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完了形とは何か

目覚めの際にそのまま寝床の中で本を読むことが私は多いが、それは睡眠時間が短くて深夜に目覚めるのが恒常的だからだ。で、老眼が進行しているので、本が読みにくいが、寝床に横になったままだと眼鏡をかけることができない。そのため、裸眼で本を読んでいると眼と脳が疲れるので時々眼を閉じて休憩する。脳を休めるためには、難しい思索はダメだろうから、頭の中で何か好きな曲やその歌詞を考える(思い浮かべている)ことが多い。当然、自分が若いころに知った曲以外は歌詞を覚えている歌など無い。
先ほど頭の中でグルグル回っていたのは、エルビス・プレスリーの「振られた気持ち」という、最低な題名の歌で、原題はたしか「I have lost you」だと思う。(今調べると、これは私の勘違いで、「去りし君へのバラード」だった。せっかく書いたので、先ほど書いた部分を誤解のまま残しておく。「去りし君へのバラード」も駄目タイトルだと思う。お前は吟遊詩人か。)まあ、全体の歌詞の内容の大筋から言えば「振られた気持ち」という訳は間違いではないが、これは「精神的に離婚寸前の夫婦」の夫側の気持ちの歌なのである。夫は妻を愛しているので、「振られた気持ち」で間違いではないのだが、これは「愛が終わった」という状態の悲しみを描いているのであって、「振られた」云々ではない。ちなみに、この歌は「エルビス・オン・ステージ」の映画やCDに入った歌だ。そのCDを私は持っているので、後で歌詞を転載しておく。
で、最初に書こうと思ったのは、「(英文法の)完了形とは何か」だったが、私の考えを簡単に言えば、「完了形」とは、まさに「完了」を表す表現で、「完全に終了した」意味である。単なる過去を表す過去形とは違って、その「終わった事実」が今そこにあるということだ。「I lost you」なら過去の事実で、それが現在どういう気持ちを残しているかは分からない。しかし、「I have lost you」だと、「あなたを失った」という事実がまさに目の前にあるわけだ。have自体が現在形であるのが、それを示している。「lost you」という事実を今現在「have」しているわけである。

I've lost you(去りし君へのバラード)

Lying by your side I watch you sleeping
and in your face the sweetness of a child
Murmuring the dream you won't recapture
Though it will haunt the corners of your mind

*Oh, I've lost you ,Yes,I've lost you
I can't reach you anymore
We ought to talk it over now,
But reason can't stand in for feeling

Who can tell when summer turns to autumn
And who can point the moment love glows  cold
Softly without pain the joy is over 
Though why it's gone we neither of us know

[*Repeat twice]第二節(*のついた節)を繰り返す意味

Six o'clock the baby wll be crying
And you will stumble,sleepig, to the door
In the chill,and sullen gray of morning
We play the part that we have learned too well

[Repeat 3 times with adlib]前と同じく*部分を繰り返す意味

ついでに言えば、叙事的部分の2番目の節、「Six o'clock~」の中の「the baby will be crying」は「未来進行形」ではないかと思う。つまり、未来に進行状態で起こることを「現在の実感で」表しているのではないか。そこが単なる未来形の「The beby will cry」との違いだろう。
その次の「And you will stumble,sleepng ,to the door」の情景描写が実に見事だ。寝起きの朦朧状態でふらふらとドアに向かって歩いていく妻の姿が目の前に見えるようである。
最後の「We play the part that we have learned to well」も、夫婦として「終わった」状態で、それぞれの役割を「演じている」姿の切なさに溢れている。
これもついでに言えば「reason can't stand in for feeling」も名文句だと思う。「『理由』は感情を説明できない」とでも訳するか。あるいは「理屈は感情の代わりにならない」か。理性と感情は別物、というわけだ。感情を理屈で片づけるのが、私を含めて多くの男に共通する欠陥ではないか。だから男に子供や幼児の世話は無理なのだろう。「なぜ泣くのか、ちゃんと説明しろ!」と赤ん坊に向かって言いかねないww








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HN:
酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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