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「八面六臂」対「社会的低脳」

「小田嶋隆の『ア・ピース・オブ・ア・警句』」から、一部転載。
夏目漱石の『こころ』の、語り手ではなく、真の主人公である「先生」が自殺した理由を、「先生」自身は「自分という人間がこれ以上生きていても結局(「ひっきょう」という漢字が出ない!)時代遅れだから」と、遺書(手紙)で語っている。昔読んだ時には、この理由にまったく納得できなかったから、一般に理解されているように、Kへの裏切りという過去の悪事に伴う心の負担を清算するため、というのが自殺の真の理由だろう、と思っていた。というより、悪を憎みながら、自分自身が悪を為したことに、「先生」は長い間悩んでいたが、「解けない問題を解決する手段は、その問題自体を消滅させることだ」という、「ゴルディアスの結び目に対するアレキサンダーの解」よろしく、自分自身を消滅させた、というのが「先生」の自殺の真相だったと思う。しかし、「先生」が表向きの理由とした「時代遅れになったから」という言葉は、けっして荒唐無稽な自殺理由でもない、と最近は私も思うようになっている。
下記記事を読んでみても、私自身、時代遅れの人間だなあ、と思う。
もともと若い頃から社会生活不適応者であり、ここまで生きてこられただけでもいわば「社会のお目こぼし」で生きられたようなものだから、いつ死んでも不満はないのである。その社会不適応とは、何よりも「頭の回転が悪い」ということである。他人との思考スピードが全然違い、相手との会話に付いていけないのだ。従って、世間話がまったくできない。相手が言った言葉の意味を考えているうちに、相手の言葉は次の段階に移るのだから、こちらは馬鹿みたいに相槌を打つしかない。相手の話の半分も理解できていないのだ。
その代わり、読書速度は速かったから、文章の読み書きには不自由はなかった。だから、こうしてネットでブログを書いているのは、私にとっては日常会話の代用みたいなものだ。日常会話なら、相手の気持ちをあれこれ気にして話すから、思うことの半分も言えないし、相手と共通の話題があることも少ないから、ネットで好き放題に書いているほうが、私にとってはマシかもしれない。それもこれも私が「思考速度が極度に遅い」人間だからだ。「社会的低脳」と言っていいだろう。
まして、下記記事にあるようなマルチタスク人間は私にとっては別世界の人間である。そういう人間と共存することは私のような人間には相当なストレスだろう。いやはや、早々と社会から降りていて正解であった。(今やっているパート労働は、いわば「隠居仕事」であり、社会の第一線の仕事ではないから、ストレスもほとんど無い。)




(以下引用)



博覧強記対八面六臂


小田嶋 隆


2013年11月8日(金)

1/5ページ



 大阪のホテルの一室でこの原稿を書いている。

 当地に滞在している理由は、昨晩(水曜日の夜)、市内のとある書店で開催されたトークイベントに登壇者として呼んでいただいたからだ。
 イベントは盛況だった。終了後の打ち上げも、終始なごやかにこなすことができた。

 ところが、ホテルに着いてみると、携帯電話が無い。
 イベント会場の書店に、上着ごと忘れてきたらしい。

 東京を離れると、かなり高い確率で、所持品を失くしたり、忘れてきたりする。
 昔からそうなのだが、旅先でのオダジマは平常心を失う設定になっている。
 ノマド適性が低いのだと思う。

 とにかく、夜が明けたら、書店の開店を待って、ブツを引き取りに行かないといけない。なのに、携帯電話がないと、携帯電話を回収するための連絡さえままならない。ダブルバインドだ。
 というよりも、大げさに言えば、世界とのつながりを絶たれた感じだ。

 電波世界のロビンソン・クルーソー。
 お手上げだ。

 で、仕方なく開店を待つ間、ホテルにとどまって原稿を書いている。
 ところが、うまく執筆のリズムに乗ることができずにいる。
 そんなに繊細至妙な文章を書いている自覚は無いのだが、どういうものなのか、調子が出ない時は筆が進まない。

