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少年騎士ミゼルの遍歴 50

第五十章 魔獣たち

「ドラゴンまで倒すとは驚いたな。だが、安心するのはまだ早いよ。こちらにはまだいくらでも新手がいるからね」
 ミオスの声が響いた。
 その声と同時に、神殿の向こうから何者かが現れた。川を渡ってこちらに歩いてきたのは、三体の動く石像である。騎士の姿をし、手には巨大な剣と盾を持っている。その剣と盾が陽光にきらめいた。
 こちらに近づいてきた姿を見ると、その石像は、高さが五、六メートルほどある。片足でミゼルたちを簡単に踏み倒せる大きさだ。
 ミゼルたちはそれぞれ離れて三体の騎士に対応した。
 石像たちの動きは緩慢であるが、振り下ろす剣の勢いは凄まじい。ミゼルたちは、その剣を避けながら石像の足に斬りつける。しかし、足に傷を負っても、石像たちには何の変化もない。
「手足を切り離すのよ! 手首を切りなさい」
 リリアが叫んだ。
 ミゼルは、自分に剣を振り下ろす石像の手首に斬りつけた。一度では切り離せないが、二度、三度と連続して斬りつけると、石像の手首は剣を持ったまま地に落ちた。
 すると、その手首が再び宙に浮き上がり、石像目がけて飛んでいき、その心臓に突き立ったのである。リリアが念力を掛けたのだ。
 石像は自らの巨大な剣を心臓に突き立てられて、地面を揺るがせながら倒れた。
 他の二体の石像も、マリスとピオに手首を切り落とされ、同じやり方で倒された。
「石像も駄目か。なら、これではどうだ」
 再びミオスの声が響いた。
 その言葉と同時に、空の彼方に一点の黒い姿が現れ、見る見るうちに大きくなっていった。それは小山ほどもある巨大な鷲であった。体は先ほどのドラゴンよりも大きい。
 凄まじい羽ばたきと共に舞い降りた巨鳥は、あっという間にその足の爪でピオとマリスを掴み、再び空高く上がっていった。はるか上空から二人を落とすつもりだろう。いかに神の武具を着ていても、そうなれば二人の命はあるまい。
「ミゼル、行くわよ!」
 リリアが叫んだ。
 ミゼルの体は宙に浮かんだ。
 先ほどとは違って、自分の意志でではなく、何かの力でただ運ばれていくだけである。その代わり、速さは段違いに速い。
 目のくらむような上空である。
 下に雲が見え、その下の地上はもはやぼんやりとした藍色にしか見えない。
 上を見ると、あの巨鳥の姿があった。太陽に向かってなおも上昇している。
 ミゼルは背中の矢筒から矢を抜いて、巨鳥に狙いをつけた。
 矢の射程に巨鳥の姿が入った。
 ミゼルの手から矢が放れ、矢は巨鳥の背中に突き立った。だが、巨鳥は、何の痛痒も感じないように飛び続ける。
「リリア、ぼくをあの鳥の背中に下ろしてくれ!」
 ミゼルは、自分と並んで飛んでいたリリアに向かって叫んだ。
 リリアが頷くと同時に、ミゼルの体は巨鳥の真上に来ていた。
 巨鳥の両翼の間に飛び乗ったミゼルは、その巨大な羽毛に掴まりながら、王者の剣を抜いて鳥の背中に突き立てた。一度だけでなく、何度も何度も斬りつけ、鳥の背中に穴を開ける。さらに、剣で切り裂きながら、その血塗れの肉の中にミゼルは体ごと潜り込んでいった。
 巨鳥は、自分の体の中に潜り込んだ異物による痛みを感じて、苦痛の叫びを上げた。
 どろどろの肉塊の中で、ミゼルはやがて巨鳥の心臓を探り当て、そこに王者の剣を突き刺した。
 巨鳥はピオとマリスを掴んでいた足を放した。
 落ちていく二人を、リリアが思念で受け止め、空中に浮かばせる。
 しかし、巨鳥の体内にいるミゼルに対しては、どうしてやることもできない。
 心臓に剣を突き立てられ、命を失った巨鳥は、地上に向かって落下していく。
リリアたちもその後を追った。

