忍者ブログ

天国の鍵54

その五十四 聖なる印

「では、あなたはこの世の悪にも存在意義があると思うのですね」
チャックが勝ち誇ったように言いました。
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。わしは、これまで人々に善をすすめてきた。それは、善こそが人間に真の利益、幸福をもたらすからだ。だが、悪の無い世界を望むかといえば、そうだとは言い切れん。悪が存在しなければ善もまた存在しない。悪を選びうるという前提でこそ、善を選ぶことの意味はあるのだ。結果だけで言えばどちらでも同じだろうが、そこに、単なる自動機械とは異なる人間が存在するのだ。悪の存在意義とは、存在を否定されるべきものとして存在することにあるのだ」
「難しい議論ですね」
ハンスはため息をつきました。ハンスにとっては、善は善、悪は悪で、この世からすべての悪が消滅すれば人々はみんな幸福になるだろう、というくらいの考えしかなかったのですが、どうもそれではすまないようです。
ともかく、ソクラトンのところにはサファイアは無い、ということですが、太陽の光の実験は翌日することにし、今晩はここで泊めてもらうことにしました。
翌日ソクラトンの部屋の窓から、外の黒い松の木の葉ごしにもれてくる太陽の光にハンスの水晶の腕輪をかざしてみると、太陽の光は虹のようにきれいに分光されました。
水晶の腕輪は、透明な四つの三角柱の水晶の間に三つの青、赤紫、碧の透明な宝石の丸い珠がありましたので、腕輪をつらぬいている紐をはずして、その七つの宝石をならべました。
最初は一本の水晶柱を窓のそばに置き、太陽光を分光します。次に、その光の中の淡紅色、紫赤色、紫色の三つを三つの水晶柱で再度集め、その焦点のところに碧色の宝石を置きました。でも、何も現れません。赤紫色の宝石でもだめです。しかし、青い宝石を置くと、そこに一つの印が現れました。それは、英語の小文字のxの筆記体、つまりcを背中合わせにくっつけたような印でした。
ソクラトンを除いた四人は歓声をあげました。ソクラトンも、ほほうというような顔をしています。
「これはわしの負けだな。これが天国への入り口を示す印か」
「どういう意味ですかね」
ハンスが言うと、ソクラトンは少し考えて、言いました
「始原、もしくは再生の意味だろうな。おそらくは後者だ。閉じられた輪、円形は完成を表し、完成とは物事の死でもある。この形は、二つに割れた輪が背中合わせに結びつき、新たに出発するということだろう。そして、この記号がもう一つくっつけば、そこに一つの輪ができる。そうして無数の輪が永遠につながっていくのだ。つまりは、死と結びつく事のない完成という奇跡を意味しているのではないかな」

拍手

PR

天国の鍵53

その五十三 神の顕現とは……

「これは難しいな。まず、ヘスペリアとは西のことだ。だから、グリセリードから見て西、つまりアスカルファンか、それよりもずっと西、ロータシアのことだろう。わしにはこれは予言のように思えるな。七つの噴水とは、世界の、または西側の七つの国だろう。聖なる見者がいつかこの世に現れ、東と西の世界を結び付け、この世に地上の天国をもたらすということだ。翼竜が三度魔法の水を飲み干し、自らの体を裂くとは、東と西の大戦争だろう。その三度の戦争の後で、太陽と月の助けによって、つまり時間が流れ、あるいは力と知恵によって、この世を地上の天国にする魔法の鍵が手に入る。その魔法の鍵とは、あるいはこの世の全員を飢えや貧困から解放する大発明かもしれん」
 ソクラトンはこのように言いました。チャックがさらに追求します。
「永遠に燃える枝とか、アジアの教会の印の意味は?」
「永遠に燃える枝とは、西の世界の宗教の象徴だ。したがって、栄光の噴出とは、東にも西にもともに受け入れられる人類の最後の絆だろうな。宗教に代わる知恵かもしれん。もしかしたら、それを知れば人々がもはや争いや欲望の空しさを知り、互いに手をとって生きるようになる、あらゆる宗教の精髄を表したたった一言の真理かもしれん」
「魔法の鍵が本物の、物体としての鍵だとは思いませんか?」
「それはわしには信じられないな。もちろん、単なる黄金のたぐいの宝を隠した場所のてがかりだということなら、おおいにありうることだ。つまり、凡人にとっての地上の天国とは、無限の富を手に入れることだろうからな。そうなると、地上のすべての人間にとってこの世に天国が出現するというのは、伝説でしかないということだ」
その後で、ソクラトンはしばらく黙って考えていましたが、やがて重い口を開きました。
「今の話をしているうちに、わしには一つの想像が生まれた。これは恐るべき想像だ。人類全体の存在意義に関わるものだ。
 魔法の鍵、天国の鍵で天国が開けられるというのはどういうことかとわしは考えた。天国の門が開いて、そしてこの世に神が現れるのだ。
 これがどういうことかわかるか?
 もはや神を信じるも信じないもないのだ。神はそこに現前しているのだからな。神はもはや事実なのだ。ということは、神が明らかに存在する以上、神の教えに反することは何一つ不可能になるのだ。これは信仰ではない。善行はもはや単に機械的な行為でしかないのだ。それ以外にどんな道がある? これは悪よりもなお悪い状態だとわしには思える。悪をなしても人間はなお人間だが、善行以外に行動の選択ができない人間とは、自由意志のない存在、神の操り人形でしかないのだ」
「つまり、神が現前してしまった世の中では、もはや人間には存在価値はないと?」
セイルンが言いました。
「その通りだ。人間が人間であるためには、神は隠れた神でなければならないのだ」

