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天国の鍵33

その三十三 魔法のヒョウタン

ハンスはロンコンに礼を言ってシュナン山を下りました。
しばらく行くと、後ろから声が聞こえます。
ふりかえると、セイルンが雲に乗って飛んできたのでした。
「これもお前にやると老師が言っていた」
セイルンはハンスの手に何かをにぎらせて、また飛び去りました。
見ると、それほど大きくないヒョウタンですが、一体何に使うものなのでしょう。
ハンスはそれをひもで腰に結びつけて、山を下り、仲間のところへ向かいました。
オウムのパロが上空から仲間をさがします。ハンスの遠目も、視界(しかい)がさえぎられていては使えませんから、パロがいると便利です。
やがてパロはピエールたちを空の上から見つけ出して、ハンスは彼らのもとにもどることができました。
 ピエールらに、うまくロンコンに会うことができたことを伝えると、彼らも喜んでくれました。
「天国の鍵か。そいつがあれば、すべての争いごともなくなり、地上の天国があらわれるというのなら、ハンスの旅は世界中の人のためになるな」
 ピエールは、ハンスの旅の目的を聞いて、感心して言いました。
「でも、そのためには世界中をさがさないといけないんでしょう? 大変な仕事だわ」
ヤクシーは言います。
「私は天国など信じないな。天国があったとしても、私などはそこには行けない。私は何百人もの人間を戦で殺してきた人間だ」
ヴァルミラはつぶやくように言いました。
 ハンスは、近くの川で、セイルンから渡されたヒョウタンに水を入れてみました。すると、入れても入れてもいっぱいにならないのです。入ってないのかな、と思ってさかさにすると水は出てきます。べつに底に穴があいていて、水がもれているわけでもありません。
「こいつはすげえや。これさえあれば、旅のあいだ、水の心配はせずにすむ」
ピエールは大喜びしました。なんといっても、旅をするとき一番こまるのは、水のないことですから。しかも、どんなに水を入れても、ヒョウタンの重さはかわらないのです。こんな便利なものはありません。
アリーナは意識(いしき)はとりもどしましたが、体が弱っていて、起き上がる力はないようです。
「アリーナ、ぼくが話したとおりだろう? 君をかんだ毒ヘビは、ロドリーゴの手下なんだ。君のお母さんの女王も、君を殺すようにと命じたんだよ」
 ハンスの言葉に、アリーナ、いや、シルベラ姫の目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ、彼女は荷車の上の干草にうつぶせになって泣きじゃくりました。

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天国の鍵32

その三十二 不思議な詩

白い雲は見る見るうちに近づいてきましたが、その上には人が乗っています。杖をついて白い服を着た、はげあたまで白ヒゲのおじいさんです。腰はすっかり曲がっていますから、そうとうな年齢のようです。
「お前さん、わしに何用じゃな」
おじいさんは雲から地上に下りると、ハンスに言いました。
「あなたはロンコンさんですね?」
「コンロンかロンコンか、名前などわすれたよ。うちのセイルンはわしを老師とよんどる」
「では、老師、あなたは天国の鍵をごぞんじですか」
「ほほう、天国の鍵をさがしとるのか。むだなことじゃ。天国など行かなくとも、この世で満足すればよい。満足できぬのは無知のためじゃ」
「でも、ぼくは天国の鍵をさがしたいのです」
「そうしたければそうすればよい。いいものをやろう」
 ロンコンは家に入って、中から一つの巻物を手にして出てきました。
「ここに天国の鍵をさがすてがかりがある。もっとも、これまで何人もの人間に、同じ巻物は与えたが、誰一人として天国の鍵のありかを見つけ出した者はいない」
 ハンスは巻物を見てみましたが、みょうな文字で書かれていて、読めません。
「わしが読んでやろう」
 ロンコンは巻物を広げて読みました。
「賢者の庭、黄金の戸口のなか、
七つの噴水のそば、見張るはヘスペリアの竜。
聖なる見者の夢のなか、常世に燃える枝のごとく、アジアの教会の象徴のごとく、
あの栄光の噴出が現れる。
魔法の水を三度、翼竜は飲み干さねばならない。
その時、鱗ははじけとび、心臓は二つに裂かれよう。
放たれた流出に聖なる形は現れ、
太陽と月の助けのもと、魔法の鍵は汝のものとならん」
 読み終わって、ロンコンは、どうだ、というようにハンスを見ました。
「きれいな詩ですね。でも、どういう意味です?」
ハンスは言いました。
「アジアとは、別の世界でのこのグリセリードの呼び名じゃ。ヘスペリアが、おそらく天国の鍵のある場所じゃな。それとも天国そのものかもしれん。つまり、竜は天国の使いじゃ。魔法の鍵は天国の鍵のことじゃ。それ以外はわしにもわからん」
ハンスはオウムのパロに、今のロンコンの言った詩を覚えておくようにたのみました。携帯テープレコーダーのかわりですね。

