忍者ブログ

小説の登場人物の扱い

今、読みかけの小説は5冊以上あると思うが、ドストエフスキーの「死の家の記録」は、読み終わるのがもったいないので中止している。で、最近読み始めたのが同じくドストエフスキーの「二重人格(正しくは「ドッペルゲンガー」と訳すべき内容)」であるが、これは面白い反面、かなり理解困難な作品で、何が理解困難かというと、要するに作者がこれを書いた意図がつかめないわけだ。
明らかにコメディなのだが、笑いの対象は主人公その人で、要はその俗物性と神経症的行動の突飛さを笑うのだろう。つまり、読者に笑わせるのだろう。しかし、読者はそれを笑えるのだろうか。読者の大半は俗物であるだろうし、下級役人の主人公の卑小さは、同じような立場の人間には笑えないと思う。では、上級国民用の喜劇かと言うと、かつてそんな作品はあった試しがないだろう。つまり、笑いはその大半が権力への風刺であり、貧しい者や弱い者は同情の対象ではあっても、嘲笑や攻撃の対象ではほとんど無かったのである。
ドストエフスキー自身、弱者や貧しい者への同情や共感は他の作品でずいぶん書いているのに、この作品では貧しい弱者が、その性格が卑俗で図々しく奇矯であるために笑いの対象として選ばれているようなのである。いや、さほど貧しくも弱者でもない、一応は召使も持っている中級から下級の役人なのだが、そういう人間がより高い暮らしや地位を目指して足掻く、その姿が醜いからと言って、笑える人間がどれほどいるのだろうか。
私など、この主人公の言動を哀れだとは思うが、嘲笑する気にはなれない。彼にはそういう「身の程を知らぬ」行為をする権利があると思うわけだ。その結果、惨めな姿をさらすわけだが、私にはそれが笑えない。
もちろん、ドストエフスキーの書くものだから、細部の面白さはいくらでもあり、読む価値は十分にある作品だ。しかし、この作品が彼の作品の中でも珍しく一般的な評価がまったく得られなかったのは、実はここで笑われているのが一般読者の「同類」だったからだろう、と私は推測する。
読みながら私は、小説の登場人物が自分の扱いについて作者に抗議するという「メタ小説」を考えたのだが、そういうのは手塚治虫などが漫画でとっくにやっていた。


拍手

PR

「させていただきます」の無礼さ、傲慢さ

「プレジデントオンライン」記事で、「させていただく」という語法の慇懃無礼さを問題視したのはいいが、無意味にアカデミックな文飾が多く、読みにくくなっているのが欠点である。
私が感心した一か所は赤字にしておく。要するに「こちらは相手の行為を許容していないのに、許容したことに勝手にされている」のが「させていただく」なのである。本当なら「~してよろしいですか」の後に、相手のOKを得て「では~させていただきます」となるべきであるわけだ。

(以下引用)

そもそも敬語になっていない…「させていただく」と言われるとイラッとする言語学的な理由【2022編集部セレクション】

椎名 美智 - 昨日 15:15




 ‎-0.82%‎
USD/EUR ‎-0.11%‎
Gold ‎+0.62%‎
2022年上半期(1月~6月)にプレジデントオンラインで配信した人気記事から、いま読み直したい「編集部セレクション」をお届けします――。(初公開日:2022年2月20日)「させていただきます」という表現は敬語なのだろうか。法政大学文学部の椎名美智教授は「相手に敬意を向ける謙譲語ではなく、自分の丁寧さを示す丁重語として使われている。だから恩着せがましく感じるのだろう」という――。

※本稿は、椎名美智『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』(角川新書)の一部を再編集したものです。

「させていただく」は関西発祥?

