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アメリカにおける軍隊(警察)と市民の戦いの可能性

「シフトム」から、ドミトリー・オルロフ氏の長い記事「アメリカの泣きどころ」の後半だけ転載。今年の5月頃の時点での記事のようだ。
アメリカにおける「軍隊(警察)対市民」の戦いの可能性について述べた部分である。
日本の自衛隊や警察も、いざそういう時が来たら、ぜひ「フラギング(自身の上官を撃つこと)」という言葉を思い出してもらいたい。(笑)まあ、権力の犬ども(そうでない「人間」もいると信じたいが)には無理な話か。



(以下引用)赤字部分は夢人による強調。


アメリカ人が世界中でいざこざを起こし続けるだろうことは疑いがなく、できるだけ長い間、弱くて利用できる国々に「影響」を及ぼそうとする。だが、尋ねるべき別の疑問がある。アメリカ人は自らに「影響」を及ぼすことになるのだろうか?というのは、もし彼らが自らに影響を及ぼすことになるならば、 爆撃で破壊されて荒廃した地域へと凄まじい模様替えをすることになる次の候補地がアメリカ合衆国それ自体になるかもしれないからだ。そこで、このオプションについて考えてみることにしよう。

 ファーガソンでの出来事、そして、より最近ではボルチモアの出来事が示唆しているように、アフリカ系アメリカ人と警察の緊張は爆発しそうなほど高まっている。アメリカの「麻薬戦争」とは、実質的には、若い黒人(およびラテンアメリカ人)男性との戦争である。若い黒人の3分の1ほどが獄中にいるのだ。彼らはまた警察官に銃撃される高いリスクを抱えている。公平に言えば、警察官にもまた若い黒人女性に銃撃される高いリスクがあり、警察官を神経質にして過剰反応を招いている。1億人に迫るアメリカ人が失業(細かく区別したいのならば、「労働力の外outside the labor forc」)状態にあって徐々に崩壊している経済を考慮すると、増えるばかりのその人口集団にとっては、当局者に協力することはもはや有益な戦略ではなくなっている。言うまでもなく、捕まえられるか殺されるかであり、法律を無視することで一時給付金は得られない。

 市民の暴動や反乱に関する情報を封じるアメリカ・メディアの能力には、興味深い非対称性がある。暴動が海外で起こったならば、そのニュースは注意深く編集されるか完全に黙殺される。(アメリカのテレビは、ウクライナの軍隊による市民居住区への砲撃が最近再開されたことを報じたか?もちろん、報じていない!)こういうことが可能なのは、アメリカ人は周知のこととして自己愛が強く、外の世界のことには極めて無関心であり、アメリカ人のほとんどが無知で、彼らが知っていると思っていることはしばしば間違っているからだ。だが、もしも暴動がアメリカ国内で起こるならば、より高い視聴率を叩きだして、より多くの広告収入を得るために、誰が暴動をよりセンセーショナルに扱えたかという点で、様々なメディアが互いに競争するわけだ。アメリカのメインストリーム・メディアは一握りの巨大コングロマリットによってしっかり牛耳られており、情報の独占が許されているわけだが、広告販売のレベルでは市場原理がまだ優勢なのだ。

 そういうわけで、正のフィードバックループがはたらく可能性がある。すなわち、市民の暴動が発生すればするほど、ますますニュース報道がセンセーショナルに扱われるようになり、それが次に、市民の暴動を増幅して、さらに報道がセンセーショナルに扱われるようになるのだ
。そして、同様に、第2の正のフィードバックループがある。市民の暴動が起こるほどに、ますます警察は状況を抑え込もうと過剰反応して、それによって、さらなる怒りを生み出してしまい、市民の暴動を増幅するのだ。これら二つのフィードバックループはコントロールが効かなくなるまで続くが、そのような最近の出来事では、最終的な結果は同じである。つまり、州兵からなる軍隊の投入と夜間外出禁止令および戒厳令の発布である。

 最近では、たとえ小さな町でさえほとんどの警察部門がかなりの武装化をしており、また、いくつかの学区では警備員さえ軍用車とマシンガンを備えていることを考えると、軍隊の速やかな投入はいくらか奇妙に思えるかもしれない。だが、j事態の進展は自然なことなのだ。一方、習慣的に力尽くで訴える人々はそれがうまく行かないと思うと、そういう人々は通常、十分な力を使っていないからだと考える。他方では、犯罪にまつわる司法制度がすでに茶番で修羅場だとしたら、どうしてお役所的な面倒な手続をやめないのか、なぜに戒厳令を施行するのか?

 アメリカにはあらゆる種類の武器がおそろしくたくさんあるが、資金不足によってアメリカが海外の米軍基地閉鎖を強いられるに連れて、その間ずっとさらに多くの武器が還流してくることになるだろう。やがてアメリカ人はおそらくその武器を使うようになるだろう。それは、赤レンガがボストンで用いられるようになったのと同じ理由、同じ様式によってである。御存じだろうか、多くの赤レンガはイギリス船に乗ってボストンに入ってきたのだ。船の中で赤レンガは帰路のバラストとして用いられた。このことが、レンガを使って何かする勢いを与えることになった。だが、レンガのビルを建てることは難しく、工程を要し、労働者がいつも酔っぱらっているのならば、特に難しい作業になる。そこで、解決策はレンガを歩道の舗装に使うことになった。それは四つん這いになってもできる作業だった。同様に、軍事兵器が外国からアメリカに還流してくるのだ。そして、それが使われる。なぜならば武器がそこにあるからだ。しかも最も愚かしい方法で用いられるだろう。自国の人々を銃撃することになるのだ。

 だが、軍が自国の人々を銃撃するように命じられると、悪いことが軍に起こる。遠くの国で「タオル頭」(訳註:"towelhead"は、アラブ人やインド人など,頭に布やターバンをかぶった人をさす軽蔑的な俗語)を撃つことと、あなたが育った街の通りであなた自身の兄弟分かもしれない誰かを狙撃するように命令されることは、まったく別のことだ。そのような命令はフラギング(自身の上官を撃つこと)、命令に従うことの拒否、他の陣営を守る行動、といったことを招くことになる。

 そして、事態はおもしろくなる。なぜならば、おわかりのように、銃撃したり、投獄したり、あるいは無力な市民を長い間虐待しようものならば、そのお返しは武装蜂起となるからだ。反乱を組織化するのに最も容易な場所は刑務所だ。たとえば、ISISないしイスラム国家は、アメリカ人によって投獄される前にはサッダーム・フセインのために働いていた人々によって指導された。彼らは投獄を奇貨として効率的な組織構造を練り上げて、釈放されるや、互いを見つけ出して、仕事に取り掛かったのだ。若いアメリカの黒人の3分の1を投獄しているということは、効果的な反乱を組織化する上で必要な機会を彼らに与えているも同然なのだ。

