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膨大で細かい知識こそ電子書籍の出番

「法的に」とは、「誇大広告として法的に処罰を受けない」ということだろうか。
しかし、六法全書を実際にポケットに入れるのはどんな人間なのだろうか。まあ、警官なども案外現場で即座に必要な場面がありそうである。しかし、下の写真の状態でポケットに入れるのかwww
疑問なのだが、これこそスマホの出番なのではないか。六法全書を電子書籍化して売り出せば実に有益ではないか。憲法程度すら我々愚人は暗記できないのだから。
医学書も同様だ。ただ、医学書は毎年の改定が大変ではあるだろう。しかし、だからこそ毎年売
れるではないかwww
仏書や古典全集も同様だ。源氏物語をスマホに入れて、気が向けば一章、あるいは数文だけ読めば、1年で読破できるだろう。源氏物語が200円程度なら、スマホ嫌いの私も買うかもしれない。今では絶版や廃版で書店で探せない作家や作品ならなおさらだ。

(夢人追記)町山智弘がリツィートしたもので、この発言には同感。私の親の世代には中卒の人も多かったが、そういう人でも平均すると知的好奇心は今よりはるかに高かったのである。親父が好きだったのは国木田独歩だったが、私も好きである。だが、作品の中には私には読みこなせないものもあった。親父が一番好きだった「源をじ」は、文章自体が文語体(あるいは一種の美文)のため読み味わうまでいかなかった。自民党支持だったが「資本論」も読んでいたらしい。

『知的大衆』は本当に存在した。今の人達が皆スマホを持って歩いてるのと同じように、60~70年代の人達は本を持ち歩き、電車の中やバス停のバス待ちでも読んでる人が多かった。それが娯楽だったのだ。今のラノベレベルじゃなく、本格的な小説を皆が読んでいて、知的レベルは今より格段に高かった。
引用ツイート
町山智浩
@TomoMachi
·
この人の「庶民感」の大きな間違いは、60年代から70年代当時の日本には「知的大衆」という層があったことを知らないのだ。当時はたとえ中卒や高卒でも川端康成や三島由紀夫や三浦綾子や丸山真男や山本七平や鶴見俊輔や福田恒存を読む佐藤忠男のような人々が数十万単位で存在したのだ。 twitter.com/burubur5603089…




(以下引用)
なるほど。法的に「ポケットに入る」ってこういう意味なのか(ぉ
引用ツイート
有斐閣六法編集部
@yuhikaku_roppou
·
出来上がりを見るまではいつも不安ですが、今年もポケットに入りますのでご安心ください。
画像

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酔生夢人
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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