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天国の鍵47

その四十七 マルスの家

 雲に乗って空から下界を見ると、不思議な感じです。すべてが小さく遠くなり、その中にいると果ての見えない大きな砂漠の果てもちゃんと見えます。すべて、全体を知るためには遠くにはなれる必要があるのでしょう。近くで見ないと見えないものもあるし、遠くにいないと見えないものもあるのです。
 目の下を流れる雲に一部はかくれていますが、後方にはルメトトと出会った神殿が、ずっと遠くを見ると、砂漠のはずれのほうにはアズマハルの町も見えます。そして、雲が進んでいく方向には、地平の果てに青い線が見えます。あれがボワロンの海岸でしょう。
 やがてハンスたちの乗った雲は海の上に出ました。アスカルファンとボワロンをへだてる内海はそれほど大きいものではありません。それでも船なら四、五日はかかる距離ですが、そこをおよそ三時間ほどで渡り終え、雲に乗ってからおよそ半日後にハンスたちはアスカルファンに着きました。
「ひええ、もう着いちゃった」
アリーナが嘆声(たんせい)をあげました。
 アスカルファンの東の山脈のふもとにあるカザフの村に雲は下りていきます。その村はずれのマルスとマチルダの家にロレンゾはいます。
 グリセリードからパーリにかけて、南国を通ってきたので、あまり気づきませんでしたが、季節はすっかり冬になっています。山の近くはもう雪がつもっています。
「ううっ、寒い」
アリーナがぶるっとふるえました。この仲間の中では、ふつうの人間であるハンスとアリーナが、やはり暑さや寒さに弱いようです。
ハンスたちはマルスの家まで歩いていきました。
マルスの家の煙突からは、あたたかそうな煙が出ています。
「あら、ハンスじゃない。アスカルファンにもどったのね。無事でよかったわ」
ハンスの顔を見て、マチルダは声をあげました。
「この子たちは?」
「みんなぼくの旅の仲間です。アリーナにセイルンに、そしてチャックです」
マチルダはハンスたちを歓迎するためにごちそうを作ります。
ハンスからピエールたちの話を聞いて、みんな無事であると知ってマチルダは安心したようです。
ロレンゾも久し振りにハンスの顔を見てうれしそうですが、マルスの方は、この四人の子供が何者なのかわからず、とまどっているようです。精一杯あいそ良くふるまっていますが、ぎこちない感じがするのは、正直な人間は元来、社交的な演技がへただからです。つまり、うそとほんとの使い分けができないのですね。女の人の場合は、だいたい演技がうまいものですが、男にはこういう正直な不器用者が昔は多かったのです。

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天国の鍵46

その四十六 四人と四匹

セイルンは、ハンスたちの方を向いて言いました。
「こいつの言うことを聞いちゃあいけないぜ。悪魔というやつは、口からでまかせが得意なんだ。こいつは、最初は自分には悪の観念は無い、なんて言っていて、いつのまにか悪の弁護をしている。つまり、ちゃんと悪が悪いという自覚はあるんだ。悪魔と議論したって意味がないんだ。なぜって、悪魔には、論理に従おうという気持ちはまったくないからな。わがままな赤ん坊と議論をするようなものさ」
 それにしても、チャックが悪魔だというのにはおどろきました。しかも、その悪魔が天国の鍵をさがしているなんて、どうなっているんでしょう。ハンスとアリーナは、このままチャックを仲間にしていていいのかどうか、まよいました。
「チャック、もし君が仲間になりたいなら、ぼくたちには危害を加えないと約束してくれ」
 ハンスの言葉に、チャックはうなずきました。
「ベルゼブルの名にかけて誓おう。君たちには危害は加えない」
ハンスはセイルンを見ました。セイルンは肩をすくめて、まあいいだろうという顔をしました。
「おれたちは、このままパーリにとどまるから、これでお前たちとはお別れだ。元気でな」
ピエールが言うと、ヴァルミラが
「パーリでの仕事が終わったら、またアスカルファンで会いましょう」
と言いました。
「お父さんの敵討ちは終わったのですか?」
ハンスが聞くと、ヴァルミラは少しさびしそうな笑顔でうなずきました。
「ええ。これでもう私には何もすることがないわ。復讐という血生臭い仕事ですら、何も生き甲斐がないよりはましね」
「何を言うの。あなたほどすべての能力に恵まれた人はいないのに」
ヤクシーがヴァルミラをはげまします。ハンスたちにはよくわからない話ですが、父親の敵討ちは、ヴァルミラには満足よりも空しさを感じさせるものであったようです。
 ハンスたちはピエールたちに別れをつげて、ボワロンに向かって出発しました。これからは子供だけ四人です。しかも、そのうち二人は人間ではありません。いったい、これからどうなることでしょう。
「めんどうだから、おれがみんなを雲に乗せてやろう」
セイルンが言いました。なるほど、竜と雲はつきものです。
 セイルンが空を向いて、口笛のような鋭い声をあげると、たちまち空中に雲があらわれました。
 人間だけでなく、猿のジルバ、犬のピント、驢馬のグスタフまでみんな雲に乗ります。オウムのパロは最初自分で飛ぼうとしましたが、雲の方が速いので、これも乗りました。