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少年騎士ミゼルの遍歴 49

第四十九章 ドラゴンとの戦い

 ドラゴンは、ミゼルたちに向かって大きく口を開けた。その巨大な口の中には、ぞっとするような牙が鋸の歯のように並んでいる。牛一頭でも丸呑みに出来そうな口だ。もちろん、人間など一噛みで食いちぎるだろう。
「皆、空を飛ぶわよ。でも、私の思念の集中は三百数える間だけしか続かないから、危なくなったら逃げて」
 リリアの言葉が、各自の心の中に響いた。と同時に、ミゼル、ピオ、マリスの体がふわりと宙に浮いた。
 最初は空中での動きに戸惑った三人だが、ちょうど、水の中を泳ぐような要領で空中を動けることに気づくと、三人はドラゴンの周りに分散した。
 目標が分かれて、どれを攻撃したらよいのか迷ったドラゴンに、まずピオが後ろから斬りかかった。ピオの剣は、ドラゴンの背中の固い皮を切り裂いたが、その巨大な体の表面を三十センチほど斬っただけでは、相手に何の痛手も与えない。
 続いて、マリスが今度はドラゴンの首に剣を突き立てた。しかし、これも棘が刺さった程度にしか感じないようである。だが、ドラゴンは、これまで受けた事の無い傷に憤怒して、ピオとマリスを叩き落とそうとして体に比して小さなその両手を振り回した。
「ミゼル、俺があいつの的になるから、弓であいつの目を射ろ」
 ピオが叫んで、わざとドラゴンの正面に回った。
 ドラゴンは目の前の敵に向かって両手を振り回したが、ピオがそれを巧みに交わす。その間に、ミゼルはドラゴンの両目に、続け様に矢を射た。
 矢は過たず、ドラゴンの両目に突き立った。
 ドラゴンは苦悶の叫びを上げた。
 と同時に、ミゼルたちが空中を浮遊する力が衰え、ミゼルたちは着地した。
 視力を失ったドラゴンは、もはや脅威ではなかった。敵の姿が見えず、ただむやみに手や尾を振り回して相手を打ち倒そうとするドラゴンを、ミゼルたちは遠巻きにして眺めているだけで良かった。