 おそらく私は、自室の執筆環境に依存している。
 いつも使っているパソコンの扱い慣れたエディタや、ブラウザのブックマークや、各種の辞書や、気晴らしのためのゲームや、逃避先としての紅茶やテレビといった、固有の環境が揃っていないと、アタマが十全に機能してくれないのだ。

 とはいえ、ノマド環境に適応するべく自分を最適化すれば良いのかというと、単純にそうとばかりは言えない。
 マックブックエアでバリバリ仕事ができるようになると、今度はどうせあいつに依存するようになる。私はそういう性質(たち)の人間なのだ。

 持ち歩き用のパソコンやタブレットに依存している人々は、昨今、珍しくない。

 たとえば、昨晩のようなトークイベントに若い世代の登壇者が登場するケースでは、彼らは、まず間違いなくモバイルのパソコンを持ち込んで来て、それを目の前に開いた状態で話を始める。必ずそうするのだ。

 シンポジウムでも、単独の講演でも、公開の鼎談や座談会でも同じことだ。三十代までの若手文化人は、デジタルのガジェット込みの拡張版の自我を介して現実に対応していて、それらのモバイルなエゴのスイッチがオンになっていないと、自分の知的活性力を十全に機能させることができない。だから、彼らは生放送のスタジオにさえ自前のマシンを持ち込む。

 彼らは、場の話題に追随しながら調べ物を続行する能力を備えている。具体的に言うと、口から言葉を発しながら、同時に、手元では資料を並べ直していたりするわけで、訓練の行き届いた人になると、会場のナマの声(ツイッター経由だったりニコ生のコメントだったり)を拾いながら、パワポの資料をスクリーンに展開しつつ、絵柄に沿ったジョークをカマすことができる。おそらく、生まれた時からあのテのマシンと並走してきた彼らのアタマは、デフォルトの設定がマルチタスクになっているのだと思う。


(以下「会員ページ」なので、略)




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物言えば唇寒し 秋の風

「陽光堂主人の読書日記」から転載。
特定秘密保護法案の問題点を明確に示す、好い評論だと思う。
これを別の言葉で言えば、「何が秘密かはヒミツです」という、よく知られたフレーズ、あるいは、「アニメが全部黒塗りの『特定秘密のアッコちゃん』♪」というフレーズになるだろう。
しかし、冗談では済まない問題である。陽光堂主人の言うように、「司法制度完全崩壊」であり、その前に、安倍独裁政権により「民主主義完全崩壊」である。もっとも、後者は、先の二つの不正国政選挙で既に崩壊していたのだが。
さてさて、私のブログもそろそろやめる潮時か、とも思うが、今後は政治批判は一切しませんから、御免なさい、許してね、と言っても駄目だろうか。(笑)
それとも、今からでも右翼に転向してしまうかね。まあ、政治的発言は、今後はなるべく自粛する、という程度でとどめておこう。もっとも、頭が子供だから、何か書きたいことが出てくると、前後もわきまえず、過激な発言をすることになりそうな予感がする。
もともと何の知識も無いのに、柄にもなく政治論評みたいなことをしていたのだから、今後はなるべく風流事や趣味的な話を中心にしようかな、と考えている。



(以下引用)




【秘密保護法案】裁判所は特定秘密を扱えず、司法制度完全崩壊



 今の国会は来月6日で終了となり、残り1カ月もありません。この短時日の間に特定秘密保護法案を成立させようと、与党側はシャカリキになっています。

 野党側は、「もっと審議に時間をかけるべきだ」と反対していますが、政府・与党は余程急いでいるようで、修正協議に応じる構えを示しています。何か切迫した理由があるのでしょうか?

