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「魔群の狂宴」11



・前の場面の続き。
・銀三郎は先ほど見えた小さな洋館の玄関(鍵はかかっていない)の扉を開けて中に入る。
・玄関の間の奥に部屋がふたつあり、奥の部屋(洋間)が麻里江の寝室である。その部屋の扉は開いたままで、ベッドに麻里江がスヤスヤ寝ている。
・その寝顔を上から見下ろす銀三郎の顔に殺気に似た表情がかすかに浮かぶ。
・軽くうなされる麻里江。突然、目を開く。自分を見下ろす銀三郎を見て驚く。
・小さく悲鳴を上げた麻里江をあやすようになだめる銀三郎。
銀三郎「僕だよ。大丈夫、僕だ」
麻里江「ああ、あなたでしたの、侯爵様」(彼女は銀三郎をそう呼ぶ)
銀三郎「何か悪い夢でも見たのかい。うなされていたが」
麻里江「夢? そうだわ。悪い夢を見ていた。その中にあなたのような人が出てきて……なぜ、私の夢の中身を知っているんだい? あんたは何者だい」
銀三郎「落ち着きなさい。僕だよ。お前の侯爵さまさ」
麻里江「嘘だ。あんたは私の侯爵さまじゃない。私の侯爵さまは、誰よりも素敵な人で、お前のような下種じゃない。顔は少し似ているけど、あんたは偽物だ」
狂女の侮辱的な言葉を聞いて、銀三郎の顔が醜く歪む。
麻里江「はは、怒ったのかい。夢のように、私をナイフで殺すつもりかい? ほら、その懐には私を殺すためのナイフがあるんだろう?」
銀三郎はギクリとした顔になる。先ほどの殺意が、なぜかこの女の夢に通じたようだからだ。
銀三郎「馬鹿馬鹿しい。いい加減にやめないか。お前の兄はどうした。どこに行ったんだ」
麻里江「あんな奴、知るもんか。あんた、私の赤ちゃんをどうした。まさか、川に捨てたんじゃないだろうな」
銀三郎「お前は赤ん坊など生んでいない。私と寝てすらいないんだ」
麻里江「じゃあ、何でここにいる。この偽物の侯爵が。はは、侯爵が聞いてあきれるよ。お前なんか、下男や御者にも劣る能無しだよ。悪魔の下働きが相当だ」
たまりかねて、銀三郎はその部屋から急ぎ足で出て行く。
玄関から田端兄が入ってくるのとぶつかりそうになる。

田端兄「おお、これは銀三郎様、子爵様。このようなところにお越しいただくとははなはだ名誉でございます」
銀三郎「君から手紙をもらったから来たんだ。何の用だね」
田端兄「まあ、慌てなさらないで、ひとつ舶来の酒でもいかがですか。貧しい中にももてなしの酒くらいは準備しております」
銀三郎「ふん、自分が飲むためにな」
田端兄「もちろん、わたくしもご相伴いたしますが、主にあなた様のためでございます」
銀三郎「酒はいいから用件を言ってくれ」
田端兄「そこでございます。こういうデリケエトな話は、私のような繊細な人間は酒も入らずには話しにくいのですが、思い切って申しましょう。前にお約束になったお手当はいつ貰えるのでしょうか」
銀三郎「手当など約束した覚えも無いし、お前たち兄妹にはこの家を買ってやり、生活費も十分に与えたはずだ」
田端兄「さはさりながら、やはりこうした日陰の身ではあれも可哀そうで、ちゃんとした世間との人付き合いをするには頂いたお金では少々不足かと」
銀三郎「あれを世間と人付き合いさせるだと? 面白い冗談だ」
田端兄「へへへ、やはり子爵様の奥方ともなると世間との交際は必要ではないかと思いまして。なあに、私がいつもそばについていてうまくやりますから、ご安心を」
銀三郎「いらん。いい機会だから、言っておこう。俺は明日明後日にも、あれとの結婚を世間に公表するつもりだ。だから、これまでお前がこそこそゆすっていたような手口はもう通用しない」
田端兄、呆然とする。
田端兄「まさか、冗談でございますよね。そんなことをしたら、御身の破滅でございますよ」
銀三郎「俺には似合いの妻かもしれん。もっとも、先ほどはあいつのほうから俺に縁切りの言葉を言われたがな」(ニヤリと笑う)
銀三郎「まあ、そういうことだ。俺の気が変わったら、これまで通り、小遣い銭くらいはやるかもしれんが、俺をゆするつもりなら無理だと覚えておけ」
銀三郎、立ち上がって出て行く。呆然としてそれを見送る田端兄。


