(3)
 
 刑士郎はカウンターで飲みながら、奥のボックス席にいる連中に時々ちらりと目を走らせていた。そこにいるのは旭組の中堅幹部二人と、店の女二人である。その手前の席に、幹部の使い走りらしいチンピラが、男二人だけ、手酌でビールを飲んでいる。
 カウンターの中にいた女が前に来たので刑士郎は女に注意を向けた。わりときれいな女だ。刑士郎の手から氷だけになったグラスを取って、水割りを作る。
 「お客さん、お酒強いのね」
 「強いよ。あっちも強いよ。試してみるかい」
 「いやあねえ、ホホ。ねえ、仕事、何してるの? ここの人じゃないよね」
 「公務員」
 「公務員、いいわねえ。不況知らずの仕事だもんねえ」
 「まあね。親方日の丸って奴だ。でも、何をしているかは秘密だよ。国家機密」
 「またまたあ。いつまでここにいるの?」
 「ひと月くらいかな。ちょっとした調査でね。その間、女がいないから、もう大変。毎晩、ホテルのエロビデオ見てオナニーして寝てるの。可哀そうだろ。今晩どう?」
 「また今度ね。お代わり作ろうか」
 「水道水のウィスキー割か」
 「いやあねえ。うちはちゃんとミネラル使ってるわよ」
 「サントリー製のシーバスリーガルってのはなかなか美味いもんだな」
 「馬鹿言わないでよ。本物のシーバスよ」
 「そうか、飲み過ぎてこっちの舌がおかしくなっているんだ。そろそろお勘定にしようかな」
 「あら、まだ宵の口じゃない」
 「駄目だ。酔っぱらってあんたが美人に見えてきた。帰って寝たほうが良さそうだ」
 その時、入り口のドアが開いて客が二人入ってきた。まだ二十代前にも見える若い客だ。
 刑士郎から少し離れたカウンター席のストゥールに二人は腰を下ろした。
 「ビール二本ね」
 「はい、ビール、ツー」
 注文を受けて女がバーテンに声をかける。
 奥の席の女が二人、腰を上げた。
 刑士郎は胃の中がむかつくような不快感に襲われていた。酒によるものではない。
 「ちょっとトイレ。飲み過ぎた」
 「大丈夫?」
 「大丈夫、大丈夫、おしっこするだけ」
 刑士郎が立ち上がったとき、先ほど入ってきた二人の男がちょっと刑士郎の顔を見た。その目の奥の光は刑士郎には馴染みのものだった。
 刑士郎がトイレに立って数十秒後、店内に銃声が鳴り響くのがトイレまで聞こえてきた。最初に4,5発。すこし間を置いて、7、8発。後の銃声は、明らかに、留めを刺したのだ。
 刑士郎はトイレの窓から出られるか考え、あきらめて店内に戻った。
 奥の席にいた旭組の四人はすべて射殺されていた。
 カウンターでは女がバーテンに抱きついて震え、カウンターの端では女二人(おそらく、殺した側からあらかじめ言い含められていて、寸前に難を逃れたのだろう)が立ちすくんでいる。後から来た客たちの姿は無い。
 
 警察で刑士郎は取り調べを受けたが、池島の手配で、すぐに釈放された。店の女とバーテンも刑士郎は事件と無関係だと証言していたせいもある。