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ブログ再開のお知らせ

パソコンを変えたので、しばらく更新ができませんでした。明後日くらいから、「軍神マルス」第二部を掲載していこうと思っています。ではまた。

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次回からの掲載のお知らせ。

前回で、「軍神マルス」の第一部「少年マルス」は終わりである。ほとんど読む人もいないのに、我ながらよく続けていると思うが、ブログに載せておけば、いつかは誰かの目に触れる機会もあるだろう。次回から、「軍神マルス」の第二部「青年マルス」を掲載する予定である。「青年」とは言っても、話は「少年マルス」からすぐに繋がる内容であり、話の間にマルスが成長して青年期に入るという意味だ。では、また。

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少年マルス 48

第四十八章 約束

「スオミラという町がアスカルファンやレントの連中に奪い返されたそうだ。しかも、その連中とは、お主が散々に負けたアンドレとマルスだ」
スオミラが奪還されたという知らせを受けた、グリセリードのアルカード駐留軍司令官イゴールは、ストーブに手をかざしている傍らのガイウスに言った。
ガイウスは、ポラーノの戦いの後はグリセリード軍に戦いを任せ、自分は後ろで高みの見物を決め込んでいたのだが、思わぬグリセリード軍の敗北を見て、あっという間にポラーノに逃げ戻り、手兵五十人ほどを連れてアルカードに逃げ込んだのである。
イゴールはこの敗走兵たちにいい顔はしなかったが、アスカルファンに内乱を起こした功労者ではあるから、受け入れないわけにはいかなかった。
「負けたのはグリセリード軍だ。わしが負けたわけではない」
ガイウスは怒るでもなく、平然と言った。
「いずれにせよ、復讐するいい機会ではないか。どうだ、お主、スオミラ攻撃の指揮をせんか」
「気が進まんな。攻城戦は時間がかかって性に合わん。もし、やれと言うなら、兵士を千人出してくれ」
「あの程度の城に千人か。勇将ガイウスの名が泣くぞ」
「なんとでも言え。わしは勝てる戦しかしないのだ」
「なら、他の者をやろう。メドック殿はどうだ」
「二百人もあれば十分だろう。それに、相手が一晩で落とした城なら、こちらも一晩で落とせるさ」
メドックと呼ばれた男は、自信満々で答えた。
馬鹿め、とガイウスは心の中で呟いた。相手がある手を使ったなら、その手は二度と使えないということだ。それに、冬の早いこの地方では、篭城している側よりも、それを取り囲んで野宿をする側の方が辛いのだ。
ガイウスの予想通り、メドックの軍は、スオミラを包囲して二週間後に降り出した雪に音を上げて、グリセリード司令部のあるオレスクの町に戻ってきたのであった。その間に、城内から射掛けられた矢による被害がおよそ五十人、肺炎などにかかった病人が百人近く出ていた。

スオミラの町では、敵への備えを十分にした後、すでにレントからの兵士は帰還させていたが、マルスたちは大事を取って、しばらく残っていた。
しかし、雪が降り出し、このままでは川が凍ってアスカルファンへの帰国が難しくなるため、オーエンだけを残して、マルスたちはアスカルファンへ、アンドレはレントへいったん戻ることにした。
「さようなら、マルスさん、オズモンドさん、ジョン、それにトリスターナさん、マチルダさん」
オーエンは目に涙を浮かべて別れを告げた。
彼は、ここに残って町の軍事責任者になるのであるが、さすがに長い間行動を共にした仲間との別れは切ないものがあった。
アンドレは父親のイザークに別れを告げた。父親の年からして、もしかしたら、これが最後の別れになるかもしれない。
「どうしても、一緒にレントに来てくれないのですか」
「わしの事は気にするな。お前は自由に生きていけばいい。年寄りには住み慣れた所が一番なのじゃよ。どこにいても、お前の幸せを祈っとるからの」
アンドレは父親の肩を抱きしめて、涙をこぼした。
レントへ向かう商船に乗って、マルスたちはスオミラから離れた。
スオミラの町は、雪に降り込められて、おぼろになり、やがて消えていった。それは、ひどく物寂しい景色だった。

