア博士: モレさん、フクシマに関する話題に移るまえに、このことについて何か仰りたいことがありますか。
モレ: いえ、結構です。
フェッツア博士: では、最近のフクシマについてざっと概観してください。そして、フクシマ事故の影響と日本の人口についてもお聞かせください。人口問題については、すでにお話しになりましたが、フクシマの影響で日本人の消滅に拍車がかかったのではないでしょうか。
モレ: 1月30日付けデイリーメールオンラインには「今後50年で日本の人口は30%急減」という記事がありました。2060年までに、現在1億2800万人の人口が8700万人未満になるというのです。32%の減少です。もう一つ驚くことは、この人口減を語る場合、日本の人口の多くが65歳以上であるということです。引退した人々が人口の40%を占めるということです。
フェッツア博士: 死亡者数の40%が65歳以上ということですか。
モレ: いいえ。人口の40%が65歳以上ということです。
フェッツア博士: わかりました。
第18図 ベラルーシの人口指標 1950年から2004年
核実験により放射性物質が拡散されたが、1986年のロシアのチェルノブイリ事故により放射性物質がさらに拡散されたために、周辺国であるウクライナおよびベラルーシは、より深刻な汚染を受けることになった。
事故の影響は、5年以内にすでに深刻であり、死亡率が上昇を続ける一方、出生率は下降の一途をたどった。
このことから、フクシマ事故が日本、北アメリカの一部の地域、そしてヨーロッパにさえ深刻な影響をもたらすことが予測できる。これらの国や地域は既に、大気核実験、原子力発電所、劣化ウラン兵器、戦場(イラク戦争、ユーゴスラビア紛争、アフガニスタン戦争)で使われた正体不明の核兵器から拡散された放射性物質で汚染されているが、フクシマ事故でさらに深刻な影響を受けると思われる。
Source: Prof. Y. Bandashevsky, “Non cancer illnesses and conditions in areas of Belarus contaminated by radioactivity from the Chernobyl Accident”, Proceedings of ECRR Conference, Lesvos, Greece, May 5-6, 2009, Fig. 4.
モレ: それで、今、日本で何が言われているかというと、バズビーさんと私が話してきたこととまったく同じです。出生数が死亡者数を下回るのです。出生数が非常に少ない。それで、日本は年金基金や膨張する社会保障費について懸念しているわけです。社会保障費は、毎年、1兆円ずつ増加していると言われています。でも、日本は社会保障費の増大を心配している場合ではなくて、日本人が生存していけるのかどうかを心配すべきだと思います。
フェッツア博士: 日本は、島国ですからね。遺伝的浮動に関して言えば、外界との交流が少なくて比較的孤立した集団ですから、フクシマ事故による放射能汚染の遺伝子への影響は広範囲でみられるようになるでしょう。一部の人々はすでにフクシマ事故により、急性の遺伝的影響を受けていますし、汚染が拡大するにつれ日本人すべてから遺伝的影響が見られることになるでしょうね。
モレ: 日本の去年の出生率は、1.39でした。日本の人口を維持するには、2.08人でなければなりません。
フェッツア博士: そうですね。
モレ: その上、今回の事故で大量に被爆しましたから、日本人の出生率は、今後、確実に減少の一途です。
フェッツア博士: では、今から100年後に、日本の人口は、現在の人口の20%から30%ぐらいになりますかね。
モレ: そうでしょうね。 そして、遺伝子に多大な損傷を受けていますよね。だから、死亡者数をいくぶんか補うようにして生まれる若い世代は、精神的に障害を持っているでしょうし、それゆえ生産性や社会の活気も衰えてしまうでしょう。文化というのは発想力にもとづいて形成されますからね。50年後または100年後に、人口全体の頭脳が損傷を受けているなら、一体、何が残るというのでしょう。
第19図 降下するアメリカ大学進学適正試験の点数 1952年から1994年
アメリカの大学進学適正試験(SAT)の点数は、1945年に生まれた生徒(グラフの線に添って記載されているのは出生年)の480点から、1963年生まれの生徒の425点へと大幅に下がった。
1963年はアメリカの核実験のピークであった。アメリカの高校生達が受けたSATの点数は、1945年から1963年に12.5%下落したが、その後、回復することはなかった。大気核実験に取って代わって原子力発電所が放射能汚染を続けたからである。(1)
世界保健機関の世界調査によれば、アメリカは世界で最も精神病を患うものが多いのだが(26%)、それは核時代の負の遺産の一つといえるだろう。(2)
Source: (1) Sternglass, E.J., S. Bell, “Fallout and SAT Scores: Evidence for Cognitive Damage During Early Infancy”, Phi Delta Kappan, April 1983, pp.539-545; and (2) “Prevalence, Severity, and Unmet Need for Treatment of Mental Disorders in the World Health Organization World Mental Health Surveys, The WHO World Mental Health Survey Consortium, Journal of the American Medical Association (JAMA), Vol. 291 No. 21, June 2, 2004: 2581-2590.
フェッツア博士: 恐ろしい話ですよね。日本は、自動車、電子工学やテレビといった分野だけでなく、広い分野で創造性と技術力に優れていた国ですからね。私もですが、アメリカ人は、東芝のテレビを欲しがっていましたよね。「メードインジャパン」のファンだった。
モレ: 日本の文化は、伝統的に創意工夫に富んでいて、創造性豊かでした。社会の活気たるや、目を見はるものがありましたよね。
私は、2000年以来、日本全で20回講演会を行いましたが、その度に、日本はもともと技術力が高い国だと述べてきました。日本全国に参り、フクシマのような事故が起きることを警告しておりました。2004年のジャパンタイムズ紙で警告したのですよ。
[編集者注:2004年5月23日付「死の原発ルーレットで遊ぶ日本」]
もう二度と警告致しませんよ。こんなことが二度と起きて欲しくないからです。本当に日本は、活気に溢れ文化の高い国だったのに、素晴らしい社会文化をいったん失ってしまったら元には戻せません。
フェッツア博士: モレさんは、外部的な要因を考慮してではなく、日本の技術力の評価や原子力産業の現状にもとづいて警告されたのでしたよね。
モレ: いいえ、違います。大地震の可能性があるから、とても危険だと言ったのです。
フェッツア博士: ああ、地震ね。日本は、多くの原発を断層の上に建てましたからね。
モレ: そう断層の上にね。それに日本は世界でも地殻運動の活発な場所です。日本の国土は、世界の全陸地の0.3%ですが、主な地震の10%以上が日本で起きているのです。
第20図 死の原発ルーレットで遊ぶ日本
原発技術者の菊池氏が注釈を記した日本地図。
日本は、4つの構造プレート上にあり、地震が起きる「高いリスク」と「非常に高いリスク」のある国である。
その国土のうえに、54基の原子力発電所が建てられている。
Source: L. Moret, “Japan’s deadly game of nuclear roulette”, Japan Times (23 May 2004)

