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蘊蓄話への嫌悪と劣等感

昔、職場の同僚に若い女がいたが、その女が何かの雑談の時に、「自分は他人の蘊蓄話を聞かされるのが大嫌いだ」というようなことを言ったのを聞いて、ひどく驚いたことがある。世の中にそういう人間がいるとは想像もしていなかったからだ。彼女の言う「蘊蓄話」がどういう意味合いのものかまでは聞かなかったが、他人から蘊蓄話を聞かない限り、こちらの教養も知識も増えないのではないだろうか。
もちろん、彼女の言う「蘊蓄話」とは、「役にも立たない知識」という意味かもしれないが、そうだとしてもそれが役に立つ知識かどうか、簡単に決められるとは限らないだろう。たとえば、私が聞いた中で一番役に立っている知識は学校で教わった数学や物理や化学の知識ではなく(その女性は理系の女性だったから、わざとこう言うのだが)父親から聞いた言葉である。それは「ソバを食べるのに、噛む必要はない。丸呑みしていい」という言葉である。それまで私はソバを食うのに口の中で何度も噛んで食べていて、この世にソバほどまずくて食いにくいものは無いと思っていたのだが、ソバの食い方を知って以来、大好物の一つとなった。
あの女性は「蘊蓄話」をされると、自分の知的劣等性を思い知らされる感じがして嫌だったのではないかと私は想像している。だが、あらゆる向上は、まず自分が劣っているという正直な認識から始まるのである。他人が何かの点で自分より勝っていても、別に劣等感を持つ必要はない。他の点で自分が勝っているところもあるはずなのだから。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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