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我が愛のエル・ハザード 16

第十六章 イフリータの涙
 
「アフラ・マーンさん、お願いがあるんやけど」
日が地平に落ちようとする頃、真はアフラ・マーンを見つけて声を掛けた。
「何どすか、真はん」
「実は、バグロムの軍隊の中に忍び込みたいんやけど、協力してくれへんやろか」
「バグロムの中に? そんな無茶な」
「明日、神の目を動かしたら、大変なことになる、いう気がしてならないんですわ。その前に、何とかして陣内を説得して、この戦いをやめさせようと思っとるんです」
「それは、無理やないかなあ。あのお人は、ちょっと『あっち』へ行っている方でっしゃろ?」
「それはそうやけど、このまま何もしないでいるよりは……」
「まあ、ええ。どうせ、明日の戦は、私らくらいの力では何の役にも立たない戦になりそうや。最後のお勤めに、悪あがきするのもよろしいやろ」
「おおきに、アフラさん」
 アフラ・マーンが真を連れて空に飛び上がろうとした、その時、
「おめえら、ちょっと待った!」と声が掛かった。
「シェーラ・シェーラさん……」
 二人を呼び止めたのは、シェーラ・シェーラであり、その側にはナナミもいる。
「あんた達、二人でどこに行こうっての!」
 ナナミが目を三角にして言った。
「いや、陣内にこの戦いをやめさせようと」
「嘘おっしゃい! どうせ、あのイフリータとかいう顔のきれいなロボットに会うつもりなくせに!」
「ぐっ……」
図星であった。
「いい、今度こそ、命は無いわよ。あんな危険なロボットの相手をするのはやめなさい。どうせ、明日神の目を動かして相手を消し飛ばしてしまえば、バグロムなんてお終いよ」
「どうしても行くってんなら、俺たちも一緒だぜ」
「そうよ、真ちゃん。私たち、あんたが心配で、ずっと見張っていたんですからね。一人で勝手な行動して死んだりしたら、恨んでやるから。死ぬ時はみんな一緒よ」
「すまん……。じゃあ、みんな、来てくれるか?」
「もちろんだぜ!」
 真はアフラ・マーンの顔を見た。
「仕方ありまへんな。こうなったら、一蓮托生や」
 真は、宮殿の方を見て、藤沢先生に別れを告げた。
「先生、さよなら。この戦争で生き延びることができたら、ミーズさんとお幸せにな」
 ナナミはアフラ・マーンの背中に乗り、真はシェーラ・シェーラが操る馬に一緒に乗ることにした。馬といっても地球の馬とは少し違って、額に角が生えたユニコーンだが、速さは地球の馬よりも速い。
「しっかりつかまってろよ!」
 自分一人では馬に乗れない真は、後ろからシェーラ・シェーラにしがみつくだけである。
 夕日の中を真と一体になって馬を走らせたこの思い出が、結局シェーラ・シェーラの最高の思い出となった。
 道中、二人にはほとんど言葉を交わす余裕はなかったが、自分の背中に真の体を感じているだけで、彼女は至福の感じを抱いていたのである。
 空の色が菫色に変わり、やがて星が見えてきた。真がこれまで見たことのない、満天の星である。そして、しばらくすると、月も昇ってきた。
「きれいやなあ」
「ああ? あの空か。うん、きれいだな」
「なんでこんなにきれいな世界なのに、戦なんかあるんやろ」
「みんながみんなお前みたいな優しい奴なら、戦なんか起こらねえさ」
「……」
 やがて、彼方にバグロム軍の野営地が見えてきた。
 シェーラ・シェーラが馬を止めると同時に、アフラ・マーンも地上に降下した。
「ここからは、気をつけないとな」
 シェーラ・シェーラが言った。すると、アフラ・マーンが静かに言った。
「無駄ですわ。もう見つけられましたで」
 月光の中を、滑るように飛翔してこちらに向かってきたのは、イフリータであった。
「イフリータ!」
 真は叫んだ。
「水原真か。何をしに来た」
「明日の戦は、したらあかん。ロシュタリアは神の目を動かすつもりや。あんたがどんなに強くても、神の目にはかなわん、いう話や」
「神の目か。それがもし本当なら、その通りだ。しかし、神の目は人間には制御できない。王家の者といえどもな」