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少年騎士ミゼルの遍歴 48

第四十八章 シシャク山

 翌朝、ミゼルたちが目覚めて隠れ家の外に出ると、昨日とは打って変わって空は良く晴れ上がって、見事な朝焼けだった。
 西の彼方には、神殿のあるというシシャク山が、雪に覆われた体に朝日を受けて、薔薇色に輝いている。
 四人は、朝食を済ませると、すぐにシシャク山に向かって出発した。その後ろから、ライオンのライザも追ってくる。
 神殿のある山の中腹までは結構ある。四人は雪の積もった山道を馬で登っていった。もちろん、ミゼルの乗っているのは愛馬ゼフィルである。
「いつ敵が出てくるか分かりません。油断しないように」
 リリアに言われるまでもなく、皆、周囲には気を配っている。
 突然、頭上から何かが、先頭のミゼルの上に落ちてきた。
 咄嗟に剣を抜いて切り払う。
 真っ二つに分断されて地上でのたうっているのは、体長二メートルほどもある大蛇であった。
「こんな冬に蛇がいるのはおかしいな。普通なら冬眠しているはずだ」
 自然の中で育ったミゼルが呟く。
「そうかい。なら、この辺の動物は魔物の仲間かも知れんさ」
 ピオが答える。その足元に、リリアが突然、指先から電光を放った。
 ピオの馬は、驚いて棒立ちになったが、ピオが足元を見ると、そこには焼け焦げた毒蛇の死体があり、自分がリリアに救われたことが分かった。
「有り難うよ。リリア。しかし、前後左右だけじゃなく、上にも下にも気を配らんといかんとは、大変だ」
 ピオは、ぼやいた。
 やがて、林を抜けて、一行は視界の開けた場所に出た。
「見えたぞ! カリオスの神殿だ」
 先頭のミゼルが、声を上げて前方を指さした。
 山間の、雪の積もった広い野原の向こうに、目指す神殿の姿があった。青空の下のこの美しい雪景色の中で、その灰色の建物は、そこだけ異様な雰囲気を漂わせている。神殿までは、あと一キロほどだろうか。神殿の少し前方には川があるが、今は凍っており、簡単に渡れそうだ。
「いよいよだな」
 マリスが呟いた。
 その時、今まで良く晴れていた空が急に曇りだし、あたりが暗くなって雪が降り始めた。
「おかしいな、こんなに急に天気が変わるなんて」
 ミゼルが言うと、リリアが
「これは、カリオスの仕業よ。私たちが近づくのを知って、何かをたくらんでるのよ、きっと」
と答えた。
 その言葉通り、降りしきる雪の中に、やがて黒い巨大な影が現れた。
 最初はそれが何者か分からなかったが、五十歩ほどの距離に近づいて正体が分かった。
 それは、身長およそ五十メートルほどの氷の巨人だった。
 その怪物は、腕を振り上げて、ミゼルたちに向かって進んでくる。動きはゆっくりしているが、その腕で殴られたら、人間は、ひとたまりもあるまい。
「ミゼル、矢を射るのよ!」
 リリアが叫んだ。その言葉に従って、ミゼルは素早く矢を弓に番えて放った。
 リリアが呪文を唱えると、その矢は、炎に包まれ、炎の矢になった。
 炎の矢は、過たず、氷の巨人の胸に当たり、大きな穴を開けた。
 続けてミゼルが射た炎の矢は、今度は巨人の首に当たった。巨人の頭部は、ぐらりと揺れて、崩れ落ちた。
 ほっとする間もなく、今度は人間ほどの大きさの無数の影が現れた。
 ピオとマリスが前に飛び出し、剣を振るい始める。ミゼルも、その後に続く。
 相手は、明らかに動く死体であった。兵士の死体に生命の与えられた物である。戦で亡くなった兵士達の死体を、カリオスがゾンビにして用いているのだろう。
「頭を切り落とすのよ! そうすれば生き返らないわ」
 最初は腕を斬っても胴を斬っても何の痛痒も感じぬように平然と向かってくるゾンビ達に苦戦していた三人だが、リリアの言葉で、頭部を切り落とし始めると、兵士の数は少しずつ減り始めた。それでも、普通の人間を倒すのとは違って、数百人ものゾンビを片づけるには、並大抵でない体力が要る。
 やがて、ゾンビ達は、すべて頭部を斬られて雪の上で動かなくなった。
 さすがに疲れて、雪の上に腰を下ろしへたばっていた三人は、いつの間にか雪がやんでいたことにもしばらくは気づかなかった。
「お疲れさん。ここまでよく頑張ったと誉めてやろう。だが、残念ながら、ここで君たちはお終いだよ」
 突然、どこかから声が響いた。嘲笑うような、若々しい声である。
「おっと、僕の姿を探しても無駄だよ。魔獣使いは、その本体を曝すのは禁物だからね。僕の名前は、ミオス。カリオスの息子さ」
 慌てて周囲を見回した四人だが、どこにも声の主の姿は見えない。
「君たちに相手をして貰うのは、ちょっと手強いよ。古代のドラゴンの生き残りだ。といっても、お伽噺のように翼はないがね。象よりも何倍も大きくて、ライオンのように獰猛な奴さ」
 その言葉と同時に、傍の山陰から現れてきたのは、ミオスの言葉通りの怪物だった。
 御伽話の竜ではなく、古代の恐竜、ティラノザウルスである。しかし、その体高は、二十メートルほどもあるのではないだろうか。自然の生き物ではなく、やはりカリオスの魔法で作り出された生き物だろう。 
小山のように大きなその体を見上げて、四人は、さすがに恐怖を感じて立ち竦んだ。
 ドラゴンは、耳をつんざく咆吼を上げ、ミゼルたちに向かって歩いてくる。その一足ごとに、ずしんずしんと地響きがする。あの足で踏まれたら、いかに神の武具を着ていても、持ちこたえきれないだろう。

