忍者ブログ

少年騎士ミゼルの遍歴 8


第八章 旅の記録(ゲイツの言葉)

 「森の盗賊どもを倒した後、ミゼルはしばらく気が沈んでいるようだった。人を殺したのは初めてらしい。ミゼルに矢で射られた盗賊たちは、すべて死体になっていた。なにしろ、矢尻が胸の後ろまで突き抜け、ある者などは、矢羽まで胸にめり込んでいたのだから、助からない。驚くべき弓の威力だ。残る三人は、まだ生きていたので怪我の手当をして、放してやった。もっとも、こういう連中は、怪我が治ったら、また悪事を働くに決まっているのだから、いっそ殺したほうが世の中のためではあるのだが。
 ミゼルは、どうも気が優しすぎるようだ。いつか、そのために思いがけない失敗をしそうな気がする。人を信じやすいし、人を酷く扱うことができない。人間、いざという時には冷酷な決断も必要になるものだが……。武芸の腕だけは大したものだが、やはり、子供だ。エルロイも、ぼんやり者だから、俺がしっかりしていないと駄目だろう。アビエルは、鼻っ柱は強いが、やはりまだ子供だ。広く全体を見て、先の事まで視野に入れて考えきれるのは俺だけだろう。ロザリンの方は、エルロイしか目に入っていない。やはりあの年頃の女は、男を見かけだけで判断するもののようだ。俺のような、顔より中身という男の良さはわからないのだろう。それは、まあ、仕方のないことだ。
 今日はナフタという村で泊まった。この辺になると、小さな村ばかりで、商売のネタになりそうな物はあまりない。しかし、ワインは美味いから、たくさん作らせてテッサリアまで運べば、高い金で売れるだろう。
 ロザリンの話では、我々は今丁度ヤラベアムの真ん中あたりにいるらしい。テッサリアはヤラベアムの北だから、国を半分ほど縦断したわけだ。南に行くに従って、少し暑くなってきた気がする。南方は暑いと聞いたが、そのせいか、単に夏という季節のせいなのか。
土地の風景も、乾燥地帯が増えてきて、緑が少なくなってきた。こんな土地には魔物が多いとロザリンは言っていた。魔物は、砂漠や沼地、山岳など、人気の無い荒れた土地を好むそうだ。人間と違って、きれいな景色がきらいなようだ。
もうすぐ、ヴォガ峠だ。ヴォガ峠は、山賊で有名な難所だ。ヴォガ峠を越えると、人間の住んでいる土地は希になる。南へ旅をする人々も、ヴォガの向こうに行くことはほとんど無い。峠の北に点在する集落を狙って山賊が峠を下りてくるが、役人に追われると峠の根城に逃げ込んで、手が出せないということだ。それが人々の悩みの種らしい。
峠の麓の宿屋の主人は、我々がヴォガ峠を越えると言うと、首を横に振って、やめたほうがいいと言った。いかに我々が武勇に優れていても、山賊の人数は二、三十人もいるから、とうていかなわないだろう、ということだ。
夜中に、思いがけない騒ぎがあった。宿屋の主人が実は山賊の仲間で、我々が眠っている間に我々を殺そうとして山賊仲間と部屋に忍び込んだのだが、ロザリンがそれを察知してエルロイとミゼルを起こし、二人が山賊たちを撃退したのだ。俺とアビエルは、騒ぎがおさまってから、やっと目を覚ましただけで、何もいいところはなかった。
『夕飯の食べ物に毒でも入れられたらお終いだったな』とアビエルが言うと、ロザリンは、女、つまり自分を生きて捕らえるために、毒を入れるのを見合わせたのだろう、と言った。おそらく、その通りだろう。ロザリンは、たいていの毒の毒消しはできると言っていたが、たいていの、という所が問題だ。その、たいていから外れた奴を一服盛られたら、この旅はそこでお終いというわけだ。いかに武勇を誇るミゼルとエルロイでも、毒には勝てんだろう。
翌日、ヴォガ峠を上っていくと、その中腹で、案の定山賊どもが現れた。その数、およそ二十人。前の晩に宿屋で五人ほどやっつけているから、数は減っているが、それでも大した人数だ。
例によって、まずエルロイとミゼルが弓矢で遠くから敵を倒し、物陰に隠れながら接近してきた敵は剣でやっつける。俺とアビエルの方に向かってきた敵がいて、思わず悲鳴を上げて逃げたが、ロザリンが魔法の電撃で、俺達を守ってくれた。女に守られるなんて、恥ずかしいが、こういう時は仕方がない。仲間に魔法使いがいると、便利なものだ。
山賊の親玉らしい髭面の男は、仲間がすべて倒されて、自分一人になったことを知ると、剣を投げ捨てて命乞いをした。
『命を救ってくれたら、これまで貯め込んだ宝はみんなやる』
親分の言葉に、我々は顔を見合わせた。
『よし、根城に案内しろ』
他の者が余計なことを言う前に、俺が言った。山賊のお宝を無視して先に行こうと言いかねない奴がいそうな気がしたからだ。
洞窟を利用して作った山賊の根城には、確かに、金銀宝石などの金目の物が一杯あったが、重い物は旅の邪魔になるので、金貨と宝石のほか、幾つかの武具を取っただけで、我々はそこを後にした。きっと、我々が釈放したあの山賊の親分が、後で戻ってきて残りの財宝を自分の物にするだろう。残念だが、仕方がない。」