(このシーンはここまで)

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タイガー! タイガー! (11)




この章は、話の中心から逸れるので、後で削除する可能性があるが、書いたものを消すのももったいないから載せておく。アベンチュラは、副主人公格で登場する予定の人物だが、彼に関する話はまったく考えていないのである。





(第十五章 アベンチュラ)


 


トゥーランの東から南にかけては海に面しているが、その東南部にある港町のシノーラは商業船と漁船の両方が集まるにぎやかな街で、どちらかというと商業船の出入りが多かった。商業船とは、いうまでもなく貿易船で、各地の物産を交易するための船だが、旅客なども乗せたりする。今も、停泊している帆船が十隻ほどある。


その船の一つから下りてきたのは、かなり背の高いたくましい男で、赤銅色に日焼けし、顔じゅう鬚だらけなので年齢は分からない。赤毛の長い髪もぼさぼさで、赤毛のライオンといった風貌である。上半身は素肌にチョッキだけで裸に近く、ズボンも水夫風だが、水夫ではない証拠が、その腰に帯びた剣である。鞘に入っていても、水夫などが持つ剣でないことはわかる。まあ、もともと水夫は剣ではなくナイフを腰帯に挿すのが普通だが。


眩しい日差しに目を細めて、彼は船のタラップを降りてきた。タラップと言っても粗末な梯子だ。それを軽々とした足取りで、下を一度も見ずに降りてきたところは、やはり水夫のようにも見える。肩に、長い棒に結んだ信玄袋のような袋をかついでいるが、腰の剣は別としておそらく彼の全財産がその中に入っているのだろう。


「ウオゥ、半月ぶりの陸地だ。気持ちがいいなあ!」


地面に降り立つと、彼は無邪気な歓声をあげた。


港に集まる人足や商人の群れを掻き分けて、彼は居酒屋へ直行する。


「酒だ、酒だ、酒をくれえ!」


大声で怒鳴ると、店員が慌てて持ってきた酒杯を一息であける。


「うまいっ! どんどん持って来い!」


陽気な大声に酒場の客たちはもの珍しげに彼を見るが、男の無邪気な喜び方に、誰もが微笑を浮かべている。


「お兄さん、どこから来た?」


彼の前に腰を下ろしたのは、近くの席で飲んでいた男で、年齢は30歳くらいだろうか、黒髪で口髭を生やした洒落た感じの男である。身なりは騎士階級の人間のようだ。


「俺か? ファルカタからだ。知っているか?」


「ああ、インドラの西の港町だな。俺も行ったことはある。暑くて弱ったな。象牙やダイヤや翡翠をそこで仕入れて、高く売ったものだ」


「あんたは商人か?」


「まあ、そんなものだ」


「そうだ、と言わないところを見ると、本物の商人じゃないな」


「いろんな事をしているからな。あんたはシノーラに滞在するつもりか?」


「いや、生まれ故郷に帰るつもりだ。タイラスへな」


「タイラスか。タイラスのどこだ?」


「ランザロートだ」


「ほほう、首都か。あんた、貴族だな?」


「こんな汚い格好の貴族かい?」


「話し方で分かるさ。それに、その腰の剣でな」


「これか。これは俺の命から2番目に大事な剣だ。先祖代々の遺産でな。まあ、俺にはこれしか財産は無いんだが」


「あんた、腕が立ちそうだな」


「まあ、弱くはないと思う」


「どうだい、俺もこれから旅に出ようと思っていたんだが、一緒に旅をしないか? 俺の名はキャリバンだ。」


「いいだろう。俺はアベンチュラだ。よろしく」


「よし、そうと決まれば、ここの勘定は俺のおごりだ」


「すまんな。俺は飲むぜ?」


「大丈夫だ。今のところは、俺の懐は温かい」


「最初に言っておくが、おごられたからと言って、遠慮はしないぜ。まあ確かに、今の俺は懐が寂しいから、あんたがおごってくれるのは嬉しいがな」


「もちろんだ。遠慮は無しだ」


「よし、おい、給仕、酒をどんどん持って来い。それと食い物もだ」


二人の前にはあっと言う間に、酒壺と食い物が並んだ。鉄串に刺して焼いた羊の焼肉や、鍋で炒めた野菜、それに魚の燻製などだ。酒はヤシの果汁を発酵させて作ったヤシ酒のほか、果実酒が何種類かある。