(中略)
フェッツア博士: バズビーさん、日本についての新しいご本のことを教えてくださいませんか。その本は、なんという本で、いつ出版されるのですか。
バズビー博士: その本は、日本語だけで書かれてあります。
フェッツア博士: 日本語だけ!
バズビー博士: 日本語の本は、6月中に出版されるでしょう。まだ、書名は考えておりません。
[訳注: C.バズビー著、飯塚真紀子訳「封印された『放射能』の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか」は、2012年7月に講談社から出版されました。]
まあ、私は、フクシマに関する本を書いたというか、少なくとも編集を致しました。「フクシマと健康への影響、何が起きるか」という本で、10月か11月に出版されました。
[編者注: ヨーロッパ放射線リスク委員会のサイトでバズビー博士の本を概観することができますし、pdfのダウンロードすることもできます。]
そして、この本は、ヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)の国際会議での討論に基づいてまとめたものです。私は、この委員会の代表です。2009年に、この委員会は、ギリシャのレスボスで国際会議を開催しました。この会議の目的は、チェルノブイリ事故を検討して放射能のリスクモデルを見直すことでした。
そしてもちろんフクシマ事故が起きたとき、この国際会議の会議録をすべて参照しました。フクシマで何が起きるか、日本の人々がどうなるかを知りたかったら、チェルノブイリ事故で何が起きたのかを検討し、また、この国際会議に参加した旧ソ連の科学者達の報告を参照するしかないのです。
この会議には、優秀な科学者が20名程参加して、チェルノブイリ事故による健康被害についての討論を行いました。我々参加者は、遺伝的損傷、精神障害や知能低下、心臓疾患、性比の変化、そしてもちろんガンなどの健康被害が出ていると伺いました。
このようにチェルノブイリ事故のせいで、ありとあらゆる健康被害が出ており、国際放射線防護委員会(ICRP)によるリスクモデルの間違いを明らかにしました。ICRPのリスクモデルとは、フクシマ事故に関して放射線の被爆量を制限するために使用されておりますが、もちろん、非常に誤った用い方をされています。
まあ、私の本の内容なざっとこのようなものです。フクシマ事故とその健康被害と予測に関するものです。アマゾンから購入できますよ。
また、この本では、モレさんがお話になっていたことにも全て言及しております。つまり、モレさんが取り上げた問題は、日本の人々にも起きるだろうと書きました。例えば、知能低下や精神障害や心疾患などが日本で増えて行くであろうと記したのです。
フェッツア博士: 歴史的にみても、日本の人々はおしなべて世界でもっとも知性が高かったのに。
バズビー博士: 被爆すると精神機能や思考力にも多大な影響がでます。放射能による精神機能や思考力への影響に関する調査はいくつかあります。何人かの研究者がすでに調査しましたが、その一つは放射性降下物による被爆を受けたノルウェイの子供達についてでした。
フェッツア博士: 放射能が神経組織やシナプス結合に影響するということですか。
バズビー博士: そうです。能力全般が低下するのです。そして、日本という経済大国が被爆を受けたのですから、国の経済力が破壊されてしまうか、経済力が確実に減少するということです。
また、私の日本語の本では、私がフクシマで独自に行った調査結果についても記してあります。私は、福島県の各地と周囲の県で少なくとも18台の車のエアフィルターから放射性核種を計測いたしました。千葉県や東京でも車のエアフィルターを調査しました。これらの車の調査から、ガンマ線のスペクトルを分析し、大気中にどれほどの放射性核種があるのかを示したのです。
第22図 早川教授の放射能汚染ルートマップ
日本の群馬大学教授早川氏が念入りに作成した地図には、2011年3月11日からの放射性物質の濃度の等高線、拡散ルートおよび拡散のタイミングが示されている。
3月11日の地震と津波から10日以内に、日本の広大な部分が高濃度の放射性物質の拡散により汚染されてしまったが、そのことが国民に伝えられることはなかった。
3月15日までには、汚染は西方の長野県の山岳部に達し(黄色)、また南西にも到達した(赤)。
3月20日までには、汚染は福島の北東に向かった(青)。
3月21日までには、放射能は南に向かい、千葉県を通って東京に到達した(ピンク)。
他のプルームは、仙台を汚染した後に太平洋沿岸を北東に進んだ(青緑色)。
再度記すが、3月11日のフクシマ事故後10日以内に日本の広大な部分が高濃度の放射能で汚染されたが、国民に知らされることはなかった。
Source: Prof. Yukio Hayakawa, Gunma University, Japan
私の研究チームは、アメリカエネルギー省の膨大な書類を独自に入手しました。アメリカエネルギー省が日本各地で行った計測結果を記してある書類です。私が知る限り、この書類は公表されておりません。そして面白いことに、アメリカエネルギー省の計測結果は、私たちの車のエアフィルター調査結果を裏付けるものでした。
フクシマ事故の始まりからアメリカエネルギー省は、東京のアメリカ大使館の屋根の放射性核種を計測していましたし、他の場所においても、携帯用大容量エアサンプラを用いて
計測していました。私たちの手許には、その計測結果があります。
フェッツア博士: では、アメリカエネルギー省は、被爆による絶望的な結果を既に承知していたと仰るのですか。
バズビー博士: アメリカは確かに計測したのです。アメリカは、放射性物質を計測しましたし、私たちはその計測結果を持っております。アメリカは、初期の段階で大量の放射性核種が東京にやってくることを知っていましたが、誰も何も言わなかったのです。[編者注: 第22図参照のこと]
フェッツア博士: 911後の環境保護局のウィットマン局長みたいですね。911の時、空気には有毒物質や重金属が沢山含まれていたというのに「空気は吸っても何の問題もないですよ」と言いましたものね。政府は、国民の健康など構わずに政治的な理由だけで動くという無責任さの表れですよ。
バズビー博士: 世界中、政府と国民の間にはガラスの壁が立ちはだかっているようですね。政府はなにかをやる。国民は、政府のやることを目には見える。でも、実際には、国民は、何も本当のことを知らされないまま置いておかれる。そして、世界で日本ほど、政府と国民との隔たりが激しい国はありません。日本の人々は「原子力の神」への生け贄にされているのです。日本の現状を表現しようとすると、私には、このように申し上げるほかございません。
(中略)
モレ: 天皇陛下も2011年11月にご入院になりましたね。そして、皇太子ご夫妻の一人娘であられるたった10歳の愛子さまも、被爆による症状で...
フェッツア博士: おそらくフクシマですよね。それともそれ以前の放射能かな?
モレ: フクシマです。
バズビー博士: もちろん、フクシマに決まっています。フクシマの影響は、日本国民全体にはっきりと現れるのです。心臓発作は特に良くみられるでしょうね。
モレ: 日本政府は、天皇皇后両陛下を低空を飛ぶヘリコプターにお乗せし、福島に何度もお連れしたのですよ。もちろん、両陛下の印象をより良くする写真を撮るために、福島ご訪問をさせたのです。それで、天皇皇后両陛下は、あの酷く放射能汚染された雲の中を飛ばれて...
第30図 天皇皇后両陛下、福島をご訪問
放射能は、国境を越え、宗教や社会経済的階級の別なく人々に影響する。放射能は、「機会均等を推進する殺人者」なのだ。
天皇陛下そして皇太子ご夫妻の幼い愛子さままでが、日本全国を汚染した放射能に被爆された。天皇陛下および愛子さまは、2011年11月、ご入院になった。
Source: “Japan’s Emperor, Empress, Visit Quake’s Hardest-Hit Areas”, 27 April 2011.
フェッツア博士: すごい汚染なわけでしょ? なんと馬鹿げたことをするんだ。
モレ: 福島ご訪問の際には、往復ともに非常に汚染された空を飛ばれたのですよ。両陛下の福島ご訪問は、1回だけではありません。何度もです。