 効果を発揮するには、反乱は多くの武器を必要とする。これに関して、軍事兵器を調達するための手順があり、それはほとんどお決まりの方法になっている。どんな兵器がISISで使われているだろうか?もちろん、アメリカ製だ。バグダッドの体制へとアメリカ人が供給したもの、そして、イラク軍が戦闘拒否して逃亡したときにISISが戦利品として得たものだ。では、イエメンのフーシ反乱軍(訳註:「フーシは、イエメン北部サアダ州から発展し、北部を拠点に活動するイスラム教シーア派の一派ザイド派の武装組織」wikipedia)によって使われたのはどんな兵器か?もちろん、アメリカ製だ。アメリカ人が今となっては転覆してしまった親米政権に供給したものなのだ。では、バッシャール・アル=アサドのシリア体制で使われている兵器はどうだろうか?やはり、アメリカ製だ。ウクライナ政府がアメリカ人から手に入れた兵器をシリアに売ったものだ。ここに一つのパターンがある。つまり、アメリカ人が兵器供給し、訓練し、軍を武装するときはいつでも、その軍隊がただ解体することになり、アメリカ人の利権に反対するために兵器を使いたい人々の手の中に兵器が転がり込む、このようなことには実に高い蓋然性があるように思われる。そこで、ひとたびアメリカが自国を軍事占領下に置いたとしたならば、これと同じパターンが成り立たない理由を考えることは難しいだろう。

 事態は実に興味深いことになるだろう。とてもよく武装化され、とてもよく組織化された反乱、それはとことん過激化して憤慨した人々によって引き起こされる。彼らには失うものなどなく、家の芝生のために戦うのだ。彼らの家族は、目下、「影響」を及ぼしたすべての国で見世物的に失敗していて、士気を挫かれて敗走したアメリカ軍と戦うことになるわけだ。

 彼らは言う、「あなたがたは市役所と戦うことはできまい」と。だが、全方位に向けられる回転式砲塔があって、動くものには何でも砲撃でき、市役所の周りの四つの交差点を制圧できる重戦車大隊があればどうか?そして、すべての主要市役所職員宅のインターホンを鳴らして回るだけの十分な歩兵がいたらどうだろうか?市役所との戦いにおける勝利のオッズが変わるのではないか?

 このシナリオが現実のものになる前に、アメリカはさらにいくつかの国々に「影響」を及ぼすかもしれないが、(全面戦争の可能性を除けば)ついにはアメリカが自らに「影響」を及ぼし、先週の土曜日に赤の広場を行進した軍隊を有する国々はもうこれ以上蹴り回すべきアメリカだとは思わなくなっていることだろう。

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受刑者チーム、ディベートでハーバード大チームを破る

「ブロゴス」所載のウォールストリートジャーナル記事である。
ハーバードに相当するのは日本なら東大だが、東大の学生相手ならこの受刑者チームは楽勝したのではないか。(笑)それほど、日本の東大生の、いや大学生全般の「現実社会」知識の貧弱さ、思想の貧しさはひどいものだ、と私は思っている。
当たり前の話で、小学校入学から大学卒業に至るまで、無益な知識だけを詰め込まれ、「現実社会」と隔離された授業を受け、政治や社会への興味を圧殺され痴呆化した若者(はっきりと、20代の私自身が痴呆だった記憶があるから、これを書いている。)が、「社会の現実」を知っている受刑者たちと論争して勝てるはずはない。
ただし、念のために言うが、だからと言って、私は犯罪者を賞賛などしないし、彼らの犯罪がこれで軽くなるわけでもないと思うし、また犯罪者の「更正可能性」に関しては私は懐疑的である。一度犯罪を行うような人間は何度でも犯罪を行うだろう、と思っているのだが、また、誰にでも「気の迷い」「悪魔の誘惑」はあるものだから、更生の機会は与えるべきだとも思う。ただし、「二度め」は許してはならないだろう。世の中に「前科2犯」以上が存在してはならない、と思う。
もちろん、生まれ育った環境によって、犯罪の道に進むしかなかったような人々もいる。社会的差別を生まれながらにして受けているような人々だ。アメリカの黒人やヒスパニックにはそれが多いかと思う。日本とアメリカでは事情も違うから、アメリカでの出来事で日本のことを考えるのは間違いかもしれないが、一つ言えそうなのは、「誰でも教育次第でどこまでも伸びるし、また教育次第でどこまでも阿呆になる」ということだ。日本の教育ははっきりと後者(笑)だが、アメリカのハーバード大もあまりたいしたことはないようだ。




(以下引用)


記事

討論でハーバード大生に勝った受刑者、反響に驚く

討論でハーバード大生に勝った受刑者は反響に驚いている Photo: Peter Foley for The Wall Street Journal


最大級の警備が敷かれたニューヨーク州の刑務所で先月18日、3人の受刑者がハーバード・カレッジ(大学過程)の学生とディベートで対決し、勝利を挙げた。このとき、受刑者たちはただ、ディベートで勝負して、刑務所内の教育の力を示したかっただけだったと語った。

受刑者とハーバード大生、ディベートで対決 第2のチャンスで更生支援

 そのあとのことは全く考えていなかった。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が受刑者チームの勝利を紹介した記事はソーシャルメディアで人気を呼び、世界中で報道された。映画化の権利についての映画プロデューサーからの問い合わせも相次いだ。

 受刑者はインターネットを利用できず、ツイッターが登場する前に刑務所に収監された受刑者も多い。受刑者たちにディベートを指導したコーチのデービッド・レジスター氏は「彼らは世界が自分たちの記事にこれほど関心を持っていることに非常に驚いている」と話した。

 レジスター氏によると、それ以上に意味があったのは、「彼らの家族が彼らのことをどれほど誇りに思っているかに気付いたことだ」。

 ディベートに参加したある受刑者はおいが学校で自分のことを自慢していると聞いて感動したという。

 ディベートの勝者が所属しているのはイースタンニューヨーク刑務所のディベートチーム。約20人のメンバーはバード・カレッジ(ニューヨーク州アナンデール・オン・ハドソン)が実施する受刑者向け大学教育プログラム「バード・プリズン・イニシアチブ」を通じて学位取得に向けて勉強に励んでいる。このプログラムにはニューヨーク州全体で約300人が参加、厳しい大学教育を受けている。

