忍者ブログ

なぜ「抗癌剤」治療が行われ続けるのか

「プレジデント オンライン」記事の一部で、筆者は京都大名誉教授で医師の和田洋巳氏。
抗癌剤は無意味でむしろ有害だというのは私が大昔からブログで書いていることだ。私は職場の同僚が咽喉癌の治療を始めて半月で歩行困難になり(「咽喉」癌であるにも関わらずだ)、およそひと月で亡くなったのを目撃している。治療内容の詳細は知らないが、切除手術でないのは明白で、抗癌剤か放射線治療のはずで、放射線治療でも歩行不能にはならないと思う。抗癌剤なら全身が関係するだろう。体の一部位だけに効果のある抗癌剤があるはずがない。また、癌だけを消滅させる薬があるはずがない。

(以下引用)


がんの病期(ステージ)は、病勢の進行とともに、I期(ステージI)、II期(ステージII)、III期(ステージIII)、IV期(ステージIV)へと深刻化していきます。このうち、原発巣以外の他臓器や遠隔リンパ節などに転移のないI期からIII期までの段階であれば、おおむね手術は可能です。


しかし、原発巣以外の他臓器や遠隔リンパ節などに転移のあるIV期の場合、手術はほぼ不可能(手術適応外)とされ、標準がん治療では「もはや治癒は望めない」と判定されてしまうのです。


そして、標準がん治療では、このような絶望的なショックの底にいる患者や家族らに抗がん剤治療が追い討ちをかけていくのです。

「IV期がんは治らない」と分かって薬を投与している

そもそも、抗がん剤には「がんを治す力」は基本的にありません。


確かに、睾丸がんや絨毛がんなどごく一部の固形がん、白血病や悪性リンパ腫などの血液がんについては、抗がん剤で治ることがありますが、がん全体から見ればレアケースにすぎません。つまり、圧倒的多数を占める固形がんについては、再発がんや転移がんも含めて、抗がん剤治療で治癒に至ることはほとんどありません。そして、がん治療医らは「IV期がんは治らない」ことを前提として治療を行うのです。


言うまでもなく、がん治療医らはこれらの事実をよく知っています。ただし、患者や家族らに「抗がん剤治療を受けても、がんが治ることはありません」とは明言しにくいものです。そのため、多くの場合、医師は次のような“励ましの言葉”を駆使して、患者や家族らを説得しようとします。


「最近はいいお薬(抗がん剤のこと)もたくさんあります」
「私たちも全力で支えますから、希望を持って頑張りましょう」


これらの励ましの言葉が医師の悪意から発せられている、すなわちウソを伝えて患者や家族らを騙そうとしている、とまでは私も言いません。医師の胸の内に患者や家族らを何とか勇気づけたいという気持ちがあるのもまた事実でしょう。


しかし、「厳然たる事実」と「励ましの言葉」との間にある大いなるギャップは、結果的に患者や家族らをさらなる絶望の淵へ追い込んでいくことになるのです。

拍手

PR

「論語」の基本思想

私の別ブログから転載。
「論語」は世界最高の「世俗道徳」(神仏を前提としない道徳)の思想書・教科書である。ただし、「儒教」は後世の人間が論語を解釈し学問化し、公教育化したものなので、論語の解釈自体が恣意的である可能性がある。(たとえば封建支配体制維持のための「忠」の意味の捻じ曲げなどがある。)かえって、論語の基本思想を単純化したほうが有益だろう。
フロイトの言葉の末尾を私流に言えば、「人間関係によって苦悩が生まれる。その苦悩を軽減するのが隣人愛だ」ということだ。つまり「隣人愛=仁」である。下の文章では「仁=博愛」と書いているが、同じことである。我々は現実には博愛を隣人愛としてしか実行できないからだ。口先だけの博愛を語る(騙る)詐欺師は無数にいるだろうが。(私自身、社交嫌いの思考沈潜人間である。)*念のために言えば「思考沈潜」は漠然とした浮遊思考の下に意識が沈んでいるだけだ。