拍手

PR

少年騎士ミゼルの遍歴 7


第七章 旅の記録(アビエルの言葉)

「テッサリアの町を出て、今日で十六日になる。通り過ぎた町はアジバ、イソメラ、タマンの三つ。次はスードラだが、南に向かうにつれ、だんだんと次の町との間が遠くなってきた気がする。
ゲイツはロザリンに馴れ馴れしく話しかけているが、ロザリンは相手にしない。それもそのはず、ロザリンはエルロイ様が好きなのだ。ちょっと俺には残念だが、相手がエルロイ様では仕方がない。まあ、俺のような小僧には、田舎娘がお似合いだろう。
ミゼルという奴は、少し間が抜けているが、気のいい奴だ。だんだん好きになってきた。それに比べてゲイツの奴は気に入らない。口から先に生まれてきたような奴だ。口のうまさでは俺もなかなかのものだと思っていたが、あいつにはかなわない。しかし、町や村でいろんな物を売ったり買ったりする時には重宝な奴だ。いわゆる目利きという奴だ。頭がいいことは確かなようだ。
スードラに着いた。宿屋を見つけて泊まる。一階が酒場になっているので、さっそくビールを飲む。珍しくミゼルも付き合った。ロザリンはビールは飲まないが、ワインは少し飲む。ロザリンがエルロイ様に盛んに話しかけるが、エルロイ様は一言二言答えるだけだ。まったくエルロイ様の無口なのにも困ったもんだ。あれではロザリンも張り合いがないだろう。俺なら、ロザリンのような可愛い娘に惚れられたら、有頂天になるところだが、エルロイ様は何とも思っていないようだ。それでもロザリンの熱は下がらないようだから、男と女の間というものは不思議なものだ。まあ、エルロイ様のような美男だと、女に惚れられることが当たり前になって、何も感じないのかもしれない。
宿の主人から、次の村へ行く途中の森には盗賊の一味がいるから気を付けるようにと言われた。数を聞くと、十四、五人だという。それくらいなら、エルロイ様とミゼルの二人だけで相手ができるだろうし、ロザリンの魔法もある。俺だって、少しは役に立つだろうが、ゲイツは当てにならない。あいつは、武術はまったく駄目だから、せいぜい荷物の見張りでもしてもらうことになるだろう。
宿屋を朝早く出て、森に入った。用心のため、俺はゲイツが旅の武器として準備していた鎖玉の、鎖の端を握って、妙な奴が現れたらいつでもぶつけられるようにする。
道の曲がり角で、ロザリンが、『臭いね。出るよ』と言った。ミゼルとエルロイ様は弓を手にし、ゲイツも馬から下りて六尺棒を構えた。道を曲がった途端、一本の矢が先頭のミゼルに向かって飛んできた。ミゼルにはその矢の方向が見えているのか、体を掠めていったその矢を気にすることもなく、馬上で弓を構え、続け様に四本の矢を射た。その矢継ぎの速さには驚いたが、エルロイ様も負けじと二本の矢を放った。俺の目ではよくは見えなかったが、遠くの草むらや崖の上にいた数人の山賊が、その矢で何人か射られたようだ。
道の左右から、盗賊たちが現れた。
『命が惜しけりゃあ、身ぐるみ脱いで置いていけ』と怒鳴るが、あっという間に仲間の半分ほどを失っているのに動揺しているのが分かる。
エルロイ様が馬から飛び降りて、山賊どもに斬りかかる。見ている間に、二人、三人と山賊たちが斬り倒される。エルロイ様のあまりの強さに、悪党どもは、算を乱して逃げ去った。やはり、剣を取っては、エルロイ様にかなう者はいない。」

