忍者ブログ

天国の鍵26

その二十六 女王シルヴィアナ

「ぼくが宮廷(きゅうてい)に行って、しらべてきましょう」
ハンスは思わず言ってしまいました。
ヴァルミラはきょとんとしてハンスを見ました。
「この子は?」
「ハンスという少年魔法使いさ」
ピエールが言います。
「もっとも、どのていどの魔法がつかえるのか、おれたちもよくわからねえがな」
「ロレンゾから教わったことがだいぶできるようになりましたよ。早足、遠耳、遠目、それに体を見えなくすることもできます」
ハンスの言葉に、他の人々は顔を見合わせます。
「そいつは便利(べんり)だ。じゃあ、ここにいたまま、宮廷のようすは見えねえか」
「それはむりです。となりの部屋くらいなら、透視(とうし)できますが」
「よし、じゃあ宮廷にしのびこんで、アリーナのことをしらべてみてくれ」
 ハンスはさっそくでかけました。
 早足の術を使って、人の十倍の速度で走り、セリアドについたのは夕方でした。
 セリアドはさすがに大きな町で、町の中央には寺院が並び、そのまわりをかこむように民家が無数(むすう)にあります。王宮は、町からはなれた丘の斜面に、南を向いて立っていますが、その大きさ広さはアスカルファンの王宮の三倍はあるでしょう。 
王宮の入り口には番兵が何人も立ってますが、体を透明にして、その前を通ります。
 王宮の中にはいろんな人がいます。役人や女官、騎士たちがそこここにたたずんで話をしたり歩いたりしています。そのだれもハンスには気がつきません。しかし、中庭を通るとき、そこにいた犬が、姿の見えないハンスの匂いに気づいてううっとうなり声をあげましたので、ハンスは少しひゃっとしました。
 日がしずんだので、王宮のあちこちに火がともされました。壁には松明(たいまつ)をかける器具があり、その松明にも火がともされます。その明かりに浮かび上がったさまざまな部屋の飾りに、さすがに、きれいなものだ、とハンスは思いました。
 王妃の部屋をさがして入ると、王妃らしい人が一人の男と話してます。男は、なにかの報告(ほうこく)をしているらしく、王妃のまえにひざまずいています。
 王妃は中年の美しい女の人です。少し太りぎみですが、色が真っ白で、威厳(いげん)があります。ハンスは、この女の人がアリーナに似ているかどうか、よく見てみました。
 やはり、似たところがあります。アリーナの無邪気(むじゃき)さはぜんぜんありませんが、顔だちは似ています。
 その時、女王が激しい口調で言いました。
「もしも、シルベラを見つけたら、すぐにその場で殺しなさい!」

拍手

PR

天国の鍵25

その二十五 滅亡のきざし?

「私の父デロスは、エスカミーリオの陰謀(いんぼう)で殺されたのだ」
ヴァルミラは、吐き捨てるように言いました。
「まさか、そんな! 味方がデロス様を殺すなんて」
「私がグリセリードにもどったことを知ったら、エスカミーリオは私をも殺そうとするはずだ。いや、その前に私のほうがあいつを殺すつもりだがな」
ヴァルミラは、にやっとものすごい微笑(びしょう)をうかべました。
「なんということを。ヴァルミラ様、そんなことはおやめください。どこか田舎にかくれていれば、大丈夫です。いいえ、なんなら、ここにずっといてかまいません。あなたお一人くらい、私が食べさせます」
 乳母のエミリアは大きな胸にヴァルミラを抱きしめて、泣きながら言います。
「ありがとう、エミリア、でも、ここにいると、お前にもめいわくがかかる。人のうわさになる前に私たちはでていくよ」
食事のしたくのためにエミリアがでていくと、ピエールがヴァルミラに言いました。
「この子をどうしようか。本当に女王の子なら、俺たちの話を聞かれた以上、放すわけにはいかんし」
「あんたたちが何をする気かしらないけど、とにかくこの国にそむくつもりだってことはわかるわ。みんなつかまって死刑になるにきまってるわよ」
 アリーナが、つっかかるように言います。
「アリーナ、お前の母親は、ロドリーゴの言うがままになって、良くない政治をやっているのだ。そのために人々は苦しみ、前の戦では何万人もの人が無意味に死んでいった。私の恋人のマルシアスもだ」
アリーナは、ヴァルミラの言葉に黙(だま)りこみました。
「グリセリードはあまりに大きくなりすぎた。グリセリードのほとんどは、グリセリードに征服(せいふく)された小国だ。パーリのようにな。ヴァンダロス大王の時代には、征服された国はみなグリセリードの一部として等しくあつかっていたが、今はちがう。征服された国々の人々は奴隷のようにあつかわれ、グリセリードをうらんでいる。そのうらみがいつか爆発(ばくはつ)して、この国をほろぼすだろう。私がアルカードからはるばる旅をしている間にも、すでに周辺の国々で農民や征服された国々の人々の反乱が起こっていた。もちろん、それらは、強大なグリセリードの軍隊の前にほろびさったが、私は確信した。グリセリードの命運(めいうん、運命のこと)はすでにつきていると」
 ヴァルミラは、むしろ静かな、悲しみをたたえた口調(くちょう)で言いました。
「みんなロドリーゴが悪いのよ。お母様は悪くないわ」
 アリーナはつぶやくように言いましたが、その言葉には力がありません。
 他の三人も、アリーナとヴァルミラが気の毒で、なんと言っていいかわかりません。

