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軍神マルス第二部 30

第三十章 大殺戮

 最初にグリセリード船を発見した漁師からの報告を受けて、アスカルファン軍は、主力軍をバルミアの東、五十キロメートルほど離れた海岸に差し向けた。
しかし、彼らがその海岸に到着した後届いた第二の報告は、そことは全く違うバルミアの西三十キロの地点へグリセリード海軍が出現した事を告げていた。
「くそっ、今から軍を返しては間に合わん」
総大将のジルベルト公爵は大声を上げた。
「西側には私が向かいましょう」
ロックモンド卿の言葉に、ジルベルト公爵はうなずいた。
 ロックモンドが五百の騎兵を引き連れて西に向かってかなりたった後、第三の報告が、三十隻の船団がバルミア正面に現れた事を告げた。
「バルミアだと? あそこにはもはや国王の近衛兵と親衛隊千人しかいないぞ」
ジルベルト公爵は頭を抱えた。

 最初に東側海岸に現れたグリセリードの船団三十隻は、海岸に近づこうともせず、のんびりと沖に停泊している。この船団が囮であることは、もはや明らかだった。
 船が近づくのをじりじりとしながら待っていたジルベルト公爵は、しびれを切らし、海岸には千名の兵士だけを残し、残り四千名を率いてバルミア救援に向かった。しかし、騎兵はともかく、歩兵隊がバルミアまで行き着くには、どんなに急いでも一日半はかかるだろう。 
 二番目に船の接近が報告された西側海岸では、すでにグリセリード軍の上陸が始まっていた。ロックモンドの軍は、三十五隻の船から上陸したおよそ七万人のグリセリード軍がバルミアに向かって進軍するのに途中で出会って、戦闘が始まった。

 同じ頃、バルミアの人々は、沖に現れたグリセリードの大船団を見て恐慌に陥っていた。
 マルスはケインの店からありったけの矢を取ると、港を見下ろす崖にグレイを走らせた。
そのすぐ後にマチルダとジョーイも馬で続く。
「畜生! 投石器があれば、ここからあの船を皆やっつけてやれるのになあ」
港に近づく船団を見下ろしてジョーイが叫んだ。
 マルスは、ジョーイとマチルダに命じて、火矢をどんどん作らせた。
 通常では絶対に矢の届かない遠距離に船はいるが、崖の上からならいつもの一倍半から二倍の距離を飛ばす事ができる。
 マルスは、油を染み込ませた布を巻きつけた火矢を大空高く射た。
 矢は空高く舞い上がった後、船団の先頭にいる船の上に落ちた。
 やがてその船から火の手が上がる。
「やったぜ!」
ジョーイが躍り上がって叫んだ。
 マルスは次々に矢を射る。矢は驚異的な正確さで船の上に落ちていく。やがて三十隻の船のおよそ半数から火が上がりだした。
 しかし、火が付きながらも先頭の船はバルミアの岸に近づいていく。
 やがて、完全に燃え出した船を見捨てて、グリセリードの兵たちは海に飛び込み出した。
その頃には港に到着していた国王の親衛隊が、オズモンドの指揮下に、海から泳ぎ渡ろうとするグリセリードの兵たちに矢を射掛けた。
船の中には、火事で動転して操縦を誤り、衝突する物もある。それらの船から兵士がどんどん海に飛び込み、岸に泳いでいくが、アスカルファン軍の矢が頭上から降り注ぐ中で、一人また一人と海に沈んでいった。しかし、六万人の兵の半分以上はそれでも岸まで泳ぎ着き、あちこちで戦闘が始まった。
マルスは崖の上からその様子を見て取って、グレイに飛び乗った。
「マチルダとジョーイはローラン家に行っておいてくれ。ジョーイ、ケインの店に行って、ケイン一家と店の者たちをローラン家に避難させるんだ。そして、クアトロと一緒に女たちを守ってくれ、頼む」
馬上から叫んだマルスにジョーイも大声で答える。
「分かった。大丈夫、安心しな。女たちは俺たちがしっかり守ってるから」
マルスはグレイの横腹を蹴ってバルミアの海岸へと崖を駆け下りた。

町の人間の多くは、戦いを避けて、近くの裏山に逃げている。戦闘はまだ港のあたりだけである。
マルスはオズモンドの率いる親衛隊の中に馬で飛び込んでいった。
「おお、マルスか! よく来た」
オズモンドが嬉しげな声を上げた。
「マルスだ、軍神マルス様が現れたぞ! もう大丈夫だ!」
兵の中から次々に声が上がる。前の戦いでマルスの名は鳴り響いていたからである。
マルスは弓兵隊の中に入り、恐るべき速度と正確さで弓を射始めた。アスカルファン軍の前面にいた敵兵は、マルスの矢で次々と倒れていく。僅か数十分の間で、マルスの矢に倒れた敵兵は百人に上っていた。
マルスは弓を引く機械のように、目に入る敵兵をただ倒していった。心の中は真っ白であり、ほとんど何も考えていない……。
気が付くと、夕日があたりを赤く染め、バルミアの港と海岸は、マルスの矢で倒れたグリセリード軍兵士の死体が累々と並んでいるだけだった。
まったく信じ難いことだが、マルスはこの戦いで、一人で二万人に近い敵兵を矢で倒したのであった。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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