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山本太郎こそが真の「国士無双」

山本太郎、頑張っているじゃないか。誰だ、山本太郎は国会でフクシマの件を追及しないのは「ホ」で頭をやられたからだ、とか散々悪口を言っていた人は。
ネットで記事を書いて、それで自分がたいした活動をしているかのように思い上がる者が多いようだが、苦労を重ねて議員になり、自分の命を賭けて国会で他の誰もできないような大胆な発言をすることがイカに大変か、タコ頭でも分かるだろう。おっと、誰かの文体に似てしまった。

山本太郎の国会発言の白眉はこれである。


  「現在、福島県で多発している小児甲状腺がんが、もし、もともと潜在的に我が国の子どもたちが持っているものとするならば、全国の子どもたちに、福島県の子どもたちと同様の検査、調査が必要じゃないですか?」


この言葉をマスコミがちゃんと報道するだけで、日本は大騒ぎになるだろう。

山本太郎は無双の国士である。


(以下引用)



山本太郎議員が小児甲状腺癌の多発を国会で追求!政府答弁に激怒!「福島で153人に。明らかに多発ですよね」
http://www.asyura2.com/15/senkyo198/msg/140.html
投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 12 月 13 日 23:55:05: igsppGRN/E9PQ
   
 
山本太郎議員が小児甲状腺癌の多発を国会で追求!政府答弁に激怒!「福島で153人に。明らかに多発ですよね」
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-9132.html
2015.12.13 21:00 真実を探すブログ


山本太郎12/11甲状腺がんの県民健康調査結果について【追及】


【国会中継】生活の党 山本太郎 参議院 東日本大震災復興及び原子力問題特別委員会


☆【12.11閉会中審査ハイライト】福島県内の小児甲状腺がん38万人中153人という「予想を超えるような多発」を認めない環境省に、山本太郎議員が怒り!「根拠なく放置していいわけがない」
URL http://iwj.co.jp/wj/open/archives/278483
引用:
 山本議員は、津金昌一郎・国立がん研究センターがん予防検診検査センター長が、「多発との関係、スクリーニング効果だけで解釈することは困難である」との見解を出していることを紹介し、「スクリーニング効果犯人説」も否定した。


 国の評価に携わっている専門家ですら、「多発」を認め、過剰診断やスクリーニング効果では説明できない事態であると認めている事実を列挙した山本議員は、次のように畳み掛けた。


 「現在、福島県で多発している小児甲状腺がんが、もし、もともと潜在的に我が国の子どもたちが持っているものとするならば、全国の子どもたちに、福島県の子どもたちと同様の検査、調査が必要じゃないですか?」
:引用終了


以下、ネットの反応














山本太郎議員が12月11日の国会で、福島県の小児甲状腺癌を中心に放射能被ばく問題を追求してくれました。


山本太郎議員は「2011年から今年9月30日までの間に153人の子供が甲状腺がんの悪性または悪性疑いと診断されました。これは多いんですかね?」と質問し、過去のデータを紹介しながら福島県の異常を指摘。
更には政府の役員と小児甲状腺癌の多発について意見をぶつけ合い、「多発の原因が何かはわからない。でも、多発であることは間違いない」と強調しました。


そして、検査の充実を政府に求め、最後には「現場の最新の知見を利用してこれに対処しないと大変なことになります」と締め括っています。


国会で小児甲状腺癌の問題を追求している議員の数は非常に少なく、このような追求はとても有り難いと言えるでしょう。
山本太郎議員は前から色々と追求してくれていますが、個人的には放射能問題を明らかにしてくれることを一番期待しています。是非とも今後も山本太郎議員の活躍を期待したいところです!


2015.12.10内閣委員会閉会中審査「太郎vs太郎!TPP発効しても、規制強化は可能である。」


関連記事
逃げないでいただきたい環境省。このまま根拠のない「大丈夫だ」「様子みる」で放置していいわけじゃないですよね。山本太郎議員
http://www.asyura2.com/15/genpatu44/msg/486.html