拍手

少年騎士ミゼルの遍歴 6

第六章 旅の仲間

 翌日、まだ朝早くミゼルを旅籠に訪ねてきた男がいた。
「ミゼルさんですね。昨日は御前試合で大変な活躍だったそうで。実は、知り合いから、あなたがこのヤラベアムを出て旅をするという事を聞きましてね。その旅にご一緒させてもらえないかと思いまして。……私はゲイツと言って駆け出しの商人です。いずれはこの国一の、いや世界一の大金持ちになろうと思っています。旅をすれば金儲けの手掛かりが得られるんじゃないかと思いましてね。ええ、もちろん危険は承知の上です。けっして足手まといにはなりませんから、連れていってくれませんかね」
 男は立て板に水、という調子で話した。年は三十代半ばと見えたが、顔は若々しい。おしゃべりだが、悪い男ではなさそうだ。それに、一人旅よりは、仲間がいた方が、何かと便利だろう。ミゼルは、彼の申し出を承知した。
 ミゼルの承諾を得ると、ゲイツは、自分が旅の支度は整えようと言って、出ていった。
 その夜、さらにもう一人の思いがけない客があった。ミゼルと馬上槍試合の決勝で戦った相手の、青年騎士、美男のエルロイである。
「ミゼル殿は、お父上を捜して世界中を旅すると伺った。私もご一緒させて貰えないかな。あの伝説のマリス殿が如何なる人物かお会いしてみたいのだ。それに、私自身の武者修行にもなるだろう。ミゼル殿に敗れて、私は自分の未熟さをつくづく思い知ったのだ」
 エルロイは、真面目な口調で言った。エルロイほどの武芸者が仲間にいれば、こんな心強いことはない。ミゼルは喜んで、この申し出を承知した。
 その翌日、ミゼルとゲイツ、エルロイとその従者の少年アビエルの四人はテッサリアの町を出た。
 初夏の風が快く吹き、朝が早いせいか、日差しもまだ暑くない。
 テッサリアの町はずれの街道に来た時、ミゼルは道の側の大木の陰に腰を下ろしている一人の少女を見た。
「遅かったね。のんびりしているとアジバまで行かないうちに日が暮れちゃうよ。おっと、私の名前はロザリン。あんたたちとは旅の仲間になる運命さ。なぜそれがわかるかって?それは私が魔法使いだからだよ」
 ぺらぺらとまくしたてる、そのロザリンと名乗る小麦色の肌の可愛い少女は、ミゼルがテッサリアに着いた時に道でぶつかった娘だった。観察力の鋭い人間なら、肌色こそ違うが彼女によく似た顔のもう一人の人物を思い出すはずである。
「ほほう、なかなか可愛らしい娘さんだが、あんた、男四人の中に女一人で怖くないかね」
 ゲイツが笑いながら言った。
「男なんか怖くないね。あんた、ためしに私の体に触ってごらん」
 ゲイツはにやにやしながら、ロザリンの肩に手を置こうとした。その瞬間、彼は雷に打たれたように悲鳴を上げて飛び退いた。体中に電気が走ったのである。
「私に触ったら、誰でもこうなるのさ。でも、いい男なら別だけどね」
 ロザリンは、ちらっとエルロイを見たが、エルロイは気づかない様子である。多くの女たちから熱い視線を投げかけられることに慣れすぎているのだろう。
 ゲイツとアビエルは、男ばかりのむさくるしい旅に、妙齢の美女が加わったことが嬉しそうである。もちろん、それはミゼルも同じだが、ロザリンはエルロイ以外は目に入らない様子である。道々何かとエルロイに話しかけるが、エルロイは気のない返事をするだけだ。
 その頃、王宮ではエステル姫がいなくなった事に何人かが気づいていたが、エステル姫が無断でいなくなることはこれまでも何度かあったので、すぐに帰ってくるだろうと、あまり気に止められなかった。エステル姫を子供の頃から育てたお守り役の魔法使いジルードは、エステル姫が旅に出た事を知っていたが、姫から堅く口止めされていたので、その事はしばらく誰にも言わなかった。王宮が大騒ぎになったのは、それから三日ほどたってからだった。