「させていただく」は関西と関係が深いと言われています。それが関東に、そして全国に広がったとされています。一向宗の信者であった近江商人が行商しながら全国に広めたという説もあります。


司馬遼太郎の『街道をゆく24 近江散歩、奈良散歩』から関連箇所を引用します。


日本語には、させて頂きます、というふしぎな語法がある。


この語法は上方から出た。ちかごろは東京弁にも入りこんで、標準語を混乱(?)させている。「それでは帰らせて頂きます」。(中略)「はい、おかげ様で、元気に暮させて頂いております」。


この語法は、浄土真宗(真宗・門徒・本願寺)の教義上から出たもので、(中略)絶対他力を想定してしか成立しない。(中略)「地下鉄で虎ノ門までゆかせて頂きました」などと言う。相手の銭で乗ったわけではない。自分の足と銭で地下鉄に乗ったのに、「頂きました」などというのは、他力への信仰が存在するためである。もっともいまは語法だけになっている。(※)


※司馬遼太郎(2009)『街道をゆく24 近江散歩、奈良散歩』朝日新聞出版、引用は11~12頁からです。


この「おかげさまの精神」は、今でも「させていただく」に含まれているのでしょうか? すぐに「そうだ」と言えないのは、意識調査から「させていただく」の恩恵性を人々が意識しなくなっていることがわかったからです。

本当に込められているのは敬意ではない

私が行った意識調査では、「なぜ『させていただく』を使うのか?」と、使う理由を聞いています。実際の行動と自分の行動に対する自己認識は必ずしも一致するわけではありませんが、参考までに回答を見ると、人々は丁寧さと謙虚さを示すために「させていただく」を使うと答えています。こうした人々の認識は調査結果とほぼ一致しています。しかし、人々が「させていただく」に込めているのは敬意なのでしょうか?


本当に込められているのは、実際には聞き手意識だと私は考えています。あなたに直接向けるのではなく、自分の行為を表現することによって間接的に伝わるあなたへの配慮です。これは従来の敬語の敬意とはちょっと違います。


「させていただく」フレーズ全体は、「あなた認知」(近接化ストラテジー)を丁重に表現する(遠隔化ストラテジー)、遠近両方のストラテジーを用いた「新・丁重語」への変化過程にあります。謙譲語と丁重語は自分がへりくだる点は共通していますが、相違点があります。


謙譲語は自分の行為が相手に向かい、結果として敬意が相手に向かうのですが、丁重語は自分だけで完結する行為を示すので、敬意が相手に向かっていきません。その代わり、丁寧さが自分に向かうのです。つまり、丁重語は自分の丁寧さや謙虚さを示す品行の敬語なのです。

「~させていただきます」にイラっとするのはなぜ?

そのように考えると、「させていただく」はやはり、相手に敬意を向ける謙譲語ではなく、自分の丁寧さを示す丁重語として使われていると考えた方がよいわけです。こうした「させていただく」に含まれている意味合いは、敬意で説明するより、ポライトネスの概念を使って相手との距離感と捉えてそれを微妙に調節していると考えるとしっくりきます。


私が聞いた話として、講演会の入り口で「受講票を確認させていただきます」と言われて怒って出て行った男性の例があります。「させていただきます」と言われてなぜ怒るのかを考えたとき、じつは「いただく」は相手に触れないというまさにそのことにおいて(とりわけ言い切り形で使った場合に)相手に触れることなく結果だけを「もらっちゃうからね」と言われているような感覚を与えてしまう側面があります。それが、否定的な受け止め方を生じさせてしまう原因の一つなのではないかと考えられます。


意識調査では、このような例文に対して、中年層は比較的高い違和感を示していました。こういう場合の遠近両用ストラテジーは、必ずしもすべて人に好印象を与えているわけではないということです。「させていただく」文への違和感にはいくつかの要因が関与しているとはいえ、能動的コミュニケーション動詞が言い切り形で使用されること(たとえば「話させていただきます」や「質問させていただきます」など)は、聞き手が違和感を覚える原因の一つではないかと思います。

遠い相手にも寄り添っているように感じられる

つまり、「させていただく」使用への違和感は、単に使用頻度が高くなったことだけが原因ではなく、どんな動詞と使われているか、後ろがどんな形なのかにも関係しているということです。能動的コミュニケーション動詞の言い切り形に対して、人々は、自分の期待するコミュニケーションのあり方と違うと思っているようです。ここでは話し手の意図と聞き手の解釈の食い違いが起こっています。ここに年齢差も加わってきます。