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怠け者が家庭を持つと

「谷間の百合」さんの記事をそっくりそのまま転載。
私は空を眺めるのが好きなので、空の写真もそのまま転載。

水木しげるの「幸福の七ヵ常」の中で、第六条の「怠け者になりなさい」は、「怠けていても食っていけるだけの努力をしたうえでの話だよ」と現実的なことを言う人もいるし、まあ、それも正論なのだろうが、怠け者でも生きていける、そして怠け者を許容してくれる社会が私には理想である。落語の与太郎的な人間が生きていけない社会は世知辛すぎる。
怠け者を許容したら、その分誰かが余計に働くしかないから不公平だ、と言うかもしれないが、なあに、世の中には働くのが好きな人、他人より上に行きたい人はたくさんいるのである。そういう人々は働くことが生きがいなのだから、他人より働いていることに文句を言う筋合いはない。まして、他人が怠けていることに文句を言うことはない。実際は、他人の働きを利用して、自分が楽をしたい人間(資本家や経営者の大半)こそが、他人が働かないことに文句を言うのである。

谷間の百合さんも言うように、

ノーベル賞受賞者のほとんどはこの7ヵ条に当てはまる

のではないか、と私も思う。ノーベル賞(成功や栄誉)を得ることなど、最初から彼らの目的でも何でもなかっただろう。好きなことをしていたら、いつのまにか凄い仕事を成し遂げていたのではないか。まあ、子供が砂遊びをするようなものだ。

私の父親は子供の成績などには無関心だったと思うが、母親の方は、文句はあまり言わないものの、成績を気にしていることが子供心にも感じられたので、子供の頃はそれがかなりなストレスだった。「お前たちは将来は医者になれ」というのが母親の指令(のようなもの)だったので、ある程度の勉強はせざるを得なかった。まあ、私は頭が悪いので医者にはなれなかったが、母親のそうした「圧力」がなかったら、どんな落ちこぼれになっていたか、あるいは逆にどの程度勉強自体が好きになっていただろうか。
私の父親もかなりな怠け者だったのではないか、と今にして思うのだが、穏やかな人間で、夫婦喧嘩をしても(それも非常に稀ではあったが)乱暴な口もきかず、まして絶対に妻に手を上げることはなかった。酔っ払って暴れる黒人兵を柔道で投げ飛ばすくらいの頑強な人だったのだが。その怠け者の父親を、好きなことだけをさせてかばいながら一生連れ添った母親もなかなか偉い女性ではあったようだ。母親が死んだ後、父親はひどく落胆し、ほぼ一年後に自分も病死したのだが、毎晩の暴飲の結果の脳卒中で、ある意味、後追い自殺のようなものである。つまり、相思相愛の夫婦であったようだ。
私が怠け者であるのは、ある種の打算の結果である。つまり、成功や生活向上のための努力と、その結果を量りにかけて、社会的な成功などしないほうがマシだ、と計算したのである。食っていける程度の金さえ稼げば、それで十分だ。いくら稼いでも大半は税金で持っていかれるし、稼いだ金で得られる贅沢品など一つも欲しくない。まして、名声や栄誉など、(無名人であることの平和と安寧に比べたら)迷惑なだけである、と若い頃に考えてしまったのだが、そういう人間が結婚し、子供まで持ってしまったのは、あるいは間違いだったかもしれない。まあ、子供には恨まれても、これが我が家の血筋なのだから、あきらめてもらうしかない。ww少なくとも、子供には一度も、勉強しろ、と言ったことはない。で、我が家の子供たちは、わりと幸福な子供時代を送れたのではないか、と思うのだが、それだけが私が彼らに贈れたものである。



(以下引用)


水木しげるさんの「幸福の七ヵ条」
水木しげるさんの「幸福になるための七ヵ条」が話題になっているそうです。

第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第二条 しないではいられないことをし続けなさい。
第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。
第四条 好きの力を信じる。
第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第六条 怠け者になりなさい。
第七条 目に見えない世界を信じる。


この7ヵ条は、わたしにとっては「人生の指針」でもなんでもなく、何の目標もなく生きてきた半生の航跡そのままです。
(怠けて生きてきたことが評価されているようで面目ない気持ちです。)

「目に見えない世界を信じる」ということにはいろんな解釈ができそうですが、わたしの場合は、人を楽しませたり驚かすために人為によってつくられたものにはほとんど興味がありませんでした。
そういうものへの好奇心が欠けていました。
唯一、自ら見たいと思ったのは映画くらいだったと思います。