「嘘や。王家の者なら制御できるいう話やで」
「私は目覚めてから、自分が作られた文明が数千年も前に滅んだことを知った。その原因は、神の目だ。人間には、自分の思いのままにならない深層心理がある。神の目を作った人々でさえ、それはコントロールできなかったのだ。だから、神の目は暴走し、その文明は滅んだ。おそらく、このエル・ハザードもそうなるだろう」
「嘘だ、ロシュタリアに神の目を使わせないためにそう言っているんだ!」
 シェーラ・シェーラが叫んだ。
 イフリータは冷たい目でそちらを見た。
「私は、この戦でどちらが勝とうと興味はない。ただ、主に命ぜられた仕事をするだけだ」
「イフリータ! 」
「私はそのように作られた存在なのだ。さあ、もう行け。さもなくば、お前たちを殺すしかない」
 真はイフリータに向かって一歩歩いた。
「止まれ! 今度は本当に殺すぞ」
「君には僕は殺せない。なぜなら、僕は元の世界で君に会ってここに来たからだ。その時、君は僕を愛していた。そして今、僕も君を愛している。君には僕を殺せない」
 他の三人の女たちは、真のこの言葉にそれぞれショックを受けたが、しかし、それはかねてから予期していた言葉でもあった。
「私には心は無い。心の無い者が、どうして人を愛せる」
「いや、君には心がある。涙を流すことだってあるんや。僕は君の涙を見た。あんなきれいな涙を見たのは初めてやった」
「嘘だ! 側によるな!」
 イフリータは、真を殺すために、構えた杖を作動させようとした。そういう風にプログラムされていたからである。自分に危害を加える存在は、殺せ、と。
 真の手がイフリータの杖に触れた。
 そして、再び、二つの心はシンクロした。
 真が見たものは、殺戮と破壊と炎の記憶。その中心にはイフリータの姿があった。無表情に、自分の破壊の跡を眺めるその顔に、しかし真は悲しみを見た。
 イフリータが見たものは、平和と幸福の記憶。普通の高校生の、何気ない、平凡な日常の中の喜び、幸せ、小さな挫折や悲しみ。それにもかかわらず、生きていくことの嬉しさ。それらは何一つとしてイフリータが持ったことが無いものだった。
「イフリータ。君の中には、主人に従うことを強制するシステムがあるはずや。僕はそのシステムを壊そう」
「ああ、もしもそれが可能なら、そうしてくれ」
 二人が交わしている会話は、他の三人には聞こえなかった。他の三人には、二人がただ見詰め合って黙っているようにしか見えなかったのである。しかし、そこで何か神秘的なことが起こっていることは伝わった。
 真はイフリータの心に入り、主人に従うシステムを探した。やがて、彼のイメージの中に、あのイフリータの杖のような物が現れた。
「これや!」
 真は、その杖を引き抜いた。
 イフリータの心で、何かが溶けていった。
「君の心の自由を奪っていたものは僕が取り除いた。君は、もう自由なんや!」
「自由? この私が?」
 イフリータは空を仰いだ。そして、人々は初めてイフリータの涙を見たのであった。
「そうだ。自由だ。私は、自分の好きなように動くことができる」
 しかし、その言葉とともに、イフリータの体は地上に崩れ落ちた。
「イフリータ! どうした。どないしたんや」
「大丈夫だ。私の体は、この数千年で、案外がたがきていたらしい。少し休ませてくれ」
イフリータは、真を見て、にっこりと微笑んだ。その微笑は、初めて会った時の微笑であった。
 その時、アフラ・マーンが悲鳴を上げた。
「神の目が、神の目が動いている!」
 その指差した空の彼方には、一つの青い大きな星があった。そして、その星は、かすかに、気がつかないほどの速度で地上に向かって降下していたのであった。


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HN:
酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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