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風の中の鳥 26

第二十五章 戦後処理など

 昔の戦争にはいい所がいくつかあるが、その一つは、戦争は貴族や騎士(武士)階級の仕事であり、庶民生活とはほとんど関係が無かったことである。もちろん、戦に駆り出される庶民も一部にはいたのであるが。
 ルドルフ王の軍を倒したフリードの軍隊が、ルドルフ王の城に向かうために行進するその様子を、道に沿った畑で働く農民たちは眺めていたが、その大半は、まだ、何が起こったのかも分かっていなかった。
 城の中では、逃亡したルドルフ王に取り残された家族や貴族たちが右往左往していた。まもなく、野獣のような敵の兵士がやってきて、女たちは皆強姦され、男たちの大半は処刑されることはほぼ確実だと、誰もが考えていた。
 ルドルフ王には王妃との間に二人の子供がいた。上は男で、すでに成人していたが、今度の戦で戦死しており、下の女の子は、まだ十四歳であった。母親が中々の美人だったためか、この子もちょっと可愛い顔をしており、母親は、我が身を犠牲にしてもこの可愛い娘を野獣どもの手から何としても守ろうと悲壮な決意をしていた。
 フリードたちが入城してきたとき、敵の大将のあまりの若さに人々は驚いた。まだ、髭すら生えていない若者である。
 宰相のケスタは、敵の大将フリードを恭しく迎えた。商人上がりの彼は、頭を下げる事と世辞を言う事は大の得意である。頭を下げながら、心の中では相手を馬鹿にしていたが。
「今やこのローラン国は、あなた様のものです。当然のことですが、我々の財産もすべてあなた様に差し出しますので、どうか命だけはお助け下さいますようお願い申し上げます。あなた様の御仁慈のお噂はかねてから聞いておりますので、我々の期待が裏切られる事はないと信じております。さすれば、臣下たちも臣民たちも皆、あなた様に感謝し、崇拝するでありましょう」
 フリードとしても、無駄に人殺しをする気はないので、城内の人々の命の安全だけは保証してやった。
 やがて、貴族たちそれぞれの城や住居に兵士たちが向かい、目ぼしい財産を没収して回った。その間に女たちの何人かが強姦されたり、私的な略奪が行なわれたりしたのは言うまでもない。いくらフリードがそれを禁じていても、末端の兵士の中には、それだけが楽しみの連中が多いのだから、完全に禁止できるものではないのである。その一つひとつが悲劇ではあるが、いちいちその描写を読むのは読者も不快だろう。ここはただ、戦とはそういうものだ、と思ってもらえばいい。
 フリードの方も、決して道徳的にふるまっていたわけではない。そもそも、道徳などというものは庶民生活の秩序維持のためにあるものであり、権力者には道徳など関係のない話なのである。このことは、旧約聖書や歴史の本などを少し読めばすぐに分かることだ。
 フリードは、ルドルフ国王の王妃が、すでに四十を越しているにも関わらず美しいことに驚き、早速手を出した。このあたり、まるで源義経と建礼門院の猥談である。昔から、男というものは、高貴な女性が無力な状況にあるのを思いのままにするというシチュエーションに、性的な興奮を感じるものらしい。まあ、高貴な女性といったところで、裸にすれば、普通の女性と何も変わるわけでもないが。
 酒飲みのルドルフ王は、ここ数年は不能の状態だったので、王妃は、若く逞しいフリードに攻め立てられて歓喜した。この世にこんな喜びがあったかと思うと、ルドルフ王が戦に負けてくれたことを神に感謝したい気持ちにさえなったくらいである。
 王妃の心配は、フリードが娘に手を出さないかということだったが、その心配は杞憂のようであった。王の後宮には多くの美女がいて、何も子供に手を出す必要はなかったからだ。
 ケスタにも娘が一人いて、二十四歳と少し年増だが、こちらも中々の美人だった。ケスタの方は、この娘マリカをフリードの后にしようと画策していた。
 ケスタは当然、宰相の座を追われていたが、そのうちどうせ自分は返り咲くことになる、と読んでいた。その読みはやがて実現するのだが、要するに、一般に敗戦後の処理には、その国の事情に通じていない戦勝国の人間より、敗戦国の官僚の方が使いやすいということから、結局、戦争責任は棚上げにしても用いることになるのである。敗戦後の日本で、日本を戦争に導いた官僚の大半が、一時は公職追放されながら、やがて米国の都合によって政治に復帰し、戦前そのままの政治を結局は継続するのに成功しているのは、そのいい例だ。日本の場合は、戦争責任者の一人である岸信介が戦後の日本の総理大臣になり、日本を破滅に導いた大本営参謀の辻正信が国会議員になるという滅茶苦茶がまかり通る、あまりにも不思議な国ではあるが。まあ、これは生き残った人間はいくらでも自分たちの都合がいいように自己宣伝をし、無知な大衆を引きずり回せるからである。
 フリードの方は、フランシアとエルマニアの戦の方に関心は向いており、行政面でなにやかやとケスタに相談するうちに、彼の明晰な頭脳や判断の的確さに感心し、次第にケスタに政治の一部を任せるようになっていった。まさしくケスタの読みどおりであった。
 一方、フランシアに侵攻したエルマニア軍は、最初のローヌの戦いでフランシア軍を打ち破った後、一月以上もかけて、首都パーリャに向かってゆっくりと進んでいた。それには事情があったのであり、物語の進行の都合上、フリードたちがローラン国を破るのを待っていたわけではない。
 フリードは、字の書けるケスタに頼んで、フランシア王への親書を書かせた。その親書には、フランシアと同盟を結ぶ代わり、王女ジャンヌとの婚姻を許して欲しいと書いてあった。
自分の娘とフリードとの結婚を望んでいたケスタは渋い顔をしたが、この若僧の新国王がこの先どうなるかを見てから娘との結婚は考えてもいいだろうと思い直したのであった。

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酔生夢人
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仙人
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考えること
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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