拍手

少年騎士ミゼルの遍歴 5

第五章 晩餐会

 ミゼルは御前試合の優勝者として王の晩餐会に招かれた。
「しかし、ミゼル殿ほどの腕前の者が今まで知られていなかったとはな。まあ、その若さでは無理もないことだが」
 サムル王は、つくづく感心したように言った。
「もしかして、ミゼル殿は誰か有名な騎士のご子息か」
「父は、マリスと言います。よくは知りませんが、有名な騎士だったようです」
 周囲からどよめきの声が上がった。
「何と、あのマリスの子だと! 強いのももっともじゃ」
 人々は、互いに言い合っている。
「父は、レハベアムとの戦いで虜になって、まだ生きていると聞きました。ぼくは、父を救うためにレハベアムに行きたいのですが、手段が無いので何とか王にお力添えを頂きたいのです」
「レハベアムに行くだと? それは無謀であろう。ヤラベアムの人間がレハベアムに入れば、すぐに殺されるだろうし、入れたところで、レハベアムの王カリオスを倒さぬかぎり、父を救うことはできまい。そのカリオスは人間の力では倒せぬ魔力を持っておる。王者の剣、破邪の盾、神の鎧兜の三つの武器を身につけた者でないかぎり奴は倒せぬ。その三つの武器は、それぞれ三つの国に分かれて置かれているのじゃ。つまり、お前は世界中を回って三つの武器を手に入れるしかないのじゃよ」
「三つの国とは?」
「このヤラベアムの南、砂漠の果ての火の国アドラム。アドラムの西、海を越えた彼方の風の島ヘブロン。ヘブロンの南西、レハベアムの南にある、密林の島エタムの三つじゃ。砂漠にも、海にもさまざまな怪物や亡霊がうようよいると言う。これまで、三つの聖なる武器を求めてこのヤラベアムの外に出た騎士たちで、生きて戻ってきた者はいない。あきらめたほうがいいぞ」
「父がレハベアムに殺されずにいるのはなぜか、王は御存知ですか?」
「これは噂にすぎぬが、この前の戦いでレハベアムに行く途中、マリスたちは風の島ヘブロンに立ち寄ったそうだ。そこで、何かの力によって彼は不死の体になったという話だ。だから、彼の敵たちも、彼を殺すことはできず、牢獄につないであるだけだという」
 ミゼルの顔が明るく輝いた。やはり、父は生きていたのだ。しかも、不死の体ならば、自分が行くまで必ず生きているだろうから、何とかしてレハベアムに行き着きさえすればいいのである。
 しかし、ミゼルの有頂天の気分はここまでで、晩餐会の席から退出して、馬を預けてあった王宮の馬小屋に行くと、愛馬ゼフィルは誰かに盗まれてしまっていたのであった。馬番は、ミゼルの代理の者が受け取っていったと言うだけで、押し問答をしても、もはやどうしようもなかった