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天国の鍵31

その三十一 シュナン山

「ヴァルミラさんはロンコンというお坊さんをしりませんか?」
南に向かいながら、ハンスはヴァルミラにきいてみました。
「ロンコン? 聞き覚えはあるな。たしか、この近くの山にいるんじゃなかったかな」
「その山の名前は?」
ハンスは胸をおどらせて聞きました。
「ええと、シュナン山だったと思う。ここから左に二日ほどの距離(きょり)だ」
「ぼく、少しそっちに立ち寄ります。みなさんには後でおいつきます」
「気をつけろよ」
ピエールが声をかけるのにうなずいて、ハンスはオウムのパロだけをお供にシュナン山に向かいました。グスタフに乗るよりも、犬のピントよりも、ハンスの魔法の早足のほうが速いからです。
「パロ、お前、シュナン山はわかるか?」
「わかるとも。おれは世界中の山を知ってるよ」
「よし、お前、空から場所を教えてくれ」
 やがて、パロは一つの山をめがけて飛んでいきました。ハンスもその後を追って山に入ります。
 その山は、近くを美しい谷川が流れる高い山でした。山のほとんどはそそりたつ奇岩で、岩の上には松の木が生えています。そして、高いところは白雲にかくれています。
 お寺が見えてきました。お寺といっても、小さな家ですが、ふつうの家とは少しふんいきがちがいます。屋根は赤いかわらぶきで、屋根の四隅(よすみ)は軽くはねあがっています。家の壁(かべ)は白い土壁ですが、柱や窓は金や緑にぬられ、けっこうはでです。
「ごめんください」
ハンスは入り口から中に声をかけました。入り口には戸はありません。雨や風のときにはどうするのでしょう。
「お師匠はいないよ」
中にいた八歳くらいの男の子が言いました。
「どこに行ったの?」
「さあね。山のどこかさ」
「いつ帰ってくるのかな」
「夜になるかもしれんし、今すぐ帰ってくるかもしれんさ」
ハンスはとほうにくれました。仲間たちが心配するでしょうから、あんまりここで時間をつぶしたくありません。
その時、窓からふと外を見たハンスは、向こうの空から何かが来るのを見ました。
入り口から外に出たハンスが見たのは、ここに近づいてくる小さな白い雲でした。

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天国の鍵30

その三十 アリーナの災難

木陰で眠っていたハンスは、ふと目をさましました。
すると、となりにいたはずのアリーナの姿が見えません。昼間おぼれて体が弱っているだろうと、毛布をかけただけで寝かしておいたのですが、他の四人が眠ったすきにまた逃げ出したようです。
ハンスはピエールをゆり起こして、アリーナが逃げたことをつげました。
そして、すぐに空中に飛び上がってさがそうと思いましたが、できません。精神がよほど集中しないと、空中浮遊はできないようです。
ハンスは犬のピントと猿のジルバ、オウムのパロに、アリーナをさがすようにたのみました。ジルバは驢馬のグスタフに乗って、走っていきました。ピントはアリーナの寝ていたあとの匂いをかいだあと、方向の見当をつけて走っていきます。ハンスも早足でその後を追いました。パロは上空からアリーナのすがたをさがします。
一方、逃げ出したアリーナは、一時間ほど逃げたあと、疲(つか)れて、ある森の中で眠り込んでしまいました。川でおぼれた上に、夕飯も食べず、何キロも走ったのですから疲れるのも当然です。
アリーナは、ぐっすり眠り込みました。ところが、とつぜん左手の指先にはげしい痛みを感じて目をさまし、見てみると、なんと小さな黒いヘビが彼女の指先にかみついているではありませんか。
アリーナは悲鳴をあげて、そのヘビを指から振り落とそうとしましたが、ヘビははなれません……。
ピントの後を追ってきたハンスは、アリーナの悲鳴を耳にしました。
急いで駆(か)けつけた時、アリーナはふらっと地面に倒れました。
ハンスはアリーナの左手の薬指にかみついている毒ヘビに気がついて、その口をこじあけてはなしました。持っているナイフでヘビの首を切り落として片付けたあと、アリーナの指先の噛(か)み口に口を当て、毒を吸い出します。
念のために指の根元を革紐でしばり、ぐったりとなっているアリーナを、そこにジルバとともにやってきたグスタフの背中にのせ、ハンスは仲間のところにもどりました。
オウムのパロは、月明かりの中を飛んでいる二羽のコウモリが、魔法使いの手下であることを感じ取り、そいつらと戦っています。
やっとコウモリをやっつけて、パロもハンスたちのところにもどってきます。
荷物の中の薬草を砕(くだ)いてアリーナの指先にその汁(しる)をぬり、包帯をします。これで応急処置(おうきゅうしょち)は大丈夫のはずですが……。
翌日の朝になっても、アリーナは気がつきません。熱もあるようです。でも、このままここにいるわけにもいかないので、ハンスたちは出発することにしました。
少なくとも、これでアリーナが逃げ出す心配はなくなったので、旅ははかどります。

