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我が愛のエル・ハザード 14

第十四章 混乱の会議

 翌日、ロシュタリア王宮にエル・ハザード各国の代表者が集まって、エル・ハザード公会議が開かれた。真はまたしてもパトラ王女の格好でこの会議に出席することを余儀なくされたが、ルーン王女の傍で座っているだけの仕事も、結構つらいものがある。
(イフリータ……)
 エル・ハザードの危機について諸国王たちが侃侃諤諤の議論を交わしている間、真の目の前には、イフリータの面影が浮かんでいた。
(「真、真、やっと会えたね……」)
 あの切なげな、愛情に満ちた悲しい笑顔。あれはいったい何だったのだ。そして、自分たちの敵である彼女に、自分はなぜこんなにも心を揺さぶられるのだ。
 はっと気がつくと、ある国の代表が、ルーン王女に神の目の作動を強く迫っていた。
「ルーン王女、今こそ神の目を用いる時です。さもなくば、エル・ハザードはすべてバグロムによって支配されることになりますぞ。あの鬼神イフリータの力は、たった一人でこの世界全体を滅ぼすことができるものです。この会議に出席しなかったアリスタリアは、すでに自らバグロムへの屈従を申し出たのです。それも当然。目の前でアリスタリア第二の町、ファルドが一瞬のうちに消滅させられたのですからな。あのイフリータに対抗できるのは、神の目しかありません。ルーン王女、どうか、神の目の使用を御決意ください!」
「神の目は……」
ルーン王女が言った。
「最後の手段です。古代文明が滅びたのは、イフリータではなく、本当は、神の目を作動させたからです。イフリータによって我々は滅びるかもしれない。しかし、滅びるのはいくつかの国でしかありません。国が滅びた後にはまた別の国が生まれ、栄えるでしょう。神の目は文明そのものを滅ぼすかもしれないのです」
「我々にとっては、自分の国が滅びるかどうかだけが問題なのだ! あなたが神の目を動かすことにどうしても反対するならば、我々はあなたをエル・ハザード全体の盟主とすることはできない。ロシュタリアがエル・ハザード諸国の盟主であるのは、ロシュタリア王家には神の目を動かす不思議な力が伝えられているという、その一点によるものだからな」
「そうだ!」
「そうだ!」
 他の国王たちも、一斉に叫んだ。
 ルーン王女は、蒼白な顔で、気絶せんばかりである。
「王女、神の目を動かすことにしましょう」
 真は王女にささやいた。
「しかし、パトラがいないと、動かせません」
「そう言わないとこの場はおさまらないでしょう。とりあえず、この場を誤魔化しておいて、パトラさんを探し出すことに全力を上げましょう。最後の最後まであきらめなければ、なんとかなります」
 気休めだったが、真の言葉は王女を動かした。
 ルーン王女は頷いた。そして、会議の面々に向かって言った。
「分かりました。神の目を動かすことを承知します。バグロムへの返答の期限は明日の正午。その時間に、神の目を始動させることにします」
「ちょっと待った!」
 突然、声が掛かった。
 その声は、ルーン王女の右手に座っていた王女の婚約者、ガレフのものであった。
「言いたくないことだが、パトラ王女は今、失踪しているという噂がある。つまり、神の目を動かすことはできないということだ」
「ガレフ殿、何を言うのです!」
 会議の面々は動揺した。
「パトラ王女が失踪しているだと? 現に目の前にいるではないか」
 一人が声を上げた。
「あれは王女の影武者だ」
「ガレフ、あなたは、なぜそんなことを言うのです!」
「王女、神の目を動かせるのはあなたではない。今や、私が神の目の主人なのだ」
「えっ、どういうことです」
「パトラ王女を誘拐したのは私だ。パトラ王女の脳波を調べて、神の目を動かす原理を調べるためにね。まだ完全というわけにはいかないが、ある程度は動かせる自信がある」
「なぜ、何のためにそんな事をしたのです」