 デュジュアン・タトロ受刑者(29)は暴行罪の刑期が明けたら大学院で分子生物学を学びたいと考えている。タトロ受刑者は雄弁なハーバード大チームに勝利して感動したと話した。学生たちを見て「こてんぱんにやられる」と思ったそうだ。

 故殺罪で有罪判決を受けたカルロス・ポランコ受刑者(31)はディベートが終わって「ほっとした」と話す。宿題の遅れを取り戻すことができるからだという。



 ハリウッドは受刑者たちの勝利を見逃さなかった。近く退任するダンカン教育長官は先週、短文投稿サイトのツイッターに「誰かがこの実話を映画化すべきだ」と投稿した。

受刑者とハーバード大の学生のディベート対決はある映画撮影チームによって撮影されていた。映像はドキュメンタリー映画として2018年に公開される予定で、仮のタイトルは「College Behind Bars(鉄格子の中の大学)」。監督はリン・ノビック氏が、製作責任者はケン・バーンズ氏が務めている。

インターネットに書き込まれた読者の反応はさまざまだ。生産的な市民になろうと決意した受刑者に同情する声もあれば、米国で収監されている受刑者数の多さに対する反感や、凶悪犯に無料の大学教育を提供することへの批判もあった。

ハーバード・カレッジ・ディベーティング・ユニオンのドルーバ・バート氏は7日に電子メールに寄せ、メディアの注目に驚いたと述べる一方、ディベート対決が「受刑者に関する固定概念が変わるきっかけとなり、いかにして更生や再犯率低下に取り組むかについての議論に貢献すればいいと思う」と記した。

受刑者が注目されるのは殺人などの犯罪の被害者家族にとっては耐えられないという批判の声もある。コーチのレジスター氏は、受刑者たちは若いときに大変な過ちを犯したが、もう以前の彼らではないと語る。

バード・プリズン・イニシアチブのエグセクティブ・ディレクター、マックス・ケンナー氏は私的な資金で運営されている同プログラムへの寄付が急増したと語る。プログラムの卒業生は医療サービスやカウンセリング、電子機器のリサイクルの仕事に就き、1人はイェール大学神学校で学んでいる。

受刑者たちは監房や運動場、食堂で時間があればいつでもディベートの練習をしたと話す。ハーバード・カレッジの学生と対決する日の朝、何人かが子どもの頃に一生懸命勉強しなかった理由について語った。1人は授業中にやる気がでなかったと言い、別の1人は規模の大きな中学校に転校したら心細くなり、仲間からの圧力で問題を起こしたと語った。

ある受刑者はこう言った。「バード・カレッジでの勉強を始めるまで、もっと意味のある人生を送る能力が自分にあることに気付かなかった」。

審判団が受刑者に肩入れしたのではないかと疑問を投げかける人もいる。受刑者チームは2対1で勝利した。

審判団のメンバーだったコーネル大学のディベートコーチ、リンゼー・ビング氏は受刑者チームがより説得力のある主張をしたと語った。単に受刑者チームを勝たせるのは「彼らにとっても、彼ら努力に対してもずいぶん失礼だ」。

ディベートで受刑者チームは「公立学校は不法滞在の学生の入学を拒否する権利を持つべき」との立場を取らなければならなかった。コーチのレジスター氏によると、ハーバード大学との対決後初めてのチームの会合で、受刑者たちは2時間をかけて自分たちの主張の出来栄えを批判し、提示すべきだった根拠を分析した。

レジスター氏は言う。「彼らは本気でよくなろうとしている」


By LESLIE BRODY



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賃貸住居と持ち家

1丁目、2丁目、3丁目というのがそういう基準で決められているとは知らなかった。幾つになっても、こんな身近なことでも知らないことは膨大にありそうだ。
生活を切り詰める上で家賃が最大の障壁というのは、よく分かる。私自身は安い中古住宅を買って住んでいるから、最低限の収入でも何とか生きていけるわけだが、低収入の人で、毎月、家賃が何万円も固定して出て行く人は、毎月、金を出すたびに気が狂いそうになるのではないか。意識してはいない人でも、そのストレスは凄いと思う。
そういう精神安定の意味でも持ち家に住むほうがずっといいと思う。何しろ、日本全体で空き家は膨大にあるのだから、中古住宅ならば極端な苦労をしなくても手に入るはずだ。新築でなければ我慢できない、という馬鹿はどうでもいい。
極端な話、壁と屋根があれば家としての役には立つのだ。雨風を防ぎ、寝るだけの場所で十分なのである。それなら、100万円でも手に入る。(ネズミの穴倉のような家が、都会には案外残っているはずだ。)土地つきなら200万円くらいからあるだろう。派遣社員でも、少し我慢すればそれだけの貯蓄はできるはずだ。そうして自分の家を持てば、後は、精神的な余裕を持って生きられる。それが大きいのではないか。




(以下引用)



竹熊健太郎《一直線》 @kentaro666 5時間前

  1. 私は過去、中央線沿線に20年くらい住んだが、引っ越す度に住所が3丁目になることが多かった。なるべく安く、かつ広いアパートやマンションを探すと(本が多かったから)、だいたい駅から徒歩15分の物件で3丁目が多かったのだ。駅の近所が1丁目、雛れると2丁目、3丁目となるのである。         
  1. 私の過去の貧乏体験から言うと、食費や光熱費・通信費・交通費などは切詰めることができる。食事は回数を減らす、交通費は自転車移動。しかし最後まで削ることができないのが家賃である。家賃さえ払えれば、後はなんとかなる。


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諸悪の根源は自公政権にあり

「ギャラリー酔いどれ」から転載。
原発問題について小泉元首相が今も熱心に反原発を訴えているというのは意外だったが、彼の「新自由主義」政策によって現在の日本への道筋が作られたという事実はやはり私には許しがたい。それに、彼がいくら講演などで反原発を訴えても、それがマスコミに報道されないのでは、「元首相」の肩書きもマスコミの前には無力だ、ということになりそうだ。
とりあえず、小泉への評価問題は棚上げにして、フクシマ問題が今も日本の最大の問題の一つであることは忘れてはならないだろう。「戦争法」「TPP」、それに日本全体から見れば一地方の問題にすぎないと無視されそうだが、「辺野古新基地」問題など、日本国民を襲う難問は山積みだ。それらすべては現政権が勝手に日本国民に押し付けたものである。(フクシマの問題は自民党の過去政権からの遺産でもあるが)
まずは、「不正選挙」の疑惑について国会議員自らが公の場で問題提起をすること、そして有名評論家や知識人がこの問題をマスコミで公にすることしか、すべての問題を解決する道は開けないだろう。そうしないと自公売国政権、安倍反国民政権は永遠に安泰である。