これまで見てきたことを表でまとめておきます。表にすると、「させていただく」の現状分析と通時的変化の方向性が一致したことが見えてきます。


図表1を上下二層に分けて見ると、二つの調査結果が呼応していることがわかります。意識調査でわかった聞き手の存在・関与の重要性は、コーパス調査で「させていただく」の前にくる「話す」「質問する」など相手を必要とする能動的コミュニケーション動詞の種類が増加していたことと呼応。一方的言語行為への大きい違和感は、相手に交渉の余地を与えない「言い切り形」での使用が特に増えていることと呼応しています。


次に、「させていただく」が持つ矛盾に目を向けてみましょう。元来、「させていただく」は話し手が主語で聞き手に言及しなくてよいという敬避性を備えているので遠隔化ストラテジーが作用します。しかし実際の用法では、相手の存在や関与が意識される動詞と一緒に使われると、違和感が小さく受容度が高いことがわかりました。これは共感性、つまり近接化ストラテジーの効果が加わったからです。


「させていただく」は人との距離をとる意味では敬語と同じ働きをしていますが、運用において近接化を帯びている点が従来の敬語とは異なります。ここでは、そうした遠近両方の性質を持つ「させていただく」を「新・丁重語」と名づけました。「新」を付けることによって、距離をとるだけの「丁重語」と差別化したかったからです。

気遣いのつもりが慇懃無礼になってきている

後ろの形が言い切り形に定型化すると使いやすくなり、私たちの注意は前にくる動詞にシフトします。そして、便利に使えると思って色々な動詞と一緒に使ってきたわけです。でも、ふと後ろを見ると、コミュニケーションが固定化していることに気がつきます。対人配慮が「合理化」されて多様性を失い、「させていただく」フレーズ全体がコミュニカティブな意味合いを失っているのです。


これはコミュニケーションにおける矛盾です。すなわち、コミュニケーションは近接化を図ろうとする行為であるにもかかわらず、そこで最も遠隔化効果の高い「させていただく」を交渉の余地のない言い切り形で使用しているからです。これはコミュニケーションにおいて、アクセルとブレーキとを同時に踏み込むような行為です。「させていただきます」には、ここにも相反する方向性が内在しています。そのことは「させていただく」が人々によく使われていると同時に、人々が違和感を抱く要因の一つになっていました。


ものごとには良い面と悪い面があります。「させていただく」を使うと絶妙な距離感が取れるので若年層に好まれているようです。しかし、アクセルとブレーキを使って微妙な距離感が調節できて便利だと思って使っているうちに使いすぎて、気遣いをやりとりしていたはずが、慇懃無礼になってきているのかもしれません。日本語は文の後ろの方で話し手の態度を示すので、終わり方にもバリエーションが必要だということです。

語尾のテンプレ化が気になってしまう

これを現在の日本語のコミュニケーション状況として眺めると、表面的な配慮は多様化しているにもかかわらず、実際の対人的側面における交渉的配慮は後退し、コミュニケーション全体としては貧弱化していると見ることができます。その意味で、「させていただく」をめぐる問題は、使う側の便利さというメリットが、受け取る側への不快感というデメリットになる矛盾を孕んでいます。そのことは、図表2のように図式化できます。


前にくる動詞の選択肢が多様化して距離感が調節できることは、話し手のインセンティブになっています。使う側は「させていただく」を敬意マーカーとして自分の丁寧さを演出するために使います。しかし、聞き手が気になるのはそこではなく、後ろの活用部分の固定化です。聞き手は「させていただきます」という言い切り形のために、コミュニケーションが自分に開かれていない印象を持つわけです。

「聞き手がどう感じるか」も考慮すること

ここでも話し手の意図と聞き手の解釈が食い違っています。実際のコミュニケーションでは、そこに年齢差や社会的役割が関わってくるのですから、意味合いはもっと複雑になっているはずです。