オリンピックの開会式での豪華で奇抜な演出も退屈なだけでした。
大勢の人が駆り出されて、どれほど練習させられたことだろう、わたしはそんなのマッピラだとそんな想像ばかりしてしまうのです。

子どものときに遊園地で木馬に乗っている写真があるのですが、いかにもつまらなそうな顔で写っています。
世の中には、わたしのようなひねくれた子どももいるということなのですが、そういうわたしが、子どもをせっせと遊園地に連れて行っていたのです。
子どもは遊園地が好きという思い込みで。


この7ヵ条を読んだ人のほとんどは、スバラシイと思うでしょうが、どれだけの人が理解し実行できるでしょうか。
成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない、ということは頭では分かっているけど現実はそうではないと思うのではないでしょうか。
やっぱり、3人の息子を東大に入れた母親の話の方を真剣に聞くでしょう。
ノーベル賞受賞者のほとんどはこの7ヵ条に当てはまるのですが、世の親はやはり現実の少しでもいい地位やお金を得られることが人生の価値だと思っているのでしょうから、7ヵ条は忌避するでしょうね。
そういう親によって、人はほんとうの幸せを知らないままに死んでいくのかもしれません。
目の前にある幸せに気付かないで、人は何を求めて生きているのかと思います。

水木さんの7ヶ条を読んで目が覚め、競争社会から脱出できる人がはたしてどれくらいいるでしょうか。
わたしのような怠け者の親のせいで子どもは社会で苦労していると思うのですが、しかし、その苦労は、「目に見えない世界」に気付かないままに一生を終ることに比べれば取るに足りません。

子どもを競争社会から解放してやりたいと思いませんか。
子ども、とくに勉強の嫌いな子、できない子に自由で楽しい子供時代を過ごさせてやりたいと思いませんか。





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本を読むことと本を理解すること

「日々平安録」から転載。
私も「罪と罰」は一度しか読んでいないし、それも高校時代か浪人時代のことだから、今読めばもっと深い理解ができるかもしれない。完全に暇になったら(と言うより、自由になったら、つまり経済的問題から完全に解放され、働く必要が無くなったら)、昔読んで感銘を受けた本や観た映画などをもう一度読み直し、観直したい、というのが私の願いだ。
どんな作品でも、それを理解できる年齢というものがあるので、「日々平安録」筆者のように、中学生で「罪と罰」を読んでもそれが理解できるはずはない。面白さは分かっても完全な理解はとうてい無理だろう。私が高校一年の時に習った先生は詩人で、文学に造詣の深い人だったが、「ドストエフスキーが理解できたら死んでもいい」と言っていたくらいだ。
本を読んで大筋が分かることと理解できることはまったく別なのである。まあ、それでもまったく読まないよりはマシだが。
たとえば、私は小学生の時にメルヴィルの「白鯨」(これも下記記事にあるモームの選んだ「世界の十大小説」のひとつだ。)の分厚い本を読んで、書かれている言葉の10分の1くらいしか理解できなかったが、それでも「面白い」と思ったのである。言葉にはならなかったが、イメージを作ることは十分にできたのだ。イシュマエル、クィークェグ、エイハブ、スタッブ、フラスク、スターバック、おそらくその時に映画の「白鯨」を見たら、「こんなのは『白鯨』ではない」と文句を言っただろう。特に、グレゴリー・ペック(好きな俳優ではあるが)のエイハブ船長など最悪である。なぜ、スペンサー・トレイシーあたりにしなかったのか。有名俳優でなくても、エイハブの風貌を持つ俳優は探せたはずだ。(イシュマエル役の俳優だけは良かった。ええと、リチャード・ベイスハートか。あの名作「道」でも好演した俳優だ。ジェルソミナたちが旅の途中で出会う綱渡り芸人の役の人。)
興奮して話が脱線した。
要するに、「書かれた言葉の10分の1しか理解できなくても、本のエッセンスを読み取ることは十分に可能だ」ということを言いたいのである。だから、幼いころ、若いころの読書は大事だ。だが、それが「本物の理解」ではないことを十分に知る必要もある。
だから、優れた本は何度でも読むべきなのである。(映画も同様だ。)幼いころ、若いころ、とは違った理解が年を取れば得られるだろう。それが年を取ることのほとんど唯一の利点である。


(以下引用)

2015-12-11

[]今日入手した本 岸本佐知子ら 「『罪と罰』を読まない」Add Star

 