なんとなく寂しい船旅であった。アンドレは後に残してきた父親やスオミラの町が気がかりで物思いに沈んでいるし、他の者も、静かで内気だが、献身的で頼りになるオーエンとの別れが胸に残っていた。
別れの寂しさと、冬の寒さが、人々を物思いに耽らせる。アルカードほどではなくても、アスカルファンもそろそろ寒さがつのって来るだろう。
そして、マルスの十六歳の日々も終わろうとしていた。

アンドレはレントに残ったが、トリスターナは、結婚の件はしばらく考えさせてくれと言って、マルスたちとアスカルファンに戻り、ジョーイとクアトロはアンドレの客人として、レントにしばらく滞在することになった。

アスカルファンに帰ってすぐ、マルスはマチルダに求婚した。
「この国にもう一度、危機が訪れるそうです。もしも運良くその戦いに勝つことが出来たら、その時は、僕と結婚して貰えませんか」
ぎくしゃくとそう言って、マルスはマチルダの宣告を待った。
一秒、間があって、マチルダは小さく「ええ」と言った。
マルスは一瞬混乱した。今のは「ええ」だったんだろうか、それとも「いいえ」だったのか、それとも「ええと」と言ったのか。
マルスは間抜けな顔で聞き返した。
「つまり、承知したんですね」
「その通りよ。でも、約束して。結婚したら二度と危ないことはしないって。結婚した途端に未亡人なんて絶対にいやですからね」
「大丈夫です。結婚したら僕はあなたの為だけに生きますから」
と、世界の損失になるような事を軽軽しく約束して、マルスは有頂天になった。

グリセリードの草原を走る一頭の馬がいる。その馬上には、男装をし、軽い鎧を着た美女が乗っている。
彼女は空を見上げる。四方に遮るものが全く無いこの草原では、空が丸い。
太陽は中天にかかり、やや西に傾きかけている。
あの空の向こうにアスカルファンがある。来年になったら、そのアスカルファンが自分の最初の戦場となるのである。
ヴァルミラはにっこりと笑い、再び馬に鞭をくれた。
あざやかに馬を操るその姿は、一幅の絵のようであった。

        『軍神マルス』 第一部   完

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少年マルス47

第四十七章 スオミラ救出

マルスたちの一行は、レントを出発して、アルカードに向かっていた。
アンドレがレント国王から貸し与えられた兵士の数は二百人である。国王は、もっと出そうと言ったのだが、今回はアスカルファンの場合と違って、勝っても戦費の捻出が難しいので、二百人に止めたのである。
「今度は前と逆だな。こちらが城を攻める番だ」
オズモンドが言った。
「しかも、中にいる市民に被害を与えてはならないんだから、さしものアンドレも頭が痛い事だろう」
オズモンドは、考える事は自分の役目ではないと決め込んでいる。
アンドレは船室の一つで机に向かったり、ベッドに寝転んだりしてあれこれ悩んでいる。
翌日はスオミラに着くという日の夕方、彼は部屋から出てきてみんなに言った。
「やはり、正面から攻めるのは市民の被害が大きい。奇襲でいこう」
アンドレは計画を説明した。
「スオミラの町の城壁のうち、背後の川に面した側には、外からは見えないが、下水溝が川の下に開いている。河の水位が下がったら、頭一つ分は上に空間が出来て、そこから中に入れるはずだ。運が悪ければ、汚水の下を潜っていくしかないが」
男たちは、互いに顔を見合わせた。
「下水溝を潜っていくんですか?」
ジョンが情けなさそうな顔をした。
「全員ではない。誰かが入っていって、城門を開くんだ。そうすれば、兵士たちに一斉に中に突入させる事が出来る」
「俺は下水に潜るのはいやだぞ。ローラン家の者が、そんな事できるか」
オズモンドが早速断った。
「君には期待していないよ」
アンドレも冷たく答える。
「僕がやろう」
と言ったのはマルスである。
「私も行きます」
とオーエン。
「では、僕を入れて三人だ。ジョンは、安全な所で、トリスターナさんとマチルダさんを守っていてくれ。オズモンドは、中から合図があったら、兵たちを指揮して、中に突入するんだ」
アンドレの言葉に、女たちは文句を言った。
「そんな。私たちも働かせてください」
「いや、気持ちは嬉しいんですが、あなたたちは、離れたところにいてください。もし、負傷者が出たらその看護をして頂きたいのです」
アンドレは二人を押し止めて言った。