(以下引用)


◆http://diamond.jp/articles/-/79227
ダイヤモンド・オンライン 2015年10月7日
東京が壊滅する日 ― フクシマと日本の運命  広瀬 隆

 歴代ワースト総理・安倍晋三が犯す
 日本史上最大の犯罪
 ――担当編集による著者インタビュー
中篇


より抜粋、

「歴代ワースト総理」のあまりにも貧困な知性

広瀬 最近は、「クレージー」を通り越して「マッド」になった安倍晋三が、
   世論が強く反対している秘密保護法、集団的自衛権、安保関連の戦争法、
   沖縄基地問題、そして原発再稼働強行と、次々に愚策をくり出してくるので、
   私もこのまま死ぬに死にきれません。
   武器輸出と原発輸出によって、世界中に大悲劇と混乱を引き起こそうとしているのが、
   安倍晋三という稀代の犯罪者
です。
   孫の世代までこの問題を引き継いでは絶対ダメ! 
   という決意で書いた本が東京が壊滅する日です。 

   私はこの原発問題に取り組み、30年以上、「反原発」を主張しつづけ、
    『私物国家』(1997年、光文社)などでも歴代総理を固有名詞で断罪してきましたが、
   その中でも、最も知性がないのが安倍晋三です。

編集 歴代内閣総理大臣ワースト1位ですか!? 

広瀬 誰が見てもそうでしょう。
   A級戦犯となった近衛文磨と岸信介がいます。
   それぞれを祖父に持つ細川護熙さんと安倍晋三。
   この2人の違いが何か、わかりますか?

編集 うーん。何でしょう……。

広瀬 細川さんは東日本大震災を見て、一から考え直し、小泉純一郎元首相とともに、
   精力的に「原発反対」を訴えています。
   細川さんが理事長として進めている津波防止のための「森の長城プロジェクト」は、
   江戸時代の浜口梧陵を思い起こさせる偉業です。

   ペリー提督が来航した翌年、1854年に梧陵の郷里・和歌山県広村を安政南海地震が襲い、
   紀伊半島一帯を大津波が襲ったのですが、
   彼が津波の前に広村の村民を山に導いて救済したのです。

   そのあと彼は、数年がかりで高さ5メートル、長さ650メートルにもおよぶ
   防波堤を完成させ、松林の植林で堤防を強化しました。
   この堤防は、ほぼ90年後の1946年に再び広村を襲った
   昭和南海地震の津波の被害を防ぐのに大いに役立ちました。
   細川さんがなさっていることは、同じです。

   対する安倍晋三は、思考力ゼロですから、
   祖父の岸信介が日米安全保障条約を強引に締結して全国民の怒りを買って退陣した
   時代からまったく進歩がなく、変わらない! 
   こいつは人間以下だ。 猿にも劣る

   過去の過ちを真摯に反省して、明日への光を見出そうとする細川さんや小泉さんの姿
   を見ていると、「人間は変わることができる!」という人間の可能性と、
   希望をひしひしと感じることができます。
   人間は、失敗をしたら、そこから大きく変化することが大切なのです。
   フクシマ原発事故で、初めて原発のおそろしさに気づいた人こそ貴重
なのです。

編集 なかでも、小泉元首相は、「(原発再稼働は)間違っている。
   日本は直ちに原発ゼロでやっていける/原発がCO2より危険なものを生み出している
   のは明らかで、ぜんぜんクリーンじゃない。原発は環境汚染産業なんです」
   (「朝日新聞」2015年9月13日付)とか、

   9月16日の伊方原発の当地・愛媛県での講演でも、
   「伊方原発であろうがどこであろうが、再稼働すべきではない」
   「政府は世界一厳しい新規制基準だから大丈夫と言っているが、
   どうして世界一と言えるのか。 どこの国とも比べていないのに世界一と言うのはおかしい
   と、かなり激しくほえておられます。当分、小泉節はおさまりそうにありませんね。

広瀬 1966年7月25日、わが国最初の商業用原子炉・東海発電所が茨城県で運転を開始し、
   安倍晋三が尊敬する祖父・岸信介が1959年に決定したこの東海村原子炉によって、
   現在まで続く原子力発電の時代に突入した
のです。
   安倍晋三は「世界で最も厳しい原子力規制委員会の基準に基づく審査をパスしたから安全」
   と言っていますが、本連載第15回の田中三彦氏との対談でも明らかになったとおり、
   それはデタラメです。
   『東京が壊滅する日』の102~104ページに
   「長州藩歴代犯罪の系譜」を紹介したので、ぜひ読んでください。

編集 日露戦争を開戦し、特高警察を設置した桂太郎から、
   秘密保護法を成立させた安倍晋三まで、
   広瀬さんの最も強みと言える「人物の系図」は衝撃的ですね。


今、フクシマと東京で起きていること

編集 私が『東京が壊滅する日』の原稿を最初に読んで驚いたのが、
   冒頭のキーワードとも言える「220km」です。
   アメリカの西部三州で起こった悲劇です。
   ネバダの核実験(1951~57年)が行われ、そこから「220km」の田舎町、
   セント・ジョージで大量にガン患者が発生した史実と、
   福島第一原発~東京駅の「220km」の対比には 「おお!」と身を乗り出しました。

広瀬 「フクシマ原発事故はもう終わった」と思い込んでいる東京都民が、
   実はいちばんアブナイのです。
   『東京が壊滅する日』のオビには「タイムリミットはあと1年しかない」とありますが、
   2011年3月のフクシマ原発事故から4年半が経過し、
   すでに福島県の子どもの甲状腺癌の発生率は平常時の72.6倍です
   もうすでに起こっていることですよ。
   その原因である放射性ヨウ素が、ここ東京にも、大量に襲いかかったのです


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   東京都文京区にある順天堂大学付属順天堂病院・血液内科の
   「外来新規患者数およびその内訳」の表を見ると、
   2011年に比べて、2013年には明らかに疾患が激増しています。

   首都圏の病院における骨髄異形成症候群による入院患者数を見ても、
   フクシマ原発事故前の2010年に比べて、2012年~2013年には血液関連の癌が急増しています

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   なぜ、東京かって?
   大汚染地帯のフクシマ原発事故現場の脇を通る国道6号線と常磐自動車道を、
   大量の乗用車とトラックが走っていますが、ほとんどが東京に向かってくるので、
   その車体がすさまじい汚染物を首都圏に運びこんでいる状態です。
   放射線の影響と思われる白内障や眼科疾患も、2012年末以降に東京で急増しています