拍手

天国の鍵52

その五十二 ソクラトン

アンドレにお礼を言ってスオミラを後にし、ハンスたち四人はソクラトンの住む森に向かいました。
深い雪に埋もれた森の中にソクラトンの家はありました。チャックが言っていたとおり、黒い松の木がまわりに何本か生えている小さな家です。
 ハンスがドアをノックすると、中から「お入り」という声がしました。
 ドアを開けると、暖炉で暖めた部屋の奥に、長椅子に横になっている老人がいます。老人といっても、まだ五十歳くらいでしょうか、頭ははげて、獅子っ鼻で赤ら顔の、非常にたくましい男です。顔はかなり不細工ですが、風格があり、目に強い光があります。
 男はハンスたちに、さっさと戸をしめて中に入るように言いました。
「寒さは嫌いじゃないが、風邪はひきたくないからな。君たちも暖炉のそばにすわりなさい」
 ハンスたちは言われたとおりにしました。
「チャックもいっしょか。一体何の用かな」
「ソクラトンさん。天国の鍵がもう少しで見つかりそうなんです。あなたのところにサファイアはありますか?」
チャックが代表でソクラトンに言いました。
「サファイア? そんなものは持っとらんよ」
 アンドレの推理はいきなりおおはずれです。もっとも、アンドレはヘルメスの出没するところが必ずしもソクラトンのところだとは言っていませんでしたが。
「では、このへんに薔薇や百合や菫は生えてますか?」
「さあな、百合はあったが、薔薇はどうだったか。菫など気にとめたこともない。それに、今は冬で花などない」
 ハンスはソクラトンに、これまでのいきさつを話しました。もちろん、四つの詩もです。
 ソクラトンは面白そうにその話を聞いていましたが、ハンスの話が終わると、首を横に振りました。
「そのアンドレという男は、賢いが哲学者ではないな。物事を物質的にとらえすぎとる。
ダマスコ薔薇は知恵の象徴、百合は道徳の象徴、紫の愛の花はそのまま愛の象徴であろう。
叡智の森とは、我々の頭の中、心の中のことだ。そしてそこは常に無知の影がおおっている。赤い太陽が真理を表し、その真理に照らされて我々の生は黄金の流れとなるのだ。そして、真理に生きるものの生命は永遠だが、純潔貞潔な心を保ちつづけることは容易ではない、ということだ」
ソクラトンはあっさりと詩の謎解きをしました。
「では、竜のいる七つの噴水のある庭とは何のことです?」
チャックが聞きました。

拍手

天国の鍵51

その五十一 謎は解けた?