翌日、夕日が沈む頃、船はスオミラの町から二キロほど離れた所に停泊した。
そこから歩いて、スオミラの町が目に入った所で、トリスターナ、マチルダ、ジョンの三人は待機し、残る兵士たちは監視兵に見つからないように、姿を隠しながらスオミラの町に近づいていった。
町から数百メートルの所に兵士たちを潜伏させ、マルス、アンドレ、オーエンの三人は、川に身を沈めた。初冬の川水は、身を切るように冷たい。
一面の星空だが、月は無く、監視兵には見つかりにくい夜である。
先頭のマルスがアンドレに教えられた下水溝を探す。なるほど、人間の頭が僅かに出るくらいの隙間が見つかった。
その下は、人が四つん這いになってやっと歩けるくらいの穴である。もしもこの中に閉じ込められて、水位が上がったら、溺死するしかない。
幸い、この時間には城内から下水が流れることもなく、三人は無事にその穴を通って城内に入ることが出来た。
中に入ったマルスは、持っていた弓で、まず城壁の上の監視兵を射殺した。星明りの中だが、マルスの視力には十分な明るさである。監視兵は、城壁の上に崩れ落ち、あるいは下に転落した。
その間に、アンドレは城内の様子を探りに走って行き、オーエンは城門を開いた。
マルスは城門の上に立って、合図の火縄を振った。
外に待機していた兵士たちが城内に駆け込んでくる。城内にいたグリセリードの兵士たちは、その物音に驚いて飛び起きたが、兵士たちの先頭を切って走り込んできたクアトロに、たちまち五、六人が真っ二つにされた。他の兵士たちもそれぞれグリセリードの兵士を切り殺し、城内にいた百五十人のグリセリード軍兵士のうち半数ほどは、最初の数十分間で死体になった。そして、残る半分は、相手兵士の数を見て、降参したのであった。