二人は酒と食い物を交互に口に運び、すっかりいい機嫌になった。


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美しいより醜いほうが「個性的」ではある

単純に私の主観として「汚い外観だな。なぜこの隅研吾という人が建築界で高く評価されているんだ?」と思う。美術、特に日本画の世界などもそうだが、こういう大御所というのはコネと政治力でのし上がっているんじゃないか。もちろん、汚い絵だが個性的という漫画がきれいな絵より編集者(売る側)に評価されるというのは漫画の世界でも同じではある。

(以下引用)

外観だけじゃなくて肝心の内部も(ちらっとだけ映る)、トイレ掃除したことないだろ、、、って感じだった。あと、公園に死角を増やすの怖いな。 隈研吾さんデザイン「公共トイレ」お披露目 #日テレNEWS24 #日テレ #ntv
隈研吾さんデザイン「公共トイレ」お披露目|日テレNEWS24
建築家の隈研吾さんが東京・渋谷区の公共トイレを一新させました。

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「魔群の狂宴」10


・初冬だが、よく晴れた日。須田家。

菊が居間のドアをノックする。
須田夫人「お入り」
菊、お辞儀をして入る。
菊「何か御用でしょうか」
須田夫人「まあ、そこにお座り。ちょっと話があるんだよ」
菊、不安そうな顔でソファに座る。
須田夫人「話というのはね、お前もそろそろ結婚を考えた方がいい年頃だということだよ」
菊、驚いた顔になる。
菊「結婚など、まだまだ早うございます」
須田夫人「何をお言いだい。二十歳を超えたら十分年増ですよ。あと数年したら行かず後家です。せっかく養女にしたお前を行かず後家にはさせないよ」
菊、無言でうなだれる。
須田夫人「で、お相手だがね、お前も良く知っている人だよ」
菊の顔に、一抹の希望の色と、まさかそんな奇跡はあるまいという不安が浮かぶ。
須田夫人「ほら、うちによく来る、鳥居さんだよ」
菊の顔に絶望の色が浮かび、うなだれる。
須田夫人「おや、お嫌かい? そりゃああの人は、年はいっているけど、今でもなかなかの好男子だし、先生と人から呼ばれる、いわゆるインテリさね。不満を言ったらバチが当たるよ。それでも、お前、まさか好きな人でもいるんじゃないだろうね」
菊、顔を横に振る。
須田夫人「相手の年が気になるようだけど、これくらいの年の差は世間でよくあることさ。それにお前くらいのネンネには、人生経験の豊かな人のほうがいいのだよ。持参金はもちろん、私が出すし、結婚祝いに新築の家でも建てさせてあげるよ」
菊「恐れ多いことです。そこまでしていただくのは、心苦しゅうございます」
須田夫人「なら、承知だね」
菊「あまりにも急な話で、頭が混乱して。少し考えさせていただいてよろしいでしょうか」
須田夫人「まあ、考えるまでもないことだけど、お前がそれで気が落ち着くならゆっくり考えればいいさ。私としては明日にでもあちら側に話をしに行こうと思っているんだよ」
菊「済みません。部屋で考えてみます」
須田「いいよ。話はそれだけだ。ああ、銀三郎はお出かけかい?」
菊「はい。先ほど馬で」

・葉の大半が落ちたカラマツの林を馬に乗った銀三郎が行く。
・前方に小さな洋館が見えた時、林の間からひとりの男が銀三郎の馬の前に出て来る。
・馬を止める銀三郎。相手が浮浪者風の男だと見て不愉快そうな顔になる。

男(懲役人藤田)「へへへ、少しお待ちを、須田子爵様」
銀三郎「何だ、お前は」
藤田「名乗るほどの者ではございませんが、藤田と申すケチな野郎で」
銀三郎「藤田? 覚えがあるぞ。うちの小作人だったが、何かの罪で懲役刑になった男だな」
藤田「はい、よくご記憶で。その節はご迷惑をかけました。しかし、刑期も明けて、こうして戻ってきた次第で」
銀三郎「俺に何の用だ」
藤田「へへ、何しろ、懲役帰りだと、仕事を探すのも大変でして、少しお恵みいただけたらと思うんですよ」
銀三郎「カネか。今はさほど持っていない」
藤田「どれほどでも結構で」
銀三郎、懐から小銭入れを出し、そのまま相手に投げる。
藤田「さすがに気前がよろしくていらっしゃる。これで失礼しますが、もし私のような男が必要なら、いつでもお声をかけてください。たいていすぐ近くの炭小屋におりますから」
藤田は林の間に姿を消す。何か考えるように見送る銀三郎。