(以下自己引用)


1行で分かる「論語(儒教)」の真髄



論語(儒教)の真髄は「」と「忠恕」で済む。

後は、漢和辞書を引いて、この2語の意味を理解すればいいだけだ。


一応、解説する。
「仁」とは「博愛(を衆に及ぼすこと)」である。
「忠恕」とは、「忠」が「まごころ」の意味、「恕」が「まごころに従って行動すること」である。厳密には「恕」単独だと「心に従うこと(心の如し)」だが、上の「忠」が真心(中正なこころ)を意味するので、「忠恕」で真心に従う生き方を意味する。だから「論語」では「夫子(孔子)の道は忠恕のみ」と言っているのである。その真心の具体的内容が「仁」である。漢字の成り立ちは「人が二人いること」であり、いわば社会の最小単位だ。その二人がいさかえば、この世は地獄になり、愛しあえば天国になる。後者を「仁」と言う。つまり、社会全体で言えば「博愛」である。


(追記)フロイトの「幻想の未来」の中にこういう一節がある。

「知性の優位が実現するのは、はるか遠い未来のことかもしれないが、無限に遠い先のことではないだろう。そしてこの知性の優位が目的とするのは、キリスト教の神に期待するものと異なるものではないのであるーーもちろん宗教的にではなく、人間にふさわしい形で、外的な現実が、運命が許すかぎりにおいてということだが、その目的とは、隣人愛であり、苦悩の軽減である。」





拍手

或るラブストーリー

細部のリアリティから見て、実話だと思われる。


(以下藤永茂博士のブログ「私の闇の奥」から転載)

愛について想うことども(4)

2025-02-26 19:54:33 | 日記
 誠に美しいお話を伺いましたので、ご当人の承諾を得て、私のブログの記事として、掲載させて頂きます。
***************
私は5歳まで高知の漁村で過ごしました。2歳になる前に母が37歳で亡くなりました。父は半狂乱になりました。
母をとても好きだった(と周りの人たちから後で聞きました)上、その前年に7つだった息子(私の兄)を亡くしていたので無理もない事でした。
父は母を火葬にすることをどうしても許さず、母が好きだった、鮮やかな赤い花模様の化繊のスカートを棺に入れ、土葬にしました。
 
それから8年して父が死に、それからまた10年して親代わりだった祖母も死にました。母の死後、一家で転々として、私だけ一人生き残った時、私は関東に住んでいました。
高知は遠く、たまにしか家族の墓参りに行けません。それで、自分の近くにみんなを呼び寄せることにしました。お墓を移すためには、高知にいって、お骨を掘り起こして、火葬し直して持ってくる必要がありました。
 暑い夏の日に、丘の斜面の墓所に小柄な、日焼けした中年男性が2人、スコップや箒をもってやってきました。片方の男性の手首に数珠がかかっていました。地元にいて、いろいろ手配をしてくれた親戚のおばさんが「○○から来てもらったから」と言いました。○○は近くの村の名前です。「墓に関わる仕事は、○○の人がやると決まっちゅうきに」と言いながらおばさんはそっと、数字の四を表す手の形をしてみせました。私はその意味を知っていました。いわゆる「部落」の人を表す表現です。
 