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少年騎士ミゼルの遍歴 47

第四十七章 神の武具の複製

 隠れ家に戻ったミゼルたちは、リリアの手でマリスを介抱して貰い、長い牢獄生活で衰えた体を回復させた。
「そうか。お前たちはカリオスをも倒すつもりか。だが、それは不可能だろう。あの男の魔力は、悪魔そのものだ」
 マリスの言葉に、三人は顔を見合わせた。
「こちらには、神の武具が三つも揃っています」
 ミゼルが言った。
「それを揃えるのには大変な苦労をしただろう。だが、カリオスを武力で倒そうとするのは、風を剣で斬るようなものだ。この世に、奴を倒せる人間がいようとは思えん」
「カリオスは不死人なのですか?」
「不死以上のものだ。不死人は、ただ死なないというだけの存在だが、カリオスは人間の何万倍の生命力を持ち、あらゆるものに姿を変える。不死だとも、七つの命があるとも言う」
「なら、話は簡単だ。その七つの命を全部奪えばいい」
 ピオがあっさり言った。
「だって、こちらは神の武具で人間の数千倍の力があるんだからな。勝負はできるさ。それとも、このまま故郷に帰ってのんびりと暮らすか?」
 ミゼルは頭を振った。カリオスがいる限り、真の平和と安心はやってこない。
「それにしても、カリオスと言う奴は、得体が知れねえな。そんな力があれば、レハベアムだけでなく、世界中を征服して、世界の王にだってなれるじゃねえか」
 ピオの言葉に、マリスが答えた。
「その気になればな。今のところ彼は、そんなことに興味がないのだよ。彼がどんな手段で魔力を手に入れたか分からんが、そのために、ある種の関心を失ったのかもしれん。たとえば、相手が子供で、必ず勝てると分かっていては、チェスをする気にはならんだろう。それと同じだ。しかし、奴がいつその気になるかは分からん。人間にとっては危険極まりない存在なのだ」
「どうも、納得のいかない話だな。なら、国王であることもやめりゃあいい」
「わしはカリオスではないから、そこまでは分からん。常人と方向が違うだけで、まったく欲が無いわけでもないのだろう。とにかく、恐ろしい奴だよ」
 リリアが口を出した。
「確かに、カリオスの魔力は、通常の魔法とは違うと、父も言ってました。幻覚ではなく、実在するものを変化させ、しかもそれに巨大な力を与えることができるそうです。彼がその力で神殿の周りに巨竜や得体の知れない怪物を置いて、神殿を守らせているのを、父の魔法の鏡で見たことがあります」
「こりゃあ、普通の人間の出番はないな」
「もしも、ピオさんも戦うのなら、神の武具の力を他の武具に移すことができますわ。力は、半分以下になりますけど、普通の人間でも着られます」
「そりゃあ、願ってもないことだ。ここまで来て自分だけ指をくわえて見物しているのは御免だぜ」
「では、ピオさん、ミゼルさん、もう一度町に戻って、鎧兜などをあと三組盗んできてくださいな。ピオさん、マリスさん、私の分です」
「分かった」
 ミゼルはピオと一緒に立ち上がった。 
 ミゼルたちが戻ってきた時、その手には三組の鎧兜、盾、剣、槍があった。
 リリアは外にそれらの武具を積み重ね、その上に神の武具を置いた。
 そして、呪文を唱えると、天から稲妻が地上の神の武具の上に落ちた。
「これで、これらの武具は神の力の一部を宿しました。これを着れば、自分の持っている力の数百倍の力が出せるでしょう。ただし、その力は数日間しか続きませんし、疲労回復の力もありません。カリオスを倒すなら、明日か明後日には出発しましょう」
 リリアの言葉に、ミゼルは心配そうにマリスを振り返った。
「お父さん、大丈夫ですか?」
 マリスは笑って答えた。
「ああ、もちろんだ。このお嬢さんの薬草と魔法で、体はすっかり元に戻った。今夜一晩寝れば、以前と変わらぬ働きができるさ」
 四人は、明日の決戦に備えて、その晩は、早く床についた。