(このシーンはここまで)



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「魔群の狂宴」9


・同じ夜、かなり遅い時間。桐井と佐藤の下宿の前の道。
・酔いつぶれた田端兄を富士谷と栗谷が肩で支えて歩かせてこちらに向かってくる。その後ろから兵頭(着物姿)がシガーを吹かしながら悠然と歩いてくる。

富士谷「そう言えば、ここが佐藤と桐井のいる下宿ですよ」
兵頭「まだ明かりのついている窓があるな」
栗谷「たぶん、桐井の部屋でしょう。あいつは、夜はほとんど起きているという話です」
兵頭「勉強家なのか?」
栗谷「いや、歩きまわりながら、一晩中考え事をしているらしいです」
兵頭「それは面白そうだ。訪ねてみよう。君たちはそいつを宿に送り届けてくれ」(シガーを地に捨て、下駄で踏み消す)
玄関のガラス戸を叩く。
しばらくして、中から「誰だい、こんな時間に」と不機嫌そうな声がする。
兵頭「桐井君に至急の用だ。須田伯爵家からの使いだ」

・桐井の部屋の中、外からノックされる。
桐井「佐藤か?」(開ける。)
兵頭「失礼するよ、桐井君」(中に入ってくる。)
桐井「どなたですか。こんな夜中に」
兵頭「兵頭栄三という者だが、社会主義者の君なら私の名前は知っているだろう?」
桐井「ああ、アナーキストの。私はもう社会主義者じゃありませんよ」
兵頭「どうして社会主義者をやめたんだね」(勝手に、机の前の椅子に座る)
桐井「社会のことなどどうでもよくなったからです」
兵頭「自殺すると決めたからかい?」
桐井「自殺? 誰から聞いたんです?」
兵頭「まあ、そんなのはいいじゃないか。後学のために君の自殺論を聞かせてもらいたいね。僕の聞いたところでは、絶対の自由の証明は自殺だ、という論のようじゃないか」
桐井「そうです。それで終わりです。さあ、お帰りください」
兵頭「なぜ自殺が絶対の自由の証明になるんだい?」
桐井(面倒くさそうに)「神が存在すれば、人間は神の命令を聞くしかない。つまり神の奴隷であり、自殺する自由は無い。自殺することで、人間は自分が自由意思があり、自分の意思の通りに行動でき、神の奴隷でないこと、つまり自由な存在であることを証明できる。QED。はい、御帰りください」
兵頭「まるで証明になっていないとしか思えないな」
桐井「あなたはなぜアナーキストなんですか。アナーキズムの理屈を僕に説明できますか」
兵頭「君と根っこは同じさ。絶対の自由がほしいからだ。ただ、君のように神だとか何だとかには僕はまったく興味がない。神がいたとしても、神はこの世に関与していない。善悪も道徳も法律もすべて人間が作ったもので、それは人間を縛るものだ。その基盤が国家であり政府だ。つまり、国家や政府は人間から自由を奪う存在だ。ゆえに僕は無政府主義を主張する。QED」
桐井「あなたは法律や道徳をすべて破壊したいと?」
兵頭「極端に言えばね」
桐井「野獣のように力だけが支配する世界を作りたいと?」
兵頭「そうとも言える。政府や国家に陰険に縛られた世界より僕はそのほうが好きだ。何も闘争だけしなくても、穏健に話し合いで社会が作れるさ」
桐井「僕よりあなたのほうがはるかに夢想家だ」
兵頭「同じく自由を求めても、君は自分を破壊し、僕は社会を破壊する。それだけの違いさ」
桐井「まあ、警察に捕まらないように気をつけることです。さあ、お休みなさい」
兵頭「また議論したいものだね。もっと時間をかけて真剣にな」
桐井「これで十分です。あなたの考えはだいたい理解できたつもりです」
兵頭「そうか。ところで、君は須田銀三郎とは知り合いなのだろう?」
桐井(黙っている)
兵頭「須田銀三郎が田端という男に何か弱みを握られているという話は知らないか?」
桐井「どうしてです?」
兵頭「いや、田端が分不相応なカネを持っていて、それが須田銀三郎から出たカネらしいんだ。須田が田端にカネをやった理由が知りたい」
桐井「僕は知りませんね。興味もない」
兵頭「そうか。夜分お邪魔した。今日はこれで失礼しよう。SEE YOU AGAIN」(人好きのする笑顔。椅子から立ち上がる。)
桐井「もう来なくていいですよ」
・兵頭を送り出す。