拍手

少年騎士ミゼルの遍歴 4

第四章 御前試合

 翌日、朝食の席でミゼルは宿屋の主人に話しかけられた。
「あんたも御前試合に出るのかね」
「御前試合があるんですか。いつです」
「今日だよ。正午から王宮の広場でな」
 テッサリアまで来たのはいいが、その先、どうやってレハベアムまで行けばいいのかがわからなかったミゼルは、御前試合に優勝すれば何かの手蔓が得られるのではないかと考えた。懐の寂しいミゼルにとって、賞金として一万金が出るというのも魅力だ。一万金といえば、庶民が一生裕福に暮らせるくらいの金である。旅の費用には十分だろう。
 早めに昼飯を済ませてミゼルが王宮に行った時には、王宮前には早くも腕自慢の騎士たちが集まっていた。見るからに強そうな巨漢もいれば、痩せて貧相な騎士もいる。
「あなたも弓ですか。そうでしょうな。弓なら、的が相手だからこちらが怪我をする心配はないし、うまくいけば二千金ですからな。槍の一万金には及ばないが、それでも大した金だ」
 その貧相な騎士が、ミゼルの肩の弓を見て、ミゼルに話し掛けてきた。
「いいえ、僕は騎馬の槍試合に出ます。王にお目通りできるのは騎馬槍試合の優勝者だけと聞いていますから」
「何と命知らずな。もっとも危険なのが、騎馬槍試合ですぞ。まだお若いのに」
隣で話を聞いていたもう一人の騎士が口を出した。
「騎馬試合はやめたほうがいい。優勝は多分ノルランドのエルロイか、エステル姫だ。エステル姫は城の武芸師範以上に強いというし、エルロイは、あの伝説のマリスの再来かと言われている」
「さよう、マリスの強さはけた外れでしたな。十年続けて騎馬試合と剣の両部門で優勝ですからな」
 貧相な騎士の言葉に、側にいた髭面の大男が三人をじろりと睨んで割り込んできた。
「マリスが強いだと。笑わせるな。レハベアムとの戦いでおめおめと虜になった男ではないか。所詮、道場剣法よ。実戦では役立たぬ。わしは、アドラムとの三度の戦いに生き延びてきた男だ。その間に上げた首級は数知れず。アルハバのジャンゴとはわしの事だ」
周りで、騎士たちが「アルハバのジャンゴって知っていますか」「いや、知りませんな」「しかし、いかにも強そうだ」「やはり、ただ者ではないのでしょうな」などとひそひそ声で話している。
王宮の門が開いて、美々しい格好の騎士が現れ、開場を告げた。
「これより御前武芸試合を始める。出場する者は中に入るがよい。賞金は、知ってのとおり、槍が一万金、剣が五千金、弓が二千金だ。但し、命の保証はしないぞ」
 腕自慢の騎士たちは、武者震いをしながらドヤドヤと王宮に入っていった。