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少年騎士ミゼルの遍歴 46

第四十六章 父マリス

 あわてて中に入ると、下に転落していただろう。室内はさらに五メートルほど下がっており、入り口の横にある、壁際の階段で降りるようになっていた。下は、井戸のように暗くて、よく見えない。
「誰かいるか?」
 ミゼルは声を掛けた。返事はない。
 ピオが、ミゼルの後ろから下に声を掛ける。
「おーい、マリスさんとやらはいないか。あんたの息子のミゼルが助けに来たぜ」
 一瞬の沈黙の後、枯れ木の間を流れる風のようなかすれたか細い声が聞こえた。
「ミゼルだと? 本当に、私の息子のミゼルがそこにいるのか」
 ミゼルは、階段を駆け下りた。
 壁に長い鎖で結びつけられて蹲っている男がそこにいた。男は腰布以外はまったくの裸で、その体は痩せこけ、頭髪は伸び放題に伸びて、肩の下まである。その顔はぼうぼうと髭に覆われていたが、その顔立ちには見覚えがあった。祖父のシゼルにも似たその顔は、やはり父のマリスである。
 ミゼルは男に抱きついて、涙を流した。
「お父さん、何て哀れな姿だろう。十一年も、こんな姿で生きていたのですね」
「ミゼル、ミゼル、よく来てくれた。ずいぶん大きくなったな。お母さんは、ナディアは元気か」
 ミゼルは言葉に詰まった。
「……いいえ。お母さんは、お父さんが行方不明になってすぐ、病気で死にました」
「……そうか。お父さんは、お前のお祖父さんのシゼルは?」
「元気です。ぼくがお父さんを連れて帰るのを待ってます」
「有り難い。お父さんは生きてらっしゃったか。随分心配をかけた」
 二人が話している間に、ピオが細い金属棒を使ってマリスの腕と足の鉄の枷を外し、マリスを自由な体にしてやっていた。
「この方は?」
「友人のピオです」
「こんな危険な所にミゼルと一緒に来て下さるとは、義侠心のある方だ。感謝する」
「いやあ、単なる命知らずの物好きでさあ。おい、ミゼル、積もる話は後でゆっくりして貰おう。見張りの番兵がいなくなっているのを怪しまれて、城内が大騒動になる前に脱出しようぜ。どうです、マリスさん、歩けそうですか」
「ああ……大丈夫だ。体が弱って、走るのは難しいが、歩くくらいなら」
「なら、行きましょう」
三人は、ピオを先頭に、ミゼルがマリスに肩を貸して支えながら、地下牢を出た。
ピオの言った通り、侵入者に気づいたのか、城の中は騒然としていた。
「まずいな。もうばれていたか。どうする、もう一度城壁の上まで行って、そこから降りるか、それとも門を中から開けて出るか」
 ピオが言った。
「門を開けよう。お父さんは、走れない。城から出ても、追っ手にすぐに追いつかれるだろう。馬を盗もう」
「よしきた。ならば、お前さんは、馬小屋に行って、馬を盗んで来い。お前が門まで来ると同時に、俺が門を開ける。いいか、馬は二頭だぞ」