ここで考えているのは、話し手は丁寧に言ったつもりなのに、相手が失礼だと思うような場合のことです。ポライトネスのはずがインポライトネスになっています。ポライトネスを考える際には、話し手側の意図だけでなく聞き手側の捉え方も考慮に入れなければならないというのが、最近の考え方です。ここで示した「させていただく」をめぐる矛盾は、そのこととも呼応しています。「させていただく」表現に対する矛盾した印象は、こうした話し手側と聞き手側の視点の違いに関係しているのかもしれません。


---------- 椎名 美智(しいな・みち) 法政大学文学部 教授 宮崎県生まれ。言語学者。お茶の水女子大学卒業、エジンバラ大学大学院修士課程修了、お茶の水大学大学院博士課程満期退学、ランカスター大学大学院博士課程修了(Ph. D.)、放送大学大学院博士課程修了〔博士(学術)〕。専門は歴史語用論、コミュニケーション論、文体論。『歴史語用論入門』(共編著、大修館書店)、『歴史語用論の世界』(共編著、ひつじ書房)、『「させていただく」の語用論』(ひつじ書房)など著書多数。近著に『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』(角川新書)がある。 ----------




拍手

ゾコーバ商人と結託した政府のゾコーバ承認

「阿修羅」から転載。
ゾコーバ承認のニュースを読んだ時に早々とその欺瞞性を私はこのブログに書いたが、中学生レベルの頭があれば、それくらいは分かる話だ。なお、あの知念ミキトですらゾコーバは絶対使わないと断言しているらしい。

(以下引用)赤字部分や下線は夢人による強調。

塩野義の国産初コロナ飲み薬「ゾコーバ」、厚労省が緊急承認…来月上旬にも使用可に (読売新聞) 
http://www.asyura2.com/22/iryo10/msg/252.html
投稿者 魑魅魍魎男 日時 2022 年 11 月 23 日 05:43:53: FpBksTgsjX9Gw 6bOWo@mx6bKSag
 

塩野義の国産初コロナ飲み薬「ゾコーバ」、厚労省が緊急承認…来月上旬にも使用可に
(読売新聞 2022/11/23)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20221122-OYT1T50237/

 厚生労働省は22日、塩野義製薬が開発した国産初の新型コロナウイルス感染症の飲み薬「ゾコーバ」を緊急承認した。迅速に審査するために5月に新設された緊急承認制度が初めて適用された。12月上旬から使用できるようになる見通しだ。

ゾコーバは医師の処方が必要で、12歳以上の軽症・中等症患者が対象。重症化リスクの低い人も使えるのが特徴だ。発症3日以内に飲み始め、1日1回5日間服用する。ただし、妊婦には使用できないうえ、一部の高血圧や高脂血症の治療薬など、併用できない薬が36種類ある

 政府は、塩野義から100万人分を購入する契約を結んでいる。緊急承認は1年の期限付きで、有効性などを確認した上で通常承認の可否を改めて審議する。

 7月に開かれた厚労省の専門家会議では、中間段階の臨床試験で12症状の総合的な改善効果が十分に示されなかったことなどから、「有効性が推定できるとは判断できない」として承認が見送られた。今回は、塩野義から追加提出された最終段階の臨床試験データを基に再審議。現在主流のオミクロン株で多い喉の痛み、せき、発熱などの5症状が消失する時間を約24時間短縮する効果がみられたことなどを踏まえ、賛成多数で承認が了承された。

-------(引用ここまで)--------------------------------

やっと国産薬が出た、安心して飲めると、喜んでいる向きもありますが、
残念ながら純国産ではありません。

「革新的な治療法の開発 」 (SHIONOGI)
https://www.shionogi.com/jp/ja/sustainability/improve-access-to-healthcare/div-innovative-therapy.html

