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少年マルス 20

第二十章 広場での論争

男はマルスの抗弁にはまったく耳を貸さず、側の兵士にマルスとマチルダの処刑を命じた。
「広場の処刑場でこいつらを切り殺せ」
男がそう命じると、兵士の一人が
「女もですか? そいつは勿体無い。町の女郎屋に売れば、高く売れますぜ。こんな美人は上級市民の奥方にもいない。なんなら、わしにくださいよ」
と、よだれを流しそうな口ぶりで言った。マチルダはそれを聞いて、ぞっとした。
「いかん。罪人は生かしてはおけん」
マルスとマチルダは後ろ手に縛られて、兵士に護衛され、町の広場に連れて行かれた。
マルスは、その気になれば、手を縛られていても一人で逃げる自信はあったが、マチルダだけを残すわけにはいかない。それに、広場に行けば仲間たちの目にも留まるだろう。いいチャンスを待とうと考え、マルスは連行されるままになっていた。
広場では人々が朝日の中でそれぞれの朝の営みをやっている。
店を開ける者、露店の準備をする者、荷車で野菜や品物を運ぶ者。人間だけでなく、犬や鶏や豚の声が騒がしいが、活気に溢れたその物音や動物の匂いさえ、処刑を目の前にした二人には愛しく感じられる。
「マルス! マチルダ! その姿はどうしたんだ」
連行される二人を見つけてオズモンドが二人に駆け寄って叫んだ。
「近寄るな。この二人は火付けの、いや深夜徘徊の罪で処刑される。手を掛けるとお前も同罪になるぞ」
兵士が言った。
「深夜徘徊の罪だと? この町ではそれくらいで処刑されるのか。どういう罰を受けるのだ?」
「死刑だ。斬首されることになっている」
オズモンドはあまりの事に声を失った。
その時、オズモンドの後ろから声が掛かった。
「深夜徘徊で死罪になるという法はないぞ」
オズモンドが振り向くと、一人の老人が立っていた。年は六十過ぎくらいだろうか、禿頭で白髭の、非常に威厳のある、知的な顔の老人である。
「これはイザーク様、しかし、これはヨハンセン様がお決めになった事で……」
「ヨハンセンか……。参事と言えども、掟に反した振る舞いは許されぬはずだ」
「はっ、しかし、私としては参事殿のご命令に背くわけにはまいりません」
「ならば、ヨハンセンを呼んで参れ。私が話してみよう」
やがて兵士の後ろから大股に、先ほどマルスたちに死刑の命令を下した男がやってきた。
「イザーク、筆頭参事といえども、他の参事の下した決定を勝手に変えることは出来んはずだぞ!」
ヨハンセンと呼ばれた男は大声で怒鳴った。
「ヨハンセン、お主の独断専行のやり方には他の参事も皆迷惑しておる。確かに参事には町の諸事件を判断し、決定する権利があるが、それは他の参事との合議の上で行うのが不文律ではないか。仮にも人を死罪にするほどの判決をお主だけの判断で行って良いと思うのか」
イザークは静かに言った。
「町の危急を救うためだ」
「それはどういう事だ」
「この者たちは余所者だ。余所者が深夜に町を徘徊していたというだけでも十分に怪しいではないか」
「ふむ、町の決まりを知らなかっただけではないか」
「我が町の法には、知らなかったから許されるという条項はない」
「深夜徘徊で死罪にするという条項もないぞ」
「参事は危急に際して人を死罪に出来る権利がある」
「だから、それは合議の上となっておるではないか! それに、何が危急だというのだ」
マルスとマチルダはこの論争がどうなるかと息を呑んで見守っていたが、決着は思わぬ所から現れた。
城の門に立っていた兵士が、赤い旗を掲げ、大声で怒鳴った。
「敵の来襲だ! 野盗どもがやってきたぞ!」
それまでマルスたちの事件を眺めていた広場の人々は、この声でたちまち右往左往し始めた。
町の大門と中門は閉められ、大門の前の堀にかかった跳ね橋は上げられた。
「それみろ、こいつらはきっとあの野盗どもの仲間に決まっておる」
ヨハンセンが勝ち誇ったように言った。
「それは分からん。たまたま出来事が重なっただけかもしれん。だが、とにかくしばらく取り調べてみることにしよう。この者たちを参事会堂に連れて行って監禁しておけ」
イザークの言葉に、オズモンドは思わず
「我々もその二人の仲間だ。その二人を監禁するなら、我々も一緒に監禁しろ」
と言った。
マルスは内心、まずいなと思ったが、オズモンドの気持ちは嬉しかった。本当は、全員が監禁されるよりも、外で自由に活動できる者がいた方がいいはずなのだが。
イザークという老人は、ほう、と言うようにオズモンドを見た。
「囚われの仲間の身を案じて、自ら仲間だと名乗り出るとは、立派な義侠心だ。どうだ、これだけでもこの人たちが立派な人達である事が分かるではないか。ヨハンセン」
「無考えなだけだ」
 ヨハンセンは言い捨てて大股に歩み去った。

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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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