「いや、三頭だ。わしも馬には乗れる」
 ミゼルに代わってマリスが言った。
 ミゼルは頷いて、マリスと共に、城の西側にある馬小屋に向かった。
 馬小屋には兵士は一人もいなかった。ほとんどが城内の捜索に駆り出されているのだろう。馬飼いの男が一人、ミゼルたちの物音を聞いて小屋から出てきたが、すぐにミゼルに殴り倒された。
 ミゼルとマリスは、手頃な馬を三頭選んで手早く手綱を付けると、その二頭に乗り、一頭はマリスが手綱を引いて後から付いて来させた。
 正門前の広場まで来ると、二人が走っていく姿は敵に気づかれ、兵士たちが剣を抜いて彼らに向かってきた。
 ミゼルも剣を抜いて応戦するが、武器を持たないマリスは、兵士たちの剣を避けるだけである。しかし、長い牢獄生活で体が衰えているものの、その乗馬術や身のこなしは、さすがにヤラベアム一の騎士と謳われた見事なものである。
 ミゼルたちが来るのを見て、物陰に潜んでいたピオが門扉を上げ下げする大きな木の機械を動かして門を開けたが、ミゼルたちは兵士たちに前を遮られて、動けない。そして、ピオもまた兵士たちに攻撃を受けて苦戦している。ミゼルは、神の武具を置いてきたことを後悔した。
 その時、城外の闇の中から、光り輝く姿が現れた。闇の中に浮かび上がるように輝く白銀色の騎士である。馬に乗ったその騎士は、城内に躍り込むと、周りの兵士たちに剣を浴びせた。その、何という強さだろう。
 兵士たちは、その騎士の剣の前に、野菜でも切るように簡単に切り倒されていくではないか。盾も鎧も、スパッ、スパッと紙細工のように切られていく。
 救援の騎士によって開いた道に、ミゼルとマリスは馬を走らせた。途中で、ピオも馬に飛び乗る。
しばらく馬を走らせて、もはや追っ手が来ない事を確認した一行は、馬から下りて息をついた。
 白銀の騎士も兜を脱いだ。そこに現れたのは、美しいブロンドの髪のリリアであった。
「リリア、君のお陰で助かったよ」
「ええ、あなた方が危険だと感じて、助けに行ったの。でも、この鎧は、私には無理ね。たったあれだけで死ぬほど疲れちゃった」
 リリアはミゼルに笑った。
 物問いたげな顔で二人を見ているマリスに、ミゼルはリリアを紹介した。
「お前の恋人か?」
 マリスは、面白そうな顔でミゼルに聞いた。
 ミゼルは顔を赤らめた。
「ええ、そうですわ。お父様、初めまして。リリアと申します」
「こんな美しい方は初めて見た。ミゼルは果報者だな。素晴らしい友人と素晴らしい恋人がいるとは」
「初めてではありませんわ。お父様とは、十一年前にヘブロンでお目に掛かっています」
「風の島、ヘブロンで? では、あの時のあの可愛い小さな女の子が、あなたなのか。これは何という巡り合わせだろう」
「まあ、話は後にして、姿を隠してゆっくり休める場所を探そうぜ」
 ピオの言葉に三人は頷いた。
 いつの間に現れたのか、ライオンのライザもリリアの後ろに付き従っていた。