SHIONOGIは、既存の標準治療よりも優れた革新的な薬剤を創ることを通じて、グローバルヘルスをより良くすることに貢献してまいります。

SHIONOGIのコア疾患領域は感染症と疼痛・神経ですが、先進国ですら、それらの領域では充分な治療を得ることが難しい状況です。一般社団法人グローバルヘルス技術振興基金(以下、GHIT Fund)は2013年に設立された組織で、エイズ、結核やマラリア、顧みられない熱帯病といった領域に焦点を当てており、発展途上国で蔓延する感染症を制圧するため、日本の研究技術を用いた医薬品・ワクチン・診断薬の開発を推進しています。SHIONOGIはGHIT Fundの設立当初からの加盟会社であり、またその他にも日本国政府やビル&メリンダ・ゲイツ財団ともパートナーシップを結んで新たな治療法の研究・開発を進めています。


このグローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)にも、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が出資しています。

「History GHIT Fundの構想から第1回目の投資まで」 (GHIT Fund)
https://www.ghitfund.org/overview/history/jp

要するに、安全性も効果も確認されていない薬を緊急承認させて、またビル・ゲイツは
一儲けするつもりです。

そう、振り返ればいつもビル・ゲイツがいるのです。

逆に、彼の息のかかっていないものは、決して承認が得られません。
イベルメクチンが典型例です。

まともな臨床試験には10年かかります。
それを端折って、数ヶ月で試験を終えた薬が安全であるわけがありません。

服用をすすめられても、はっきりと断りましょう。


(関連情報)

「ロバート・マローン博士 『振り返ればいつもビル・ゲイツがいる』  (タマホイ訳)」
(拙稿 2022/8/3)
http://www.asyura2.com/22/iryo9/msg/544.html  


拍手

原子力発電の「持続可能性」は計算されているか

東海アマ氏の、例によって偏見混じりの小論文(エッセイ)だが、原発についての部分は正解だろう。つまり、化石燃料から原子力への完全転換がDSの目標だ、ということだ。
で、私が不思議に思うのは、原発の燃料であるウランの全地球的な埋蔵量は、電力をすべて原発依存にした場合、どのくらいの年月の「持続可能性」があるのか、ということだ。それははたして化石燃料以上の持続可能性があるのか。ウランは無尽蔵にあるはずはないから、すべての電源を原発にしたら、ウランは激烈な価格暴騰をすることになるだろう。おそらく、全人類が使用可能な価格ではありえなくなる。
ということは、電力をすべて原発依存にした場合、地球人口を現在のまま維持することは不可能になるわけで、それがWEFその他、ダボス陰謀団による「地球人口削減計画」の根底にある、と考えられる。まあ、削減するならしろ、である。悪党しか残らない世界でその悪党の仲間として生き残って何が面白いか。

(以下引用)後半省略




 このブログでも繰り返し取り上げているのだが、現在、世界中で「二酸化炭素規制」を口実にした、化石燃料排除、EV化、あらゆるエネルギーの電気化が強力に進められていることにより、旧西側諸国では、チェルノブイリとフクイチの二大事故で、凄まじい被害により支持を失って斜陽産業と化した原子力産業の復活に邁進している。

 例えば、品川~名古屋間の「中央リニア新幹線」も、現在の新幹線が同じ区間で、1時間34分程度であるのに対し、40分が提示され、「飛躍的な時間短縮」が謳われている。
 ところが、リニア駅が地下40m程度にあるため、高速エスカレータを利用しても、地上に出てから乗り換えるには10~30分かかるといわれている。
 10分としても40分プラス10~30分×2で最低1時間以上かかることになり、時間短縮効果は、わずか10~30分程度と予想されている。

 このために建設費用が数兆~数十兆円投下され、料金も葛西会長が「新幹線より700円高いだけ」と言ったものの、巨額の投資コストを試算すると、おそらく2倍以上、東京~名古屋で2万円以上にせざるをえないといわれる。
 つまり、秒単位の生活をしている特権階級以外で、リニア新幹線の利用価値は皆無といえるのだが、それでも無理に開通をこじ開けようとしている本当の理由は何か?