拍手

天国の鍵24

その二十四 アリーナの謎

「そういえば、この子は確かにシルヴィアナ女王にどこか似ている」
ヴァルミラは、アリーナの顔をつくづくながめて言いました。
「おれは父上似だって言われてるぞ」
アリーナが訂正(ていせい)しました。
「亡くなったカスタネルダ殿下(でんか)か? 殿下が亡くなったのは十六年も前だ。お前はどう見ても十歳かそこらだろう。父親は誰だ?」
アリーナはそっぽを向きました。
「宰相のロドリーゴか?」
「まさか、あんな奴!」
ロドリーゴが国民全体からきらわれていることは子供でもわかります。
「とにかく、女王のシルヴィアナがお前の母親だというのはたしかなんだな。これは大変な話になってきたな。女王はそれを隠しているはずだから、このことが世間に知られたら、お前の身じたい、危ないことになるぞ」
「母上は、私に会いたがっているはずだ!」
アリーナは、男の子の言葉づかいをやめて、さけびました。乱暴(らんぼう)な言葉づかいは、もしかしたらおしばいなのかもしれません。
「お前はどこで育てられた」
「母上の敵(てき)になんか話すもんか」
「西グリセリードのどこかよ。そこの騎士たちがこの子をさがしていたわ」
とヤクシーが言いました。
「西グリセリードなら、代官はエドモンドだな。ヴァンダロス大王の忠義な家来だった老臣だ。ロドリーゴに遠ざけられて、ずっと西の辺境に追いやられているが……お前はエドモンドのところで育てられていたのか?」
アリーナは答えません。
「とにかく、往来では人目につく。私の乳母の実家がこのあたりにあるから、そこで話そう」
ヴァルミラの言葉で、五人(とジルバ、ピント、パロ、グスタフ)は街道からわき道にそれて、その乳母の家に向かいました。
ヴァルミラの乳母は、太ったおばさんでしたが、ヴァルミラを見て感激して泣き出しました。
「まあ、ヴァルミラ様、あなた様は、あのアスカルファンとの戦いでお亡くなりになったものだとばかり思ってました。私は毎日のように泣いておりましたよ」
「エミリア、あの戦いはまちがっていた。敵はこの国の中にこそいるのだ」
 ヴァルミラの言葉に、乳母はきょとんとしています。

拍手

天国の鍵23

その二十三 ヴァルミラ

「ははは、あんなでかい声で話したら、聞くなというほうが無理(むり)だ」
はっきりとこちらを向いたその客を見て、ピエールとヤクシーは同時に声を上げました。
「ヴァルミラ! なんでこんなところに」
「しっ!」
ヴァルミラと呼ばれた相手は、二人に声を低めるように注意しました。後ろを向いていたときは、身なりから、男だとばかり思ってましたが、女の人です。しかも、大変な美人です。きりりと男っぽい顔立ちですが、日本なら、宝塚の男役みたいな感じで、男にも女にもあこがれられそうなタイプです。ハンスはぼうっとなってその女の人に見とれました。
「その名は言うな。私の名は、ロレンゾということになっている」
「ロレンゾだって? よりによっていやな名を選んだな」
「ほかに思いつかなかったのだ。マルスやピエールよりはグリセリード人らしいしな」
どうやら、この人はマルスのことも知っているようです。そう言えば、マルスのところの赤ちゃんの名前がヴァルミラでした。きっとこの人の名をつけたのでしょう。
「エスカミーリオを殺しにアルカードからここまでやってきたのだが、エスカミーリオは南アルカードの代官になったと聞いて、そこに行くとちゅうだ。あんたたちは?」
「パーリの独立のために、まずグリセリードのようすを調べにきたんだ」
「そうか。エスカミーリオへの復讐(ふくしゅう)が終わったら、あんたたちに協力しよう。どうせ、戦いしか能のない女だ」
「あなたが協力してくれたら百人力、いいえ、千人力よ」
ヤクシーが、ヴァルミラの手を強くにぎって言いました。
 ハンスにはさっぱりわけがわかりませんが、この三人が危ないことをたくらんでいることだけはわかります。
 その時、三人の話をじっと聞いていたアリーナが、じりじり後ずさりしたかと思うと、ぱっとかけだしました。
「あの子は?」
ヴァルミラがピエールに聞くと、ピエールはとまどうように答えます。
「シルヴィアナ女王の子だと自分では言っているが……。よくわからねえんだ」
「まずい!」
ヴァルミラは疾風(はやて、しっぷう)のように走り出し、五十歩ほど先でアリーナをつかまえました。そのすばやさに他の者はあぜんとしています。
アリーナは、ヴァルミラの手からのがれようとじたばたあばれますが、ヴァルミラががっちりつかまえてにがしません。
「この子が本当に女王の子なら、今の話を聞かれたのはまずかった」
ヴァルミラが、二人に追いついたピエールとヤクシーに、後悔するように言いました。

