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少年マルス 42

第四十二章 救援

「何と、アドルフが寝返ったと?」
シャルル国王は青ざめて、傍らのアンドレを見た。
「すぐに全軍に伝えて、救援を西に向かわせましょう。この知らせの真偽も確認しておきます」
アンドレは冷静に言って、副官を西に走らせた。
ほどなく副官は戻ってきて、アドルフの裏切りが真実である事を報告した。アドルフ軍はグリセリード軍の先頭に立って、西側の弓矢部隊や歩兵部隊を蹂躙しており、その被害はすでに数百人に上っているとのことである。
「ルルドのビアンコ公爵の軍は全滅です。アルプのジルベルト公爵の軍は敗走しました。間もなく、アドルフ公の騎馬隊がこの中央まで来るでしょう」
「何という事だ。この手に勝利を収めかけていたのに……」
国王は涙を流してうなだれた。
「まだ大丈夫です。ここには近衛兵百人がおりますし、私の部下も二十人います。しばらくは守れるでしょう。その間に、全兵力を西に向けて攻撃すれば、なんとかなります」
アンドレは王を励ました。そして、クアトロを呼んで言った。
「いいか、間もなく敵がここに現れる。その時はお前が王をお守りするのだぞ」
クアトロは、「分かった」と短く答えた。
彼は普通の鎖帷子を幾つもつないだ特製の鎖帷子を羽織り、その上に板金をつないだ急ごしらえの肩当と胸当てを着ている。そして、普通人の身長くらいある大剣を持っていた。この剣は、神殿の神像の飾りであったものを、ジョーイがクアトロにちょうどいいと言って王に願って持たせたもので、像の飾りだが、本物の剣である。クアトロはいいオモチャを貰ったと大喜びであった。

グリセリード軍は、西に突破口が出来たという知らせを受けて、全軍が西に移動し始めた。
アンドレは弓兵隊に指示して、戦場の中央に進出し、西に向けて矢を射掛けるように命令した。しかし、問題は、その移動が終わる前に、敵がアスカルファンの本陣まで攻め込んでくる可能性が高いことだった。そして、実際、間近に敵が迫る声がし始めていたのである。
シャルル国王は両手で顔を覆った。
だが、その時、敵の喚声の様子が変わった。
「何が起こったのだ?」
アンドレは再び副官を走らせた。
戻ってきた副官は、満面の笑みを浮かべていた。
「救援です。西の山から駆け下りてきた騎馬隊が、敵軍を散々に蹴散らしています」
報告を聞いて、アンドレは、マルスの軍だ、と直感した。
「国王、我々は助かりましたぞ。あれは、マルスと言って、アスカルファンの若者です。ここではまだ庶民ですが、レント国王から、騎士に叙せられた者です。おそらく、アスカルファン一の勇士でしょう」
「ほほう、そんな者がおったのか。いずれにしても、助けが来たのは有難い。だが、間に合うかのう」
「間に合わねば、我々は死にます」
言って、アンドレはにやっと笑った。

マルスたちの騎馬隊は、西の高台の急斜面から降りて、林の中からグリセリードの歩兵部隊の中に突入した。
 思いがけない所から現れた騎馬部隊に、グリセリードの兵士たちは逃げ惑い、戦う者は、騎馬兵の槍や剣で突き殺され、切り殺された。
 マルスたちはアスカルファンの本陣に入った敵軍を追って、中央部に馬を走らせた。
これまで優勢に攻撃していたグリセリード軍は、前方と後方から挟み撃ちされる形になり、一挙に不利な状況になった。
その間に、戦場の中央に進出したレントとアスカルファンの弓部隊は、グリセリード軍を弓の射程内に捉え、射撃を始めた。縦に長く伸びたグリセリード軍は、横から狙えば弓にとってこれほど狙いやすい的はなく、西側に進出したグリセリード軍は、あっという間に全滅した。残るのは、まだ湿地帯に残った千数百人である。

その間に、アドルフ大公の騎馬隊は、アスカルファンの本陣に入っていた。
国王の近衛隊が応戦したが、囲みを突破され、ついに国王の陣幕に敵の騎馬数頭が入った。
そこに待っていたのはクアトロであった。
彼は、大剣を横に薙いだ。先頭の馬は両方の前脚を切り飛ばされ、物凄い勢いで転倒した。上に乗っていた騎士は放り出されて気を失い、他の近衛兵の手で刺し殺される。
陣幕に入ってきた騎馬兵は、次々にクアトロの手で、馬を切断され、あるいは馬上にいるまま鎧ごと体を両断された。
国王も、アンドレも他の味方兵士たちも、クアトロのこの殺戮ぶりに呆然とするばかりである。
「国王、御無事ですか」
陣幕に入ってきたマルスをクアトロは誤って切ろうとしたが、アンドレが慌ててそれを止めた。彼は、彼には珍しく顔一杯に笑って言った。
「マルス、よく来てくれた。御蔭で助かったぞ!」

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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