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少年マルス 46

第四十六章 グリセリード

アスカルファン侵攻の失敗を聞いたグリセリードの女王、シルヴィアナは、烈火のごとく怒って、第二次遠征軍の派遣を、デロス将軍に命じた。
デロス将軍は、この国第一の武人であり、アスカルファンごとき小国にはもったいないというのが群臣たちの考えだったが、シルヴィアナの剣幕では、それに反対するわけにもいかない。
「ご命令とあらば参りますが、アスカルファンを取って、何の利益があるのでしょうか。今や、この大陸の東側は、すべてグリセリードのものとなりました。考えるべきは、この版図をいかに維持するかであり、油断をすれば、この大国はすぐにでも反乱によって四分五裂しましょう。まして、大山脈を越えて行くには、騎馬部隊の派遣は不可能であり、船で行くには、これから兵士を大量に運ぶだけの大船を無数に作らねばならず、多大な出費がかかります。そのような犠牲に見合うだけのどんな利益が、アスカルファン攻略にあるのか、お聞かせください」
デロス将軍は大広間に立ち、女王を直視して大声に言った。
群臣は、デロスが斬罪に合うことを予想して、目を伏せた。
女王は、一瞬言葉に詰まったが、すぐに
「利益だと? 私の胸がすっとすることが利益じゃ。お前は臣下の分際で王の命令に従わぬ気か。なら、お前の首を刎ねることで、私の胸を晴らしてもいいぞ」
「左様ですか。なら、アスカルファンに向かうことにしましょう。同じことなら女の手で死ぬより、戦場で強者と組み合って討ち死にするほうが気持ちいいですからな」
デロスは巨体を優雅にかがめ、皮肉に一礼して、女王の前から退出した。
宰相のロドリーゴは、女王の側で眠ったように眼を閉じている。
この宮廷で、ロドリーゴが自分の意志に従わせることができないのは、デロス将軍だけである。血で血を洗う戦場を幾つも潜り抜けてきたデロスの強靭な精神力は、何物をも恐れず、ロドリーゴの射るような視線を跳ね返してしまうのである。
だが、デロスは根っからの武人であり、国王に対する忠誠心を捨てる事はなかった。と言うより、シルヴィアナの父である先代国王ヴァンダロスへの忠誠を今も持ち続けており、国王の命令なら、いつでも死ぬ覚悟があった。
デロスは大臣に命じて、大船団の建造を計画させた。現在の技術の粋を使い、金を湯水のように使って、兵士三十万人を運ぶ大船団を作るのである。
女王シルヴィアナが即位したのは十二年前である。まだ二十二歳の初々しい女王が誕生したのは、先代の跡を継ぐはずだったその夫が、領土拡張の戦争の最中に戦死したからであった。そして、僧侶上がりの大臣ロドリーゴが宰相となった時から、シルヴィアナの専制はひどくなってきたのであるが、それがシルヴィアナと男女の関係にあるロドリーゴのためである事を知らぬ者は、この宮廷にはいなかった。
船団の完成は、どんなに急いでも九ヵ月後だと、宮廷の工人は言った。
「なら、わしの命も九ヶ月は安全というわけか。その間は小さな戦は他の将軍に任せて、のんびり過ごさせてもらおう」
デロスは自分の屋敷に戻って、九ヵ月後に出征すると、その若い妾のナタリアに言った。
「まあ、アスカルファンですか。ずいぶん遠くまで行かれるんですね」
「まあな。これまで乗った事のない船とやらにも乗らざるを得ない。わしは馬は得意だが、水の上に人間が浮かぶなどというのは気味が悪いわい」
デロスは風呂場でナタリアに背中を流させながら、そんな事を言った。
デロスの褐色の体は五十を過ぎた今も逞しいが、無数の刀傷や槍傷、矢傷で、つぎはぎである。
「今度の遠征にはヴァルミラも連れて行こうと思っている。お前たちは、もしもわしが戦場で死んだなら、この家にある物をすべて自分たちで分け合うがいい。ただ、財産を醜く奪い合うことはしないでくれよ」
「死ぬなんて、縁起でもない。それに、この家の方はみんないい方ですから、争い事は起こりませんわ」
「分からんさ。女が一人で生きていくのは大変なことだ。何かの時に、多少欲深になっても仕方がない」
「ヴァルミラ様も戦場に出られるんですか?」
「まあな。あいつも、男より馬と剣が好きな女なんだから、そろそろ本物の戦場という奴を見せてやろうと思ってな」
ヴァルミラは、デロスの一人娘で、小さい頃からデロスの真似をして剣や槍を振り回し、弓をオモチャにして育った娘である。
どういうわけか、デロスの女たちが生んだ子供は、男の子は一人も育たず、女の子のヴァルミラだけが十九歳の今日まで無事にそだったのであった。
容貌魁偉なデロスにも似合わず、相当の器量良しの娘なのだが、男にはまったく興味が無く、いつも自分を戦場に連れて行け、と父親に頼んでいた。