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   ほとんど注目されていませんが、宮城県仙台市およびその周辺でも
   白内障や眼科疾患が急激に増えており、東北労災病院眼科の患者統計では、
   白内障手術数は、事故前の2010年から事故後の2012年までにおよそ2倍になっています。

   いいですか。
   アメリカ西海岸のカリフォルニア州では、フクシマ原発3号機が爆発して10日後に、
   アメリカ環境保護局が大量のプルトニウム239を検出して、
   下に示すグラフを公表していたのですよ

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   東京には高層ビルが林立しているので、そこに放射性物質の雲がぶつかって落ちた結果、
   東京の人間は、ほかの地域の人より、はるかに大量のプルトニウムを吸いこんだのです。
   はるかに大量のホットパーティクルが体内で癌を爆発的に増やすのは、もう時間の問題です。

   来年、2016年3月11日で、原発事故から5年が経過します
   ネバダの核実験やチェルノブイリ原発事故の教訓は、まちがいなく
   事故の5年後から癌や心筋梗塞の患者が激増するということです。
   フクシマの原発事故でコワイのは、広島・長崎原爆のような閃光や爆風での被害ではなく、
   200種以上の放射性物質がガス化して“見えない状況”で日本中に飛散したことです。
   放射性物質の8割が海に落ちたとしても、2割は山中や平地に落ち、
   河川を通じて関東平野や日本海側にも放射性物質が流出しています。

   その地上に落ちた量は、ネバダの核実験よりフクシマ原発事故のほうが2割多い
   という計算の根拠を、『東京が壊滅する日』に詳細に書いたので、ぜひお読みください。

編集 読者の方々からいただいた手紙にも「この数字に驚いた」とありましたが、
   「2割多い」というのは、かなり衝撃的ですね。
  

北関東・東北豪雨でフレコンバッグから猛毒物が流出!


広瀬 それに加えて、先日の北関東・東北豪雨被害です。
   危機的な状況は日ごとに増しています。
   『東京が壊滅する日』で触れた「フレコンバッグ」と呼ばれる除染物を入れる黒い袋ですが、
   今回の豪雨でそれが大量に川に流出しました。

編集 本連載第10回で見た衝撃の「フレコンバッグのドローン空撮」は、すさまじいものでした。
   みな海岸線にあるのですからね。今、そこにちょっとした津波が来れば……。
   今回の豪雨によって、「除染廃棄物の流出数は439個。9月24日午前11時までに41袋が未回収で、
   うち36個が回収困難。回収した398袋のうち239袋で中身が流出。ほかに16袋が破損」、
   環境省の担当者は「草木類が大多数で、事故後4年半が経過しているため、
   放射線量は低いとみられる。環境への影響は少ないと考えている」(「毎日新聞」)
   と答えているようですが、本当に大丈夫なのでしょうか?

広瀬 大丈夫なわけはないでしょう。
   クソ役人の言葉を信じると、トンデモナイことになりますよ。
   危険物だからフレコンバッグに入れたんですよ。それが流出して、なにが大丈夫だ
   忘れてはならないのは、除染というのはあくまでも危険物を移動する
   という意味であって、危険物そのものは永遠に消滅しない
ということです。

   だから小泉純一郎さんが、「地下水が豊かで、放射性廃棄物の処分ができない国なのに、
   原発の再稼働など絶対にしてはならん」と叫んでいるのです。
   大きな危険性のある放射性物質を大量に含んだものが、豪雨で川や海に大量に流れ出たわけです。

   土中や、地中の汚染はむしろ日増しに進んでいる。
   猛毒物のプルトニウムもトリチウムもストロンチウムも、海に大量に出ている。
   それを魚介類が取り込み、やがて子どもたちが体内に取り込み、
   それが体内で濃縮を起こし、トテツモナイ癌細胞となって放射線を放つ可能性が大なのです。
   しかし、地元紙をはじめ、いまでは大新聞もテレビもまったくこの危険性を報じない。
   このことに心から憤りを感じます。

編集 今、広瀬さんが一番コワイと思っているのは何ですか?

広瀬 ズバリ、です。
   体内に入れる水は、東京都内に住んでいる私自身も、遠くから安全なものを購入し、
   わが家では水道水は一切使っていません。
   深刻な影響は、東京を含む東日本地域で、これから出てきます。
   特に、女性や小さい赤ちゃんや幼児が先にやられるので、本当に心配です。


安倍晋三が犯す日本史上最大の犯罪


広瀬 科学的、医学的にこの問題を検証すると、
   事態はどんどん悪化の一途をたどるばかりだと考えられます。
   原発事故の問題には、大きく分けて、2つがあります。
   1つがフクシマから放射性物質が拡散した取り返しのつかない問題。
   もう1つが、再稼働を開始した川内原発(鹿児島県)や再稼働候補の伊方原発(愛媛県)で
   これから取り返しのつかない事故が起こった場合、
   日本列島の風の流れから、被害が鹿児島・愛媛にとどまることなく、
   日本列島全土を殲滅させる、ということです。

編集 日本列島全土が殲滅!?

広瀬 現代人はあまり強く認識していないようですが、
   日本中にある標準の100万KW級の原発では、
   1年で広島原爆の1000倍の放射性物質を生み出す核分裂が行われています。
   つまり、あの忌まわしい原子爆弾の1000倍の危険な放射能が日本列島を埋め尽くす。
   フクシマ原発事故が起こっても、まだ日本人は懲りないのか。
   この民族の頭は大丈夫なのか。
   最高責任者の安倍晋三が起こす次なる大事故は、日本史上に残り、
   日本の国家機能を根底から破壊するトテツモナイものになるのです。
   あいつを即刻、政界から完全追放しなくてはなりません


(つづく)

http://diamond.jp/articles/-/79224
記録的台風が多い年は、
なぜ、大地震が多いのか?
――担当編集による著者インタビュー【前篇】


http://diamond.jp/articles/-/79285
知られざる『東京が壊滅する日』
誕生秘話と「Xデー」がくる日
――担当編集による著者インタビュー【後篇】

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祝:「独裁者(笑)」ムガベ大統領の「孔氏平和賞」受賞

引用記事は産経新聞記事のようである。他新聞社はちゃんと報道しただろうか。
今年のノーベル平和賞は「欧米が背後で操作する民主化革命」の協力グループに、ノーベル文学賞は「反ロシア」的言説を撒き散らす小説家に贈られたようで、まさにノーベル賞の意味を露骨に顕している。(笑)
それよりも、この「孔氏平和賞」ははるかにまともではないか。
藤永茂博士の「私の闇の奥」などを読んでいる方なら、ムガベが欧米支配層と戦ったために「独裁者」イメージを欧米マスコミから貼り付けられてきたことを知っているだろう。そうした欧米マスコミ操作に惑わされず、「孔氏平和賞」委員会がムガベに賞を贈ったのは素晴らしい。これは、「欧米の世界支配」への挑戦でもあり、アジアの気骨を示したものである。同じアジア人として、同委員会の勇気と英断を讃えたい。