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天国の鍵29

その二十九 空中浮遊

 四人は顔を見合わせました。
「ピエール、あんた飛びこみなさいよ」
「おれは、泳ぎはだめなんだ。ヴァルミラは?」
「私もだめだ。ヤクシーは?」
「私もやったことないわ」
 三人はハンスの顔を見ました。もちろん、ハンスだって泳げません。この時代、泳ぎをする人なんて、めったにいません。でも、飛び込んだアリーナだって、泳げるわけではなさそうです。見ていると、おぼれながら川に流されているみたいです。
「しかたねえ、おれが……」
ピエールが思い切って飛びこもうとした時、ハンスは崖の上に身をおどらせていました。
 空中で、ハンスは自分が空中に浮けることを一心に念じました。
「だいじょうぶ、ぼくは飛べる、飛べる、飛べるんだ!」
 自分の心を二つに分け、自分の体のほうはただの物として、命令する自分がその体に向かって「浮かべ!」と命令すると、ハンスの体は空中で止まりました。
 今、ハンスの心は体の外にあって、浮かんでいる自分を見ています。その心がハンスの体を念力で宙に浮かせているのです。
 もう一つの心はハンスの体の中にあって、川の上を流れていくアリーナを助けようと、今、手を伸ばしました。二つの心は互いにはなれながら結びつき、そこにはなんのうたがいもありません。もしも少しでも今の自分の状態(じょうたい)を疑問(ぎもん)に思ったりしたら、ハンスの体は下に落ちたでしょう。
 ハンスはアリーナの手をつかんで水から引き上げ、そのまま崖の上まで浮かび上がりました。
 他の三人はおどろきあきれて、そのようすを見ています。
 すっかりおぼれて気絶しているアリーナのおなかを押して水をはかせると、アリーナは気を取りもどしました。
「むちゃをするなあ。泳げもしないくせに水に飛びこむなんて」
ピエールが言いました。
「それにしても、ハンス、すごいことができるのね。見直したわ」
ヤクシーにほめられて、ハンスはてれました。
「そのへんでアリーナを休ませよう」
ヴァルミラの言葉で、一行はぐったりとなっているアリーナを木陰にはこんで、そこによこたえました。
水にぬれたアリーナの服を着替えさせる間、男たちはおいはらわれます。
いつの間にか、夕暮れがせまり、カラスが夕焼け空を飛んでいます。そしてコウモリも。