 弓の試合、剣の試合が次々と行われ、弓ではカブラのランドールという無名の騎士が優勝し、剣の試合では、エステル姫が、噂通りの技量で優勝した。
 そして、御前試合の華である、騎馬槍試合になった。ここでは、弓と剣の試合には出ずに満を持していたノルランドのエルロイが圧倒的な強さを見せて勝ち上がったが、彼と決勝戦で戦うことになったのは、前評判には全く上がっていなかった男であった。すなわち、ミゼルである。ミゼルは一回戦でアルハバのジャンゴを簡単に破り、二回戦でエステル姫をも破って決勝に進出したのであった。
 王の側に戻ったエステル姫は、悔しそうな顔で、
「あのミゼルという騎士の乗っている馬が欲しい!」
と言った。
「馬のせいで負けたと言いたげだな」
 サムル王は笑って愛娘を見た。彼は、長男のローランよりも、このお転婆の娘を可愛がっていた。エステル姫は、色白の可愛らしい顔の唇を尖らせて言う。
「もちろんよ。あの馬は、天馬だわ。あんな動きのできる馬は初めて見た」
「馬よりも、乗り手の技量の差だろう」
 側にいたローランが、妹をからかう。
「まあ、静かにしろ。いよいよエルロイと、あの若者の戦いだ」
 サムル王の言葉に、二人は口を閉じた。
 ミゼルとエルロイは、およそ三十歩の距離で馬を向かい合わせて立った。白昼の光の中で、エルロイの漆黒の馬に白銀の鎧が良く似合っていて美しい。宮中の貴婦人たちは、この有名な美貌の騎士に声援を送っている。一方のミゼルの実用一点張りの無骨な鎧は、見栄えがしない。葦毛馬だが、まだ若馬で灰色の毛並みのゼフィルも、毛色はけっして美しくはない。
 合図と同時に、二人は相手を目がけて突進する。
 後世の馬上槍試合とは違って、二頭の馬がすれ違うような柵などない。遮る物の無い広い空間で、馬を自在に操り、相手を槍で突くか殴るかして、馬から叩き落とすのである。
 二人は秘術を尽くして渡り合った。ミゼルは馬上での槍の操作には不慣れだったが、最初の二試合で既にコツはつかんでいたし、愛馬ゼフィルは彼と一心同体だった。ゼフィルの動きは、馬というよりは狼か虎の動きである。普通の馬では考えられないような横へのジャンプに、エルロイは幻惑された。その一瞬の隙を逃さず、ミゼルの槍がエルロイの鎧の胴に入った。エルロイはその衝撃で馬から浮き、間髪を容れないミゼルの第二撃で叩き落とされた。
 場内はどよめいた。 
わずか十六歳の無名の少年が、名誉ある御前馬上試合の優勝者となったのであった。

拍手

少年騎士ミゼルの遍歴 3

第三章 テッサリア

 翌日、ミゼルはシゼルに別れを告げて旅立った。
 シゼルは、無邪気なミゼルが一人で旅ができるか、まだ危ぶんでいたが、ミゼルの意志は固かった。シゼルは、ミゼルに、家に秘蔵してあった騎士の鎧兜と剣と槍と盾を与え、ミゼルはそれらを他の荷物とともに馬の背中にくくりつけた。
 愛馬ゼフィルにまたがったミゼルの顔は、まだ少年の顔だったが、その目には、目標を持つ者に特有の力強い輝きがあった。
「気をつけていくんだぞ。旅の間、わしの事は気にするな。さらばじゃ」
 家の前で手を振るシゼルに片手を上げて応え、ゼフィルを歩ませていくと、やがて懐かしい我が家は楡の木の生えた丘の向こうに見えなくなった。
 
ミゼルがテッサリアに着いたのは、それから二週間後だった。テッサリアはヤラベアムの首都で、人口はおよそ一万人。当時としては巨大な町だ。町の中心には王宮があり、その東西に離宮と神殿がある。王宮の正面は大広場になっていて市場がある。民家はその市場の裏側全体に密集している。
 ミゼルは物売りの声などで姦しいテッサリアの賑わいに圧倒されながら愛馬ゼフィルを歩ませた。
 そのゼフィルに目をつけて、じっと眺めているのは、口髭を生やした愛嬌のある浅黒い頑丈な顔に大きな口をし、しなやかでバネの利いた体つきの青年である。彼は民家の壁にもたれて口髭をひねりながら独り言を言った。
「いい馬だなあ。こりゃあ、売ったら五千金は下らねえな」
 その側にいる、十五歳くらいで険のある顔の美少年が、青年の脇腹を指でつつく。
「しっ。壁に耳ありですよ、ピオ」
「なあに、この町に、俺を捕まえられるような気の利いた人間はいやしねえよ。おい、ジャコモ、お前、あの田舎者のガキの後をつけて、どこの宿に泊まるか調べておけ。俺は他の仕事をしてからペネローペの店で飲んでるからな」
 どうやら泥棒らしいこの二人の、そんな会話も知らずに、周りをきょろきょろ眺めていたミゼルは、馬を人にぶつけてしまった。
「いてえな。どこ見て歩いてんだよ、このトーヘンボク」
「あっ、済みません」
 ミゼルは慌てて謝った。相手は十七、八歳の少女である。小麦色の肌をした、なかなかの美少女だ。しかし、口は悪い。
「おや、あんた、もしかして東から来たのかい」
「ええ、そうですね。テッサリアからは東になります」
「そうかい。あんたとはまた会うことになりそうだ」
 少女は、先ほどミゼルにぶつかる前に目で追っていた美しい青年騎士の姿を探して人混みの中に消えた。つまり、この少女がミゼルの馬にぶつかったのは、本当は少女がよそ見をしていたからなのであるが、ミゼルはそれには気づかなかった。
 ミゼルは市場の外れに安そうな木賃宿を探して、そこに泊まることにした。ミゼルの後を追っていたジャコモは、それを確認して、酒場に向かった。
 ジャコモを迎えたピオは、すでに酩酊している様子である。
「おう、ジャコモ、おめえ知ってるか。明日の武芸大会にエステル姫も出るそうだ。こりゃあ、俺も出ていいとこ見せなきゃあな。うまくいきゃあ、姫の婿にでもなれんともかぎらん」
「そんなお伽噺みたいな話は、あり得ませんよ。で、あの田舎者の馬はどうするんです」
「馬なんぞ後回しだ。優勝すりゃあ槍で一万金、弓でも二千金だぞ。さあ、お前も飲め。前祝いだ」