 法案に多少の修正を施しても代わり映えしないので廃棄すべきですが、与党が圧倒的多数を占めていますから廃案は難しいでしょう。継続協議の形で先送りできればよいのですが、野党側が変に妥協してしまっておざなりの修正でお茶を濁してしまう可能性が大です。

 この法案が通ってしまうと、この国の司法制度は名実ともに完全に死滅します。現在でも裁判所は、時の政権の顔色を窺って判決を下していますから、特定秘密保護法案が成立したら裁判自体が成り立ちません。何せ、裁判官も処罰の対象となるのですから。

 特定秘密保護法案が主に想定しているのは軍事・テロ関係の機密情報漏洩で、これを知ろうとしたら当然処罰の対象となります。例えば、2020年開催予定の東京五輪のテロ対策の詳細を入手しようとして、あちこち調べ回ったら処罰の対象となります。これは誰でも納得できます。

 しかし、TPPや原発など、我々に密接に関わる情報を集めていたら特定秘密保護法違反で逮捕され、そのまま起訴、非公開の裁判で有罪確定というまさかの展開も有り得るのです。これではネットでの情報発信も迂闊にできなくなります。

 特定秘密保護法案が今の形で施行されたとしても、こうした事件が発生する確率は低いと思われます。(少なくとも当分の間は) 強引な逮捕が続けば、奴隷のように飼い慣らされた国民も騒ぎ出します。そうなったら、政府も好き放題がやり難くなります。

 問題は、不当逮捕や暗黒裁判の情報自体が隠匿される可能性があることです。マスコミは自己検閲を得意としていますから、特定秘密保護法関係の事件の報道を忌避してしまう恐れがあります。第一、報道しようにも中身がよく判りませんから、碌な記事は書けません。「誰それが防衛関係の特定秘密に抵触した疑いで逮捕された」ぐらいしか書きようがないからです。

 特定秘密保護法案と司法の関係については未だ充分に認識されておらず、記事も殆ど見当たりません。日本共産党の「しんぶん赤旗」が11月2日付でこの問題を採り上げていますので、以下引用します。(http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-11-02/2013110201_01_1.html)

   許すな!秘密保護法案 理由も秘密のまま逮捕 裁判官や弁護士も処罰の対象に

 外交・軍事情報から原発施設関連まで広範な行政情報を「特定秘密」とし、国民を処罰する「秘密保護法案」。「何が秘密かも秘密」にする同法案のもとで、捜査や起訴といった刑事手続きや裁判はどうなるのか―。10月31日、国会内で行われた超党派・市民の勉強会で議論となりました。
--------------------------------------------------------------------------------
 法案は、「秘密」を漏らす行為(未遂や過失を含む)や探知する行為(管理侵害行為)を処罰する仕組み。それらの「共謀、教唆、扇動」も処罰の対象です。

 しかし、「秘密」の中身は国民には知らされず、何が処罰の対象になるか国民にはわかりません。勉強会で、警察庁警備局警備企画課長の村田隆氏は、(1)告発がなされた場合(2)別件で捜査し書類などが発見された場合に「捜査を開始する」と説明。しかし、捜索令状や逮捕状に被疑事実が明記されるのかは明言しませんでした。犯罪とされた事実もわからないまま、捜査対象になったり、逮捕される場合もあるのです。

「認識」どう調べる

 政府は「特定秘密であるという“認識”がない場合は処罰対象になりません」(村田氏)ともいい訳します。しかし、その“認識”をどう調べるのか。

 日本共産党の仁比聡平参院議員が「どうやって誰がただすのか。拘束して自白を迫るしかないじゃないか」と迫ると、村田氏は「慎重に捜査するとしか言いようがありません」と否定しませんでした。自白を迫るか、盗聴などで日ごろの会話を調べる以外にあらかじめ「認識」を知ることはできません。

裁判の主題が不明

 裁判ではどうなるのか。勉強会では、内閣情報調査室の早川智之氏が「裁判でも『秘密』を開示することにはならない」「弁護人が特定秘密を入手することは考えられない」と答えました。裁判官だけに「秘密」を提示する場合があるとしましたが、その場合は裁判官も「処罰の対象となる」(早川氏)のです。