フェッツア博士: モレさん、バズビーさん、今日は本当にありがとうございました。番組を終えるにあたって、それぞれから一言づつ頂きたいと思います。モレさん、お願いできますか。
モレ: そうですね。エネルギー獲得のために、我が子を殺す動物なんていますか。安全保障のためだといって、我が子を殺す動物なんていますか。他国を占領したいからといって、我が子を殺す動物なんていますか。そんなの人間だけです。
フェッツア博士: バズビーさんは、いかがですか。
バズビー博士: そうですね。もし未来に、火星の歴史学者が空飛ぶ円盤に乗って、地球で何が起きたのかと調査にやってきたとしたら、きっと腰を抜かすでしょうね。
フェッツア博士: (感情を抑えるような低い声で)番組進行は、フェッツアでした。ゲストのお二方、そしてラジオをお聞きの皆様、ありがとうございました。






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戦後日本とは何か(白石隆)

今思うこと - 戦後日本とは何か(前編)

2002年1月 白石 隆




昨年「今思うこと」というテーマで岡林君から原稿依頼を受けていました。このテーマに「戦後日本とは何か」という副題をつけて私が今、切実に思い続けている「日本国の行く末」について考察してみたいと思います。既存の刊行物で「日本国の真実の姿」について一般国民に詳しく伝えている著作はほとんどありません。何故でしょう。誰も書こうとしないし、書けないからです。あまりはっきり書くと、とてもヤバイことになるからでしょう。この誰も書かないことに敢えて私が挑戦し、「日本の真実の姿」を白日のもとに曝(さら)け出して皆さんにお伝えします。そして真実の姿が見えたところで「日本国の行く末」を現実的に論じて見たいと思います。
さて小泉首相が構造改革を叫んで首相となり、日本国の財政再建に向けて大鉈を振るう政策が掲げられています。今後この政策が具体的にどのような展開を見せるかは予断を許さない状況ですが、小泉首相が言う「改革には痛みを伴う」の言葉通り国民生活がより一層の苦境に追い込まれることは確実です。奇しくも2001年11月の失業率はついに5.5%を超えたとの報道がありました。今後日本国は国民を守ってくれる頼もしい存在ではなくなります。それどころか日本国自らが生き残るために、税金の名目で国民からできるだけお金を奪い取ろうとする存在に成り下がります。つまり国民一人一人が自分の生活は自分の力で防衛していく知恵と力が求められる厳しい時代に突入して行くことになるのです。
経済大国と言ってもて囃され、バブル期にはアメリカの株や不動産を買い占め日の出の勢いにあった日本国はいったいどこへ行ってしまったのでしょうか。いまや国家は700兆円に及ぶ借金を抱え、銀行や企業は不良債権にあえいでいます。株価は低迷し、治安は悪化し、国民はリストラの嵐に吹き曝され、戦々恐々として明日の不安におののいています。どうしてこのような国になったのでしょうか。まずは戦後日本の歴史を振り返えり、その謎解きから始めましょう。

【日本という国の真実の姿を知らなければ何も見えてこない】

戦後の日本はアメリカの軍事的な支配下にあって未だ本当の意味での独立国ではありません。日本はアメリカの属国に過ぎないのです。日本の政府、官僚、大企業のトップといったこの国の指導者たちはアメリカの支配勢力の管理下にあります。そして彼らの意向に乗っ取って行動しています。けっしてそれに反する行動は許されないのです。この基本的事実をしっかりと認識しなければ戦後の日本がどうしてこのような国になったのかを理解することはできません。日本は大東亜戦争(アメリカから見て太平洋戦争とも呼ぶ)の敗北で国家としてアメリカに征服され、日本国民はいわばアメリカに軍事的に囲い込まれた虜囚の身分に落とされたのです。アメリカのために働き、奉仕し、貢ぐ、これが戦後の日本国民のおかれた境遇だったのです。これは歴史上のどの時代にも見られる敗戦国の国民が歩むごく当たり前のありふれた運命に過ぎませんでした。
しかし大多数の日本国民はこの事実に気がついていません。それは戦後日本のマスコミがアメリカに情報統制されてきたことと、日本の学校教育がアメリカにコントロールされてきたことに大きな原因があります。日本人はこの二つの巧みな情報操作によって自分が何物であるのかを自ら知ることができない国民に誘導されてきたのです。大多数の日本国民は日本は独自の平和憲法を持ち、国連に参加し、世界各国と平和的な国際的協調を行い、資本主義体制のもとで自由と民主主義を実現し、世界第二位の経済大国に成長したと自負しています。また自衛隊という名の軍隊を持ち、政府は外務省という対外機関を通じて自主的な外交を行ない、日本国民の国益を守る外交を地道に展開していると信じています。しかしこれは全くの幻想に過ぎません。自分で勝手にそう思い込んでいるだけの話です。それはアメリカの巧みな洗脳によって刷り込まれたノーテンキな世界認識というべきものなのです。
事実は自衛隊は日本国民を守る軍隊などではありません。自衛隊は米軍の管理下に置かれた米軍を支援するための軍隊です。建前はどうあれ自衛隊は実際は日本政府が独自に動かすことのできる軍隊などではないのです。また外交を司る外務省の役人は実際はアメリカ政府の顔色を伺い、アメリカのご機嫌を損なわないように、アメリカの指導下で外交のまねごとしているお飾りに過ぎません。とても国益を守る外交官などと呼べる代物ではないのです。英語のできない貴方にだって簡単に勤まる役柄なのです。同様に国連における日本の代表もアメリカの使い走りをしている哀れな道化に過ぎません。彼らは日本の国益など本当はただの一度も考えたことなどないのです。強いていえばアメリカの意向に従うことが日本の国益であると信じているアメリカの手先を地で行く連中なのです。
以上から分かる通り、日本はアメリカの圧倒的な軍事力に敗北した昭和20年8月の時点でアメリカの仕組んだ新しい形態の半植民地となり果てたのです。そしてアメリカの巧みな政治的コントロールを受けながら戦後の歴史を歩むこととなったのです。この事実を日本国民ははっきりと認識しなければなりません。以下にその認識に基づいて戦後の日本をアメリカがどのように飴とムチを使って料理して来たかを見て行くことにしましょう。

