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手紙配達者(文づかい) 1

この前初めて読んだ森鴎外の初期文語文短編の「文づかい」が面白かったので、その口語訳をしてみる。口語だと文語の香気は無くなるが、内容自体がかなり面白い。「舞姫」のような半自伝的作品よりも、ロマネスクな味がある。プーシキンの短編に似た味わいである。
ただ、短編としては長いので、私の気力が続くか、そして私の学力や語彙力で適切な口語訳ができるかどうかは怪しい。意味不明の言葉や訳しにくい言葉は適当に訳することをあらかじめお断りする。

「手紙配達者」   森鴎外原作 酔生夢人口語訳


 何とか宮が催しなさった星が岡茶寮のドイツ会に、洋行帰りの将校が次々に身の上話をなさった時のことであるが、「今宵はあなたの身の物語を聞くべきはずである。殿下も待ちかねていらっしゃるので」と促されて、まだ大尉になって間もないと思われる小林という少年士官が、口にくわえていた巻煙草を取って火鉢の中に灰を振り落とし、仔細ありげに身構えをして語りだした。
 「私がザクセン軍団に付随して秋の演習に行ったおり、ラアゲヴィッツ村の近辺で、演習のための敵とされた陣の側に付いたことがある。小高い丘の上にまばらに兵を配置して敵と定めておいて、地平の波打つ面や木立、田舎家などを巧みに盾として、四方から攻め寄せる様は、珍しい見ものなので近隣の住民があちこちに群れをなし、中に混じった少女たちの黒ビロードの胸当ても晴れがましく、小皿を伏せたような縁の狭い帽子に草花を挿したのもおもしろいと、携えてきた望遠鏡をせわしく彼方此方と見めぐらすうちに、向かいの丘にいた一群が際立ってめずらしく思われた。
 九月初めの秋の空は、今日は特に、ドイツでは稀な藍色になって空気も透き通っていたので、残る隈も無くあざやかに見えるこの一群の真ん中に、馬車を一両停めさせて、年若い婦人が何人か乗っていたので、さまざまな衣の色が互いに映じ合って、一叢(むら)の花、一団の錦、目も彩(あや)に、立っている人の腰帯、座っている人の絹の紐などを、風がひらひらとなびかせている。その傍らに馬を立てている白髪の老人は角(つの)ボタン止めにした緑の狩猟服に、薄い褐色の帽子をかぶっているだけだが、何となく由緒ありげに見える。少し引き下がって白い馬を控えている少女に、私の望遠鏡はしばらく留まった。鋼鉄色の乗馬服を裾長に着て、白い薄絹を巻いた黒帽子をかぶった身構えが気高く、今彼方の森蔭からむらむらと現れた猟兵の勇ましさを見ようと人々が騒ぐのを気にもしない様子が心にくい。

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酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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