 被告人はもちろん、裁判官も弁護人も、裁判の主題が何であるかがわからない。それどころか弁護のため「秘密」を探れば弁護士も逮捕され、「秘密」を漏らせば裁判官も処罰される―異様な刑事裁判です。 (下線は引用者による)

 捜索されたり逮捕されても、何の容疑か分からないというのです。弁護士を呼んだとしても、役に立ちません。肝心の容疑の具体的内容を知り得ないからです。

 もちろん、取調べの段階で本人には知らされるでしょうが、それを弁護士に知らせたらどうなるのか? それも新たな情報漏洩となるのでしょうか?

 日本の警察は自白を強要するのが得意ですから、戦前さながらの環境で連日詰問されたら、大抵の人は音を上げ、何でも認めてしまいます。これで冤罪一丁上がりです。取調べ可視化など、特定秘密を扱っている以上、不可能です。裁判自体も、非公開とせざるを得ません。

 近代国家では有り得ない状況ですが、安倍政権は国民に考える間を与えることなく、この世紀の悪法をゴリ押ししようとしています。安倍は世界一が好きなようですが、暗黒独裁監視国家としても世界一を目指しているのでしょう。安倍自民党を支持した人たちの責任は重大で、自ら身を張って反対せねばなりません。




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オバマはキューバへの経済制裁を解除する?


「文殊菩薩」で知った記事である。「ロシアの声」はしばしば訪問するサイトだが、この記事は未見であった。
オバマがキューバ制裁を解除する裏には、キューバが社会主義的政策(生産手段は原則国有とする)を少しづつ解除しつつある、という事実があるかと思う。キューバ国民にとっては経済制裁の解除は朗報だが、キューバで今後資本主義的社会体制が進んでいけば、「全員が等しく貧しい」状態から「極端な金持ちと極端な貧乏人」が存在する格差社会になるわけで、手放しで喜ぶわけにもいかないと思う。貧しい報酬で人民のために優れた医療活動を行ってきた医者たちが、まずキューバを脱出してアメリカで「高額医療」に従事するのではないか。そしてキューバの医療も次第にアメリカ化していくわけだ。
まあ、私は現在のキューバの状況に詳しいわけでもないので、成り行きを見守るだけだが、私にとっては世界でも稀な老子的「小国寡民」の理想郷と見ていたキューバが拝金主義に汚染された社会にならないように祈りたい。


(以下引用)



米国、半世紀に及ぶキューバ制裁を解除か

タグ: 政治, 北米・中南米, 米国, キューバ, 記事一覧, 国際




9.11.2013, 11:49

сша куба сша флаг сша куба флаг куба 2011 январь коллаж

Collage: The Voice of Russia



米国政府は1960年に導入された対キューバ制裁措置を解除する構えだ。オバマ大統領が8日述べた。


政策を周到かつ創造的に革新しなくてはならない、と大統領。

対キューバ経済制裁措置は、キューバが米国市民・企業の財産を接収したことへの報復措置として、1960年に導入された。措置は1962年には完全禁輸にまで発展した。

イタル・タス




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11月17日ですか(117という数字には見覚えが……)

「播州武侯祠遍照院」から転載。
管理人の混沌堂さんはこの記事に「プチ・デフォルト」とタイトルを付けているが、まさにその通りだろう。水瓶座時代の筆者(「マドモワゼル愛」さん)が米国の「海外送金停止」「預金引き下ろし上限設定」を異常事態だと見抜いたのも慧眼だと思うし、それに「プチ・デフォルト」と端的に名付けた混沌堂さんも見事だと思う。
そして、マスコミがこの事態をわざと軽く扱っているという、下記記事の指摘も鋭い。
さてさて、米国はどうなるのか。日本では今後、どうなっていくのか。


(以下引用)*赤字部分は引用者(夢人)による強調



水瓶座時代  より  


上記文抜粋
・・・・・・・・



11月17日の怪  送金ストップって、、、


11月17日以降、アメリカの10を超える主力銀行から海外への送金ができなくなる、、、ということだそうです。また1か月5万ドルを超える引きおろしもできなくなるとか。