【官僚主導国家体制による成果】

戦後、アメリカはソビエトを牽制する必要から日本に極東の防波堤としての役割を求めました。日本を共産主義の荒波を食い止める最前線の砦にしようとしたのです。しかしその見返りとして日本に経済的、技術的支援を行いました。これはアメリカが日本に対して親切心から行った支援ではありません。アメリカはあくまでアメリカの国家戦略として共産主義の浸透を日本で食い止めるために必要な政治的、軍事的な梃(てこ)入れを行ったに過ぎなかったのです。
国家としてアメリカに軍事と外交の主体性を剥奪され半植民地化された日本は、残された唯一の道として、工業化による貿易立国をめざして生きざるを得ない状況に追い込まれました。しかし日本人は、持ち前の勤勉さでアメリカから与えられた技術に創意工夫を重ねアメリカを凌駕する製品開発を次々に行い経済大国日本としての道を切り開いて行ったのです。日本の工業化を推進していく最も有効な国家の指導体制が官僚主導による護送船団方式でした。日本は戦後いち早くこの官僚主導による護送船団方式を国家の指導体制として採用し、企業の保護育成を行い高度経済成長を達成したのです。銀行、証券、保険、あらゆる基幹産業は政府の行政指導の下に育成され成長してきたのです。この官僚主導という体制下で皮肉なことに日本は資本主義国でありながらその実もっとも成功した社会主義国ともいうべき充実した社会保障制度を実現してしまったのです。その端的な例が企業における終身雇用、年功序列、年功賃金の制度であり、国家による年金の保障と健康保険制度の完備でした。これは社会保障の行き届いた理想的な社会主義国家そのものであったのです。
ちなみに現代のアメリカには終身雇用も年功賃金もありません。能力主義ですから能力がなければ解雇されますし、賃金は能力に応じて支払われます。従って賃金には1対1000の賃金格差が厳然として存在します。これが不況ともなれば簡単にレイオフされてしまいます。アメリカにはまた国家によって保障される年金や健康保険の制度もありません。これが必要ならば民間会社の年金や健康保険に個人的に大金を払って加入しなければなりません。従って大多数のアメリカ国民は年金も健康保険にも加入できず不安定な生活状態に置かれています。これが自己責任を徹底した資本主義超大国アメリカの現実なのです。

【日本的社会保障制度は如何にして確立されたか】

それでは戦後の日本は何故このような理想的な社会制度を完成させることができたのでしょうか。それは日本が幸運にもまともな国家ではなかったからです。すなわち前述したようにアメリカの支配と庇護の下にある属国(半植民地)ともいうべき中途半端な国であったからです。もともとアメリカは日本を経済的に豊かな国にするつもりなどこれぽっちもありませんでした。アメリカ占領軍は戦後すぐに財閥解体や農地改革など様々な一見民主的と思われる改革を断行しましたが、これは日本に残る戦前の体制を完全に破壊するための政策として実行されたものでした。すなわち二度と日本に戦前のような英米に刃向かう軍国主義が復活しないように既存の権力構造を完全に解体し根絶やしにすることを目的として行われたものであったのです。そして教育によってアメリカに従順な国民に洗脳し、平和憲法で戦争を放棄させ、軍隊を持たない武装解除された国として国力も中国や韓国など旧大日本帝国の被支配国よりはるかに低い生活水準を保つ国になるように計画されていたのでした。
この計画が180度変更されたのが、ソビエトや中国による共産主義の脅威と朝鮮戦争の勃発でした。アメリカはソビエトや中国の侵攻に備えるため人的インフラの整った日本を味方につけ、これを後方支援基地として利用することで戦況を有利に運ぶ方向に方針を転換したのでした。朝鮮戦争終了後、冷戦の長期化に伴ってアメリカは日本を同盟国と位置づけ、その実アゴで使える便利な手下として使役しました。つまり日本列島そのものを極東の資本主義の防波堤(浮沈空母)とし、また便利な修理工場や生産工場として利用すべくその役割を日本に求めたのでした。その見返りとしてアメリカは日本に経済的、技術的支援を行いました。しかし実態はあくまで在日米軍を日本全土に駐留させ日本の軍事と外交権を事実上剥奪し、アメリカの政治指導の下に日本に内政と経済活動の自由を認めるという極めて中途半端なものだったのです。一見日本は独立国の体裁をとっていますが実態はアメリカの属国に過ぎないものでした。この政治状況が今日まで連綿として続いているのです。戦後の日本にはしたがって独立国としての本当の政治はありませんでした。日本はアメリカの都合で揺れ動く骨なしクラゲのような存在に過ぎませんでした。たとえば田中角栄がエネルギー資源の獲得に少しばかり独自に策動しただけでアメリカの逆鱗に触れてロッキード事件であえなく失脚してしまいました。あの程度のことで今太閤と唄われた日本の最高権力者が完全に政治生命を絶たれてしまう始末です。そういうわけでそれ以後アメリカに面と向かって楯突く政治家は一人も現れていないのです。
日本の戦前の官僚組織は戦後もそのまま生き残りました。アメリカ占領軍が何故大日本帝国の伝統をそのまま引き継ぐ官僚組織を解体せず温存したのか不思議に思われますが、日本国民が官庁(お上)に対して極めて従順な国民であったことがその最大の理由だったと思われます。すなわち終戦の混乱を静かに収拾させた官庁の国民に対する統率力をアメリカは驚異の念を持って見つめ、その組織を温存させてそっくりそのまま利用することを考えたものと思われます。官僚のトップをアメリカ側に取り込みコントロールすることで官僚組織全体を、ひいては日本国民全体をアメリカの思い通りに操ることができると考えたからでしょう。アメリカのこの目論見はみごとに的中しました。
日本の戦後政治を実質的にリードしたのはこの官僚達でした。アメリカの政治的圧力の下で日本に許されている希望は経済発展だけでした。資源のない小国として生き延びていくには工業化と貿易立国しかなかったのです。この目標の達成のために大蔵省を資金の元締めとし、通産省が実務の中心となって各省庁が連携する五十五年体制と呼ばれる体制が急速に確立されて行ったのです。五十五年体制の基本は護送船団方式にあります。日本の基幹産業の企業群を官僚統制下に置き、官僚の指導で産業の保護育成をはかるという政策です。そのために官僚統制の徹底を計るため企業組織に官僚組織の枠組みが導入されました。こうして企業組織に上意下達の官僚組織の特徴をそのまま持ち込むことで官民一体となった経済体制を整えたのでした。
この時日本の官僚組織の伝統的な仕組みであった終身雇用、年功序列、年功賃金という独自の制度も日本の企業に導入されることになったのです。このようは制度は戦前の民間企業にはありませんでした。こうして五十五年体制のもとで日本の基幹産業は準官庁ともいうべき国策企業として再出発を果たしたのです。この基幹産業に導入された終身雇用、年功序列、年功賃金という独自の制度はその後、日本の多くの企業に浸透し日本独自のものとして定着していったのです。さらに教育においては受験体制を確立させ国家や企業に優秀で従順な労働力を供給するシステムを確保するとともに、企業に優秀な人材が集まるように、国家による年金制度と健康保険制度を完備させ、労働者の待遇を高め労働意欲の充実を計ったのです。五十五年体制の生み落とした諸制度が目指すところは安定した優秀で従順な労働力を確保することに主眼が置かれていたのでした。