 それは、リニア新幹線の必要電力量にある。リニアを運行するためには、電力が現行新幹線の4倍必要なのだ。
https://power-hikaku.info/column/linear.php
 仮に、東京~大阪間のリニア運行には、最低で74万キロワットの電力が必要になるため、100万キロワット級原子炉一基を新設しなければならなくなる。
  https://www.j-cast.com/2012/06/16135847.html?p=all

 実は、これこそ、ビルゲイツ・竹中平蔵ら「ダボス陰謀団」が提唱している「グレートリセット」、つまり、地球上のあらゆるエネルギーを電気に一元化して、原子力発電でそれをまかなう。コンピュータと原発による100%監視された社会を作り出す。というビジョンに沿った計画だったのだ。

 もちろん、世界のEV自動車化の潮流も、「グレートリセット」による電気化社会の核心にある計画だ。
 欧州では、チェルノブイリ事故以降、原発は斜陽化していたが、なぜか不可解なロシア軍事侵攻が起きて、エネルギー供給が逼迫し、ドイツなどで次々に、原発廃止計画が撤回され、再稼働が始まっている。

 二酸化炭素排出抑制、化石エネルギー供給逼迫 などを理由にしているが、欧州資本家が、自動車の電気利用に飛びついている本当の理由は、化石エネルギー原動機車では、日本の技術が圧倒的で、とうてい日本に追いつけないため、「EVなら日本に勝てる」という見込みで政権に圧力をかけて化石車禁止に持っていったのだといわれる。
 
 「脱炭素の名を借りた日本車締め出し」欧州の姑息な手口に悩みを深める自動車業界
「ホンダにも戦ってほしかった…」2021年4月29日
 https://president.jp/articles/-/45580?page=1

 きっかけになったのは、VWによるディーゼル車の不正プログラムで、これがドイツ車全部に波及したため、当初のディーゼル脱炭素戦略が不可能になったためだという。
 というより、欧州原子力産業の元締めがロスチャイルドグループ、ユダヤ人企業(例えばアルゴアのオクシデンタル社やシェル社)であることが知られていて、原子力産業の復権が実現しないと、世界最大級の東欧ウラン鉱山利権などが有害資源ゴミに転化してしまうことから、原発復活がユダヤ人産業の核心的権益であるとされているのだ。

 原発復活のためには、世界中のあらゆるエネルギーを電気化することが基本戦略であり、自動車をEV化することも、電力を巨大に浪費するリニア計画も、「スーパー(スマート)シティ構想」も、原発復権を大規模に後押しするものであり、そして決定打が、ロシアによるウクライナ侵攻であった。

拍手

新コロは既に弱毒化している

「混沌堂主人雑記(旧題)」所載の「逝きし世の面影」常連欄のコメントだが、新コロの重症化率も死亡率も通常のインフルエンザより低いという「衝撃的な」事実が書かれている。それでも「副反応報告(ワクチン死含む)が膨大な数になっている」新コロワクチンを打ちたいという人は大いに打てばいい。世の中から馬鹿が減って結構なことだ。

(以下引用)冒頭の一文は話に無関係なのでカットした。赤字は夢人による強調。
終わりにしようぜ-新コロへの超過剰対応 (ルンバよりは賢い積り)
2022-11-23 16:35:43
 
 財務省が発表した資料[社会保障 財務省 2022年11月7日]によると
・コロナはもうインフル以下の重症化率・死亡率
・なのに医療機関には未だに超巨額の補助金が流れている
・ワクチンも半端なく余っている
という。
 財務省は、外務省、防衛省などと並んで、宗主国からの「指令/指導」が届きやすいところなので、宗主国からの指導があった可能性はゼロではないだろう。
 感染症一般の経過をたどっただけなのか、一部の人たちが言う「人工ウイルスなので自然界ではそのままではいられない」からなのかは不明だが、弱毒化してきているのだろう。
 財務省の資料PDFの p.8 で引用されている数字を見れば分かるが、オミクロン株系列は、弱毒化してきており、そのことによって感染力を高めている。
 そのため、以前より「感染( =陽性判定のこと)」「発症」の実例に、身の回りで遭遇する機会が増えている。
 が、多くの場合、軽症(最初の頃に言われていた「すごく苦しくても軽症扱い」ではなくきついめのカゼ程度)で治癒している。
 もちろん後遺症については不明だが、新コロ本体での症状が軽いほど、後遺症も 無い/軽微の範囲 にとどまる 可能性が高いと考えることができるだろう。
 新コロについては、大阪府のデータなのだが、大阪府は新コロでの死者がかなり多い。その意味では「ちょうどいいデータ」なのかもしれない。
◆新型コロナウイルスの重症化率、致死率(大阪府)
 