個人レベルなら1か月5万ドルもいらないでしょうから問題はありませんが、商売やってたらどうなるのでしょう。アメリカに出店した企業がいくら儲けても、アメリカ国内から日本や他国に送金できない、、、となると、大変なことですよね。本当だったとしたら。

お金もちにしてみれば、一か月5万ドルだったら、商売もできない、、、ということになりませんでしょうか。

これはどういうことかというと、例をあげると下記のようになるのではないでしょうか。

みなさん、11月17日から毎日1000人の国民を殺す事になりました。でも、わずか1000人だから何の心配もありませんよ、、、大したことではないので、まったく国民のみなさんは心配いりません。

というような記事が一面ではなく、新聞の片隅に掲載され、一面には日本シリーズの結果や話しが堂々とのっている、、、、というようなものと同じです。

ものすごいことを、あえて小さく語り、大したことない風に言っている、、、ただそれだけの話。

デフォルトといわないで、17日から海外送金はできない、、、となるとアメリカから金を持ち出せない、、、アメリカにある企業はどうするの。

アメリカに物を売る人など、金輪際いなくなるのではないの。となってしまいますよね。大問題ですよね。

また月5万ドルというものの、それって、デフォルトということになりますよね。

アメリカ国債をしこたま買っている中国や日本には、国債の利息はじゃ入ってこなくなるのかしら、、、よくわからないけど、主力の銀行がそれをしたら結果的にそうなりますよね。

何だか凄い話しですよね。本当にそうだとしたら、、、いや、するって言ってるわけで、そうなるのでしょうが、そうなったら、日本だって中国だって、貿易だって、一度止まることになるのでは。

なんだか、切迫した内容のはずなんですが。日本のマスコミもやけに静かですね。何事もないかのようですね。
がさネタなのかしら。

シリアを軍事攻撃できない、、、というのが私は8月の阿部の発言でわかりましたが、マスコミはそんなことおくびにも出さなかったように、今回も同じだったら怖いですね。

確かにシリアを攻撃できませんでしたよね、、、ということは、今回も同じで、やはり17日から海外送金ストップになるのかしら、、、そしたら金融も経済も終わりということになりますよね。

NHKさん、もう少しきちんと説明してほしいです。起きても小さく言えばいいか、、、と思っているのでしょうか。それとも騒がれたくないのでしょうか。それとも根拠がないからなのか。

本日から1000人殺しが始まりましたが、まったく問題なく進んでいるので大丈夫です、、、実際、311以降、はじまっているわけですし、、







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天皇利用者たちの醜態

「神州の泉」から一部(と言っても大部分だが)転載。
山本太郎「直訴」騒ぎの本質を明瞭に語っている。
もう一つ、私も、これは問題だ、と思っていたことを「谷間の百合」さんが書いているので、そちらを「引用2」として一部転載する。
私などより問題を明確に分析し、明瞭に語る人が多いので、私などがそれ以上何も言う必要は無い。

引用の色字部分はどちらも引用者(夢人)による強調である。



(以下引用)



冷静に眺めると、山本氏の直訴行動を不届きだとか言っている連中のほとんどが、国賊のネオリベ(新自由主義)議員であることは注目に値する事実だ。
彼らは心底腐りきった似非保守連中なのである。
この連中は日本の精神をかなぐり捨て、国や国民を裏切る基本に立っているわけで、彼らに山本氏を糾弾する資格は全くない。
それどころか、おまえらが政界から早く降板しろやという話である。

山本氏の園遊会における振る舞いは、2004年の米長邦雄氏のそれに比べても取り立てて問題視することでもない。
宮台真司氏が言うように、米長氏の時はマスコミはあえて拡大させなかったが、なぜ今回はこの件にスポットを当てすぎるのだろうか。
神州の泉の個人的な感想としては、“今回はやんないほうがよかったよね”ではあるのだが、これを取り上げて、ことさら大きく扱うことには何らかの底意があるものと踏んでいる。

