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日本語の英語化は進んでいるか?

「はてな匿名ダイアリー」記事だが、カタカナ語を多用することと「翻訳文的文体」は別だと考えるべきだろう。2021年度の文章が翻訳文的文体だとするのは正しいと思うが、それは私などが学生だった時分の「思想的雑誌」(もう、名前も覚えていないが「ユリイカ」とか言ったか。百合烏賊ではない。「エウレカ」のことだ。)にはよく見られた、「文学青年的気取り・韜晦」だろう。つまり、理解されることを拒否して自分を深遠にみせようという戦略だ。要するに、この種の文章は戦後すぐから延々とあるのである。
ついでに言えば、1962年の文章(こういうのを例に出すところを見ると、記事筆者は80歳以上だろうか。)は論理的におかしい。「一度読んだものは忘れない」と書きながら、探偵小説は即座に忘れるのか。こういう文章を参考書として読まされた、当時の受験生が気の毒である。この文章を「漢文や古文由来の表現が多い」事例とするのも不適切だろう。私の見た限りでは漢文や古文由来の表現はほとんど無い。(漢字熟語自体が漢文由来だという屁理屈は無しでの話だ。)
まあ、英語的文体として「非人称主語」や「物の複数形」(両者を含む文をでっちあげるなら「思い出たちが私を襲撃する」とか)を指すなら、そういう英語化はかなり普通になってきているとは思う。また漢文的語彙が激減しているとも思う。

(以下引用)

日本語英語化が進んでいないか

1962年


私は記憶が良い、名前や顔については別だが。私は一度読んだものは忘れはしない、然しこれには不都合なこともある。――私は世界の傑作の小説なら二三度は皆読んだがもうそれを興味をもつては読み得ないのだ。近代小説には私の興味のわくようなもの殆どない。そんなわけで数限りなくあるあの探偵小説がないとしたら私は娯楽に途惑うであろう。読む人を魅了し去つて時の経つのを忘れしめるがさて一旦読み了ると記憶から忽ち去るあの探偵小説がなかつたとしたら。


2021年


いまやビデオゲーム市場メンタルクリニックの待合室のようだ。


そこでは制作者が直面した憂鬱や病や困難が吐露され、主として「『MOTHERシリーズに影響を受けた奇妙なビジュアル」*3の形式で打破されたり抱擁されたりする。憂鬱アートとなり、不安商品になる。この世界ではあなた固有の絶望あなたに固有のものではない。「個人的なことはすべて政治的なことである」という現代アクティヴィズムの魂は狡猾収奪され、末尾に不可視の一文を書き添えられた。「そして、なにより、商業的なことでもある」と。(中略) 振り返ってみればインディーゲーム歴史は、常にメンタルヘルス象徴的な関連を有していた。


上に載せた1962年文章を読めばわかるように、明治昭和においては漢文古文由来の表現文章に盛り込むことが教養の証とされていた。


現代ではそうした教養の証が「いかカタカナ外来語を盛り込むことができるか」に取って代わったことは、「カタカナ語の氾濫」がたびたび話題になることからも明らかだ。(小池百合子の「アウフヘーベン」やコロナ禍における「オーバーシュート」など)


2021年文章(あるブログから勝手拝借させていただいた)においてもカタカナ語の積極的使用が見受けられるが、それ以上に顕著なのは翻訳文体自己内在化」であろう。


この2021年文章翻訳文ではない。にも関わらず、あたか英語から日本語へと翻訳たかのような雰囲気を感じるのは私だけだろうか。


例えば英語特有皮肉っぽい筆致や、直訳調の日本語(「あなた固有の絶望あなたに固有のものではない」「象徴的な関連を有していた」)など。


さらに言えば、1962年文章はある英語参考書に載っていた「翻訳文」である。昔の翻訳文よりも、一から日本語で書かれた現代文章のほうがかえって翻訳文らしい、そう思うのは私だけだろうか。


思うに、これまでは単語レベルでの英語化が進んできたわけだが、現在に至っては「文体レベルでの英語化」が進んでいるのではないだろうか。


そしてそれは全く不思議なことではない。現代日本人海外ネットサービスに頼り切っている(グーグルアマゾンツイッターネットフリックスなど)。


そうしたネットサービスでは、英語から翻訳された翻訳調の日本語がはびこっている。


コロナ禍の自粛生活も相まって、ネット漬けになった日本人は知らず知らずにこうした日本語を吸収し、内在化しつつあるのではないか


とはいえ、こうした傾向を私は批判したり悲観したいわけではない。


かつて日本語漢文を手本にしていたし、それが現在英語に変わっただけであって、むしろ日本語歴史に鑑みれば正統な進化だといえる。


日本語英語距離が近くなればなるほど英語学習の負担が軽減されるだろうし、英語難民日本人にとってはむしろ喜ばしいことだと言えるかもしれない。


追記:この種の翻訳文体について言及している人がすでにいました


https://twitter.com/tera_sawa/status/1214451516641169408?s=20&t=J7ox5uBkdsprDDWwftFjrA


追記2:どうせ誰も読まないと思ったら伸びててびっくり


念のため付け加えると、引用させていただいたブログ文体個人的には好きなので決してディスっているわけではないです


あと1962年文章の出典は「訳注 英米作家選―英語の訳し方講義」(5p)です

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