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少年騎士ミゼルの遍歴 45

第四十五章 潜入

 オランプを故郷の町に帰した後で、ミゼルとピオはリリアに神の武具を預け、シズラ城へ潜入するために隠れ家を出た。
 シズラの町は、まだ完全に夜ではないが、雪降りのために暗い。町を歩む人もほとんどいず、ミゼルたちは兵士たちに誰何されることもなく、容易にシズラ城までたどり着いた。
 シズラ城は、ピオの言った通り、山を背景にして立っている古城であった。大きな石を重ねた城壁が厳めしいが、城壁の周りには水濠などはない。そして、城壁の四つ角には物見塔があって、そこから番兵が城壁の上を歩いて見回りをしているのが見られた。しかし、その手にしたランタンのためにこちらから兵士の姿が見えるのに対し、兵士の方からは、自分の近くに来た者以外は、ほとんど見えないはずである。しかも、兵士たちの動きは機械的であり、城壁の一方から一方まで歩いては、物見塔に戻るだけである。その間には、およそ十分の間隔がある。
「番兵が戻り掛けた時に壁を登り始めよう。なあに、このくらいの壁なら簡単だ」
 ピオは、物見塔に兵士が戻った時に、城壁の上にフック付きロープを投げた。案の定、城壁の上に落ちたフックは、積もった雪のために音もたてない。
 番兵がもう一度巡視に出て、戻り掛けた時を見計らって、ピオは城壁を登り始めた。ほんの一分で登り終え、素早く城壁の引っ込んだ角に身を隠す。
 ピオは、続いてミゼルを引き上げた。
 次に番兵がやってきた時、ピオは物陰から彼に飛びかかって、その首を締めた。頸動脈の血の流れを止め、気絶させる。
 ピオは、素早くその兵士の服を脱がせ、自分の服と着替えた。兵士は縄で縛り、猿ぐつわをして物陰に転がしておく。
 兵士の身なりをして悠然と物見台に近づいていくピオの後方から、ミゼルは物陰に体を隠しながら後を追う。
 ピオが物見台に入ると、もう一人の番兵が石炭を入れた簡単なストーブで手をあぶっていた。交代要員の番兵だろう。
「異常なしか?」
 相手が問うのに、マフラーで顔を包んだピオは頷いて答え、もう一度ストーブに顔を向けた番兵に近づくと、その首の後ろに手刀を叩き込んだ。
 番兵は、うっと声を上げて気絶した。
「地下牢は、この物見塔の下だ」
 ピオの言葉に、ミゼルは頷いた。いよいよ父に会えるという期待感で、彼の胸は高鳴った。
 物見塔の階段を降りていく。階層ごとに横に通じる回廊があるが、人の姿はまったくない。城壁には、それぞれの物見塔の、見回り当番の兵士しかいないのだろう。
 やがて物見塔の最下段に来た。薄暗く湿った地下室である。ピオの手にしたランタンの光に驚いて、大きな鼠たちがキィと声を上げて穴の中に姿を隠す。あたりには、埃と黴と腐敗した汚物の匂いが漂っている。胸が悪くなりそうな悪臭である。
 その部屋の一方に、頑丈な扉があった。ここが地下牢だろう。扉には錠がかかっている。牢の錠は、この当時は外からかんぬきを下ろすだけであるのが普通だが、これは鍵で開ける錠だ。ミゼルは途方に暮れた。実は、このような錠を見るのは初めてなのである。
「任せておけ」
 ピオはミゼルに片目をつぶってみせると、腰に付けた小さな革袋から、先が曲がった一本の細い鉄の棒を取り出した。ピオがその棒を鍵穴に入れて動かすと、カチリと音がして、錠が開いたのであった。
「こういう時に泥棒というのは役に立つのさ」
 ミゼルは扉を開いて中に入った。中は真っ暗である。
 ミゼルはピオから受け取ったランタンを目の前に掲げて、室内を照らした。