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天国の鍵45

その四十五 善と悪の議論

 セイルンは、生意気な口調でハンスたちに言いました。
「老師が、お前もハンスたちといっしょに天国の鍵をさがせと言ったんだ。おれはべつに天国なんか興味(きょうみ)ないけどね」
 そして、セイルンは、ハンスたちのそばにいるチャックを見ていいました。
「なんで小悪魔がおまえたちといっしょにいるんだ」
チャックはむっとした顔で言いました。
「お前こそ、竜の子供だろう。なんで人間のふりをしている」
ハンスたちはあきれて二人の言い合いを見ていました。
 チャックはアリーナに向かって弁解(べんかい、いいわけのこと)するように言いました。
「こいつの言うとおり、ぼくは実は悪魔なんだ。でも、悪魔の中でも人間に近い種類でね。まあ、悪魔というよりは妖精と言ったほうがいいくらいで、確かに人間の道徳にはまったくしばられないから、人間から見たら悪いこともするが、それはぼくらにとっては悪でもなんでもないんだ。悪という観念がぼくらにはまったくないんだよ」
「ようするに、大人なみの知能を持った赤ちゃんなんだ」
セイルンがあざ笑うように言いました。こっちのほうは、見かけは七、八歳くらいなのに、言うことは大人びています。
「なんで悪魔が天国の鍵をさがすんだ?」
ハンスが聞くと、チャックは笑って言いました。
「おもしろそうだからさ」
「しかし、地上が天国になったら、君たちは消えてしまうかもしれないぜ」
「それもいいさ。ぼくには自己保身の欲望なんかない。その点、人間なんかよりずっと天上的な生き物さ」
「悪魔が天上的とはお笑いだな」
セイルンが言うと、チャックも言い返します。
「お前の師匠のロンコンも、ブッダルタとやらもわかっていない。この世になぜ悪があるのかということをな。その点、ルメトトはさすがだ。ちゃんと悪の存在意義を知っていた」
「悪魔の自己弁護を聞いていると、まるで悪が善よりも善みたいな気がしてくるぜ」
「まあ、考えてみるがいい。この世の人間がみんなロンコンやブッダルタみたいになったとしたらどうだ。地上がそのまま天国になるとはそういうことだ。そんな世界の何が面白い。我々がいるからこそ、この世はこんなにも面白い世界になっているのではないか」
「悪の存在意義とは、この世を面白くすることか。では、その悪のために悲しみ、嘆く被害者たちはどうなる」
「そんなのは俺たちの知ったことじゃない」