山本氏をこれ見よがしにバッシングする連中は、小泉構造改革を支持し、民主党政権下では、フェルドマン率いるネオリベ事業仕分けを影で支持していた腐った日本人どもである。
彼らは今、安倍晋三や竹中平蔵らが強行するネオリベ政策の中枢にいるのである。

つまり、山本太郎氏をこれ見よがしにバッシングしている連中は、TPPや国家戦略特区など不穏な国家破壊政策を押し進めている連中なのだ。
日本人の生活を破壊し、国家の本義に泥を塗り、多国籍企業中心とする海外投資家のために、日本と日本人を守る大事な諸規制を、諸悪の根源だと嘯(うそぶ)きながら、片っ端から規制緩和する悪政が目白押しだ。

アメリカ(CSIS等)から命令されて規制緩和に奔走している連中に日本を守る心はない。
当然ながら、彼らには皇室を守るなどという気持ちは微塵もない。

ネオリベ政策で皇室をすでに捨てている日本人のクズたちが、山本太郎氏の直訴案件を責め立てるのは、皇室とは関係のない底意が強くあるからに他ならない。
その底意とは、山本氏による安倍政権批判の封じ込めが目的なのである。

国民が小泉政権以降のフリードマン主義による国策に翻弄され、その実態を捉え損ねているのは、国策(国政)が体よく偽装され、マスコミがその偽装を本物らしく見せかけているからだ。(ただし、東京新聞は若干、それには当てはまらないが)
だから、山本太郎氏が全国キャラバンで語っていたように、おかしいものはおかしい、とストレートに訴えていたのは絶大な覚醒効果がある。

米官業利権複合体が、人物破壊のターゲットとして狙い定める人物は、政治経済学者の植草一秀氏を見ても分かるように、決まって国政偽装(こくせいぎそう)を見抜き、そのことを分かりやすく人々に知らせてくれる著名人だ。

山本氏も明らかにそういう系列に属する数少ない一人である。
だからこそ、彼は売国連中の攻撃を受けることになる。
そういう肝心な部分を知覚できずに、山本太郎が好きだ嫌いだなどと、見当違いに走っている連中は、頭のネジが緩んでいる。
彼らは日本が直面する危険に気付いていない。

虚心坦懐に山本太郎氏の話に耳を傾けると、そこに私心はなく、彼はネオリベ政策群の悪辣さを真摯に訴えていることが分かる。
沖縄タイムズによれば、山本太郎議員が天皇陛下に手渡した直訴状は、東京電力福島第1原発事故による子どもの被ばくや、作業員の労働環境の現状を記したものらしい。
そういう思いがあふれた行為であり、悪意は感じられない。
神州の泉は山本氏の思想の全体像は見えないが、少なくとも彼が行っている、安倍政権の打ち出す亡国政策群に対する批判にはもろ手を上げて賛同する。


直訴問題は確かに繊細で微妙なことではあるが、国を傾けているネオリベラリストの政治屋たちが、それに言及できる筋合いはいっさいない。
参院議院運営委員会は本日(11月8日)の理事会で、山本太郎議員に対し、山崎正昭参院議長が厳重注意した上で皇室行事への出席を禁止する処分を決めたそうだ。
その根拠は国会法で議長に与えられている「秩序保持権」なのだそうだ。(東京新聞を参照)

秩序保持を根拠とするなら、日本特有の社会秩序、市場秩序をネオリベ国策で破壊している奴らに対しては、国会への登壇(出席)を禁じるべきではないのか!?