(以下引用)



【孔子平和賞】


村山元首相、最終選考に残るも固辞 受賞者は「独裁」で名高いジンバブエ・ムガベ大統領… 





 今年のノーベル平和賞はチュニジアの民主化に尽力した4団体に決まったが、同賞に対抗するため中国で設立された「孔子平和賞」について、同賞選考委員会は9日までに、今年度の賞をアフリカ・ジンバブエのムガベ大統領(91)に授与することを決定した。


 同委員会関係者によると、今回、最終選考に残った候補には、日本の福田康夫、村山富市の両元首相のほか、国連の潘基文事務総長、韓国の朴槿恵大統領、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏、台湾出身の僧侶、星雲法師など計9人。選考委員会の委員76人が投票を行ったが、過半数を獲得した候補者は誰もいなかった。


 その結果、受賞者は、得票数が最も多かった村山氏とムガベ氏の2人に絞られた。しかし、村山氏は「健康上の理由で授賞式に参加できない」などと固辞。最終審査の担当委員13人による協議により、ムガベ氏の受賞が決まったという。


 選考委員会は授賞理由として「1980年代からジンバブエの大統領を務め、数々の困難を乗り越え、同国の政治・経済・秩序の構築に貢献し、人民に幸福をもたらした」「91歳という高齢にも関わらず、世界各地を奔走し、アフリカの平和のため積極的に活動していること」などを挙げた。


 


 しかし、こうした評価は国際社会におけるムガベ氏のイメージとあまりにもかけ離れているため、中国のインターネット上で「茶番だ」「これでは孔子平和破壊賞だ」などと冷ややかな反応が寄せられている。


 かつては、ジンバブエを独立に導き、反植民地支配の英雄とも言われたムガベ氏だが、80年代から30年以上も同国の最高権力者として君臨。強引な政治手法でハイパーインフレを引き起こし、同国の経済に壊滅的な状況に導いたほか、白人農園を強制収用したり、国内の同性愛者を迫害するなどして、国際社会から「独裁者」と批判されることが多い。


 孔子平和賞は2010年に中国の民主化活動家、劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞したことを受けて、急遽(きゅうきょ)設立された。欧米の価値観ではなく、中国の価値観で世界平和に貢献した人物に対して、その功績を顕彰することを目的としている。


 香港を拠点とする民間団体が主催している形を取っているが、中国政府の外郭団体の関与が指摘されている。これまでに台湾の連戦・元副総統や、ロシアのプーチン大統領、キューバのフィデル・カストロ元議長らが受賞している。



 孔子平和賞の授賞式には、受賞者が欠席することが多かったが、選考委員会の関係者は「ムガベ大統領は今年の授賞式に出席する可能性がある」と話している。(北京 矢板明夫)



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現代人の「不健康」な生活

「基本読書」という妙な名前のブログから転載。名のとおり、基本的には読んだ本のことを書くブログらしい。
「健康」について、なかなか面白い知見があるので、読む価値のある読書ダイジェストだと思う。
特に、中盤の「今の平均寿命が延びているのは、『不健康余命』が延びているのだ」という指摘や、後半の、現代人の不健康な生活の指摘の部分は面白い。
昔は、家事の大半は肉体労働だったが、今は洗濯機や掃除機が代行してくれる。男の仕事も、大半は肉体労働だったが、それも体を使わない仕事に替わった。
食べ物も自然とかけ離れた「加工食品」が大半だ。
現代人が不健康になったのも当然だろう。


(以下引用)




2015-10-10

文明がもたらした危機──『人体600万年史:科学が明かす進化・健康・疾病』

科学ノンフィクション 歴史
人体600万年史(上):科学が明かす進化・健康・疾病

人体600万年史(上):科学が明かす進化・健康・疾病

人体600万年史(下):科学が明かす進化・健康・疾病

人体600万年史(下):科学が明かす進化・健康・疾病

読み始める前はちょっと疑っていたんだけど、丹念に人体の歴史と文明の発展をおい、それが我々の身体にどのような利益と危険をもたらしたのかを解説してくれる良書だ。本書は、人体がたどってきた歴史を「なぜ立ち上がったのか」「そもそも最初の人類は何か」「何がネアンデルタール絶滅させ、ホモ・サピエンスを生きながらえさせたのか」を根本的に解き明かし、人体がたどってきた歴史が現在の文化とミスマッチを起こして病を発生させていると論じる「進化と健康」の本なのだ。



何しろ、人間の身体自体は狩猟採集をしていた時から対して変化をしていないので、椅子に座ってばかりいる、炭水化物ばかりとっている、加工されたやわらかいものばかり食べてろくに運動しないなんていう生活が身体にあっているわけない。データを元に現代に発生している肥満や腰痛、痔といった「そうだよねえ」というものから禁止、強迫性障害、うつ病、クローン病、虫歯にアレルギーなどといったものは、文明と人体とのミスマッチの結果だとする理屈は実に説得力がある。


疑っていたのは、これが行き過ぎているのではないかというのが心配だったからだ。アメリカではこうした考えは今ブームになっていて、一万年以上前に生きていた原始人のライフスタイルを真似ようとすることを「パレオ式」といってもてはやしている。これは行き過ぎている例もあるみたいで、たとえば「原始時代にはなかったものは食べない」とか「牛乳は飲まない!」とか「原始人は一日15キロ歩いてたから我々も歩くべきだ」とか「それ……やりすぎちゃう?」みたいなものもある。


パレオ・ファンタジー(原題)といって、そうした行き過ぎた原始時代回帰への批判の書も出ているぐらいだ。邦題は変えられてしまっているけれど下記参照。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
そういう流れにのっかって現代人の生活をくさし、原始時代回帰を不必要に訴える本だったら嫌だなと思っていたのだが、杞憂である。著者ダニエル・E・リーバーマンは本職の人類進化生物学教授できちんと「進化的にどんな部分が文明との摩擦になって、どんな悪影響が科学的に認められているのか」「それに対して、我々はどうすればいいのか」を懇切丁寧に解説していってくれる。

農業がもたらすミスマッチ病

火を使う、道具を作りあげると人類は文化的に様々な革命を成し遂げてきたが、氷河期の後進化した農業は人類をそれまでの狩猟採集生活から種族をまるごと作り変えたような転換をもたらした。それまで肉を主食として転々としながら生活していたのに、突如居住地を設け移動せずによくなり、まかなえるカロリーが増え、子供を連れ歩かなくてよくなったので大家族化・大組織化が可能になった。