【アメリカの誤算】

戦後の日本は前述した通りアメリカの政治的、軍事的属国であり、アメリカの政治的な指導に背くことは許されませんでした。その見返りとしてアメリカは日本に経済的、技術的援助を与え経済活動の自由を保障しました。日本はこの限られた条件の下で五十五年体制を確立し官僚主導による貿易立国をめざしました。しかしこの限られた条件が日本に大いに幸いしたのでした。日本は軍事的、外交的には主体性を剥奪されてしまいましたが、それをアメリカに肩代わりしてもらうことで、逆に経済活動にだけ専念することができたからです。官僚(組織)は、民間に対してその許認可権を握ることにより、規制を国内の隅々にまで行き渡らせ、経済・社会を強力にコントロールすることで指導権を発揮し、戦後の経済復興期に社会的混乱を引き起こすことなく、いち早く奇跡の経済復興を成し遂げました。さらにアメリカの援助をテコに「アメリカに追いつけ」を目標に高度経済成長の達成に挑戦したのでした。
アメリカの誤算は日本人の能力を過小評価していた点にありました。アメリカは技術を無償で提供したとしても日本人はそれをうまく使いこなすことすらできないだろうと最初はタカを括っていたのです。しかし日本人の特性ともいうべき抜群のものつくりの能力と勤勉な国民性は、提供された技術を簡単に吸収し、より優れた品質の製品を安価に大量生産しアメリカに逆輸出するほどになったのです。こうしてまたたくまに日本は高度経済成長を達成しGDPもアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国に躍進する驚異的な経済発展を遂げたのです。ここで見逃せないのはこの経済発展を支えたのはアメリカという巨大市場が開放されていたことにあります。さらにアメリカの同盟国(実質的な手下)としての日本製品は安価で品質が良ければ無条件にアメリカ市場に受け入れられる下地があったことです。
ところでアメリカは60年代後半から輸入が拡大して貿易収支の黒字幅が減少に転じ、71年に入って戦後初めて貿易赤字を記録するに至ると、その年の8月にはいわゆるニクソン・ショックを発動して、アメリカは金・ドルの交換を停止するとともにドルは「変動相場制」に移行して行きました。ドルの通貨としての威信はこれでかなり失われることになりました。さらに冷戦の長期化に伴って軍事費の増大に国力を費やし、企業は多国籍化して国内産業は空洞化の状況に陥って行きました。このアメリカ産業の空洞化を突いて日本の安価で優秀な工業製品が大量にアメリカに輸出され、アメリカは巨大な対日貿易赤字に苦しむようになりました。アメリカが事態の重大さに気が付いた70年代の後半には、既にアメリカ国内には日本製品が氾濫し、アメリカの国内産業は日本の輸出競争力に勝てず、財政赤字と貿易赤字は膨らむ一方で手の付けられない状態に陥ってしまいました。いわばアメリカは憐れみをもっておこぼれを与えた飼い犬(日本)にひどく手を噛まれ重傷を負う状況に陥っていたのです。

【アメリカの日本封じ込め戦略】

この状況を苦々しく思ったアメリカは、決して表には出しませんが、腹の底では怒り心頭に達していました。「生意気な、ジャップめ。犬コロが、いい気になるなよ。俺には軍事という最強の切り札がある。俺が本気になったら、お前たちなどイチコロだ。お前たちの命運は俺が握っているのだ!」アメリカは内心このような怒りの言葉を吐いたものと察せられます。この時点で日本はアメリカの保護国としての立場を失い、経済的な仮想敵国としての標的にされたのです。これを境にしてアメリカは国家の持てる頭脳と知恵を総動員して日本を封じ込め、追い落とす対日戦略を展開することになるのです。
日本の経済力が如何に強くなろうともアメリカは本質的には日本など恐れるにたらないと考えたでしょう。何故なら軍事的、政治的に日本はアメリカの属国に過ぎないからです。アメリカは自国が拠って立つ資本主義の経済原則を反故にするような横紙破りな真似をして日本を追い落とすことはできませんが、資本主義の経済原則の体裁を表向きは崩さないようにして、一方で政治的かつ軍事的な圧力をかけることで日本をいかようにも料理することができると考えました。日本の政治家や官僚のトップはすでに長い年月をかけてアメリカの意のままにコントロール出来るように手なずけてあります。マスコミも当然管理下に組み込んであります。たとえ異論を唱えるものがいても、結局は日本全土に駐留する米軍が無言の圧力となってアメリカの意向を受け入れざるを得ない状況に追い込んで行くことが出来ます。軍事的に自立できない国の指導者は当然政治的にも自立することはできず、所詮強国にいいように扱われ、手先としての役回りを演じさせられる運命にあるのです。問題は日本国民の反感を買わないように波風立てず合法的に巧みに事を運ぶことにありました。アメリカが最も恐れるのは日本国民の底辺から盛り上がってくる反米意識の高揚です。国民的、大衆的な反米意識の高揚ほどアメリカにとって恐ろしいものはないのです。アメリカはこのことを十分に熟知していました。60年安保の苦い経験があったからです。アメリカは隠密裏に国家を上げて国内のシンクタンクを総動員し日本国民を懐柔し騙しすかす「日本を封じ込め戦略」を練り上げました。以後アメリカはこの戦略に基づいて巧みに日本を罠に嵌め込み、日本が戦後営々として築いてきた富を合法的に奪い取って行くのです。

