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資本主義は行き詰っている

「資本主義は基本的に人の仕事を奪うことで『成長』する」

という命題は逆説的だが、面白いので論証あるいは反証してみよう。「基本的に」という保留があるから肯定でも否定でも論証できるだろう。ここでは、直感的にだが、この命題は「正」だ、と思われるので、その線で考えてみる。

まず、「資本主義における成長とは、企業が利益を上げることだ」、ということは大方賛同されるだろう。
もちろん、ある企業が利益を上げるためには同業他社を打ち破らなければならない。すべての企業が利益を上げれば、万々歳だが、そうなるのは、ある国の企業が全体として利益を上げ、その競争に敗れた他国企業が倒産していく、という場合である。
すなわち、どこかの時点で誰かが利を得れば、誰かが損をする、という構造は常に存在している、ということだ。
概して、自国が繁栄すれば、他国の没落や不利益は問題ではない、というのが国民的な合意を得ているかと思われる。要するに、「国と自分の同一化」の錯覚がここでは働くわけだ。実際には、自国が利益を得ても、その利益は上級国民の間で分配されるだけであるwww

では、ここで「資本主義は人の仕事を奪うことで成長する」という命題を再考してみよう。
企業の成長は「効率化」と「合理化」による「生産性向上」で得られる、ということも大方の賛同を得られるかと思う。
では、「効率化」とか「合理化」とか「生産性向上」の意味することは何か、と言えば、不要な経費を削減すること、特に人員を削減することだ、と言えば、半分は賛成され、半分は反対されるのではないか。そんなことをしなくても、「売上」を伸ばせば企業は成長する、というわけだ。確かにそうである。資本主義の成長時代にはそうだった。つまり、未開発のフロンティアが広大にあった頃にはそうだったのだ。だが、現在はどうだろうか。
いや、その前に、未開発のフロンティアが広大にあった時でも、資本主義は人の仕事を奪うことで成長してきた、と言えないこともない。たとえば、産業革命時代のエンクロージャーなどはその明白な事例だろう。農業牧畜業従事者から土地を奪い、人口を第二次産業に移動させることで第二次産業は発展した。これは一方では人々から仕事を奪い、一方では仕事を与えることだった。どちらの仕事が幸福かどうかは、資本家側には関心の外である。
つまり、「資本主義が人の仕事を奪うことで成長してきた」というのには、時代的な意味合いでの制限はつくだろうし、「仕事を奪う一方で新しい仕事も作ってきた」ことに触れていないという「反則」な発言でもあるわけだが、現在のような資本主義の行き詰まりの状態ではこのような極言をすることにこそ大きな意味があるのではないだろうか。

おそらくこれからも人々の仕事はどんどん奪われ、低収入の仕事にしか就けない人の数が膨大になってくると思う。仕事が無くなるわけではないが、仕事の選択肢がどんどん狭まっていくのである。何しろ、金持ちはカネを使わない、貧乏人には使うカネが無いのだから、資本主義は衰退するしかないwww



(以下「孔徳秋水」氏のツイッターより転載)




資本主義というのは、基本的に…人の仕事を奪うことで「成長」するんだよ…この基本的なことを情報空間から抹殺しているから怖いよね…それで、職を奪われた人たちが「反グローバリズム」を掲げれば、IMFだの世銀だのが「ポピュリズム」だのとタワゴトを抜かす。



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