 実は、今日入手してもう読み終わってしまったのだが、何とも奇妙な本で、岸本佐知子氏、三浦しをん氏ら、小説を書いていたり、文学に関する仕事をしていたりする人たち4人が、実は「罪と罰」を読んでいないといって、しかし有名な作品であるので、何らか噂をきいたことがあって、青年がおばあさんを殺す話というくらいは知っていて、それでそれぞれが断片的な知識を持ち寄って話し合いながら、「罪と罰」がどんな小説であるか推理していくというものである。結局、この4人ともにその推理会議の後にはじめて「罪と罰」を読み、「げっ、違っていた! 凄い作だ! 脱帽した!」といって終わるというものである。


 まあ面白いのは三浦氏のような小説の実作者が、この長さの小説なら、この辺りで一度山場をもってこないともたないといった「書く人間」でないと持たない感想を述べているあたりなのだが、驚くのが、みなドストエフスキーの思想傾向といったものについてもあまり知らないように思える点で、ドストエフスキーが分類すれば「保守反動」のほうに属するといった方向についても知識がないようなのである。それでラスコリニコフ(本書ではラスコさん)が老婆を殺す理由についても「革命の大義」のためというような想像を展開している。


 それでわたくしはといえば、たぶん中学三年くらいで読んだのではあるが、もうきれいさっぱり何も覚えていない。ラスコさんが殺したのが一人ではなく、二人だったというのも、本書を読んでそうだったのかなという程度なのだから酷い話である。それでわたくしはラスコさんが人を殺すのは「超人」思想のような観念によってであったように思っているのだが、これもまた違っているかもしれない。


 中三くらいで「罪と罰」は読んだのだが、その後、「罪と罰」について、あるいはドストエフスキーについていろいろなひとが様々に書いているものをかなりたくさん読んできたため、それからの影響のほうがずっと強く残っていて、自分が読んで印象などどこかにいってしまっている。


 たとえば、モームの「世界の十大小説」ではドストエフスキーは作品は「カラマゾフの兄弟」が取りあげられているのだが、その前に40ページほどのドストエフスキーについてのモームの評が収められている。その程度の知識があるだけでも、本書でいわれていることのかなりはでてこないのではないかと思うのだが、もう「世界の十大小説」などはあまり読まれなくなっているのだろうか?


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昭和の残光がまた消えた

野坂昭之が死んだ。まあ、「亡くなった」と書くべきかと思うが「昭和無頼派」には「死んだ」がふさわしいだろう。また一つ、昭和のシンボルが消えた。と言うよりも、手塚治虫が死に、黒澤明が死に、美空ひばりが死んだあたりで昭和は終わった感があり、ここ数ヶ月の原節子、水木しげる、野坂昭如の死は昭和の残光が消えたという感じである。
昭和という時代は良くも悪しくもエネルギッシュな時代だった。今のように、人間が去勢されていなかった。家畜化されていなかった。政治家や官僚も、表面上は米政府に従いながら、その一方では国民に目を向け、きちんと福祉政策も取っていた。だから、「世界で唯一成功した社会主義国家」と揶揄されていたのである。前にも書いたが、これは冗談などではなく、社会主義というものの本質を日本が一番体現していたのである。別の言い方をすれば、「新自由主義」つまり資本家が完全に自由にふるまい、国民から搾取する「強欲な資本主義」「残忍な資本主義」以前ではもっとも人間的な資本主義でもあったのだ。
だからこそ、様々な文化が戦後、花開いたのである。


野坂昭如の「昭」の字は「昭和」の年号から取られたはずだ。だからこそ、いっそう「昭和の終わり」を感じさせるのだろう。



(以下「ネットゲリラ」から転載)

朝まで生葬式

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野坂昭如が死んだというんだが、まぁ、戦災孤児のアル中としては長生きした方だろう。この人、代表作というと「火垂るの墓」になるんだろうが、アレは短編なので、おいらとしてはデビュー作の「エロ事師たち」を挙げたい。ブルーフィルム業界を題材とした大傑作長編です。つうか、この人、小説らしい小説というのはあまり書いてない。もともとTV業界、広告業界の人で、やたらマスコミで大騒ぎするのが好きだったねw それでも、傑作と呼ばれる作品を幾つも残しているので、たいしたもんだ。