 第7波(BA4.5)(R4.6.25~8.21)[ = 2022]
◆季節性インフルエンザの重症化率、致死率
(H29.9~R2.8)[ = 2017~2020]
を比較すると
       新型コロナ第7波    季節性インフルエンザ
       重症化率  致死率   重症化率  致死率
60歳未満  0.01%   0.004%    0.03%   0.01%
60歳以上  0.14%   0.475%    0.79%   0.55%
財務省の資料pdf は↓
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20221107/01.pdf

拍手

心理学的に見た「乙武イズム」への好悪

人に助けられて感謝の言葉を言うというのは、健常者でもなかなか難しいものではないか。というのは、誰かに助けられること自体、「自分が相手より下になった」と無意識的に感じる人間が多いだろうからだ。
そして、それが自分への「奉仕」ならば、まったく自尊心は傷つかない。むしろその奉仕で自分が相手より上位の存在であることを感じるのである。奴隷や召使の奉仕を当然として「感謝しないで」いることで奴隷制度や貴族制度は心理的に成り立っていたと私は思っている。これは現代資本主義社会でも同じだろう。企業幹部は平社員の奴隷的服従を当然と考えることで居丈高な命令が可能になるわけだ。そして命令は居丈高なほど服従されやすい。ただの「正社員」すら、「非正規社員」を自分たちより「身分が下」だと思っている事例は多い。

で、乙武氏が多くのアンチ乙武を発生させたのは「人から援助されても卑下することなく(具体的には感謝の意を特に表すことなく)堂々と振る舞う」ことにあったのだと思う。その言動は多くの身障者を勇気づけ、また身障者対健常者の伝統的な「心理的上下関係」の在り方に一石を投じた意義は大きいが、しかし社会的意義は認めながらも、個人的心理として、それを不愉快に思う健常者は多いはずである。
正直に言って私も乙武氏は嫌いである。日本的な「報恩の美徳」「礼儀」「謙譲の美徳」と乙武イズムは背馳するからだ。別に、身障者に卑屈に振る舞えというのではなく、援助には感謝を表明すべきである、という当たり前の話なのだが、「感謝することは卑屈な振る舞いだ」「不自由な条件を持つ者は援助されて当然だ」というニュアンスを私は乙武氏の言動から感じるわけだ。
「何かを当然視する」ことからは感謝は生まれない。しかし、誰かの援助を当然だとすることは「援助には感謝が伴って当然」という伝統的感情に背くわけである。身障者は健常者と対等の存在であるべきだ、という思想はおそらく正しい。しかし、身障者が援助を必要とする限り、その思想が社会的同意を完全に得るには大きな心理的障壁があるのではないだろうか。
まあ、未来においては身体の機械化(サイボーグ化)で、この問題は解決し、むしろ機械化された身体を持つ者のほうが社会的に上位になるかもしれない。それが良いとは思わないが、身障者にとっては素晴らしいことだろう。WEFなど、いずれ人類の脳まで機械化する計画のようであるwww


(以下引用)

乙武洋匡氏 「助けてもらうことを当たり前と思うな」の声に反論 「ごもっともなのですが…」

スポーツニッポン新聞社 の意見 - 昨日 13:53







 作家の乙武洋匡氏(46)が22日、自身のツイッターを更新。世間の声に対し疑問を呈し、大らかな心での深い理解を求めた。

乙武洋匡氏© (C) スポーツニッポン新聞社

 乙武氏は「『助けてもらうことを当たり前と思うなよ』というご意見もじつにごもっともなのですが、「日々、助けてもらわないと生きていけない」という人生も、なかなかしんどいものであるということに、ほんの少しばかり思いを馳せてやってもらえるとうれしいでやんす」と思いをツイートした。


 この投稿に「みんなでお互いに補い合えるような社会がいいですね」「乙武さんに言う人間は妬んでるだけだろうな」「全く同感!!!!!」との声が上がった一方、「社会人として、最低限の『ありがとうございます』ぐらい言わないと」との声も寄せられている。




拍手

さあ、流行に載って金儲けだ!!!