(このシーン終わり)


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タイガー! タイガー! (10)




第十三章 フロス・フェリの野望


 


グエンたちが寝ている間も酒宴は続き、その話題は当然あの虎の頭の男のことである。しかし、フロス・フェリは何か他の事を考えているらしく、他の連中の話には上の空だった。


「どうしたんだい?」


アンバーが聞いた。


「いや、何な。あの子供たちのことだ」


他の者たちには聞かれないように、低い声で答える。


「ありゃあ、おそらくサントネージュの姫君と王子様だな」


「へえ、なるほど、そう言えば、数日前にサントネージュの王宮が陥落したという噂が伝わってきたねえ。王子と姫は一緒に死んだとも、脱出したとも言われていたけど、確かに、あれほどきれいで品のいい子供たちは、貴族にも滅多にいないね。……、で、どうするつもり? まさかユラリアに売り渡すつもりじゃないだろうね?」


「べつにサントネージュに恩義は無いが、ユラリア、トゥーラン、タイラスを含めた四つの中では一番善政が敷かれていた国だ。その中で最悪のユラリアに味方しちゃあ、俺の人気に関わるな」


「どうせ山賊なんだから、人気はどうでもいいだろうけど、見るからにいい子供たちだから、敵の手には渡したくないねえ」


「まあな。それに、ここが考えどころなんだが、あいつらがここに来たのは、俺たちにとって、もしかしたら途轍もない幸運になるかもしれねえ」


「まあ、考えていることは想像つくよ。あの連中を神輿にかついで、サントネージュ再興の軍勢を作ろうとでも言うんだろう? でも、簡単なことじゃないよ。山賊仕事と戦とはまったくべつだからね」


「それは承知の上だ。だがな、もしもこれが成功したら、お前、一気に公爵伯爵さまも夢じゃないぜ」


「反対はしないよ。でも、緑の森の盗賊は今、全部で11人だけだし、これから知り合いを集めてもせいぜい20人くらいだろう? とてもじゃないけど、軍隊にはなりゃあしないよ」


「まあ、見ていろ、物事には勢いってものがある。その勢いを作れば、今は10人程度でも、それが100人1000人にふくらむさ。それに、実はとてつもない隠し玉もある」


「何だい?」


「アベンチュラの事だよ」


「ああ、あいつか。今頃どうしているかねえ」


「旅から旅の風来坊をやってるだろうよ。だが、俺の睨んだところでは、あいつはタイラスの貴族の息子だ。あいつの持っている剣は、そんじょそこらの騎士が持てるような物じゃないぜ」


「なぜタイラスだと?」


「言葉つきだな。軽いタイラス訛りがあった」


「ふうん。でも、多分貴族社会が嫌で、風来坊になった人間なんだろ? 好んで貴族のいざこざに巻き込まれることがあるかね」


「そりゃあ、話してみないと分からん。だが、面白い勝負じゃないか。運命という奴は、こういう好機をつかむか見逃すかで決まるものさ」


「占ってやろうか?」


「いや、やめとく。占いって奴は嫌いだ。俺は自分の手で運命を切り開きたいんだ。運命に操られるのは御免だ」


「それにしても、ここにはいないアベンチュラを当てにするんだから、占いよりももっと雲を掴むような話だね。まあ、夢は寝てから見るもんさ。私はおいしい酒とおいしい御馳走があれば世の中はそれで十分だと思うがねえ」


「そうでない奴もいるさ。お前の妹のモーリオンもその一人じゃねえか」


「あの子は小さい頃から私とは違っていたからね。あいつも起きていて夢を見る人間さね。ご苦労なこった」


 


 


第十四章 ランザロート


 