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天国の鍵44

その四十四 再会

「ぼくたちもアスカルファンに行こう。ロータシアに行く前に天国の鍵のてがかりはすべて集めておきたいし、どうせアルカードに行くとちゅうなんだから」
 ハンスの言葉にチャックはうなずきました。
「それでいいかい、アリーナ?」
ハンスはアリーナに聞きました。アリーナにとっては、完全にグリセリードの外に出ることになりますから、心細いでしょう。
「もちろんいいわよ。アスカルファンやアルカードを見るのは楽しみだわ」
ハンスだけを相手にしている時とちがって、なんだか上品な口ぶりでアリーナは答えました。
「さて、アスカルファンに行くとなれば、ここから砂漠を横切って西に行き、ボワロンの北の海岸から船に乗ることになるな」
チャックが言うと、アリーナが聞きました。
「あんたたち、空を飛べるんじゃないの?」
「浮かぶのはできるが、飛ぶのはむずかしいな。精神の集中は、限度がある。あまり長い時間はできないんだ。高いところから落ちるとあぶないし、精神も疲れるからね」
チャックが答えます。
「そうか」
とアリーナは納得(なっとく)しました。
 その晩は、砂漠の星空を見ながら眠り、翌日、三人は砂漠の北西のボワロンに向かって出発しました。
 三人が歩き出して数時間たった頃、上空を飛んでいたパロが何かを見つけて下りてきました。そして、言いました。
「東のほうから、ピエールたちが来る」
ハンスとアリーナは大喜びしました。もしかしたら、ピエールたちはグリセリードで捕らえられて、殺されたのではないかと心配していたのです。
 砂漠の彼方から、ラクダに乗って駈(か)けて来るのは、本当にピエールとヤクシーとヴァルミラです。ヤクシーのラクダには、もう一人乗ってますが、だれなのでしょう。
「やあ、ハンス、シルベラ、元気そうだな」
ピエールは、ひらりとラクダから飛び下りて、ハンスとアリーナを抱きしめました。続いて、ヤクシーとヴァルミラも下ります。ヤクシーといっしょに乗っていた子供も下りました。見ると、ロンコンのところにいたセイルンではありませんか。どうしてこの子がピエールたちといるのだろう、というハンスの疑問に答えるようにピエールが言いました。
「この子はセイルンだ。おれたちとアズマハルで遭(あ)って、ハンスたちの後を追っているというんで連れてきたんだ」

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天国の鍵43

その四十三 旅の行く先

「どうだい、これからしばらくいっしょに旅をしようじゃないか。そうすれば、きっと天国の鍵をさがす仕事もやりやすいだろうし」
チャックがハンスたちに言いました。
「それがいいわ。ねえ、ハンス?」
アリーナがうれしそうにハンスに言います。
ハンスは本当はチャックを仲間に入れたくなかったのですが、しぶしぶうなずきました。
「これで、三つのてがかりがわかった。あとは、この詩の意味をゆっくり考えて、ほかにてがかりがないか探しながら旅を続けよう」
チャックが言いました。すっかり三人の中のリーダー気取りです。
「さっきのルメトトの言葉は覚えたかい?」
チャックはハンスに言いました。アリーナはびっくりしてチャックに聞きました。
「あの影みたいな男と何か話したの? ただ黙って見つめあっていただけかと思った」
「心で話したのさ。一度に二人の人間の心に語りかけるなんて、さすがは三千年も生きているだけある」
チャックの言葉にアリーナはもう一度びっくりします。
「しかし、サファイアの菫とは何だろうな。本当にサファイアで作った飾り物なのか、それともただの菫のことなのか」
ハンスがつぶやくように言うと、チャックが笑って言いました。
「菫のことは知らないが、ヘルメスが出没する小部屋はたぶん、ソクラトンの部屋のことだ。ソクラトンの住むところは、まさしく、叡智の森の中だし、実際にその家のそばには黒い松が生えているんだ。ぼくはもう一度ソクラトンのところに行くはめになりそうだ。こんなことがあるから、今まで多くの者が天国の鍵を探すのをあきらめたのさ」
「しかし、ソクラトンのことが何で三千年前の詩によまれているんだよ。ソクラトンはふつうの人間だろう。まさかルメトトみたいに三千年も生きているわけじゃあるまい?」
「いつも同じ詩だとはかぎらないさ。ルメトトほどの大魔術師なら、世界のすべてをわかっていてもおかしくはない。その時その時で天国の鍵となる言葉も変わるのかもしれない」
チャックの言葉に、またアリーナが口をはさみました。
「なんだ、天国の鍵って、ただの言葉なの? つまんない」
 それはハンスも同じ気持ちでしたが、しかし、それが一つの言葉だったとしても、本当にそれで地上が天国に変わるのなら、探す価値はあるという気もします。考えれば、大昔からあらゆる賢者や宗教家、哲学者がさがしてきたのもそれなのではないでしょうか。
「これからどうする? ぼくはアスカルファンのロレンゾに会いに行くつもりだが」
チャックの言葉に、ハンスはおどろきました。やはり、七人の大魔法使いの一人はロレンゾだったのです。