男性たちは首筋を汗で光らせながら、墓石をどかし、骨壺を取り出していきました。最後に残ったのは母の墓です。骨壺ではなく、棺を取り出す作業になります。
真上からの照り付ける太陽の下、男性たちはスコップで黙々と土を掘ります。1メートルほどの深さまで行ったところで、棺が現れました。さらに深広く掘ると、数珠をした男性が穴の中に入りました。
「ではお棺をあけますよ」と言われたとき、私は怖かったです。亡くなった時はあまりに幼かったので、母の記憶がありませんでした。棺を開ければ、私は母と初対面になります。母には違いありませんが、20年近く土の下で眠っていた骸です。いったいどんな姿なのだろうという恐怖がありました。でも、とにかく「はい」と言いました。
地面の湿気を吸って重そうな、棺のふたがゆっくり空いたとき、そこに現れたのは、鮮やかな赤い花模様のスカートをまとった人骨でした。照り付ける太陽の光も相まってか、私は眼下の光景が夢か現実かわからなくなり、一瞬息が止まって、そのまま棺に吸い込まれそうになりました。その時、棺の傍らにいた男性が私を見上げて、良く通る声で言いました。「きれいなお母さんやのう!」私はふらつく足を踏み留めました。
「このきれいなスカートがよう似合うちょる。化繊でよかった。ちっとも傷んじょらん。昨日買うてきたみたいに。わしらこういう仕事をしゆうから、ようわかる。お骨になっても美人は美人や。あんたのお母さん、これがよう似合う人やったはずよ」そう言って男性は、数珠をはめた右手に左手を合わせ、短いお経を唱えました。
その後の顛末はよく覚えていません。きっとその方たちが母のも含めすべてのお骨をもう一度火葬するために、然るべき場所へもっていってくれたのでしょう。ただ、私が初めて会う母を「きれいだ」と言ってくれる人がいたことで、私たちの対面が怖いものでも異様なものでもなく、どことなく晴れがましく、しみじみとしたものになったという、感謝と感動だけは残っています。周囲のコミュニティからは、特殊な手のサインとともに眉を顰められる人たち、「穢れ」にまつわる仕事をするあの男性たちが、二十歳を過ぎたばかりの私の気持ちを優しく包んでくれたのを忘れることができません。
*****************
藤永茂(2025年2月26日)

拍手

「花」はどこへ行った

タイトルの「花」は、ここでは「フラワーチルドレン」を指す。
つまり、かつてのアメリカの反戦平和運動を担ったフラワーチルドレンが生きていたら、今のアメリカ社会の上層部の中にもたくさんいるだろうに、アメリカで反戦運動が起こらないのはなぜか、ということだ。
まあ、私はその当時中学から高校生くらいだったが、「馬鹿な運動だ」としか思っていなかったので、今さら彼らを批判する資格はないが、先ほどの早朝散歩の中で、なぜか頭の中に「花のサンフランシスコ」の歌が流れていたので、このムーブメントははたして無意味だったのかどうか、少し反省的に考えたわけだ。
つまり、中学生、あるいは高校生は生意気だから、大人や年上の人間に批判的なのがたぶん普通だと思う。しかし、それは思考や知識が未熟であるために、判断が偏っているだけだ、ということが多いはずだ。特に日本の場合は、敗戦後の大人たちは、「自分たちが日本をこんなひどい状況にした」という後悔と反省から、(一部の暴力的人間や頑固者以外)青年や子供を厳しくしつけることができなくなり、子供を「自由に」育てる傾向があったのではないか。その結果が、かつての「封建的社会の道徳」も消滅し、今のアモラル社会が出来上がった、というわけだ。
「理想主義者やお利巧さん」への軽蔑は、子供に多いと思う。子供は案外大人より現実的なのである。だが理想主義こそが社会を善導するのは言うまでもないだろう。

ちなみに、私は「花のサンフランシスコ」の歌詞の一部を頭の中で再生し、その歌詞の一部の意味が初めて理解できた(気がする)。馬鹿な歌だと思っていたが、それほど馬鹿げてもいないようだ。うろ覚えで書くと、こんな歌詞だった気がする。

for those who come to San Fransisco
gentle people will be a love in there

「サンフランシスコに来る人々にとって、
優しい人たちは、そこでひとつの愛になるだろう」

gentleは「紳士的、穏やか」などの訳が普通だと思うが、「優しい」にしておいた。人間たちが愛の塊になる、というのが、背中がこそばゆい感じだが、理想主義的ではある。
案外、軍人や兵士やトランプなどの精神の奥底に「フラワーチャイルド」がいたりして。