拍手

少年騎士ミゼルの遍歴 2

第二章 父マリスの行方

ミゼルが家に着いた時、窓から明かりが漏れていた。いつもなら、日が沈む時が、ミゼルと祖父シゼルの寝る時である。ミゼルの帰りが遅いのを心配して、シゼルが蝋燭をつけて待っているのだろう。
ミゼルがかついでいた狼を床に下ろすと、シゼルはそれを興味深げに見守った。
「狼か。……ほう、四匹も倒したのか。怪我は無かったか」
「いいえ」
「羊は」
「大丈夫です」
 二人はほとんど口をきくこともなく、黙々とパンとチーズだけの食事をした。用が無ければ話などしないのは、いつものことだ。この地方の男たちはたいてい無口である。しかし、今日のシゼルの沈黙は、いつもと少し違うようにミゼルには思われた。
 食事の後、シゼルは決心したようにミゼルに声を掛けた。
「ミゼル、お前に話したいことがある。マリス、つまりお前の父親のことだ」
 シゼルの話したことは、ミゼルには意外なことだった。ミゼルの父のマリスは生きているばかりでなく、その居場所も分かっているというのである。
「本当なら、わしがすぐにでも探しに行かねばならなかった。しかし、お前の母が病気になり、幼いお前を残して亡くなったため、わしがお前を育てねばならなかったのだ」
 シゼルは言葉を切り、長い歳月を思い返すように目を閉じた。
「今日、お前が一人で四匹の狼を倒したことで、わしは幼いと思っていたお前がいつの間にか十分に成長していたことに気がついたのだ。お前が大きくなったら、わしはマリスを探して旅に出ようと思っていた。しかし、わしは年老いた。お前は若くて体も強い。マリスを探す旅には、お前の方が向いているかもしれん。どうだ、行ってみるか」
「行きます。で、父上はどこにいるのですか」
「レハベアムだ。十一年前の戦いの時に捕らえられたまま、レハベアムの牢獄にいるということだ。なぜ、殺されもせず十一年も牢獄にいるのかはわからん。もちろん、レハベアムの牢獄からマリスを救い出すのは不可能に近いが、マリスを一生牢獄に入れておくことは、わしには耐えられんのだ。ミゼル、どうかマリスを救いに行ってくれないか」
 シゼルの訴えるような目から涙がこぼれた。
「大丈夫です。ぼくが父上をきっと救い出します」
ミゼルは明るい声で断言した。父が生きていたという事実に興奮し、彼は胸に希望の火が燃えるのを感じていた。



拍手

カレンダー

07 2025/08 09
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリー

最新CM

プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

アクセス解析