「ある時、父の機嫌が良いのを見て、自分の苦しさを言い出そうとしましたが、私の様子を見て半分も言わせず、『世に貴族と生まれた者は、卑賎な者のような我儘な振る舞いは思いもよらないことである。血統の権利の代償は人の権利である。私は老いてはいるが、人の情けを忘れたなどとは夢にも思うな。向かいの壁に掛けた私の母の絵姿を見なさい。心もあの顔のように厳格で、私に浮ついた心を起こさせなさらず、私も世の楽しみは失ったが、幾百年の間、卑しい血を一滴も混ぜることのなかった家の名誉は救った』といつもの軍人らしい言葉つきの荒々しさに似ない優しさに、前もってこう言おう、こう答えようと思っていた計画も、胸にたたんだまま、その計画を別の方向に変えることもできず、ただ心が弱くなって終わりました」
「もともと父に向かっては返す言葉も知らない従順な母に、私の心を明かして何になろうか。しかし、貴族の家に生まれたと言っても私も人間です。父母がいまいましい門閥、血統への盲信の土くれと見破っては、私の胸の中に投げ入れるところがありません。卑しい恋に浮身をやつせば、姫御前の恥になりましょうが、この習慣の外に出ようとするのを誰が支えましょう。『カトリック』教の国には尼になる人があるとは言っても、ここ新教のザクセンではそれもかなわない。そうだ、あのローマの寺に等しく、礼を知って情けを知らない王宮こそ、私の墓穴だろう」
夢人注:イイダ姫の言葉の敬体が途中から常体が増えるのは、途中からは激して相手への言葉ではなく自問自答になっているからだろう。その言葉の乱れこそが表現の妙だと思う。だいたいそのままに訳した。
夢人注:「父母がいまいましい門閥、血統への盲信の土くれと見破っては、私の胸の中に投げ入れるところがありません。」とは、縁談問題に関しては父母はもはや考慮の外で、無に等しいということだろう。