ちなみに、当時のこのムーブメントの精神を表す言葉が「ラブ&ピース」だったが、某アニメの中に出てくる「マジカル学園ラブアンドビースト」というゲームの「ラブ&ビースト」は「ラブ&ピース」のもじりだろうと私は推測している。つまり、我々の潜在意識の中にはいろいろな断片的記憶があるという話である。


(以下引用)


フラワーチャイルドもしくはフラワーチルドレンFlower child or Flower Children)は、1960年代から1970年代にかけてムーブメントを起こしたアメリカヒッピーのことで、ベトナム戦争を背景に、平和の象徴として花で身体を飾っていたためにこう呼ばれた。『武器ではなく、花を』は、彼らの有名なスローガンである。

概要

[編集]

1967年サマー・オブ・ラブで、特にサンフランシスコおよび近郊に集まったヒッピーの同義語として浸透した。フラワーチルドレンは、彼らが象徴とするで、自分の身を着飾ったり花模様の服をきて、人々にも花を配ったことに由来する。メディアは、1960年代後半から1970年代にかけて、どんな種類のヒッピーでも広義でフラワーチルドレンと呼んだ。


詩人アレン・ギンズバーグが提唱した平和的抗議活動により、消極的抵抗と非暴力イデオロギーを用いて、ベトナム戦争反対の反戦運動などフラワーパワーと呼ばれた政治活動も行った。


現在では、自然を愛した平和主義者たちの総称。

背景

[編集]

なぜ「象のアメリカ」が「蟻のベトナム」に勝てないのか、アメリカ国民の自国政府への不信感がつのった。ベトナム戦争が泥沼化する中、アメリカ国内では反戦運動が高まりをみせ、社会体制そのものを動揺させた。徴兵カードを焼き、鎮圧に出動した兵士の持つ銃口に花をさす若者は、フラワーチルドレンとよばれた[1]




拍手

政治家とは何か

発言自体より、それをGrokとやらで修正して、それで済ましているのが大問題なのではないか。つまり、これは「政治家が自分の言葉に責任を持たない」ということだろう。今後は「あれはAIのしたことですので、私の本意ではございません」で通用するとならないか。

(以下引用)引用記事がカバーがかけられて、他の記事の邪魔になっているので削除する。


国民民主党の玉木雄一郎代表(55)が8日までにX(旧ツイッター)を更新。高額療養費制度の負担上限額の引き上げをめぐり、政府が与野党からさらなる見直しを求める意見が出ていることから、今年8月の引き上げを見送る方針を固めたことについて言及した。


玉木氏は「決断が遅いしブレまくり」とバッサリ切り捨てた上で「見送るなら、衆議院での予算審議をやり直せ」と訴えた。「そして、引き上げを前提とした予算案に賛成した自民党、公明党、維新の議員は修正を認めるのか。石破内閣は国会を舐めている。ガバナンスが滅茶苦茶だ」と訴えた。


その後、「すみません。私のポストの言葉づかいが攻撃的だとお叱りを受けましたので、もっと丁寧で不快感を与えない表現に改めてくれとGROKに頼んだところ、以下のとおりとなりました。今後は、表現には一層気をつけてまいります。以下のように、より丁寧で不快感を与えにくい表現に修正しました:」とつづり、Xが提供する対話型AIチャットボット「Grok(グロク)」に投稿文の修正を依頼した。

「決断に至るまでの時間がかかり、方針が一貫していないように感じられます。


もし見送るのであれば、衆議院での予算審議を再度行うべきではないでしょうか。


また、引き上げを前提とした予算案に賛成した自民党、公明党、維新の議員の皆さんは、修正を認められるおつもりなのでしょうか。


石破内閣は、国会に対して十分な敬意を示していないように思えます。


ガバナンスについても、整然としていない印象を受けます」


「Grok」による修正文を提示した上で「このように表現することで、攻撃的なトーンを和らげつつ、意見を明確に伝える形にしました。何かさらに調整が必要でしたらお知らせください!」とフォロワーに投げかけた。