「ダマスコ薔薇とは淡紅色、アマランスは紫赤色、そして紫の愛の花とはもちろんヴァイオレット、紫色だ。見えない黄金の流れとは太陽の光線のこと、百合は分光されるまえの太陽光線の白色だ。このようなプリズムで、太陽光線を分光し、そのうちの三つの光、淡紅色、紫赤色、紫色の三つを再度集める。そのときにはサファイアを使ったレンズを用いる。すると、その焦点の結ばれたところに一つの印が現れると、こういうわけだ」
アンドレの説明にハンスたちは聞き入りました。
「つまり、サファイアの菫とはサファイアそのものだというわけですね。だから、光の方の紫には菫と言わずに、紫の愛の花と言ったのですか」
「そういうことだ。最初からサファイアと言えば、謎が簡単だからね。ただし、これは一つの仮説だし、光を分光したり集めたりする時の角度がまちがうと、像はできないかもしれない。それが、百合とアマランスは細心の世話を要するということの意味だろう」
「アマランスってなんのこと? 花の名前?」
アリーナが聞きました。
「そうだ。伝説の花だ。不死の花とも常世の花とも言われてる」
ハンスは、ふと思いついてアンドレに聞いてみました。
「この腕輪で太陽の光を分光することはできませんか」
それは、ブッダルタから貰った水晶の腕輪です。
 アンドレはハンスからそれを受け取って、太陽にかざしました。すると、それでもやはり虹ができます。しかも、先ほどの三角形のプリズムの場合とは違った感じで分光されました。
「この方がいいかもしれないな」
 アンドレは腕輪をハンスに返しました。
「これ以外の詩は、ほとんど解釈の必要なものはない。ソクラトンの詩は、天国の鍵のある国を示すものだし、ロンコンの詩は、その国の中のどこにあるかを示すものだ。つまり、君たちが考えたとおり、ロータシアのどこかに黄金の戸口から入る庭があり、そこには七つの噴水があるのだ。あとは詩の指示どおりにすればいい。ロレンゾの詩には疑問が残るが、これもその通りに解釈すればいいだろう。つまり、どこかの湖に投網を打って一匹の魚を得るのだ。その魚が、天国の鍵につながる印を持っているか、何かを飲み込んでいるということだろう。その湖には、水晶の湖という名前があるはずだ。ただし、古名、つまり昔の名前かもしれないから、湖には注意しておくことだ」
「魚の数を一千としているのは?」
チャックが、今一つ納得できないような顔で聞きました。
「多いというだけの意味だろう。つまり、輝く魚、本物のてがかりが得られるのは千に一つの可能性だ、ということを警告しているのだ」

拍手

天国の鍵50

その五十 太陽の虹

アンドレは近くの机の上の紙に、四つの詩を書きとめました。
「面白い詩だな。しかし、考えるには少し時間がかかる。詩の謎が解けるまで、君たちはここに滞在しなさい」
 ハンスたちはその申し出を感謝して受け入れました。
 それからアンドレは数日間、その紙をながめて考え込んでいました。その間、ハンスたちはすることもないので、町の子供たちといっしょに近くの凍った川でスケートをしたり、雪のつもった丘でソリ滑りをしたりして遊んでました。こういう遊びになると、アリーナはなんでも一番です。セイルンはあまり子供っぽい遊びは好きではないらしく、暖炉のそばで居眠りしている事が多く、チャックはアンドレの奥さんのトリスターナとおしゃべりばかりしてます。どういうわけか、昔から女の人は悪魔が好きなのですね。トリスターナはもともと修道女で、信心深い人なのですけど、チャックが悪魔とは知らず、つまらないおしゃべりをして喜んでます。チャックも女の人と話すのは大好きです。それが美しい女の人ならなおさらです。たいていの悪魔は、人間とは逆に醜いものを好むのですが、チャックの趣味はちがうようです。だいたい、トリスターナの夫のアンドレという人は顔に似合わず知性のお化けみたいな人間で、女性相手のおしゃべりは苦手なのです。これは女性が非論理的だということではなく、おしゃべりの意味のちがいです。ある種の人間にとって、厳密でない議論や会話ほど我慢のならないものはないのですが、逆に、会話というものに軽い機知や軽快な楽しさしか求めていない人間には、会話にいちいち論理性を求められるのは不愉快なものなのです。そういう意味では、女性は女性とおしゃべりする時が一番楽しく、男性は男性と会話や議論をする時が一番楽しいはずなのです。これは、作者の私の偏見かもしれませんけどね。最近の男性の会話は女性の会話と似ているようですから、こんな考え方はきっと古い人間にだけ通用することなのでしょう。
 ある日、アンドレがハンスたちを集めて言いました。
「ルメトトの詩について、一つ仮説ができたから聞いてくれ」
 仮説というのは、ある問題についての一つの考え方です。
「まず、ヘルメスが出没する場所とは、これはチャックの予想どおり魔法使いの部屋だろう。ヘルメスとはヘルメス・トリスメギストスとも言って、神秘学や魔術の祖とされている神だからだ。ただし、その魔法使いがソクラトンかどうかはわからない。もし、ソクラトンの部屋のそばに黒い松が生えているなら、そこが一番可能性は高いな。
 次に、ダマスコ薔薇とアマランスと紫の愛の花は、光の色だ。見たまえ」
 アンドレは部屋の窓のカーテンを閉め、その隙間からもれてくる太陽の細い光線に、小さな三角柱のガラスをかざしました。
すると、部屋の壁に美しい虹が現れたではありませんか。
ハンス、アリーナ、チャック、セイルンの四人はおどろいて太陽の光の虹を見ました。