【最初の反撃-日米通商交渉】

アメリカの最初の反撃は日米通商交渉によって輸出規制を設けアメリカの対日貿易赤字を食い止めることでした。アメリカ政府は米国通商代表部を通じて日本政府に露骨な政治的圧力を加え貿易摩擦の解消を迫まりました。「日米貿易摩擦」としては古くは1960年代の日米繊維交渉などがありましたが、70年代後半から90年代にかけて鉄鋼、テレビ、自動車、半導体、コンピュータ、写真フィルム、板ガラス等あらゆる工業製品に及び、摩擦は年を重ねるにつれエスカレートしていき、その都度アメリカは手を替え、品を替えて日本製品に対する強力な輸出規制を求めてきました。これに対して日本側の代表であった通産省は輸出は貿易立国である日本の生命線であると考え日本の輸出競争力を死守するために、相手の要求を突っぱね、のらりくらりとアメリカの圧力をかわして頑強に抵抗したのでした。この通産省の交渉担当者は日本の国益を守ることをはっきりと自覚して行動しており、その態度は立派なものでした。結局、この日米通商交渉ではアメリカは日本側からある程度の譲歩は引き出したものの、決定的な成果を得ることなく交渉は中途半端なものに終わっています。これがうやむやのうちに終わった理由は自由貿易の原則に反したアメリカの露骨な輸出規制に世界中から疑問の声が湧き起こり、日本国民がアメリカに反感を覚え始めたことに原因があるかのように言われています。確かにそれも原因の一つであったでしょう。しかしそれはあくまで表向きの理由付けに過ぎませんでした。アメリカが日米通商交渉でなり振り構わぬ露骨な政治的態度を取った本当の目的はこの輸出規制という「ありふれた反撃」を使って日本人の感心を貿易摩擦に釘付けにしておき、実は密かに別の所で隠密裏に日本の息の根を止める第二の反撃を画策していたことが上げられます。日米通商交渉はあくまでその反撃をカモフラージュするための陽動作戦に過ぎなかったのです。そしてこの第二の反撃が日本に壊滅的なダメージを与えアメリカに大きな経済的成果をもたらしたため、前座である日米通商交渉を重視する必要がなくなったことが事の真相なのです。

【第二の反撃(その1)-ジャパンマネーの流出】

1980年代初頭に誕生したアメリカのレーガン政権は「悪の帝国」ソ連を打倒することを大きな目標に掲げ、大幅な軍事費の出費を行いました。そのためアメリカの財政赤字は急速に悪化し破綻寸前の状況に陥いってしまいました。これを補うためにアメリカ政府は中・長期の国債を乱発して財政の穴埋めを行いました。この穴埋めにうまく利用されたのが日本の貿易黒字でした。日本は70年代後半から対米輸出の増大によって貿易黒字が続き、その余剰金が蓄積されていました。80年代に入って、この余剰金が生命保険などの機関投資家を通じてアメリカ国債などの投資に当てられ、アメリカの資金需要を補う役割を担うようになったのです。これが所謂ジャパンマネーと呼ばれた流動資金です。ジャパンマネーがアメリカ国債に流れた最も大きな理由はもちろんアメリカ国債の「高金利」に魅力にあったのですが、さらに敗戦による日本人のアメリカに対するコンプレックス(劣等感)の裏返しとしての、アメリカに対する絶対的な信頼感があったことは否定できません。いわばアメリカ崇拝とも言うべき盲目的なアメリカ信仰です。「アメリカ政府の発行する国債は世界で一番信頼できる債権だ」、日本の経済人は腹の底からそう信じ込んでいました。それほどアメリカを偉大な国、信頼にたる親のような存在として位置付けていたのです。実に見事な戦後日本におけるアメリカの洗脳教育(マインドコントロール)の成果ではありませんか。何と80年代初頭にはアメリカの財政赤字に疑問を抱き、アメリカ国債にリスクを感じる日本の経済人はほとんどいなかったのです。
実は1970年代からアメリカは財政赤字に悩んで来たのですが、この赤字の穴埋めを行って来たのは日本と同じく敗戦国でありながら奇跡の経済復興を成し遂げた西ドイツでした。しかし西ドイツ政府はアメリカ政府の無計画な財政政策に疑問を感じ、いち早く80年代に入るとアメリカから財政支援の手を引いてしまったのです。同じ敗戦国とはいえ、さすがにドイツ人の慧眼には今更ながら驚かされてしまいます。同じ白人種ですからアメリカ政府と彼らのバックにいる事実上のアメリカの支配者である国際金融資本の手の内を早々と見抜いてしまったものと思われます。このように西ドイツに逃げられて困っていたアメリカは、次なるターゲットとして対米貿易黒字の増大で有頂天になっている無知でノーテンキな日本人に狙いを定めたのでした。アメリカは敗戦国といっても西ドイツに対しては同じ白人種のよしみからある程度の手心を加えた対応をとっていました。しかしアジアの黄色人種である日本人に対しては一切手加減を加えるつもりはありませんでした。日本に原爆を落としたことから分かるように、黄色人種を白人とは同格の人間とは認めていないからです。アメリカの英知を結集したシンクタンクは、アジアの卑しい成り上がり国家である日本から徹底的に金をむしり取る遠大な計画を怒りと憎しみを込めて画策しました。飼い犬に手をかまれた恨みと黄色人種への侮蔑の念から容赦のない巧みな簒奪計画が練り上げられたのです。
その手始めとしてジャパンマネーがアメリカ国債やアメリカ株の購入に自然に流れ出すようにアメリカ政府は日米の金利差を意図的に広げました。水が高いところから低いところに流れるように、ミツバチが甘い蜜に引き寄せられるように、自然とお金が日本からアメリカへ流れるように周到に条件を整えたのでした。まずレーガン政権発足当初は日本の金利5%に対してアメリカの金利を14%に設定し、10%近い大きな金利差を作って日本からアメリカへジャパンマネーが流れ出る呼び水としたのです。その呼び水の勢いに乗って、その後もアメリカの金利は日本の金利に5%を上乗せをした高金利になるように設定され続けたのです。それに加え重要なことはアメリカが外国人投資家(すなわち日本人投資家)にアメリカ国債の保有に対して税制上の優遇措置講じたことです。つまりアメリカは自国の国民よりも日本の投資家の方にアメリカ国債を安く買える便宜を計ってくれた訳です。あまりに出来すぎた話なので今だったら変に勘ぐってしまうのが普通ですが、如何せん当時の日本人は無知でお人好しで世間知らずだったのです。これだけ「おいしい」条件の付いた据え膳を出されたのでは食べない方がおかしかったとも言えます。日本の機関投資家の代表である生命保険などはすぐにアメリカの差し出す手に乗ってアメリカ国債の買いに走りました。当時国際化の波に乗って海外に現地法人を展開しつつあった日本の民間銀行も最初は恐る恐る、しかしその「おいしさ」に味をしめると大胆不敵にもアメリカ国債を大量に買い漁る羽目に陥ったのです。例によって日本人特有の「みんなで渡れば怖くない」という愚かな連帯意識から海外展開する民間銀行は一斉にこの罠に嵌って行きました。この裏にはアメリカ政府の圧力を受けた日本の大蔵官僚による民間銀行への行政指導が大きな働きをしたことは言うまでもありません。既にこの時期には大蔵省と日銀のトップはアメリカに育てられた連中が多数を占め、アメリカに完全にコントロールされ、アメリカの言うがままに行動するアメリカの手先に成り果てていました。こうして日本の機関投資家と民間銀行はアメリカのいいカモにされるべく、以後せっせとアメリカ国債を買い続けるのです。