(引用2)



宮内庁は、手紙は陛下に渡さないと言いました。

山本太郎さんの非常識をことさら際立たせたいためにに言っているのでしょうが、反対に、自分たちのそういう態度がどれほど天皇を侮辱しているのかということには気がつかないのです。


陛下への手紙を自分たちで勝手に処分するなど言語道断です。
人間としても許されることではありません。

渡したくないのなら、せめて「それについての発言を差し控える」というような常識的慣例で対応すればいいものを、そういう常識をかなぐり捨てて怒りに身を任せたのです。

おそらく政治家といっしょで、自分たちが権力で権威をコントロールしていることや、営々との築いてきた既得権益が暴かれるのではないかという危機感に突き動かされたのでしょう。



あの侍従長の態度を天下に曝しただけでも太郎さんの行為は有意義でした。

皇室をタブーにして好き勝手やってきた人間を炙り出したのです。










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地上とは思い出ならずや

「谷間の百合」ブログから転載。
ご本人はブログの中で「私は本を読まない人間だ」と謙遜なさっているが、岡潔、稲垣足穂と、渋い趣味の本を読んでいらっしゃるようだ。この読書傾向から、数学的、物理的、宇宙的なロマン、理系的詩情がお好きなのではないかと拝察する。
稲垣足穂は私も好きだが、その作品の大半はほとんど「理解」はできない。ただ「散文詩」として読み、何となく面白い、と感じているだけだ。「山ン本五郎佐衛門ただいま退散仕る」が一番好きで、あれは数回読んだ。その最後に書かれた「愛という経験は、その後ではそれが無いと物足りなくなるという欠点がある」という言葉は、私の大好きなアフォリズムの一つだ。これは、お化け軍団と半年近く(だったと思う)、毎晩のように戦った後、そのお化けの大将が別れの挨拶をして、それきり出なくなった後の、主人公の少年の述懐(付録参照)に関して筆者が補足した言葉である。つまり、お化けとの戦いの日々は、「愛という経験」の一つだったということだ。
まさに「地上とは思い出ならずや」である。
家族と共に暮らす、毎日の平凡な日々も、お化けとの大騒ぎの戦いの日々も、すべては愛の経験かもしれない。ひいては、見上げた空に、光に縁取られた雲を眺めた時の感慨、それに伴って思い出す、幼い頃、心をかすめた思い、すべて愛の経験だと言える。





(以下引用)



岡潔の次に転生について触れたのが稲垣足穂の本でした。

「地上とは思い出ならずや」という言葉に、ナニ?!と思ったのは一瞬で、次の瞬間にはその意味を理解していたと思います。


「兜率上生」より

「俺はもっと人生を愛したい、味わいたい、面白いことをしたい。或いは苦しみたい・・・など言って死に際に喚くには当たらないのである。

自分がいま、ここにいるように、死んだら又別ないまここの裡に閉じ込められるであろうことに、疑いはない。

この論旨が薄弱だと考えるのは、未だ一度も『自分は何故他のだれかではないのか?』『何故たったいま此処にいるのか』について思いを凝らしたことのない者共である。

どこにも居なくなってしまうなんて、そんな気の効いたことがそう簡単に起こって堪るものか!」




(付録)



足穂『山ン本五郎左衛門ただいま退散仕る』より

…………アノアト星ノ光ノ様ナモノガヤガテ蛍ガ乱レ飛ブ様ニ見エテ物哀レヲ唆ツタ……アノ心細サガ、今デハ何カ悲シイ澄ンダ気持ニ変ツテイル。秋ノセイダロウカ? 然シ、コンナ何事カガ一段落付イタ様ナ、ソレトモコレカラ新生活ガ始マルカノ様ナ気持ハ、僕ハ今迄何処ニモ覚エタコトガ無イ。…………山ン本五郎左衛門ノ顔ヲ僕ハ生涯忘レルコトハナイデアロウ。殊ニ「只今退散仕ル」ノ尻上リノ一言ハ、何時々々迄モ忘レハシナイ。槌ヲ打ツ心算ハナイガ、僕ノ心ノ奥ニハ次ノ様ニ呼ビ掛ケタイ気持ガアル。山ン本サン、気ガ向イタラ叉オ出デ!



