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「微細なものの巨匠」

     微細なものの巨匠

 「微細なものの巨匠」とはワグナーについての評言だが、ここで取り上げるのはワグナーではなく、俵万智である。
 彼女の「愛人でいいのとうたう歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う」という短歌は、何となくわかる気がするが、その気分を説明するのは難しい。これを分析してみよう。
 この歌の鍵になるのは、「言ってくれるじゃないの」という言葉の持つ含みであろう。この「じゃないの」という蓮っ葉な言い方は何を意味しているのか。
「言ってくれた」とは「良くぞ言ってくれた」という肯定のはずだが、それを単純な肯定に終わらせず「じゃないの」と斜めに構えたところにこの歌の個性がある。
 もしもこの歌が最初の愛人云々をただ肯定するだけの歌だったら、おそらく誰の共感も呼ばない歌になっていただろう。俵万智という歌人の独自性は、彼女が世間の若い女性たちと共通する感覚を持ち、しかもその微細なニュアンスを見事に歌に表現する能力があったところである。この愛人でいいのとうたう歌手に対して「言ってくれるじゃないの」という反応を返すのは、若い女性のほとんど全体なのである。この、相手を高みから見下ろす意地の悪い物言いは、テレビを見ている人間に共通する姿勢なのだ。この「言ってくれるじゃないの」という言葉は、相手を見下す姿勢以外の何ものでもない。相手の発言を「良く言った」と認めながら、しかし、それを素直に肯定しないのは、言った相手が自分より下だと見ているからだ。これはテレビを見ているあらゆる大衆が、芸能人に対して抱いている気持ちなのである。我々は彼ら芸能人から娯楽を与えて貰いながら、彼ら全体にはけっして好意は持っていない。彼らの無軌道ぶりやスキャンダル、たいした才能もないくせに送っている贅沢な生活に嫉妬し、反感を持っているのである。しかも、言った相手が女性歌手で、それを見ているのが若い女性なら、意地悪な気持ちを持たないはずはない。女王様が、テレビの中の自分の下僕である芸能人に対し「あんた、なかなか面白い事言ったわねえ、ほめてあげるわよ」と言っているわけだ。そういう意地悪な気分が、俵万智のこの短い歌の中で見事に定着されているのである。私が彼女を微細なものの巨匠と呼んだ理由がこれでおわかりだろう。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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