拍手

「天皇」否定論と肯定論の検討(再掲載)

「思想・哲学・宗教」のジャンルに入れた記事だが、検索の便宜のために、こちらのジャンルにも入れておく。

「天皇」否定論と肯定論の検討

私の別ブログに書いたメモ的記事だが、議論の叩き台として転載する。
もちろん、ここに書いた内容は天皇肯定論者にも否定論者にも不満なものだろうが、あくまで叩き台を提出するだけだ。もっと説得力のある否定論や肯定論があれば、私も読んでみたい。
まあ、ここに書いたのは三島由紀夫の「文化防衛論」を、分かりやすい形で、あるいは私なりの理解(誤解)で書いたものとも言える。

なお、「天皇制」という言葉は議論を混乱させる要素があると私は(何となくだが)思っている。たぶん、この言葉はそれだけで「天皇支配」を連想させるのではないか。「象徴天皇制」も同様だ。まあ、感覚的な話だが、「制度」(固定や呪縛)への無意識的な拒否反応を惹起するとも言える。

「肯定論」の8について補足すれば、未来は過去の伝統や遺産としての現在からしか生まれない、というのが永遠の真理だと私は思っている。改変はいいが、過去の消去や過去との断絶は利益よりは損失が大きいだろう。

(追記)このブログに載せてある「『文化防衛論』の考察」の一部を載せる。「日本人とは日本文化が意識的無意識的に体に刻みこまれている者」と定義できる。日本への移民はあくまで過渡的存在としての疑似日本人だ、と言える。日本文化に染まって、真の日本人になるわけだ。もちろん、ならない者もいる。長年日本にいながら日本人を敵視し、軽蔑する者もいる。つまり自ら「自分は日本人ではない」と主張しているわけだ。

13)「文化の無差別的包括性」を保持するために「文化概念としての天皇」の登場が要請される。

(考察)簡単に言えば「日本文化を保持するために、日本文化の象徴としての天皇の存在が重要である」ということだろう。天皇という存在が論じられる時、ほとんどは「政治的存在」としての天皇しか論じられていない。天皇という存在が日本文化の歴史の中心にある、というのは私も主張してきたことであるが、そこには別に三島の影響は無い。単に、日本文学史を見ていたら、それ(天皇が文化の中心にいること)が歴然としているというだけのことだ。記紀と三大歌集が無ければ日本の古代中世文学は無く、古代中世文学が無ければ、当然その発展としての江戸文学も無い。そして、明治の欧風文化採用と太平洋敗戦でその伝統は切られたのである。つまり、あの敗戦と戦後教育は日本の文化の伝統を断ち切ったわけだ。日本文化の伝統を愛する三島が、その伝統の中心に天皇があると考えたのは自然なことである。

(以下自己引用)

私は天皇肯定論者なのだが、要は日本文化と伝統の象徴としての天皇の存在を貴重だとする思想であり、また日本国憲法肯定者として、憲法の規定する「国民統合の象徴としての天皇」を尊重する意味での天皇肯定論者である。
そして、ネットで見る「天皇否定論」の根拠がどうもよく分からないので、その分析と考察をしてみる。ただし、メモ的なものだ。詳しい考察は後に回すつもりである。

最初に、私が考える「天皇否定論」の根拠を箇条書きにしてみる。もちろん、見落としもあるだろう。その中で私が重要と考えるのは「感情的に天皇の存在が許せない」というものだが、「感情論だからダメ」とは決めつけるつもりはない。ある意味では論理よりも強いのが感情だろう。ただ、とりあえず、ここでは「天皇否定論」と「天皇肯定論」を両方並べて、どちらがより合理的か、あるいは正当性があるかの比較をしてみるつもりだ。