【速報】野坂昭如 死去、というわけで、例によって2ちゃんねるでは無責任なネットすずめたちがピーチク騒いでおります。ニュース速報板からです。

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あの世で大島と殴り合い
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ずうっと闘病生活だったからねえ
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ノーリターン
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もうとっくの昔に死んでたかと思ってた
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ソ・ソ・ソクラテスかプラトンか
ニ・ニ・ニーチェかサルトルか
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追悼番組2夜連続 『火垂るの墓』 
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なんかの授賞式で大島渚なぐってるシーンとホタルの何とかのイメージしかねえ
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また大島と喧嘩できてよかったな
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朝まで生葬式
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三島と五木と野坂が三人で飲んでいても
ホステスは全員隅っこで独りで飲んでる吉行のところに行ってしまうというのがおもろかった
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直木賞って素行の悪いのとか頭逝ってる馬鹿が多い希ガス
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野坂とかいなくなって朝生つまらなくなったよな
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火垂るの墓流すのか。
冬やのに。
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さっそく大島渚のもとにかけつけ、ぶん殴りあってると思うw
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昭和の知性派マジキチ
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今思えば昔の朝生はとんでもない豪華メンバーだったな
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脳梗塞やってからずいぶんと長かったなぁ・・
10年以上介護って感じじゃねーの?
晩年の生活が大島と全く同じってのが何とも・・
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野坂の娘が、「この時の作者の気持ちを答えなさい」って質問に、野坂本人に聞きにいったら、「締切に追われて大変だった」と答えたのは笑ったw
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この人キレるスイッチが分からなくて見てて怖いよね
簡単に言うとキチガイなんだけど
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野坂昭如も大島渚も怒髪ジャンキーだったから脳梗塞になりやすかったのかな。
みんな突然キレたり怒ったりするのは血管に良くないから自重しましょう。
合掌
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あのクソジジイ亡くなったのか。御冥福をお祈りします。
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あれは大島が野坂にスピーチを依頼してたのに大島が段取りを間違えて野坂の順番を飛ばしちゃったから
酒の勢いもあって野坂が大島に殴り掛かったんだ。後で大島が謝罪に行って和解したんだぞ。
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1990年10月23日、映画監督大島渚の真珠婚式パーティーで挨拶を行う予定であったが、
野坂が帰ったと勘違いした大島が野坂の順番を飛ばして進行したために、
当初の予定より出番が大幅に遅れてしまい、その間に大量に飲酒し酩酊してしまった。

ようやく登壇し祝辞を終えると同時に、左後ろで野坂の挨拶を聞いていた大島の眼鏡が
吹っ飛ぶほどのパンチを食らわす
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この人とかミッキー安川とか何をしてる人なのかよくわからなかった
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ダニアース
このおじさん猫の手帖で連載してて飼い猫になりきって文章書いたり猫の尿が頭に付いたら髪の毛が生えてきたとか書いてたよ
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にいちゃん なんで野坂すぐ死んでしまうん?
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大島監督と鳥越俊太郎とあの世で仲良くして語り合って下さい(_人_)
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↑違和感なく読んでたけど鳥越まだ生きてんじゃんw
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蛍の墓で自分をさも悲劇の主人公みたいに盛った奴
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おもちゃのチャチャチャ 黒の舟歌 ハトヤCMソング ハウス・バーモントカレーの唄 ダニアースの歌
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小野田寛郎ともテレビで喧嘩したよな
1975年の番組で野坂が小野田本人を前にして殺人鬼と言ったら、小野田はお前を必ず殺ろすと言って野坂はビビってたな
まあ本当人殺した人に言われたらビビるわな
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ワセダ中退・落第
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男と女の間には 深くて暗い耳の穴
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入れ替えなきころの映画館
2本立て「火垂るの墓/となりのトトロ」のどちらを後に観るかで映画館を出るときのテンションが正反対だった
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しかし今年はバンバン死ぬな
何かの影響がちょうど来る時期なのかな
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NHKでは今頃、臨時ニュースが出ました。85歳か。赤塚不二夫も晩年は寝たきりの植物状態だったんだが、酒飲みは晩年になって脳梗塞とか、寝たきりになって迷惑かける事が多いので、酒は控えめにw