拍手

天国の鍵22

その二十二 危ない会話

あんまり関係のない話が続いたもので、ハンスたちがどこへ行ってしまったのかわからなくなりそうです。
ハンスたちは、いま、中央グリセリードの西側にいます。のんびり旅をしているうちに、グリセリードの首都セリアドもあと数日で見えてきそうなところまで来ました。
見ていると、街道は軍馬や兵隊の行き来が多いようです。もちろん、各地から首都セリアドに産物を運ぶ商人たちの荷馬車も多く行き来してにぎやかです。
街道のそばには、そうした旅人をめあての茶店がたくさんならんでいます。
「腹がへったな。なにか食べていこう」
ピエールの言葉に、アリーナが真っ先に賛成します。
 茶店で手軽に食べられるのは肉饅頭です。餅などもあります。アスカルファンではあまり見られない食べ物ですが、けっこういけます。
「そろそろセリアドだな。セリアドを一目見たら、おれたちはパーリに向かうつもりなんだが、お前たちはどうしたいんだ?」
「ぼくは、南グリセリードに行ってみたい。そこのどこかに、ブッダルタという賢者がいるそうだから、その人をさがしたいんだ」
ピエールとヤクシーは顔を見合わせました。
「そいつに付き合ってやりたいんだが、おれたちはあんまりここで長い時間はつかえないんだ」
ピエールがこまったように言いました。きっと、パーリの独立とやらが頭にあるのでしょう。
「おれは女王に会えば、それで旅は終わりだ」
アリーナが言いました。あくまで、自分はこの国の女王の娘だと言い張るつもりのようです。
「女王に会うったって、かんたんじゃねえぞ。下手をすりゃあ、門番にとがめられて、打ち首だ」
ピエールがおどします。
「女王の娘をだれが打ち首にするもんか」
とアリーナ。
 ハンスは、さきほどから自分たちの後ろの席に、こちらに背を向けてすわっていた先客が、こちらの会話に聞き耳をたてているのに気づいていました。その客は、急にこちらに体を半分向けて、低い声でおどすように言いました。
「だれが女王の娘だと? 世間をさわがすような嘘をつくと、役所に引っ張られるぞ」
 ピエールとヤクシーは、話を聞かれたと知って青ざめました。ピエールがどなります。
「だれだ、あんたは。おれたちの話をこっそり聞きやがって!」