【第二の反撃(その2)-日本経済敗北の決定的キーポイント】

さてこのジャパンマネーのアメリカ国債買いにはその後の日本の経済の敗北を決定付ける最も重要なキーポイントが隠されています。このキーポイントはアメリカの「日本封じ込め」の最大の武器となったものです。日本人は国際経済、特に国際金融についてあまりにも無知でした。国際的な金の貸し借りにおいて貸し手側の利益を守る最も重要な原則をまったく認識していなかったのです。そのために決定的な過ちを犯しました。それは日本がアメリカの国債や株を買うのに自国通貨の「円建て」で買うのでなく、アメリカの通貨である「ドル建て」で買ったことでした。これは国際間の金銭貸借において非常識極まりない行為でした。71年のニクソン・ショック以来、すでにドルは金本位制を捨ててしまい、為替の変動する不安定な通貨に成り果てています。アメリカ政府の威信を持ってしても、かろうじて世界の基軸通貨の面目を保っている程度に過ぎませんでした。たとえ80年代初頭には為替レートが1ドル250円前後で安定していたとしても、その先の事は誰にも分かりません。何が起こるか、そして何が起こっても不思議でないのが国際関係というものです。お金を貸すのに相手国の通貨建てで貸すのはあまりに危険な行為でした。相手国の通貨建てでお金を貸すということは、通貨発行権は相手国にあるのですから、相手国が発行する通貨の量によって為替レートは自在にコントロールされることになります。言いかえれば相手国が意図的に通貨量を調整することで為替は自在に変動させることができるわけです。例えて見れば、お金を貸した相手の発行する借用書の金額の欄をいつでも相手が自由に書き換えられることを許したのと同じ話になるのです。
何故日本人はこのような愚かな「ドル建て」という通貨建てでアメリカの国債や株を購入したのでしょうか。第一の理由はアメリカが「ドル建て」という取引条件以外には決済を許可しなかったことが上げられます。しか当時アメリカは巨額の財政赤字をかかえ瀕死の状態にあったのです。そしてこれを救えるのは日本のジャパンマネー以外にはありませんでした。このような条件下では、お金の貸し手である日本側が一番発言権が強いわけですから、たとえアメリカが「ドル建て」を主張しようとも、しっかりと貸したお金を防衛することを考慮して、あくまで「円建て」で購入することを交渉すべきだったと考えます。この交渉を粘り強く行えば「円建て」での取引が許可される可能性もあったはずです。事実これまでアメリカの財政赤字を支えてきた西ドイツは、全ての取引を「マルク建て」で行って来ていました。さすがに白人種である西ドイツは国際金融のシステムをよく理解していて自国の防衛には抜け目がありませんでした。しかし翻って日本については、不思議なことに日本の利益を防衛する「円建て」での決済について、全くアメリカと真剣に交渉を行う努力をしていません。アメリカの言うがままに従ったのです。これはアメリカの強圧的態度に日本の通貨当局が端から尻込みをしてしまい、アメリカの意向に従ったものと考えられます。大蔵省と日銀のトップは事態の重大さを知りながらアメリカの恫喝に恐れをなし、安易に「ドル建て」による決済を認めたことが推察されます。そして第ニの理由は日本の強みであった護送船団方式が裏目に出たことです。つまり戦後の民間の銀行、生保、証券といった機関投資家は官庁の行政指導によって育てられ発展して来た業種です。彼等は全てを官庁におんぶにだっこしてもらい過保護のまま甘やかされて育って来た連中です。したがって彼等独自で投資対象をシビアに調査し、その結果に基づいて意志決定するという機関投資家としてはごく当たり前の能力がほとんど備わっていませんでした。「全てお上の言う通りにすれば間違いはない」という盲目的な信仰が彼等を支配していました。お上に対して絶対的な信頼感があったのです。彼等はお上が自分達に不利なことをするなど到底考えることができない状況に置かれていたのです。それで日本の銀行、生保、証券といった機関投資家は、全く事態の重大さを考えず官庁の行政指導に従ってアメリカ国債を買いまくったのです。さらに第三の理由として戦後の日本人に対するアメリカの巧みなマインドコントロールが上げられます。すなわちアメリカは敗戦のコンプレックス(劣等感)を巧みに利用して日本人の心の奥底にアメリカのものは何でもいいもの、優れたものと無批判に受け入れる無意識の心理を植えつけることに成功していました。ほとんどの日本人はこのマインドコントロールの罠に嵌り、無意識にアメリカ・ブランドを優れたものとして礼賛する性向を植え付けられていたのです。これには民間の機関投資家も例外ではありません。アメリカ・ブランドの国債は世界一安全で有利な利回りの債権であると盲目的に信じる下地が出来上がっていたのです。この三つの理由が絡み合って日本の機関投資家は「ドル建て」決済という悪夢のシナリオに落ち込んで行ったのです。これが日本経済の運命の分かれ目となりました。アメリカは自分の仕掛けた罠に日本がすんなりと嵌ってくれるのを見て「馬鹿な日本人!」と腹の底からほくそえんだことでしょう。
こうして1981年から85年までの初期の5年間で日本円にして約10兆円のジャパンマネーがアメリカに流出しました。この時期の「ドル建て」での決済実績が以後の日米間の貸借の一般的な決済条件として固定してしまうことになります。この「ドル建て」に関しては次の「プラザ合意」というさらに大きな仕掛けが待っていました。