いいことずくめのように思えるが、大集団になったことによって感染症を助長するようになったことなど不利益もある。感染症の原因は寄生型微生物だが、寄生虫が繁栄するには寄生先が無数になければならず、村を築くほどの大規模集団になることによって格好の餌場になってしまったのだ。定住するとゴミが貯まり、不潔さも多くの寄生虫に好ましい生態学的条件を贈呈することにもなってしまった。


産業革命以後のミスマッチ病

産業革命以後──というか現代まで時代をとばしてみると、身近なあれやこれやな習慣が様々な病気の原因になっていることが明かされていく。食物をすりつぶして、繊維を取り除いて、でんぷん質と糖分の含有量を増やした加工食品は消化しやすくおいしいが、その分血糖値が早く上がりやすい。


いかんせん人間の消化器系は、迅速な消化によって生じる血糖値の急速な上昇に十分に適応していない。膵臓が急いで充分なインスリンを産生しようとすると、その働きがしばしば行きすぎて、インスリンのレベルを上昇させてしまうため、今度は血糖値ががくんと正常以下のレベルに下がって、結局また空腹を感じるようになる。このような食品は、いわば肥満と2型糖尿病のもとなのである


圧倒的に吸収しやすい食品、かつては肉などからわずかしかとれなかった塩=それを前提とした人体だったのに、今では塩をいつでも手軽に摂取できるという文化的な変容、果物のような無加工のように見える食べ物でさえ、より甘くなるように品種改良されており本来とは程遠く肥満を促進する食物になっている。


寿命についての話

面白かったのが寿命と病気についての話で、1935年アメリカの平均寿命は男性61、女性64だったのが、今日の高齢者はそこから18年から20年長く生きるといわれている。おお、凄い伸びてるね、と思う。しかし単に寿命が伸びたわけではない。1935年当時の二大死因が肺炎とインフルエンザ感性性下剤症で、どっちも急死させる病気だったのが、今は心臓疾患とがんで数々の合併症を併発しながら病気の状態で何年も生きることのできる病気であるというように死に接する病気で変化が起きている。


寿命は伸びたが伸びたのは「不健康余命」だったといえるだろう。一方で、実は狩猟採集民は意外と健康で長生きだったことがわかっている。もちろん幼少時にかなり死ぬから平均寿命は短くなるのだが、いったん生き延びれば68〜72ぐらいまでは生きて、2型糖尿病や高血圧、乳がん喘息などといった疾患はほとんどみられないのだという。単純に結論づけられるものではないが、「長く生きてしまった」からそうした病気に犯されるのではなく、現代の文明と習慣からくる現代病の一種なのだ。


ここで重要なのは「長く生きたからそうした病気になるのは当然だ」と思う必要はなく、かといって「狩猟採集生活に戻ろう」と思う必要もないことだ。文明には当然ながら莫大な利益がある。一方で、肥満に糖尿病、近視や虫歯に腰痛と人体と文化がミスマッチを起こしている事例もいくらでもあるが、我々はそのことにあまりにも無頓着で、メガネをかけるとか整体にいくといった形で「対症療法」は行うが、原因を取り除くためのことは何もやっていないことがほとんどだ。


椅子を全部処分しろとはいわないから、スタンディングデスクをもっと一般的なものとし、一日8時間の就業時間であれば椅子とスタンディングデスクを半分半分に分ける。読書のように目を酷使し近視にさせる要因があるのであれば、禁止するのではなく時間を管理する、距離のとり方を変える。単純すぎるが、よく運動をする、食べ物を変えるなどとるべき予防的措置はいくらでもある。


完治はしないが死にもしないというゆるやかな死と共にある病気などは、多大な医療費を発生させる。アメリカでは1人の心臓疾患患者に対処するのに年間1万8000ドルが余計にかかるのだ。その為、もっと「そもそも発生しないようにする」予防措置へと思考と金を振り分ければ、より金銭的には負担が軽く、さらにはもちろん患者の負担も軽くなるだろう。「対症療法から原因排除へ」とする思考の転換は、このように国家的な医療プロジェクトにさえも影響するものだ。


「自分でまずは知ろう、なんとかしよう」と思う人にとっては、本書は格好の入門書である。なかなかね、ただ運動しようと思っても面倒だし大変で続かないものだから、まずは正しい知識からはいるのは悪く無い。


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女性が導く社会は平和な社会

「in deep」から、前置き部分だけ割愛して転載。
実に、女性たちが楽しげでいい。
男が社会を導くよりも女性が導いたほうが、社会はうまく行くのではないか。
私も、トランプでもして遊ぶだけでいいなら、こういう社会で生きたいものだ。(笑)
かつての南洋の島々でも、女性が働き、男は遊ぶだけ、という社会は多かったはずで、西洋文明が進入するまでは、こうした社会は珍しくなかったと思う。そして、それらの社会はほとんどが平和だったはずである。西洋文明は、「競争原理(闘争の正当化)」と引き換えに「西洋文明の生活」を与えた。果たして、その「交換」は正解だったのだろうか。
女性は生命を産み出す存在であるだけに、殺し合いを本来嫌うものだ。だから、女性が導く社会は当然平和な社会になるはずである。サッチャーなど好戦的な女性は、あれは「女のふりをした男」だろう。(笑)日本の右翼的な女性政治家・評論家も同様。あるいは男の「権力」を利用したいだけの魔女。


(以下引用)




Souveraines: Stunning photographs capture what societies run by women look like
Independent 2015.09.18

女性により営まれている社会がどのように映るかを撮影した素晴らしい写真の数々

 孤立した場所でのいくつかの女性家長制度による社会は驚くほど進歩的な社会だった


 


集団社会において、女性が支配者であるか、あるいは、完全なる男性と女性の平等の状態を保ついくつかの場所の生活の光景が、先住民族の写真を撮影していることで知られる写真家、ピエール・ドゥ・ヴァロムブリューズ( Pierre de Vallombreuse )氏によって撮影され、出版された。


ヴァロムブリューズ氏は、女性が社会の統治の決定的な役割を果たしているアジアの4つの隔絶された地域を訪問し、その文化にふれた。


それらの場所は、どこも、グローバル化とは無縁の孤立した場所だ。


女性が社会的、あるいは、精神的基盤の中心的存在になっていながら、男女平等を保ち、完全にお互いのことを尊敬し合う彼ら。


男性の家父長制度が通常である西側の諸国では、女性の立ち位置が論争になることがあるが、そういう論争はそれらの場所では起こりえない。


ヴァロムブリューズ氏は、このような文化にふれ、そのそれぞれの文化が、どれだけ男女同士が互いに尊重し、性の平等に向けての極めて飛躍的な概念を持つことを知り、何と進歩的なことかと非常に驚いた。