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天国の鍵28

その二十八 アリーナの脱走

「だから、あの子をさっさと殺しておけと言ったのだ。あの子が成長すれば、お前の地位をおびやかす存在になると言ったであろう」
「あの子はまだ十歳だ」
「他の人間が、あの子をかつぎあげて、お前に刃向かうことも考えられる。危ない芽は早いうちに摘(つ)んでおくことが、権力を保つ道なのじゃ」
「もう、エドモンドにあの子を殺すように命じた」
「エドモンドはあの子の父親のようなものだろう。殺せるものか。よし、わしの配下に命じてシルベラをさがさせよう」
 ロドリーゴは女王の部屋を出て、廊下を歩いていきます。ハンスはこっそりとその後を追いました。
 自分の部屋に入ったロドリーゴは、窓に向かってなにか呪文をとなえました。
 すると、間もなく窓から部屋の中に数羽のコウモリが飛んで入ってきました。
「お前たち、この国のあちこちを探して、十歳くらいの女の子を見つけたら、近くにいる毒ヘビに伝えて、かませるのだ。毒ヘビがいなければ、なんでもよい、人を殺せる動物を見つけて指図(さしず)して殺させよ」
 ハンスはここまで聞いて、こっそりとその場からにげだしました。
 おおいそぎで、仲間のところまでもどります。いそがないと、アリーナの命があぶないのです。
 ハンスの話を聞いたアリーナは、信じませんでした。実の母親が自分を殺せと命じたなんて。
「アリーナ、いや、シルベラ、これは本当なんだ。君の命はねらわれているんだ。早くここからにげよう」
 ハンスの言葉に、大人たちもうなずきます。
「では、南グリセリードからパーリに向かうことにしよう。うまくいけば、エスカミーリオと出会えるかもしれない」
 ヴァルミラの言葉に、ピエールとヤクシーも賛成しました。
 別れをおしむエミリアを抱きしめて、ヴァルミラは馬にまたがります。ピエールとヤクシーは、エミリアのところの荷車を馬に引かせて、ヤクシーとアリーナが荷台に乗り、ピエールが馬の手綱(たづな)をとります。もちろん、ヤクシーは、アリーナがにげないように見張るのです。
 しかし、エミリアの家を出て半日ほど行ったところで、一休みしようと馬車を下りたとき、アリーナはぱっとにげだしました。そして、道のそばの崖(がけ)から百メートルほども下を流れている川に飛び込んだのです。
 ハンスたちは、崖にかけよりました。ずっと下の水面に水しぶきが上がるのが見えます。

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天国の鍵27

その二十七 ロドリーゴ

 ハンスは、女王の言ったシルベラという名が、アリーナの本当の名前だと直感しました。でも、自分の子供を殺せと命ずる母親がいるでしょうか。女王にそう命ぜられた男もおどろいて女王を見上げました。
「シルベラ様を殺せとおっしゃるのですか?」
男は、七十歳くらいの老人です。身なりは騎士のようです。
「お前の不手際(ふてぎわ、まずいやりかたのこと)のせいでめんどうなことになったのだ。こうなれば、かわいそうだが、あの子を殺すしかなかろう。あの子の存在は世間に知られてはならぬのだ」
「しかし、女王さまにはいまだにほかにお子様はおられぬ身、たった一人のお世継ぎを殺すなどということは……」
「世継ぎ(よつぎ、あとつぎのこと)などいらぬわ。私が死ねば、後はどうなろうとかまわぬ。だれであろうと、この権力(けんりょく、他人や世の中を支配する力のこと)の座(ざ、地位や場所)がほしければ、力で奪(うば)い取ればいいのじゃ」
「ヴァンダロス様がその言葉をお聞きになったら、なげかれますぞ」
「そのヴァンダロスの他の子供たちをみな殺すことで、私はこの地位を手に入れたのだ。そうしなければ、私が殺されていただろうよ」
「しかし、なぜシルベラ様を我が子とお認めにならないのですか」
「もちろん、あの子はカスタネルダの子ではないからだ。夫が死んで六年もたっていたのではな」
「いったい、父親はどなたなのです。ロドリーゴ殿ですか」
「それなら、私はよろこんであの子を娘とみとめていただろうよ。もうよい、お前はさっさとあの子を見つけて殺せば、それでいいのだ」
 老臣はふかぶかとおじぎをして立ち去りました。
 それと入れかわるように、一人の男が入って来ます。
 年齢は六十くらいのようですが、髪も、胸までたらした長いあごひげも黒々としており、頭には金の輪を冠のようにはめています。
「お悩(なや)みのようだな、シルヴィアナ」
 女王に向かって、同等の者に対するような口をきくこの男は何者でしょう。
「ロドリーゴか。なんでもない」
「シルヴィアナ、わしに隠し事(かくしごと)は通用(つうよう)せんぞ」
 男の言葉に、シルヴィアナはあきらめたように言いました。
「シルベラがエドモンドのところからにげだしたのだ」
 女王の言葉に、男は顔色をかえました。
「なんだと?」

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HN:
酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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