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言論と実践

紙屋氏は論理的であるだけでなく、自分の論理的思考の結果を自ら試行するという「社会的実験」の実践者である。そのやっている「実験」対象は、町内会とかPTAとかいった、日本社会の「空気的束縛」のシステムであったりする。「空気の支配」という不条理への、誰もできない、やらないことを勇敢に実行し、明晰な文章で報告してくれるのだから、こんな有難い存在は無い。まさに「一人研究所」である。社会的実験の研究所だ。
で、誰もが恐れてやらない「空気支配への抵抗」というのも、やってみれば「オズの魔法使い」のようにあっけなくその「空気支配」の虚妄性の正体はばれるのでは、というのがこれまで氏がやってきたことを後追いで読んでみて感じたことである。
あれこれ口だけでエラそうに言う行為より、こうした勇敢な実践こそが、日本社会を真に良い方向へ変えるものではないか、と思う。


(以下「紙屋研究所」から転載)


2017-06-01 PTAを退会した話と音楽鑑賞会で100円多く払った話

PTAを退会した話と音楽鑑賞会で100円多く払った話Add StarBUNTENzakinco



退会しても別に不利益はこうむりませんよ

 PTAを退会した。


 うちの小学校でただ一人(厳密にいうと、ただ1家庭)のようである。




 公式には(つまりPTA相手には)何の理由も告げていない。


 きっかけとしては、PTAが任意加入であることをきちんとしてほしい、と役員会にお願いして、「入学の際に説明する」まではやってもらえたのだが、「規約に盛り込む」まではやってもらえなかった(総会で提案し否決された)から抜けたのである。*1




 ぼくが求めることを、うちの小学校のPTAは取り合わなかったので、それならやめる、ということだ。


 PTA任意団体に過ぎない、つまり一種のサークルと同じなのだから、契約・合意・交渉が成り立たなかっただけなのである。


 まことにシンプルな話だ。




f:id:kamiyakenkyujo:20170601030055j:image:w360:right ただ、それとあわせて、「抜けたらそんなに不利益なのか」を実際に体験してみたい、というのもあった。


 実際にトラブルに巻き込まれた人の話も聞いているけれども、ネット上で「子どもが人質に取られているから抜けるなんて、そんなに簡単にはできない」という怖さを語る人が少なくないように感じていて、「いや、そこまで恐れなくてもいいんじゃないか」と思っていた。


 あくまでぼくの体験の範囲だろうけど、「抜けてもそんなに不利益はこうむらないと思うよ。PTAをやるのに都合が悪ければ、気軽に抜けてみればどう?」ということを示せればいいなと思う。




 詳しくはまた体験をまとめるつもりでいる。



音楽鑑賞会のお金を100円多く払う

 ところで、一つだけ思ったことをポツリと書く。


 先日、娘(小学4年生)の音楽鑑賞会への参加代を学校から700円求められた。他の人はPTAに入っているので、PTAから補助が100円出るので600円である。ぼくの家はPTAに入っていないので、700円であった。




f:id:kamiyakenkyujo:20170601030349j:image:w360:right まずあらかじめ言っておくと、このような措置自体は、ぼく自身がPTA退会にあたって、PTAとは別に学校側に対して文書で、お願いしていたことである。つまりぼく自身が望んでいたことなのだ




 お願いしていたことというのは、学校の時間や授業時間のうちにPTAの関わるイベントや事業があって、その時、我が家庭だけが知らないで、結果的に子どもが排除されたような形になってしまうことがないように、あらかじめ知らせてほしい、ということだった。




 具体的にいうと最悪のケースというのは、「一人だけPTAを抜けている」という状況のもとで、我が家庭に何の連絡も前触れもなく、「あなたのところはPTAを抜けているので、音楽鑑賞会への補助がないので、音楽鑑賞会に参加できません」というやり方を学校側にされることである。


 もちろん、このケースでそんな馬鹿げた対応はないだろうけども、例えばPTAは卒業式のとき、PTAのお金で卒業生に紅白饅頭を配る。


 他に卒業証書の入れ物などもPTAがお金を出しているようで、どういう細かいところにPTAがお金を出しているのか、わからない。不意打ちのようにそれは、やってくるのだ。


 その時、一人だけ紅白饅頭がない、という状況が(当日突然)出現したらどう思うだろうか。


 ぼく自身がこれをやられても別にアレだけども、娘は子どもであり別人格なので、「自分だけ一人違う」という状況をどう思うかよくわからない。*2


 あらかじめ、「お前のところはPTAに入っていないので、どうする?」と言ってもらえるとこういう不意打ちがなくて助かる。1人だけ要らないのか、別にお金を出して買うのか、もしくは1人だけ「特別な、別のもの」にするのか。




 幸い、退会した際に、校長先生から「紅白饅頭も買えますし、他のことも別途お知らせします」という丁重な電話があった。ありがたい話である*3




 というわけで、ぼく自身はこの追加の100円を「喜んで」払った。


 ここまでの時点で、PTAを退会しても、何の不利益も被っていない


 学校側も、(おそらくPTA側も)かなり慎重に取り扱ってくれている配慮を感じる



PTAから抜けた家庭の子どもを、PTAの事業の対象にしない?