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終末のタンゴ


どんな人間にも必ず終わりは来る
どんな世の中にも必ず終わりは来る。
美しい人も勇ましい人も、うけてない人もいつかは来る。
その日のために鍛えておこう。
君の覚悟のすべてを、自殺、圧殺、虐殺。


どんな愛情にも必ず終わりは来る。
どんな恍惚にも必ず終わりは来る。
大きい人も、短い人も、しつこい人もいつかは果てる。
その日のために鍛えておこう。
君の覚悟のすべてを、腹筋、海綿体、括約筋。


どんな犯罪にも必ず終わりは来る。
どんなインチキにも必ず終わりは来る。
信じた人も、夢見る人も、飲み過ぎた人もいつかは覚める。
その日のために鍛えておこう。
君の覚悟のすべてを、誤算、破産、倒産。
南無三。


https://www.youtube.com/watch?v=M2nTsblH6NU


最後にいいこと言ってます。
昭和の男でしたね。ご冥福をお祈りします。



 ご冥福をお祈りします。


 行った先が神様か仏様か地獄の鬼かしらんけど、ホッペタ殴ったりしないようにねw


「野坂昭如が壇上で祝辞を述べた後に大島監督に右フックを食らわせる。」
https://www.youtube.com/watch?v=n1CNy0eIzuY&feature=related



野坂さんの小説で「オペレーションノア」てのがあって、読んだのは、若いころ
だったんですが、まるで今の日本を予見したような内容で、思い返すと寒気がします。


http://saint-maybe.cocolog-nifty.com/inevitable_tourist/2010/01/post-d29b.html


現在は絶版本だったかも。 
つ~か 野坂さんは政治家やパワーエリートてのが、どれほど傲慢なバカなのかを
よく知ってたんだろな。
野坂さん 昔 「TVタックル」でオナニーしろとか言ってたから、
たぶん今頃は、あっちで大島渚とド突き合いながら、酒をチビチビ飲みつつ
オナニーしてると思う。 あ~でも仏様になると煩悩が無くなるのか
なんにしても野坂さん ご苦労様でした。



youtubeに野坂昭如がヤグザの組事務所を取材する映像があるけど、中々味わい深くて面白い。


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ダークなものへの偏向

アニメ「十二国記」を4回くらいまで見て、小野不由美のメソッドが分かった気がするので、メモしておく。要するに「(自分も含めて)何も信じられない」ということではないか。そこから生まれる不安感というのが小野不由美の世界なのではないだろうか。
で、このメソッドで一番の問題なのは、これが「楽しくない」ことである。ホラーだから楽しくないのではない。小野メソッドだから楽しくないのだ。
私は小野不由美の小説は読めない。漢字が多すぎるせいかとも思っていたが、幸田露伴や森鴎外の小説は漢字だらけでも喜んで読む。違いは別のところにあるのだ。
それは、ダークなものを好むか好まないかの違いである。
幸田露伴も森鴎外も「向日的」であるのに対して、小野不由美の世界はダークである。
一人として魅力的な人物がいない。すべて、心に悪を抱えている。
それこそが現実だ、などと言う馬鹿は放っておこう。
現実には素晴らしい人間がたくさんいる。それが小説世界で描けないならば、それは書き手の心が歪んでいるからだ、と私は思うのである。

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戦争の終末

「ギャラリー酔いどれ」所載。ヴァシーリー・ヴァシーリエヴィチ・ヴェレシチャーギン(じゅげむじゅげむみたいな名前だ。覚えられん!)の「戦争の終末」
酔いどれ氏は、よく、こういういい絵を掲載してくれる。
シリアは、まさにこうなりつつあるのではないか。






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平等という名の暴力

「竹熊健太郎ツィッター」から転載。
消費税もこの「橋の下の比喩」同様に「全員に平等にかけられるが、(増税で)先に倒れるのは弱者」である。
お役所の話では、将来的には消費税は30%以上にする予定だそうである。日本は死屍累々となるだろう。




(以下引用)





             さんがリツイート

なんか最近「平等という建前で弱者も強者も老若男女構わず全員平等にぶん殴ってたら弱い奴から倒れるだろ」(大意)という意見を読んで、三原順「はみだしっ子」の「橋の下の例え話」を思い出した。こういうことなんだよな(白泉社文庫版5巻261頁)

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職業:
仙人
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考えること
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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