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少年マルス 45

第四十五章 宝石箱

「おい、マルス、どこへ行っていたんだ。王妃がお前に会いたいとおっしゃってるぞ」
オズモンドに連れられてマルスは王妃の居室に行った。
マルゴ王妃は、まだ三十代前半の、非常に美しい人である。
「マルス、もっと近くに寄りなさい。お前の事は、アンドレから聞いています。お前の御蔭で、この国も私たちも救われました。そのお礼をしたいと思って呼んだのです」
王妃は、侍女に命じて、布に載せた小箱を持ってこさせた。
「王は、お前の働きに対して、あまりに過小なお礼しかしなかったようなので、これを私からお前への贈り物とします」
マルスは、その小箱を開いた。中にはまばゆく輝く宝石が幾つも入っている。おそらく、一つでも庶民が一生安楽に暮らせるだけの値打ちのものだろう。
「これは、頂けません」
「遠慮せず取っておきなさい。国を救った代償には、これでもまだまだ足りません。それから、こちらはアンドレに渡してください」
侍女が手渡した、もう一つの小箱には、五百リム金貨がぎっしり詰まっていた。おそらく、五十万リム以上あるだろう。
「レントへのお礼は、王から別にあるはずですから、これはアンドレ個人へのお礼です」
 王妃は、言葉を続けた。
「マルス、私から王に働きかけて、なんとかお前を貴族に叙すようにします。そうすれば、お前も所領を得て、安楽に暮らせるでしょう」
「有難いお言葉ですが、私は今のままで十分です。ただ、自分がオルランド家ゆかりの者であることを認めてもらえないのは残念ですが」
「そうだったのですか。ならば、この国でも最上の貴族の家柄ではありませんか。どうして、それが庶民になったのです?」
マルスは王妃に自分の出生の事情を説明した。
「そうですか。それは気の毒に。お前の父のジルベールが生きておればいいのですが」
「生きていると思います。ある優れた魔法使いが、そう言ってました」
「なら、きっといつかは父とめぐりあうこともできるでしょう。そう願います」
マルスは王妃に厚くお礼を言って退出した。

やがて、レントへの出発の日が来た。
今回の船旅には、レントに戻る兵士たちの他に、ジョーイやクアトロも一緒である。
初めてクアトロを見たマチルダやトリスターナは、最初は彼を怖がったが、彼が普段は大人しく優しいのを知って、安心した。
ジョーイはアンドレと気が合って、さまざまな工業の技術の話を夢中になってしている。
アンドレは、膨大な本を読んでおり、博学そのものであったが、その大半は机上の知識であったから、ジョーイのように現実から学んだ技術者の話が非常に面白かったのである。
二日後に、船はレントに着き、一行はレント国王にお目通りした。
アスカルファン国王からの莫大な謝礼は、レント国王を喜ばせたが、それよりも、アンドレや兵の大半が無事に帰ったことの方が、嬉しかったようである。
レント国王は、スオミラ救出のために兵を貸して欲しいというアンドレの頼みを快く引き受けたが、それには条件があった。スオミラの町を救うことに成功したら、レントに戻ってきて、レント国王に仕えるという条件である。
「というわけで、あなたもレントに住むことになりますが、いいですか」
と、アンドレはトリスターナに言った。
「おいおい、まだトリスターナさんはお前の求婚を受け入れてはいないぞ」
オズモンドが腹を立てて言う。
「私は、レントは好きですわ。でも、アルカードでもアスカルファンでも、どこでもかまいませんの。これまで十二年間も、狭い修道院の中だけで生きてきたんですから、どこでも素晴らしく見えますわ」
トリスターナが言うのに
「おい、今のは別に求婚を受け入れたというわけではないぞ」
とオズモンドが解説する。
「私は、皆さんといるのが楽しくて仕方がないの。旅も素敵だし、どこかで落ち着いて暮らすのもいいでしょうけど」
マルスの方は、トリスターナを巡る二人の鞘当てには構わず、マチルダと話し込んでばかりいる。こっちもこっちで、こうしているだけで、何とも言えない幸福感に包まれているのである。
「あの宝石を皆にやってしまったのは、少し惜しいわね」
マチルダが言ったのは、王妃からマルスが貰った宝石のことである。
マルスはジーナの家族に一つ、オーエンに一つ、ジョンに一つ、そしてマチルダとトリスターナにも一つずつ上げた残りは金に換えて、自分と行動を共にした騎馬隊の兵士たちにすっかり分け与えたのだ。アンドレとオズモンドは、自分らは宝石は要らないと断った。
マルスは、自分のためには、王妃の記念として、小さな指輪を一つ残しただけであった。
「僕なら、弓があればどこにでも獲物はいる。金の必要はないさ」
「でも、戦いをするにはお金が必要よ。必要な時、お金が無いってのも困るわ」
マチルダは現実的な意見を述べる。
本当は、いつかマルスと結婚する気でいるので、マルスの金遣いの無頓着さを今から少し矯正していこうと考えているのである。それに、マチルダはけっしてケチではないのだが、マルスと自分は一心同体だと考えているので、まるで自分の金が無駄遣いされたような腹立たしさも、少しはあったようだ。