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天国の鍵42

その四十二 三つめの詩

 砂漠の彼方に日がしずみかかっています。
神殿の奥のほうで、火がつくような物音がして、三人が振り返ると、祭壇(さいだん)に灯がともり、そこに人影がありました。いつの間にそこにいたのでしょう。
「*******、******!」
ハンスたちにはわからない言葉でその男が言いました。ハンスは心で相手に伝えました。
(あなたはもしかしたらルメトトですか? ぼくらは賢者ルメトトを探しているのです)
(私がルメトトだ。で、私に何の用だ)
(私たちは天国の鍵をさがしているのです)
(むだなことだ。この世に善が必要なように、悪も必要なのだ。悪のない世界など、人間の世界ではない。天国など、死んでから行けばいいのだ)
(では、何も教えていただけないのですか)
(教えてやろう。行為の空しさを知るために行なう行為は空しい行為ではない。賢者アロンゾのすべての栄光はただ「空」の一語を知るためにあったのだ。聞け、そして覚えよ。この詩が天国への鍵の一つなのだ)
ハンスはあっと思いました。天国への鍵とは、物ではなく、言葉だったのでしょうか。
(荘厳な叡智の森の中、黒い松が影を投げる場所、
ヘルメスが出没する小部屋の近く、
三つの素晴らしい小花が咲く。
あらゆる花の香りに優るダマスコ薔薇
乳白の純潔の百合
紫の愛の花。
赤い太陽は汝にしるしを与えるであろう。
その場はサファイアの菫が輝くところ
見えない黄金の流れに潤うところ
汝、一本の菫を求めよ。
されど、嗚呼、気をつけよ、
百合とアマランスは細心の世話を要する)
ハンスはその言葉を必死で覚えました。なにしろ、これは心に語りかけられた言葉ですから、パロをたよりにするわけにはいきません。ふだん物を覚えることをさぼっていると、こういう時には大変です。
(私がお前に教えるのはこれだけだ。さあ、もう行け。私はもう三千年も生きて、お前たちのような者に会うのにはあきあきしておるのだ)
 ルメトトは、その影のような姿の手を振って、ハンスたちを追い払うようなしぐさをしました。ハンスたちはしかたなくその神殿から出て行きました。

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天国の鍵41

その四十一 二つめの詩

 おたがいの知っていることを教えあおうという少年チャックの申し出を、ハンスは承知する(OKする)ことにしました。アルカードもいずれ行ってみたいと思ってはいますが、これからアルカードまで旅しても、ソクラトンに会えるかどうかわからないのですから。
「わかった、じゃあぼくから言おう。これは、グリセリードのロンコンからもらった巻物だ」
ハンスは巻物を広げて、それをながめながら、パロに何度も言ってもらって暗記している詩を読みました。
「賢者の庭、黄金の戸口の中、
七つの噴水のそば、見張るはヘスペリアの竜。
聖なる見者の夢の中、
永遠に燃える枝のように、アジアの教会の印のように、
あの栄光の噴出が現れる。
魔法の水を三度、
翼竜は飲み干さねばならない。
その時、うろこははじけとび、心臓は二つに裂けるだろう。
放たれた流れに聖なる形が現れ、
太陽と月に助けられ、
魔法の鍵はお前のものになるだろう」
聞き終わって、チャックはむずかしい顔で考えこみました。
ハンスが、チャックに知っていることを言うようにさいそくすると、彼は自分の巻物を広げて読み上げました。
「古き山々のあいだ、頂きは太陽に近く
久遠の流れは黄金の河となり
地の王侯の無数の宝を流す。
されど、驚異の石輝く古き山々を求めんとすれば、
遥かまで、彼方まで
未知の国を越え、海を越え
人は彷徨を余儀なくされん」
ハンスは、肩にとまっているパロにその詩を覚えてもらいました。
「この詩はわかりやすいな。ようするに、天国の鍵があるのは、未知の大陸、つまりロータシアだということだろう」
ハンスが言うと、チャックは答えました。
「たぶんそうだろうが、ぼくの勘では、ただそこに行くだけでは天国の鍵は得られない気がする。つまり、むだな彷徨(ほうこう、さすらうこと)をしてしまうんだ」

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酔生夢人
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男性
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仙人
趣味:
考えること
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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