夢人注:「槌を打つ」の「槌」は、お化けの大将(山ン本五郎佐衛門)が、戦い相手の少年であった主人公を褒めた後、自分を呼びだしたい時は、この槌を打て、と言って与えたものだった記憶があるが、確かではない。
我々が「思い出」に感じる気分はまさに「何か悲しい澄んだ気持ち」ではないだろうか。あらゆる事は、過ぎた後では思い出に変わる、というのは当たり前のことだが、現在という一瞬よりも、思い出の方が遥かに長い時間なのである。










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I can't stop loving you


pjolさんという方の「訳詞の世界」というサイトから転載。レイ・チャールズの「I can’t stop loving you」である。ただし、最初の部分の「決めたんだ」を「だから僕は決めたんだ」に変え、その他、主語を少し増やさせてもらった。通常は、英語にはやたらと「I」が多すぎる(英語の歌には「愛」=loveという語も多すぎるw)ことに私は批判的だが、この詞に関しては、一般の人々(They)が言う「時が壊れた心を癒してくれるさ」に背を向けて生きる「I」の孤独さを際立たせるためには主語を明確にした方がいいと思うからである。それ以外にも変えた部分が幾つかあるが、些細な変更である。たとえば最初の一文は「愛さずにはいられない」を逐語訳的に「君を愛することはやめられない」にした。理由は、「何となく」その方がいいと思うからだ。



さて、なぜ突然こんな歌詞を載せたかと言うと、今朝の目覚め前の夢の中で大友克洋の「メトロポリス」(手塚治虫の漫画を元にしたアニメ)の中のあるシーンを見たからだ。「パセティック」という形容がぴったりする滅びのシーンだ。そして、おそらくそのシーンでこの歌が使われたのだと思う。私は下の動画でしかこのアニメは知らないのではっきりとは知らないのだ。だが、このシーンだけでも、このアニメは見る価値がありそうだ。



大友克洋の褒章記念にその動画を掲載しておく。ミッチーと言ったと思うが(下の動画ではtimaのようだ)、可愛い顔のアンドロイドが無残な顔になって落下していく、その顔と表情が素晴らしい。



 



 



(以下引用)



 



 



I Can't Stop Loving You - 愛さずにはいられない



 



君を愛することは止められない
だから僕は決めたんだ
思い出を胸に寂しい日々を過ごすと
僕は君が欲しい
言っても無駄なことだけど
だから僕は 過去の夢の中で生きて行くことにする
「昨日」の夢の中で




君と共に過ごした幸せな時間は
遠い昔のことだけど 



でも 思い出すとまだブルーな気持ちになる
心の傷は時が癒してくれると人は言うけれど
僕達が別れた日から 時は静かに立ち止まったまま

くりかえし

愛さずにはいられない
だから僕は決めたんだ
思い出を胸に寂しい日々を過ごそうと
君が欲しい
言っても無駄なことだけど
だから 僕は過去の夢の中で生きて行くことにする
過去の夢の中で

*****************

(I can't stop loving you)
I've made up my mind
To live in memory of the lonesome times
(I can't stop wanting you)
It's useless to say
So I'll just live my life in dreams of yesterday
(Dreams of yesterday)
Those happy hours that we once knew
Tho' long ago, they still make me blue
They say that time heals a broken heart
But time has stood still since we've been apart

(I can't stop loving you)
I've made up my mind
To live in memories of the lonesome times
(I can't stop wanting you)
It's useless to say
So I'll just live my life in dreams of yesterday
(Those happy hours)
Those happy hours
(That we once knew)
That we once knew
(Tho' long ago)
Tho' long ago
(Still make me blue)
Still make me blue
(They say that time)
They say that time
(Heals a broken heart)
Heals a broken heart
(But time has stood still)
Time has stood still
(Since we've been apart)
Since we've been apart

(I can't stop loving you)
I said I made up my mind
To live in memory of the lonesome times
(Sing a song, children)
(I can't stop wanting you)
It's useless to say
So I'll just live my life of dreams of yesterday
(Of yesterday)








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