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少年マルス 44

第四十四章 悪魔

アンドレのトリスターナへの唐突な求婚は、オズモンドの猛烈な反対の為ばかりでもなく、トリスターナがまだ気持ちが定まらないことと、アンドレ自身スオミラを救う使命が残っていることから、一時棚上げしておくことになった。トリスターナはけっしてアンドレが嫌いではなく、むしろ非常に好ましく思っていたのだが、自分が結婚するということをこれまで考えたことがなかったので、びっくりしてしまったのである。
「スオミラの町を救ってから、必ず戻ってきます。その時はきっといい返事をしてください。オズモンドなんかの言う事を聞かないように」
アンドレはトリスターナの手を取って言った。オズモンドはそれを苦々しげに見ている。
何で、話すのに一々相手の手を取らねばならんのだ……。
 マルスはアンドレに同行してスオミラ救出に向かおうと申し出た。マチルダやジーナ、トリスターナは必死でそれを止めたが、マルスの心は変わらなかった。
「アンドレやオーエンだけを死地に向かわせるわけにはいかんじゃないか」
マルスは、理の当然とばかりに言う。
周囲の人間は、マルスを、心の半分では馬鹿だと思いながら、その単純な善良さには心打たれずにはいられなかった。
「その通りだ。僕も行こう。アンドレは気に食わんが、マルスが行くなら僕も行く」
オズモンドが言った。
「なら、私も行くわ」
とマチルダ。
「あのう、私もご一緒していいかしら。多分、足手まといになりますけど……」
と、トリスターナまで言い出し、またしても一同勢ぞろいということになったのであった。こうなると、ジョンも行かざるを得ない。
「やれやれ、こうなりそうな気がしていましたよ。神のご加護があって全員無事に帰れればいいんですがね。まあ、乗りかかった船だから、最後までお供しましょう」
ぼやきながらも、顔は楽しげである。