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少年騎士ミゼルの遍歴 44

第四十四章 雪

 やがてシズラの町が見えてきた。その頃から雪が降り出していたが、白い帳の中に灰色に横たわるシズラの町は、死の眠りの中にあるようだ。
シズラの町から少し離れた林の中に廃屋を見つけ、ミゼルたちはその中に入って相談をした。
「まず、町の状況をオランプに探ってきて貰おう。宮殿に潜入するのにはどこがいいか、牢屋の場所はどこか、などが分かると有り難い」
 ミゼルが言うのをピオが押しとどめた。
「いや、俺も一緒に行こう。建物に侵入するのは、俺の本職だ。偵察はお手の物さ。それに、オランプが危険な目に遭った場合は助けが必要だからな」
 ミゼルも、その言葉に頷いた。
「日暮れまでには戻る。ミゼルとリリアは、ここで待っていろ」
 ピオは一度行きかけて足を止め、ミゼルを呼び寄せてリリアに聞かれないように小声で言った。
「お互い、明日はこの世にいないかもしれない身だ。せっかくのこの時間を無駄にするなよ。思い残すことが無いようにな」
 ピオはにやりと笑って、ミゼルに片目をつぶってみせた。
「ピ、ピオ、何を言ってるんだ」
 ミゼルは顔を赤らめて言ったが、ピオはすでに歩み去っていた。
 ピオたちが行ってしまうと、ミゼルとリリアはぎこちない沈黙に包まれた。考えてみると、リリアが仲間に加わって以来、二人切りになったのは初めてである。
「この旅が終わったら……」
 ミゼルはやっとのことで口を開いた。
「えっ?」
 リリアが聞き返した。
「この旅が、もしも無事に終わったら、ぼくと結婚してください」
 ミゼルは言った後で、激しく後悔した。身の程を知らない申し込みをしてしまった、とミゼルは自分を責めた。
「はい」
 リリアは真面目な顔で頷いた。
「えっ?」
 今度はミゼルが聞き返す番だった。リリアの返事が信じられなかった。
「はい、と申しました。ミゼルさんの気持ちはずっと分かってましたわ。私、魔法使いですもの。でも、私の気持ちをミゼルさんは分からなかったみたいですね。ずいぶん勘が鈍いこと」
 リリアはいたずらっぽく微笑んだ。
 ミゼルは、その一言で天国に舞い上がった。
「リリアさん……」
 ミゼルはリリアの手を取った。
 リリアが目を閉じて顔を少し上向きにしたのが何の意味かは、女には気の弱いミゼルでも理解できた。ミゼルは胸をどきどきさせながら自分の顔をリリアの美しい顔に近づけた。
 
ちょうど日が沈んで、あたりが暗くなった頃、ピオとオランプは二人の所に戻ってきた。
「カリオスは宮廷ではなく、神殿にいるらしい。我々にとっては都合がいい」
 ピオは、地面に地図を描いて、町の様子を説明した。
「宮殿は、町の西北に、山を背にして立っている。神殿は、そのさらに奥だ。山の二合目くらいの所だ。牢獄は、宮殿の西側の地下にある。宮殿の門は、南が正門で、北が裏門だ。城壁の上には四つの角に物見台があって、絶えず監視兵が巡視している。だが、俺なら、監視兵に見つからずに忍び込む事ができる」
 ミゼルは頷いた。
「町の者や兵士に疑われなかったか?」
「兵士に呼び止められたが、オランプが相手をしてくれた。俺は馬鹿のふりをしていた。そういうのは得意なんだ」
「ははは、見たかったな。ともかく、これで様子はわかった。で、どうする?」
「俺が監視兵の隙を見て城壁に登り、お前達を引き上げる」
「そうだな。……神の武具を着ていれば、正面からでも突破できないことはないが、無駄な人死にはなるべく避けたい。忍び込むことにしよう」
 ミゼルは、オランプに向き直った。
「オランプ、有り難う。君のお陰で、ここまで来られた。後は、君には危険すぎるから、君とはここで別れよう。これは、君へのお礼だ」
 ミゼルはオランプにも宝石を一つ与えた。
「これは有り難く頂きます。だが、金があっても、国が今のままじゃあ、奴隷のような暮らしからは抜け出せない。どうか、カリオスを倒して、この国をまともな国にしてくださいよ」
 オランプの言葉に、ミゼルは頷いた。オランプは名残惜しそうに振り返りながら、雪の中を去っていった。
 ミゼルたちは、いよいよだ、という思いで武者震いした。

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酔生夢人
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職業:
仙人
趣味:
考えること
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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