【第二の反撃(その3)-プラザ合意】

1985年9月、ニューヨークのプラザ・ホテルで開かれたG5(先進5か国会議)で当時のアメリカのベーカー財務長官と日本の竹下登大蔵大臣を中心に米、日、英、西独、仏の蔵相・中央銀行総裁の間で合意されたドル高是正の協調政策を通称「プラザ合意」と呼んでいます。「プラザ合意」とは一体何なのでしょう。一言でいえば「現在のドルの価値は実力よりも高いので、相応に安くなるように各国みんなで協力して為替操作を行い、ドル安を実現しましょう」という合意のことです。この真の狙いは「ドル安」を実現することで「円高」を導くことにありました。「プラザ合意」はあくまでアメリカがヨーロッパ主要国を仲間に従えて「国際協調」という名のもとで日本に加えた有無を言わせぬ経済的な圧力だったのです。竹下をはじめとした日本の大蔵省の首脳陣も、これがどういう事態を招くかうすうすは気付いていたはずです。しかしアメリカの強大な圧力に抗する術もなく簡単に合意に承諾したものと思われます。これは典型的な売国行為といえるでしょう。こうして竹下はこのときの論功行賞として田中角栄の政治基盤を与えられ、総理大臣の地位に登り詰め、「日本国王」として君臨することが許されることになります。
「プラザ合意」は単純に考えれば先の日米通称交渉の意図と同じく、「円高」を導くことで日本の輸出競争力を低下させアメリカ産業の保護育成を果たすことを目的としているように理解されます。一種の通貨を利用した関税障壁のようなものと受け取れるのです。もちろんその効果は絶大で日本の輸出産業はこの合意のおかげが当初は大打撃を受けることになりました。しかし日本企業はこれを乗り切るために労使一丸となって「円高シフト」をしき、コスト削減を実現することで、より国際競争力の高い製品を生み出すことに成功したのです。皮肉なことに「プラザ合意」の「円高」は結果的に日本の輸出競争力をさらに強化する役割を果たす結果になってしまたのです。このような結果論から結論するのではありませんが、「プラザ合意」の目的がアメリカ産業の保護育成にあったっと捉えるのは短絡的な見方と言えます。「円高」によるアメリカ産業の保護育成という効果は確かにありましたが、これはアメリカ国内の中小零細企業に対して生まれた小さな効果でした。しかし多国籍化したアメリカの巨大産業にはたいして何の恩恵もなかったのです。すでにアメリカ国内で空洞化してしまったこれらの産業が国内で復活することはありませんでした。
「プラザ合意」の真の目的は別のところにあったのです。結論から先に言えばその目的の第一は日本産業の空洞化を画策し日本国内の産業の弱体化をはかることでした。その第二はアジアの新興国を第二、第三の日本に仕立て上げ、戦後の日本同様にアメリカに都合のよい生産工場を作り上げるとともに、分割統治よろしく、それらを日本と競わせ牽制させることにありました。その第三は「ドル建て」による為替差損によって日本経済に大打撃を与えることにありました。
第一の日本産業の空洞化は日本企業が「円高」を克服するために仕方なく為替の影響を受けないアメリカ国内や生産コストの安いアジアの新興国に生産拠点を移すことで徐々に実現されていきました。系列化された日本企業はその子会社、孫会社までも海外に拠点を移し、国内産業の空洞化は促進されて行きました。「プラザ合意」の「円高」による生き残りのために日本企業はなりふりかまわず海外に拠点を移し、アメリカ産業がたどったと同じ道のりで多国籍化していかざるを得ませんでした。日本の大企業であればあるほどアメリカの意向を受けた経営者が陣頭指揮をとって、この道を驀進して行ったのです。アメリカはこれで日本の国家としての国内産業の弱体化を自らの手を汚すことなく実現していったのです。こうしてアメリカに投資された日本企業の資産はいずれ何らかの策を弄してアメリカ企業に乗っ取られる運命が予定されていたのです。
第二の目的は日本産業の空洞化と軌を一にして進みました。アジアの新興国に生産拠点を移した日本企業は資材と人材の確保の必要からその国に多大のインフラ整備の投資を行いました。また日本政府は政府レベルのODA(政府開発援助)でこれを支えました。これが第二、第三の日本をつくるための原資となって各国の産業基盤の発展に寄与したのです。いわば日本は日本の競争相手を自らの手で育て上げる役回りを演じたのです。戦後アメリカが日本に対して行った役割を、アメリカは「円高」を画策することによって、アジアの新興国に対して日本に同様な役割をあてがったのです。アメリカが日本に手を噛まれて傷ついたように日本もアジアの新興国に手を噛まれるのを期待して画策したのです。こうして日本を脅かす日本のクローンが次々と誕生しました。その代表的な存在が現在の中国なのです。
第三の為替差損による日本経済への大打撃こそが「プラザ合意」の隠れた主要目的でした。日本が「ドル建て」で買ったアメリカの資産は「プラザ合意」の「円高」によって急激に資産価値を減少させて行きました。「プラザ合意」の結果、当初1ドル250円をキープしていた為替の値が、わずか二年後の1987には1ドル150円にまで落ち込みました。これでアメリカの国債買いなどに流れていたジャパンマネーはその資産価値を4割減らしたことになります。1981年から85年までの初期の5年間で日本円にして約10兆円のジャパンマネーがつぎ込まれていましたから、これに対しては金額にして4兆円の資産が消えてなくなったことになります。こんな効率のよい資産減らしの方法は他には考えられないでしょう。この打撃は日本の機関投資家や個人投資家を直撃しました。アメリカはこの借金の目減りを最大の目的として「プラザ合意」を画策したのです。最初から日本にアメリカの借金を肩代わりさせ、行く行くはその借金を踏み倒すつもりでいたのです。「ドル建て」はそのための切り札であったのです。「プラザ合意」は明確なアメリカの日本に対する経済(マネー)戦争の開始宣言であったのです。ところが愚かにも日本の機関投資家にはこの裏が読めず「プラザ合意」以後も何とアメリカ国債を大規模にせっせと買いつづけたのでした。まさにカモネギを地で行った行動を取ったのです。87年2月にアメリカの金利が引き下げられると、日本の通貨当局は意図的にそれにスライドさせて日米金利差を4%にキープするように日本の金利も引き下げ、金利2.5%という超低金利時代を演出しました。機関投資家はこれにつられてアメリカ国債を買いつづけたわけです。しかしあまりに軽率でお粗末な行動としか言いようがありません。どうして彼らは為替差損という大きなリスクを知りつつこのようにリスキーなアメリカ国債を買い続けたのでしょうか。その答えは先に[日本経済敗北の決定的キーポイント]で書いた3つの理由が上げられます。この中でも特に「護送船団方式」による通貨当局の行政指導が決定的な役割を果たしていたと思われます。当時の大蔵省や日銀のトップはアメリカの意のままになる代理人によって占拠されており、アメリカの意向に沿って売国的な行為が行われたとみるのが正しい見方でしょう。日本は1987年2月に2.5%の超低金利となり、何故かその後2年3ヶ月にわたってこの状態が放置されてしまいます。これが日本のバブル経済の生む大かな原因となるのです。このバブルの発生に影響されて機関投資家はさらにアメリカ国債をせっせと買いつづけるはめに陥るのです。

( 中編に続く )

*夢人注:残念ながらこの文章の中編は探せなかった。白石氏の他の文章は幾つか保存してあるので、本人には無断だが、随時掲載したい。彼の文章は2002年当時のものとはいえ、現在も通用する鋭い洞察に満ちているので、そのまま埋もれさせるには惜しいものである。たぶん、白石氏もこの無断転載を了としてくれると思う。まあ、本人から抗議がくればすぐに削除するつもりだが。
上の文章に書かれた内容の中で、官僚支配を「社会主義」と評しているのは、多くの論者に共通したことだが、官僚主義は確かにかつての社会主義国家で目立ったにしても、社会主義の本質ではない。たとえばキューバなどが「人間的社会主義」の実例になるだろう。





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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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