「もちろん、私がこのエル・ハザード全体の支配者となるためだ。こうなれば、ここにおいでの皆さんも、私に従うしかないだろう。それともバグロムに降伏するかな?」
立ち上がってあたりを睥睨するガレフに、諸国王たちは顔を見合わせた。
「仕方あるまい……。神の目を動かせる者が、エル・ハザードの支配者だ」
「いけません! 不完全なまま、神の目を動かしたら、どんな災いが起こるか分かりません!」
 ルーン王女の叫びは、しかし国王たちを動かせなかった。
「畜生、ガレフの奴、こんな事をたくらんでやがったなんて」
 会議室の隅で会議の行方を眺めていたシェーラ・シェーラは歯軋りをして小さく叫んだ。
「あきまへんな。ロシュタリア王家もこれで終わりどす」
 その傍にいたアフラ・マーンも呟く。
「御可哀相に、ルーン王女様、婚約者にこんなに酷い裏切りをされるなんて」
 会議の行方を知るためにロシュタルに来ていたミーズ・ミシュタルも涙ぐんで言った。
「ねえねえ、王女の婚約者って、あの青い顔の人?」
異世界からの客として、特別に会議に出席を許されていたナナミがアレーレの袖を引っ張って言った。
 その言葉に、他の人々は、ぎょっとしたように一斉に振り返った。
「青い顔だって? あのガレフがか?」
「そうよ、自分がエル・ハザードの新しい支配者だとか言って威張ってた人」
「畜生! 幻影族だ!」
 シェーラ・シェーラが飛び出した。
「みんな、騙されるな! そいつは幻影族だぞ!」
「何、幻影族だと!」
 会議の場は大混乱に陥った。
「くっ、なぜ私の正体が見破られた!」
 ガレフは本性を現した。まるで幽鬼のように青ざめた顔である。その傍にさっと現れた美少年も、同じように青ざめた顔をしている。
「てめえ!」
 シェーラ・シェーラが炎をガレフめがけて打ち出した。しかし、その瞬間にガレフの姿は消えていた。
「畜生! どこへ消えた」
 うろたえて、シェーラ・シェーラはあたりを見た。
 その瞬間、彼女の肩口に鋭い痛みが走った。
「あっ!」
 彼女の服の肩が切り裂かれ、赤い血が流れている。
「あかん、見えない相手に勝ち目はおまへん」
 くやしそうに言うアフラ・マーンをナナミがきょとんとした目で見た。
「あんたたち、あいつが見えないの? ほら、ガレフは今、ルーン王女のそばに、もう一人のちっちゃいのはシェーラさんの後ろにいるじゃない!」
 二人の法術士は、さっと駆け出した。
「シェーラ、後ろや!」
 アフラのその言葉と同時に、シェーラ・シェーラは腰の剣を抜いて、自分の背後の何かに向かって横なぎに払った。ズン、という手ごたえがあり、何かが倒れた。
 ミーズの方は、ルーン王女の周りに高圧水流で水のバリアを作り出す。
 ルーン王女を攫って逃げようとしていたガレフは、回転するその水流に阻まれて、手が出せない。
「くそっ!」
 ガレフは身を翻して広間から逃げた。
「ガレフを逃がしてはあきまへんえ! ナナミちゃん、真はんと一緒にガレフの後を追いなはれ。私らもすぐ行くさかい」
「オッケィ! 真ちゃん、行こ」
 真は、ナナミの後に続いて走りだした。おそらく、ガレフの行くところにパトラ王女が監禁されているのだろう。パトラ王女に会えば、神の目の秘密も、自分たちがこの世界に来た理由も分かるかもしれない。
「おーい、お前たち、どこへ行くんだ?」
 廊下でぶつかった藤沢に、真は叫んだ。
「パトラ王女が見つかりそうなんです。先生も来てください」
 藤沢は二人の後を追い、さらにその後からシェーラ・シェーラ、アフラ・マーン、ミーズ・ミシュタルも追ってきた。
 ガレフが逃げ込んだのは、王宮の背後にある、王家の祭壇のある建物であった。そこは禁断の場所であり、シェーラ・シェーラたちの捜索も及ばなかった所だ。

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HN:
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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