そのような進歩的な概念は、過去のヨーロッパにはなかったものだったからだ。


ヴァロムブリューズ氏は、4つの社会を訪問した。


インド北東部にあるカーシー( Khasi ) 。この文化は、女系中心社会で、そして男性は、妻の家で妻の両親と暮らす。子どもは母親から名前を受け継ぎ財産を含めた家族の中での継承権は娘にある。


そして、中国のモソ族(摩梭 / Moso)。ここでは、法律の律法は女性が行い、子どもの面倒と教育は、母方の叔父が担当する。


フィリピンの部族が暮らすパラワン( Palawan )の社会は、昔から男性と女性が、完全に平等に扱われ、社会の中に階層や階級がない。寛大さと助け合いの精神に満ちた、明るく牧歌的な文化を持つ。

パラワン族のお母さんと赤ちゃん

palawan-001


 


マレーシアのバジャオ( Badjao )の社会は、すべての階級の形式を廃止しており、人々は完全な平等主義で、そして平和と自由主義の人々の集落だ。彼らは、リバタリアン文明を提唱している。

バジャオ族の煙草を持つ青年と少女
badjo-001

ヴァロムブリューズ氏の撮影した 40枚の写真は、10月13日からパリのギャラリーで展示され、同時に、『スヴランズ( Souveraines )』というタイトルで写真集が発売される。




 


ここまでです。


上に「リバタリアン文明」と出てきますが、これは、リバタリアニズム(日本語では「完全自由主義」など)を提唱する人たちによる文明ということで、下のような意味だそうです。


リバタリアニズム – Wikipedia


個人的な自由、経済的な自由の双方を重視する、自由主義上の政治思想。


リバタリアニズムは、他者の身体や正当に所有された物質的財産を侵害しない限り、各人が望む全ての行動は基本的に自由であると主張する。


リバタリアニズムの概念はともかく、「ああ、こんな価値観で営まれている場所が本当にあったんだ。それもいくつも」と、改めて何というか、「やれる人たちはやれている」と思わざるを得なかったですね。


というか、「女性が支配している」というニュアンスの方ではなく、特に、フィリピンのパラワンの社会とか、マレーシアのバジャオ部族などの、


 


・人間同士の(性別、年齢を越えた)完全な平等


・完全な自由の生活を実践している


 


という部分ですね。


あー、こういう社会って今の時点ですでにあったんだなあと。


これらの社会のことを、少し調べてみました。


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実在する理想郷のそれぞれ

中国・モソ族の女性たち

moso-ladieschinatrip.jp 


 


この4つの部族や社会の中で、日本語で調べられるのは、中国のモソ族社会のことだけでしたが、このモソの人たちがなかなか。


このモソ族は、平等とか自由というよりも、とにかく「女性が男性より圧倒的に存在感の強い社会」という一言に尽きるようなんですね。


テレビなどでもたまに取りあげられるようで、テレビ東京の未来世紀ジパングという番組のサイトに以下の文章がありました。


中国雲南省の「女性が強い」謎の民族とは…


中国・雲南省の山奥に「女性が強い民族」がいるという。民族の名はモソ族。美しい湖・濾沽湖(ろここ)を見に観光客が押し寄せる美しい地域に暮らしているが、そこで働いているのはすべて女性。


湖畔に大きなホテル建設中だが、手掛けるのはやはり女性だ。さらに家庭の中では「家の主」、稼いだ金を管理している。しかも、家事を担当するのも女性、子供を育てるのも女性だ。


彼女たちはみな言う。「ここは女の国。自分たちの望む通りにできる」。では男性は何をしているかというと、みなトランプをしたりして遊んでおり、仕事は全くしない。また、子供がいても男性には養育権がないどころか「父親」という呼び名もないという。


仕事も家事も育児もぜーんぶ女性がやるみたいです。


そして、白組こと、我が男性軍は、


 


> みなトランプしたりして遊んでおり、仕事は全くしない。


>「父親」という呼び名もないという。


 


(笑)


白旗をあげる白組といった感じでしょうか。


さらに、この番組では、この番組紹介をしている他のページには、


この地域特有の女性の悩みを聞いてみると、「まったくありません、女性の悩みってなんですか?」と皆笑顔で話し、「ほとんどの物事は自分で解決できるので、男性は必要ありません」。男性は「景色ですね」とのこと。


> 男性は「景色ですね」


そこまで言われると、むしろ痛快ですね。


他の部族社会については、日本語ではほとんど説明されているものは見つけられませんでしたが、英語などでも説明はあっさりしていて、上のインディペンデントの内容と同じほどのものが多いです。


ただ、ちょっと笑ったのは、女系の相続が確立されているというインドのカシという社会の写真が集められているページがあったのですね。


それを見てみると、写真の内容はともかく、「写真に女性しか写っていない」のですよ。

インド・カシの風景

india-khasi-02


dreamstime.com


男性で写っているのは子どもだけのようです。
どうも、この社会も仕事、育児、家事をすべて女性がおこなっている雰囲気が伝わります。


カシの男性たちはどこに・・・?(やっぱりトランプ?)


なお、マレーシアのバジャオ族というのは、海上で生活している人たちのようで、写真を検索しますと、とにかく「子どもがものすごく多い社会」であることがわかります。


そして、ほぼ例外なく、どの写真の子どもたちも楽しそうなんですね。

バジャオの女の子

Badjao-girl-01flickr


 


その上、どうも女の子なんかも強そう。

船の先頭に立つバジャオの女の子

Badjao-girl-02pinterest.com


 


そんなわけで、この4つの社会は、それぞれが違うタイプのものではありますけれど、少なくとも今の一般的な主要国の生活よりは幸せなようには見えます。この中でも、フィリピンとマレーシアの部族の社会は、私には本当に羨ましいです。


私が、何となく日本などの「女性活躍政策」というような響きに違和感を持ってしまうのは、「自由」と「平等」という概念が抜け落ちたまま、それが語られているからかもしれないですが、まあしかし、そんなことはともかく、世の中には、今回の記事の社会のように「できている」人たちがいるのだから、私たちも、それぞれが自分が理想とする社会を作ることは決して不可能ではない(かもしれない)と改めて思います。


やればできる、あるいは思えば成される・・・のかもしれないです(すこし弱気)。

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酔生夢人
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職業:
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考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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