この「緊急承認」は完全に不適切であり、不正と言ってもいい。背後に多額のカネが動いたのではないか。何も処方しなくても8日で治る風邪(インフルエンザ)の治癒が1日短くなるだけの効果しかないのである。しかも、副作用の恐れがある以上、絶対に承認するべきものではないだろう。いや、副作用があることが分かっていながら承認されている薬は無数にあるだろうが、この場合は、薬効がゼロに近いのだから、いわば「流行に乗って開発されたファッション新薬」であり、「流行遅れにならないように」大急ぎで承認したとしか思えない。

(以下引用)


塩野義「ゾコーバ」を緊急承認 新型コロナ飲み薬 厚労省

ライブドアニュースより
https://news.livedoor.com/article/detail/23245834/
早い話が「風邪薬」
<転載開始>


合同で開催された第5回薬事分科会と第13回医薬品第2部会=東京都千代田区で2022年11月22日午後5時2分、長谷川直亮撮影

写真拡大



 厚生労働省は22日、塩野義製薬が開発した新型コロナウイルス感染症の軽症者向け飲み薬「ゾコーバ」について、製造販売を緊急承認した。12月初めから医療現場で使用できるよう、国が購入し供給を始める。感染第8波に向け、国産の飲み薬が初めて実用化される。緊急承認の適用も5月の制度創設以来初めて。


【写真で見るコロナ禍 飼い主が陽性、わんこは…】


 ゾコーバの投与対象は12歳以上の小児と成人で、感染初期に1日1回、5日間投与する。重症化リスクのない人も投与対象となるが、厚労省は高熱や強いせき、強い喉の痛みなどの臨床症状があることが処方の目安になるとした。

 塩野義による最終段階の臨床試験(治験)は、軽症・中等症患者約1800人を対象に実施。速報値によると、偽薬(プラセボ)を投与した群との比較で、ゾコーバの群では、発熱やせきなど5症状が消えるまでの時間が約24時間短縮された。症状消失までの期間はプラセボ群が約8日、ゾコーバ群が約7日だった。


 緊急承認は、緊急時に限り有効性が「推定」される段階での医薬品の実用化を可能とする制度。5月の医薬品医療機器法改正で創設され、同社が適用を求めていた。


 22日の厚労省薬事・食品衛生審議会薬事分科会などの合同会議で、医薬品医療機器総合機構(PMDA)は治験結果について「有効性を有すると推定するに足る」との見解を示した。合同会議では委員1人が反対したが賛成多数で緊急承認が了承された。緊急承認の期限は1年。同社は今後、有効性を確認し、改めて承認申請する必要がある。


 政府は薬事承認を前提に、塩野義から飲み薬100万人分を購入する契約を締結している。国内では軽症者向け飲み薬としては、海外メーカー2製品が実用化されているが、対象は重症化リスクのある患者に限られていた。加藤勝信厚労相は承認後の記者会見で「(既存薬と異なり)重症化リスクを有しない患者を含み、対象が広がる。新たな選択肢としてコロナ対策に寄与することを期待する」と述べた。


 一方、ゾコーバは胎児に奇形が生じる恐れが報告されており、厚労省は添付文書で妊婦らへの投与を禁止。併用を禁止した薬剤もある。最初の2週間は処方する医療機関を限定する。


 ゾコーバを巡っては合同会議は7月、治験の中間段階(第2相)の結果を踏まえて緊急承認の可否を審議したが、その時点のデータでは有効性が推定できるとは判断できないとして、継続審議としていた。【村田拓也、横田愛】


拍手

カレンダー

12 2025/01 02
S M T W T F S
14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

カテゴリー

最新CM

プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

アクセス解析