Ⅰ 天皇否定論

1:日本国憲法は国民の平等を謳っており、天皇を国民の上位に置くのは許せない。
2:日本は「民主主義国家」であり、本来は君主的存在だった天皇は不要である。
3:天皇を「国民統合の象徴」とする意義はない。
4:天皇やその親族にかかる財政負担が無駄である。
5:昭和天皇のために死んだ無数の国民の死の責任が昭和天皇にあり、その子孫である天皇家自体、否定されるべきである。
6:天皇が神道連盟などの宗教に利用される可能性が大きい。
7:右翼が天皇を担ぎ上げて、日本を全体主義国家にする可能性がある。
8:天皇が存在しなくても、日本国民は何ひとつ困らない。
9:その他

Ⅱ 天皇肯定論(それぞれ「否定論」の否定であるが数字は対応していない。)

1:日本の歴史は天皇が大きな要素であり、天皇は日本文化の伝統であり象徴である。
2:現在の天皇は単なる象徴であり、日本国民の上位にあるわけではない。
3:憲法は天皇の政治関与を禁じており、民主主義と矛盾する存在ではない。
4:天皇に関係する予算は外交儀礼上必要だが、不満なら削減すればいい。
5:祖先の罪は子孫に関係しない。
6:神社等との関係が大きな問題になった事例は敗戦後は存在しない。
7:天皇が「象徴天皇」である限り、政治利用は不可能である。
8:天皇がいなくなれば、他国との違いが無くなり、「日本人」は過去と断絶する。
9:その他

拍手

イスラエルとナチスドイツは精神的双子

まあ、政治的事件ではあるが、政治の表面には出ないままで埋もれるだろう「歴史の真実を記憶するための材料」的事件なので、メモとしてこの雑談ブログに載せる。
イスラエルの外相の空々しい答弁が面白い。どうせうやむやにするに決まっている。なぜか。これを問題にすると、イスラエルによる「ガザの虐殺」の申し開きができないからだ。

(「スプートニク」から転載)

ウクライナのネオナチ崇拝を調査、非難する=イスラエル外相


イスラエルはユダヤ人の虐殺に関与したウクライナ民族主義者のバンデーラ、シュヘーヴィチに対する個人崇拝についての情報を収集し、必要であればこれを非難する。
ウクライナではユダヤ人やポーランド人の虐殺に関与したネオナチの指導者らが崇拝の対象となっており、バンデーラやシュヘーヴィチといったネオナチの名を冠した通りがいくつもある。
イスラエルのサール外相は4日の会見で、ウクライナのネオナチ崇拝について問われ、次のように回答した。
「まず第一に、私はこのことを知りませんでした。調べてみます……これを調べ、必要に応じて非難します。問題ありません……我々はホロコーストの記憶保全に全力を尽くしています。我々には反ユダヤ主義、ネオナチズム、ホロコースト否定と戦う責任があります」
バンデーラとシュヘーヴィチは第二次世界大戦中、ナチス・ドイツに協力し、ユダヤ系ポーランド人のジェノサイドに関与した。ドイツ占領下のポーランドでは1943年7月11日、150近くの農村が一斉に襲撃され、ウクライナ民族主義者らによって10万から13万のポーランド人が虐殺された。2016年夏にポーランド下院はジェノサイドが発生した7月11日を「ジェノサイド犠牲者追悼の日」に指定した。
一方、ウクライナ側はこの犠牲について、ポーランドの対ナチス抵抗組織「国内軍」とウクライナ蜂起軍の戦闘による結果とみなしている。ウクライナ側によると、「国内軍」には多数の民間人が参加していたという。これらの戦闘でウクライナ側は1万から2万の犠牲をこうむったとしている。
ポーランド側は犠牲者の遺骨収集許可を要求しているが、ウクライナ側はポーランドで「英雄」バンデーラが冒涜されているとして収集を許可していない。

拍手

カレンダー

03 2025/04 05
S M T W T F S
21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

カテゴリー

最新CM

プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

アクセス解析