 その上で、書く。


 ここからがこの記事の本題。




 PTAから抜けた家庭の子どもを、PTAの事業の対象にしない……というのはヘンではなかろうか?




 PTAは、親と教師が教育について考える、(有志の)社会教育団体である。


 親と教師が有志でやっていることだから、子どもは関係ないはずだ。互助会共済事業ではないのだから、加入しているから子ども適用範囲になる、加入していないからならない、という理屈立てをするのは、いたく奇妙なことなのだ。


 本来その学校の子どもたち全体がどう健やかに育つのかを考えるのがPTAの建前だというなら、「この子は会費を払っている家のだから、健やかに育つべき。この子の家は会費を払っていないので、排除しよう」という「健全育成」というのは一体なんだろうか。


 この理屈だと、今後学校でやるPTAのフェスティバルとかで、うちの娘が小銭を握りしめて模擬店フランクフルトを買いに行った時、「紙屋さんちの子だよね? 紙屋さんのところは、PTA会員としての労役を負担していないので、みんなは300円だけど、500円負担してね!」となるのだろうか。そんな「面白すぎること」は、まさかないだろうけど。




 なるほど、PTA任意団体である。


 サークルと同じだ、とさっき言った。


 サークルと同じである以上、サークルの自治があり、どんなヘンテコな方針を採用していても、それはそのサークルの権利である。


 さらに、そこに入っていない(退会した)ぼくのような人間がそのサークルの方針の是非を云々すること自体が「越権」と言えば越権なのかもしれない。


 そこはよくわかる。


 なので、これはあくまで、外部から見た、一つの助言だと思ってほしい。




「会員だけの特典サービス」?

f:id:kamiyakenkyujo:20170601030052j:image:w360:right 「いや、この音楽鑑賞会への100円補助というのは、PTA会員への互助的・共済的事業なんだよ」という議論もあるかもしれない。


 つまり、広く子どもたちを健全育成するのではなくて会員だけの特典サービス、というわけである。


 さっき、うちの学校のPTAのフェスティバルで、うちだけ「300円」でなく「500円」というような妄想をしたけど、そんな「面白すぎること」をPTAはやらないだろう。それは、PTAのフェスティバルは「広く子どもたちを健全育成する」目的でやっているからだ。仮に、地域の外からやってきた人や子どもがいても同じ価格、同じ待遇で対応する。


 だとすれば、音楽鑑賞会の問題は、「広く子どもたちを健全育成する」のではなくて、「会員だけの特典サービス」と考えると少しは合点が行く……ように思えるが、さにあらず。


 「会員だけの特典サービス」として100円補助を考えると、ますますワケがわからなくなってしまうのだ。



タコの足としての100円

 というのも、(少なくとも我が校の)PTA補助金をもらっておらず、会費(とごくわずかな事業収入)で成り立っているからだ。つまり、その100円補助の原資は、圧倒的に自分が払った会費なのである。


 自分で払ったお金が、「PTA補助」という体裁をまとって戻ってきている――ただそれだけである。タコの足である。


 全額公費負担が筋であることを前提として、それがかなわない時期は、PTA会費を100円下げて、(PTA会員ではなく)全保護者から100円集めたほうがいいのではないか。



PTAの入退会と子どもの問題は連動させるな

 なぜこの問題を取り上げたのかというと、PTAの入会・退会と連動させて、PTAの事業対象にどの子どもを含めるか・含めないか、という発想をするPTA関係者や保護者が、世の中にはまだまだ非常に多いからである。


 「抜けたんだからサービスが受けられないのは当たり前」という発想は、本来、「すべての子どもに笑顔を」(うちの学校のPTAスローガン)と言っている団体にしては、ヘンテコな発想なのである。偏狭つうか。


 PTA社会教育団体*4である。民間保険とかじゃないんだから。


 むろん、くり返すが、そういう方針をとる自由任意団体であるPTAに、ある。そのことは百も承知である。




 しかし、そうなると(つまりPTAの事業と子どもへの適用を連動させてしまうと)「第二PTA」という考え方は、ヘンな角度から現実味を帯びてきてしまう。つまり自衛策として。


 PTA任意団体であるなら、もう一つ、学校の中にPTAを立ち上げて悪い法はない。「こちらは会費はとりません。輪番の役もありません」という、「もう一つのPTA」が出てきても、全然不思議ではないということだ。


 それだけじゃない。「卒業式には紅白饅頭じゃなくてショートケーキを、希望者に実費で渡します」なんていうのも生まれてくるんじゃないか。馬鹿馬鹿しいけど。




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HN:
酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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