拍手

天国の鍵21

その二十一 またしても脱線

中央グリセリードに入ったあと、ピエールとヤクシーは、グリセリードのようすを知るために、いろいろな人から話を聞こうとしましたが、前に言った事情で、人々はあまり話してくれませんでした。しかし、政治への不満が強まっていることだけはわかります。
「これは、うまくやればグリセリードを内側から倒(たお)すこともできそうね」
ヤクシーが言いました。
ここで説明しておくと、ヤクシーは、グリセリードの属国(ぞっこく、手下の国です。アメリカに対する日本みたいなものです)ボワロンに征服された小国パーリの王女だったのです。その後、奴隷(どれい、意味はわかりますね。日本の多くの家庭の父親みたいなものです)にされたりしていろいろ悲しい目にあったのですが、運命に負けず、強く生きているのです。
大人の話には関係なく、ハンスとアリーナは旅を楽しんでいます。ハンスから見ると、グリセリードはなかなかいいところに思えます。どこがいいかというと、ここには身分差別が少ないのです。アスカルファンは身分社会で、貴族と庶民ははっきり分かれていました。庶民と貴族は、生まれたときから区別され、庶民が貴族になることはほとんどありえないのです。貴族と庶民の間に騎士階級がありますが、それは仕事の上の区分みたいなもので、やはり騎士の中でも貴族と庶民は分かれていたのです。わかりやすい例を言えば、たとえば法律は庶民を取りしまるもので、貴族は法律にしばられません。人を殺しても、それが貴族ならかんたんにゆるされることも多かったのです。もっとも、うわべをうまくごまかしているだけで、法の不平等は今のどの社会だって同じようなものですけどね。
どうもむずかしい話が長くなりました。前にも言ったように、見えないものは存在しないと思っている無邪気(むじゃき、簡単に言えば、赤ちゃんみたいに何も考えないこと)な人が世の中には多いので、悪者たちは世の中を思い通りにうごかしているのです。かくれた悪をきちんと見抜いて、それに文句を言うことが大事なのです。大人しい人間が多ければ、上の人間にはつごうがいいでしょうけどね。でも、文句を言うには勇気が必要ですし、苦労も多いのです。だから、たいていの大人は文句があってもそれを口には出しません。そうして世の中はどんどん悪くなるのです。
いったい、これは何の話なんでしょうね。子供向けの王子や魔法のお話だと思っていたのに、と文句をつけている人にはあやまります。作者は大人と子供を区別していないのです。子供はただ言葉を知らないだけで、物事の真実を判断(はんだん)する力は大人とかわりません。大人はみんな賢いと思っているかもしれませんが、頭の中味は子供以下の大人もたくさんいます。借金をしたらいつか返さねばならないと知っていて、返すあてもない借金をしたり、財布の中身よりもたくさん買い物をしたり、人のものをぬすんだり、子供でもしないようなことを平気でやる大人は多いのです。そういう大人でも世間では子供よりは上に見られて自由がききますから、こまったものです。本当は小学生以下なのにね。

拍手

天国の鍵20

その二十 社会科のお勉強

西グリセリードと中央グリセリードの境い目の低い山地を越えると、あたりは広くひらけて、畑が多くなってきました。もちろん、山や野原もたくさんありますが、畑の割合が多くて、民家の数も多いのです。
もうだいぶ秋も深くなってきて、麦の収穫はとっくに終わり、稲の刈り入れが始まってます。このあたりは水田ではなく、陸稲(おかぼ、りくとう)が畑に植えられてます。刈り取られた稲が稲架(はさ、はざ)にかけられて干されているようすはのどかなものです。
シャングーの町で身なりをととのえたハンスたちの一行(いっこう)は、見たところはグリセリード人です。もともと、グリセリードはいくつもの国が征服(せいふく)されて一つになった国なので、肌(はだ)の色や顔だちのちがいはだれもあまり気にしません。特に北部グリセリードは、ずっと西のアルカードの民族(みんぞく)が住みついたところなので、肌は白く、金髪や青い目もめずらしくありません。
今のグリセリードを統一したのは、グリセリード南西部の国でした。ルガイアという王様と、その息子のヴァンダロス大王という王様が、二代にわたってこの広大な大陸を統一したのです。
今はヴァンダロスの娘のシルヴィアナがグリセリードの皇帝、つまり女王になってますが、ざんねんながらシルヴィアナは政治の能力が無く、すべてを宰相のロドリーゴにまかせているのは前にお話したとおりです。ロドリーゴは国のことよりは自分の利益(りえき)を先に考える人間でしたから、シルヴィアナの代になってからはヴァンダロスの時代にくらべて国民の政治に対する不満は強くなっていました。とくに、二度にわたるアスカルファンとの無意味な戦いで、何万もの人間が戦場に送り出され死んだ事をうらむ人間は多かったのです。
ヴァンダロスは全国を統一(とういつ、一つにすること)した後も、関所(せきしょ、交通の要所におかれ、旅人の身元を調べる役所)をおかず、分国と分国との行き来は自由にさせていましたので、全国の文化や産物はあちこちに伝えられ、発展していました。ハンスたちが自由に旅ができたのもそのためです。
年に一回か二回の年貢(ねんぐ)か税金を納める以外は、庶民生活への干渉(かんしょう、あれこれ口出しすること。いちいち説明するのも楽じゃないです。でも、言葉をおぼえるのは大事ですからね。このお話は、学習小説でもあるのです。……なるほど、そうだったのか)をしないのがヴァンダロスの方針(ほうしん、やり方)だったので、国民の生活は気楽なものでしたが、前回の意外な敗戦の後、シルヴィアナとロドリーゴへの批判(ひはん、文句を言うこと)は強くなっており、その批判をおさえるために、政治を批判する者は処罰(しょばつ)するというお触れ(おふれ、知らせや命令)が出ており、国全体にいきいきしたところやのびのびしたところがなくなっていました。国民が自由に発言できない社会や国が、悪い社会や国であることは、いつの時代も変わりません。

拍手

カレンダー

01 2025/02 03
S M T W T F S
26 28

カテゴリー

最新CM

プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

アクセス解析