 レントへの船出はそれから五日後であった。その間、レントから来た兵士たちはアスカルファン国王から報奨を受け、あちこちの酒場や宿屋で歓待されてすっかりアスカルファンびいきになったが、肝心のマルスは十万リムの金と勲章を与えられただけであった。
 宮廷で、マルスは初めて叔父のアンリと対面した。
「お前か。ジルベールの息子と名乗っているのは。お前がジルベールの息子だというどんな証拠がある!」
 アンリは神経質そうな顔をひくひくさせて、いきなり怒鳴るように言った。
「ブルーダイヤのペンダントを持ってましたが、盗まれて、今はありません」
マルスは言ったが、叔父がつまらない人物なので、内心がっかりしていた。
 年は四十くらいだろうか、中背で太り気味の男で、何かの病気か、少し眼が飛び出している。おそらく度の過ぎた美食のためだろう。顔じゅう吹き出物だらけであるが、それを白粉で隠しているのがかえって不気味である。
「ふむ、仮にお前がジルベールの息子だとしても、オルランド家はわしが相続した以上、お前にやる物はないぞ。まあ、少しくらいなら金をやってもよいから、二度とわしの前に顔を現すな」
「金は欲しくありません。ただ、父の行方を探しているので、何か手掛かりを教えてください」
マルスが言うと、アンリはぎょっとした顔でマルスを見た。
「ジ、ジルベールは死んだに決まっておるではないか。それとも、生きておると誰かに聞いたのか」
「はい」
「そいつは何者じゃ。そいつは嘘を言っておるのだ!」
アンリのうろたえぶりに、マルスはアンリがジルベールの行方を知っているのではないかと思ったが、それ以上聞く前に、アンリはマルスの前から逃げるように歩み去った。
アンリが去ってすぐ、マルスの前に、一人の男が立った。
五十歳くらいの穏やかな顔の老人である。僧服のようだが、それとも少し違う、変わった服を着ているのがマルスの注意を引いた。
「マルスじゃな。ずいぶん遅かったではないか」
「あなたは?」
「カルーソーじゃよ。ロレンゾから聞いておらぬか」
マルスは思い出した。
初めて山から下りてきた時、魔法使いのような男に遇って、その男の口から、「カルーソーの所に行け」と聞いたのであった。
「聞いています。でも、庶民の私が、どうして宮中にいるあなたにお会いできましょう」
「そう言えばそうじゃな。わしもロレンゾも、時々、普通人の不便さを失念するのじゃよ。許してくれ」
マルスには意味不明の事を言って、カルーソーはマルスを自分の部屋に導いた。
 カルーソーの部屋は、四方の壁が本で埋め尽くされ、机の上にはマルスの目には得体の知れない球形の道具や、コンパスなどが載っていた。
「お前は、この前の戦でこの国を救った英雄じゃ。だが、実は、あの戦は、真の戦いの前触れに過ぎん。間もなくこの国に悪魔が現れることになるが、お前はそれと戦う運命にあるのじゃ。しかも、その戦いでお前が勝つかどうかは我々にも予測がつかん。我々の魔力を上回る魔王相手の戦いなのじゃ」
 カルーソーは、そう言ってマルスを見た。
「その戦いはいつ頃になりますか」
マルスは少し考えた後、カルーソーに聞いた。
「まだ、だいぶ先じゃよ。一年後か、二年後か。だが、これは苦しい戦いになるぞ。悪魔は人の心を支配する力がある。お前自身、悪魔に心を支配され、極悪非道な悪魔に変わる可能性もあるのじゃ。その時はこの国の、いや、この世界の終わりじゃな」
「悪魔に心を支配されない方法は?」
「神の力を借りることじゃ。祈りと、神具の力があれば……。だが、正直言って、それで完全に防げるとは限らんのだ。一たびお前の心に人や神への疑い、憎しみ、弱さが芽生えたら、祈りの力も神具も役にはたたん。何物にも動揺しない純粋な心だけが、悪魔に打ち勝つのだ」
「悪魔とは一体何なのですか?」
「邪悪な思念の塊じゃ。だから、それが地上に現れる時は、人や獣の姿を借りて現れるのじゃよ」
 マルスは、アルカードの山中で見た大猿を思い浮かべた。
「悪魔との戦いがまだ先なら、しばらくアルカードへ旅をしてもいいでしょうか」
「かまわんさ。旅から戻ったら、ロレンゾを探すがよい。ロレンゾは東の大山脈の、ある山の中にいる。これを持っていくがいい。この石は、魔力に反応する力がある。善なる魔力に近づけば白く光り、悪に近づけば赤く光る。常に首に掛けておけば、いい道案内になるだろう」
カルーソーがマルスに渡したのは、瑪瑙のペンダントだった。見たところは、普通の瑪瑙と変わらない。
マルスはカルーソーに礼を言って別れを告げた。
大広間に戻ると、オズモンドが彼を探しているところであった。

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HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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