 グエンがフロス・フェリに「ランザロート」という町の名を言ったのは、そこがタイラスの首都で、フォックスたちはそこに向っていると聞いていたからである。「薔薇色の大地」という言葉から生まれたのが町の名前で、確かにこの町が存在する一帯は薔薇色の土からできていたが、オリーブとオレンジとブドウ以外にはあまり作物が無く、地味が肥えているとは言えなかった。地味が痩せていることはタイラスという国全体に言えることで、タイラスは周辺の国々に比べても、やや貧しい国だった。西のサントネージュは肥沃な土地に恵まれて、農業が栄えており、北のユラリアには森林資源や鉱物資源が多い。また南のトゥーランはエーデル川の下流域に当たり、ここも肥沃な平野が広がっている上に、多くの漁港にも恵まれている。


昔はタイラスを治める国王たちは自国の貧しさから脱するためにしばしば他国の富を求めて、土地を接する国々への侵略を繰り返したものだが、10年戦争と呼ばれる長い戦争の後、ユラリア・タイラス・トゥーラン・サントネージュの四カ国が和平条約を結び、この12年の間、平和が続いていたのである。それが破れたのが、ユラリアによるサントネージュ侵略だった。


和平戦略の一環として、この四カ国の間には政略結婚も幾つか行われていたので、この平和はまだしばらく続くかと思われていたのだが、縁戚関係の無いユラリアとサントネージュの縁談が不成立になり、その怒りに任せてユラリアが一気にサントネージュを攻め滅ぼしたわけだが、その直接の原因は第四王位継承者、アルト・ナルシスの陰謀にあった。王を暗殺し、ユラリアから政権を預かる形でサントネージュの王位に彼が就くというのが、あらかじめの約束であったが、もちろんユラリアはその約束など反古にするつもりだし、アルト・ナルシスもそれくらいは読んでいた。だが、平和の眠りが終われば、戦乱の中で自分が王位に就く機会はいくらでもあるというのがアルト・ナルシスの考えだった。


「たとえ、失敗に終わっても、その方が面白いじゃないか」


夜の闇の中で、ランプを灯したテーブルに頬杖をついて、彼は夢想に耽る。その瞳には他人の命を平気で賭け事のチップにできる人間の深淵がある。


フォックスたちがタイラスの首都ランザロートに行くことの予想は彼にはついていた。この国に安全な場所の無い彼らは叔母のエメラルドを頼っていくしかないはずだ。だが、タイラス国王はユラリアの縁者でもある。


早馬の密使を送り、彼らが王宮に来たらすぐに身柄を拘束するようにとナルシスは伝言してあった。ユラリア侵攻軍を指揮するセザールとグレゴリオからも同様の伝言が行っているだろうと予測はついているが、同じ内容なのだから問題は無い。


「あわれなサファイア姫、ダイヤ王子よ、お前たちは自分を待ち受ける罠の中に、自分から飛び込んでいくのだ」


ナルシスの瞳に嗜虐的な笑いの色が浮かんだ。


 


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「凡庸さ」について


小田嶋隆を小田嶋師と呼ぶほど尊敬している私だが、日本的な自然や日本人の季節感を土台とした詩的感性による文芸を何より愛好する者としては、この言葉には激しく反発せざるを得ない。
まあ、小田嶋氏がツィッターを炎上させて自分の知名度を上げる戦略を取るほど下種な人間だとは思わないが、それでも私の中の氏への評価は著しく低下した。
なお、「凡庸であること」への軽蔑も私は嫌悪する。凡庸さこそは庶民の美徳の土台だろう。自分の凡庸さを知るから謙虚になり、優れた存在を尊敬し、自分同様に凡庸な周囲の他人に同情的になるのではないか。
もっとも、「凡庸であることを軽蔑しているのではなく、自分が凡庸であることに気づいていないことを軽蔑しているのだ」と言われるかもしれないが、やはり根底は凡庸さを見下す姿勢だろう。それは人類のおよそ半分、あるいは8割くらいを軽蔑しているということだ。

なお、澁澤龍彦のある随筆の中で、日本人が「便所の中に花を飾ること」を軽蔑する一文があったが、私はそれこそが日本人の素晴らしさだと思っている。日本人の美意識はほとんど常に自然と結びついているのが大きな特徴だろう。



(以下引用)俳句という文芸への批判ツィートに続くツィートである。


「季節感に淫していない」分だけ、川柳の方が好ましいですね。個人的には、季節への敏感さに酔っている自分たちの凡庸さに気づかずにいること(「四季が日本にだけあると思っていたり、日本人の季節感の繊細さは世界一」と考えていたり)こそが、戦後の日本人の一番みっともない点だと思っています。


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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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