拍手

天国の鍵49

その四十九 アンドレ

「すみません、この町にアンドレという人はいますか」
ハンスが町の人に聞くと、その人はハンスを胡散臭そう(うさんくさそう、疑わしそう)に見ました。
「最高参事のアンドレ様かね? 何の用だ?」
「昔の知り合いからの言伝(ことづて)を持ってきたんです」
ハンスはうそをつきました。だって、ふつうの人に、天国の鍵をさがしているなんて言っても気がおかしいとしか思われませんからね。
男はそれを聞いて、アンドレの家を教えてくれました。
教えられた家は、なかなか立派な二階建てに石造りの家です。窓にはガラスまではまっています。ガラスは非常に高級なもので、ふつうの家の窓はただの穴に、開閉のできる木のおおいをしているだけなのです。
ドアのノッカーをたたくと、執事らしい人がドアをあけました。
「アンドレさんにお会いしたいのですが」
その人は不思議そうにハンスを見ました。こんな子供が何の用だろう、という顔です。
「アスカルファンのマルスとマチルダからの伝言を持ってきたのです」
「アスカルファン! マルスさん、マチルダ様! なつかしい名前だなあ」
顔が細長く、鼻の長いその執事らしい人は声をあげました。どうやら、この人もマルスやマチルダを知っているようです。
応接間で四人がしばらく待っていると、やがて部屋のドアが開いて、若い男と女が入ってきました。
ハンスはこれまでこんなに美しい若夫婦を見たことがありません。二人とも、まるで宗教画の天使のようです。どうも、出てくる人間がどれもこれも美しいばかりで、もうしわけないのですが、作者はもちろん、人間は内面のほうが大事だということは知ってます。しかし、人間、内面はわかりませんが、外面の美しい醜いは一目でわかりますからね。外面の美しいことは、それだけでもやはり大きな価値なのです。でも、自分の外面の美しさに自己満足して、内面を磨かないと、つまらない人間になりますから、顔のきれいな男の子、女の子は注意してください。
「マルスとマチルダの知り合いだって?」
「まあ、みなさんお元気かしら」
二人は口々に言いながら、ハンスと握手(あくしゅ)をしました。
ハンスは、実はそれほど深い知り合いではないことを白状し、本当の用件をつげました。
「いやいや、ピエールやヤクシーと何ヶ月もいっしょに旅したのなら、昔からの知り合いも同じだ。で、その詩とは?」
 ハンスとチャックは四つの詩をそれぞれ暗誦しました。

拍手

天国の鍵48

その四十八 四つめの詩

「天国の鍵か? さあなあ。昔、わしの師匠からこういう詩を聞いたことがあるが、それかな」
 ハンスから話を聞いて、ロレンゾは言いました。
「どんな詩です?」
チャックが待ちきれないように言いました。
ロレンゾは目をつぶって、詩を思い出し、やがて暗誦(あんしょう)しました。
「水晶の湖の中、
薔薇色の明け方の光のごとく
金剛石の瞳を輝かせ
一千の魚が遊ぶ。
水に網を、
風の矛がきらめく場に
黄金の網を打てば、
輝く魚が一尾得られよう」
ハンスはその詩を暗記しました。
 ハンスとチャックは、これまでに聞いた三つの詩をロレンゾに聞かせて、その意味がわかるかどうか聞いてみましたが、ロレンゾは首を横に振りました。
「こういうものは、わしは苦手じゃ」
話を聞いていたマチルダが、口をはさみました。
「アンドレに考えてもらったらどうかしら」
「そうじゃ、アンドレがいた。しかし、アルカードは遠いからなあ」
それを聞いて、セイルンが言います。
「そのアンドレという人はアルカードにいるんですか? 大丈夫です。アルカードくらい、半日もあれば行けます」
ほう、とロレンゾはおどろいてセイルンを見ました。
 マルスたちの家で一晩泊めてもらった後、ハンスたちは翌日アルカードに出発しました。
 出発といっても、セイルンの呼び寄せた雲に乗るだけですから気楽なものです。ただし、アルカードはアスカルファンよりもずっと寒いので、ハンスとアリーナは厚着をし、今回は、動物たちはマルスの家であずかってもらうことにしました。マルスの子供のオズモンドは、ジルバやピントと遊べるので大喜びです。
 半日どころか、雲に乗っておよそ三時間でアルカードに着きました。
 アルカードのスオミラという町にアンドレという人はいると聞いたので、チャックに上空から教えてもらって、四人はスオミラの町の近くに降りました。
 スオミラはまわりを城壁にかこまれた城塞(じょうさい)都市でした。

拍手

カレンダー

01 2025/02 03
S M T W T F S
26 28

カテゴリー

最新CM

プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

アクセス解析